真価を認められず勇者パーティから追放された俺は、魔物固有のぶっ壊れスキルを駆使して勇者たちに復讐する。

天宮暁

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16 無責任な弱さ

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 ダンジョン「トロール洞」の入り口付近で、俺は、思いもしなかった相手と再会していた。

「キリク……さん?」

 地面にへたりこんだまま、シルヴィアがそうつぶやいた。

 ひさしぶりに見る顔だ。

 俺は、その顔を見て、もっと憎悪が噴き出すものだと思ってた。

(だが、そんなでもないな)

 あいかわらず鈍くさいとは思う。
 こいつの不作為が俺を追放に追い込んだと思えば、思うところもあるのだが。

 俺の背後から、別の声が聞こえてきた。

「キリク。なぜその娘を助けたのだ?」

 氷から解放されようともがくボストロールの脇をひょいと抜け、紫の髪と褐色の肌の女が、俺の隣にやってくる。

「助けるつもりはなかったんだけどな」

 つい、身体が動いてしまった。

 へたりこんだままのシルヴィアは、俺の隣に並んだ悪魔の女を見て驚いた。

「あ、あなたは、『破滅の塔』の……!」

「ふん、ひさしぶりだな」

 ダーナは、シルヴィアに一切表情を動かすことなくそう言った。

「な、なぜあなたがキリクと一緒にいるんです!?」

「最初に聞くのがそこなのか。なんとも間の抜けた娘だな」

「そろそろ『凍結』が切れる。ま、ほとんどのトロールはそれまでに死ぬだろうけどな」

 俺は「コールドブレス」を使って、トロールの群れを氷の暴風に閉じ込めた。
 凍結の継続ダメージと窒息で、トロールはほどなくして死ぬだろう。
 「水耐性」と「物理見切り」なんていうレアなスキルを持つトロールたちだが、俺にとっては何の脅威にもなっていない。

「ボストロールはどうするのだ?」

 ダーナが、後ろでもがくバカでかいトロールをちらりと見て聞いてくる。

「こいつ、面倒なんだよな。
 スキルなんて『ぶん回し』と『憤激』くらいしか持ってないけど、バカみたいにHPが多いんだ。
 一応、『壁破壊』なんていうレアスキルがあるんだが、以前に盗んだことがあるしな。
 倒す旨味もないし、どっかに行ってもらうか。『ランダムジャンプ』」

 俺がスキルを使うと、ボストロールが光に包まれ、いなくなる。
 「ランダムジャンプ」で、このダンジョン内のどこかに飛ばされたのだ。
 運が悪いとジャンプ先がすぐ近くってこともあるのだが……その時はまた飛ばせばいい。

「キリク、さん……わ、わたし……」

 シルヴィアが、震えながら口を開く。
 その表情には、怯えの色が強かった。

「わかってるよ。
 シルヴィアは、ルシアスやサードリックに逆らえなかっただけだよな?」

「う、ぐ……は、はい」

「それがどんな結果をもたらしたかはわかってるな?」

「……はい」

 シルヴィアが下唇を噛み締めた。

 その様子を見てダーナが言う。

「なるほど。助けた上で、言葉でなじってから殺すつもりか。
 たしかに、トロールどもに殺させたところで、受ける苦痛などたかが知れているからな。
 ゴブリンやオークどもとは違って、トロールは他種族の女に子を産ませるようなこともない」

 ダーナが、なぜか感心したような声で言ってくる。
 そのダーナの頭上には、ひと抱えほどもある大きな紫色の水晶の塊が浮かんでいた。
 このダンジョンのコアだったものだ。
 さすがは魔族というべきか、ダーナは有り余る魔力を使って、かさばるコアを宙に浮かせて運んでる。

 なお、ダーナの言葉は、シルヴィアには理解できてないはずだ。
 勇者パーティの一員であるシルヴィアには、煌めきの神の祝福がかかってる。
 この祝福は、「悪魔」への激しい敵意を植え付けるのと同時に、魔族の話していることを理解できなくさせるという。
 ダーナが「呪い」と呼ぶのも納得だ。

 俺とダーナは、「暁の星」に先駆けてこのダンジョンに乗り込み、最奥まで到達して、そこにいたボスモンスターと、それを指揮していた魔族を倒してきた。

 ちなみに、最奥にいたボスはボストロールではなかった。
 さっきまで暴れていたボストロールは、このダンジョンの中ボス格だったのだろう。

 トロールどもを指揮して侵入者を追い込み、天井や壁を突き破って急襲する。
 ボストロールの「壁破壊」のスキルを活かした、なかなか悪くない戦略だ。
 「水耐性」と「物理見切り」を持つレアなトロールたちも、対処法を知らなければかなり厄介な相手だろう。

 トロールとボストロールの攻撃を切り抜け、最奥に達したところで、最後に待ち構えてるのが「あいつ」らじゃな。
 トロールの群れ相手にMPを消費させておいて「あれ」というのは性格が悪い。

 このダンジョンを設計した魔族に賞賛を送ってやりたいところが、あいにく、ついさっきダーナと一緒に倒してしまった。

 「破滅の塔」を巡るダーナの失態が魔王軍に漏れるとすれば、いちばん近くのダンジョンにいるこの魔族からだとダーナは言った。

 そこで、そいつをさくっと倒し、ついでに「破滅の塔」復興に必要なコアを回収したってわけだ。

 ダンジョンコアはダーナがいれば造れるそうだが、それには時間も資源も必要だ。

 しかし時間をかけていては、「暁の星」がどこか遠くへ行ってしまう。
 ここにダンジョンがあったのは、俺とダーナにとっては好都合だった。

 ……まさか、同じタイミングで「暁の星」が乗り込んでくるとは思ってなかったけどな。

 一瞬、この場で連中を仕留めてやろうかとも思った。
 やってできなくもないだろう。
 だが、ここで連中を殺しても、連中の勇者としての名誉までは奪えない。
 危険なダンジョンに乗り込み、殉職した勇敢なる勇者たち。
 あのクズどもに、死後の栄誉をプレゼントしてやる気にはなれなかった。

 しかたなく身を潜めて様子を見ていると、呆れたことに内紛を始め、新しく入ったらしい女賢者を人身御供にして、ルシアスたちはダンジョンから逃げおおせてしまった。

 シルヴィアだけが踏みとどまった経緯も、「ランドソナー」――地面や壁から遠くの音を聞き取るスキルで聞いている。

 え? 感想だって?

 馬鹿だな、と思っただけだ。

 抗議すべき時に抗議せず、抗議しても遅くなってから抗議する。
 すべてタイミングがずれている。

 抗議すべきか迷いに迷って――あるいは、抗議できずに恐怖でたっぷり震えてるうちに、抗議の時機を逸してしまう。
 そのくせ、最後の最後では、他人を見捨ててでもとにかく生き延びるという判断ができなかった。

 だが、他人を見捨てたくないのなら、俺を除名しようという段階で抗議すればよかったのだ。
 その段階での抗議なら、ルシアスたちも、多少気分を害したにはせよ、回復役を切り捨てるという極端な対処はしなかっただろう。

 あの女賢者が想いを託して逃がしてくれたってのに、そこでも動揺して、適切な行動を取れなかった。

 ただひたすらに愚かしい。
 元の性格が弱い以上、これから先成長できるとも思えない。
 下手に戦いになど関わらないほうが身のためだろう。

 だがさすがに、今回の一連の流れには、シルヴィアも思うところがあったらしい。
 罪悪感やら自己嫌悪やら自己憐憫やら……暗い感情がこんがらがって、もう死んでしまいたいという顔をしてる。

「……殺すなら、殺してください」

 シルヴィアがぽつりと言った。

「ふむ。殊勝だな。
 キリクの言っていた通り、気の弱い娘らしい。
 気が弱いんだからしかたがない。そう甘えている娘でもあるな。
 私からすれば虫酸が走る」

 煌めきの神の祝福(呪い)があるシルヴィアはダーナの言葉がわからないが、ダーナにはシルヴィアの言葉はわかる。もともと「魔族語」や「人間語」なんてもんはなく、魔族と人間は同じ言語を使ってるんだから当然だ。

「ま、ダーナだったら言いたいことは全部言うんだろうけどな」

「言わずに後悔するより、言って後悔したほうがいくらかマシだ。もちろん、失脚につながるような愚かなことは言わぬがな」

 俺は、ダーナには答えず、シルヴィアに近づいた。

「シルヴィア。帰ってルシアスたちに伝えろ。『破滅の塔』が復活するとな」

「なぜ……ですか?
 なぜ、キリクさんがその悪魔と一緒にいるんです?
 それに……なぜ、キリクさんから悪魔の瘴気を感じるのです……!?」

 シルヴィアが、顔を上げて聞いてくる。
 その顔は、俺の答えを予期しながら、それを恐れてもいるようだった。

「わかってんだろ? 俺はこいつにつくことにしたんだ」

「どうして、です?」

「復讐のためさ」

「わたしたちに……?」

「俺とダーナは、この腐った世の中そのものを潰したい。
 『暁の星』への復讐は、行きがけの駄賃みたいなもんだ。
 だが、俺の怒りが浅いなんて思わないほうがいい」

 ナイフを突きつける俺に、シルヴィアが悲しそうに顔を伏せる。

「さあ、俺の気が変わらないうちに行くんだな。俺としては、シルヴィアを殺して、その首を奴らに送りつけたっていいんだ」

「そんな……人じゃないです。キリクさんは……」

「キリク。その娘を見逃す気か?
 勇者どもがその娘を囮にして逃げ出した以上、その娘を今逃せば、その娘は『暁の星』とやらを離れるのではないか? 再度復讐の機会があるとは思えんぞ」

「アンとか言ったっけ? さっきシルヴィアを逃して死んだ女賢者がいたろ。
 あいつ、シルヴィアに面白いことを言ってたな。生きて帰って、あいつらを告発しろって」

 びくんと、シルヴィアが身を震わせた。

「だがな、俺はシルヴィアにそんな大それたことができるとは思えない」

「愚かなことだ。奴らは人間どもの禁則を犯した罪人なのだろう? 告発をためらう理由などあるまいに」

「告発するならするで問題ない。
 それまでに、『破滅の塔』は復活してる。
 あいつらのことだ。ダーナを取り逃したことは伏せておいて、ダンジョンを攻略したと、教団に虚偽の報告をしてるだろう。
 そうじゃなかったら、連中がこんなところに来られるはずがない。正直に報告してれば、ダーナにとどめを刺すべく、森狩りをしてないとおかしいからな。
 違うか?」

「……その、通りです」

「シルヴィアは、その時にも見て見ぬ振りを決め込んだ。
 おまえは、進んで悪人になるような人間じゃない。
 だが、他人の悪事を糾弾できるような人間でもない。
 いつも黙って見て見ぬ振り、だ。
 ルシアスたちにとっては、さぞや扱いやすい回復役だろうな。
 普通、回復役ってのは、イケイケになりやすい勇者に歯止めをかける役割をするもんだ。
 それが、勇者であるルシアスはおろか、他のメンバーにも逆らえない始末だ。
 いつかサードリックあたりに襲われて、何も言えずに泣き寝入りするんじゃねえか?」

「ひ、ひどい……」

「事実だろ。
 だけど、さっきの一幕はちょっと意外だったな。
 シルヴィアが踏みとどまるとは思わなかった」

「見ていたんですか……?
 ならどうして、ルシアスたちを逃したんです?
 あなたなら、MPも残ってないルシアスたちなんて簡単に……」

「あんなズタボロの連中をいたぶったところで俺の気持ちは晴れないさ。
 連中を潰すのは『破滅の塔』でと決めてたし……。
 まさか、こんなところで勝手に全滅しかかってるとは思わなかったが」

 俺が抜けた枠に女賢者を入れたようだが、フィールドならともかく、ダンジョンを探索するには問題しかない編成だ。
 ま、そのことがわかってるなら、そもそも俺を追放したりはしなかったはずだけどな。

(もしここで「暁の星」が全滅してたら、こっちの計画が狂うところだったじゃねえか)

 想定以下の無能に腹が立つ。

 ダーナが言った。

「この娘が奴らを告発できぬというなら、なおさら生かしておく意味がないではないか?」

「一応、最後の機会はやろうと思ってな。
 シルヴィアが連中を告発した場合、連中は復活した『破滅の塔』を責任を持って自分たちで攻略せよと言われるはずだ。その結果いかんで処罰を決めると。それが、煌めきの教団のやり方だ」

「告発しなかった場合は?」

「いずれにせよ、『破滅の塔』は復活するんだ。
 連中は、教団に虚偽の報告をしたことで、やはり『破滅の塔』を攻略しないわけにはいかなくなる。
 もちろん、事実を知りながら虚偽の報告を黙認したシルヴィアも従犯だ」

「なるほど。奴らもこの娘も、いずれにせよ『破滅の塔』にやってくる、と」

「シルヴィアは逃亡するかもな。
 だが、煌めきの教団がそれを許すとは思えない。逃げて逃げ切れるもんじゃないさ」

 煌めきの教団は、ほとんどの街に支部を持つ、人間側の超国家組織である。
 魔物や魔王軍に分断された人間は、おびただしい数の小国家や都市国家に分裂し、散り散りになって暮らしてる。
 その中で唯一魔物や魔王軍に対抗する力を持つのが煌めきの教団というわけだ。

 煌めきの教団は、ただの宗教組織ではない。
 実在する神――「煌めきの神」の恩寵を、勇者に授ける権限を持っている。神を意のままにできるわけではないものの、神は教団の意向を大枠では追認する傾向にあった。

 勇者に与えられる力はさまざまだ。
 勇者というジョブと、それに付随する「勇者魔法」のようなジョブ固有スキル。
 パーティに人を加入させたり、離脱させたり、除名したりする権限も、神から与えられる力の一つだ。
 だからこそ、勇者が誰かを除名した場合、煌めきの教団には、除名された人間のことがわかってしまう。
 除名されて自動的に教団に連絡がいくってわけじゃないが、除名された者が教団でステータスを確認しようとした時に、過去の除名歴が表示されるという仕組みである。
 事実上、それは勇者パーティに加わる資格を失うのに等しかった。

「シルヴィアは今、いっそ死んだほうがマシってくらいの罪悪感に襲われてる。
 でも、シルヴィアに、自分から死を選ぶような度胸なんてない。
 不平がましく、どうしてわたしばかりこんな目に遭うんだろうって思ってやがる。
 根本的には、シルヴィアは反省なんてしてないのさ。
 それなら、生かして帰してあがかせたほうが、いくらかの嫌がらせにはなるだろう」

「自分から死を選べない……か。
 ふっ、誰かと似ているな」

「やかましいわ」

 俺は顔をしかめて言い返し、シルヴィアに言う。

「だから、行け。
 好きにしろ。
 俺を不当に除名したことや、アンを囮にして逃げたことなんかを教団に訴えてもいいし、訴えなくてもいい。
 良心の呵責にさいなまれながら、それでも行動できない自分の弱さを嘆いて、自己憐憫に浸ってもいい。
 それを乗り越えて、あいつらを告発したっていいけどな。
 その場合、あいつらからは、有形無形、ありとあらゆる脅しを受けるだろう。
 おまえは、保身のために告発を見送るはずだ」

「ぅ……」

「イライラするんだよ。この期に及んでもまだ、自分がどうしてこんな目に遭うのかわからねえって顔してやがる。
 弱い自分は悪くない、なぜなら自分は弱いからだ。
 自分の弱さに責任を持とうって発想が、おまえには最後まで芽生えなかった。
 怒るというより、がっかりだよ。あれこれ教えてやったってのに、最後まで自分の足で立つことだけは覚えなかった」

 立ち上がろうとしないシルヴィアから目をそらし、俺はダーナに言った。

「さ、行こうか。『破滅の塔』の仕込みは早いほうがいいからな」

「うむ」

 俺とダーナは、うなだれるシルヴィアを置き去りにして、出口である闇色の渦に飛び込んだ。
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