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20 これは戦いではない
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俺の脇腹をアサシンのナイフが貫いた。
アサシンは気配を殺して俺の背後を取ったのだ。
「……やったか?」
がくんと膝をつく俺の背後で、アサシンがつぶやく。
声の感じはやはり若い。
十代半ば――下手をすればそれ以下だ。
エイダの毒牙にかかって言いなりになってるクチか。
前のめりに倒れながら、俺はそれとなくアサシンを振り返る。
その瞬間、アサシンの口から鮮血が噴き出す。
「かはっ……」
アサシンが、自分の口を押さえ、愕然とした顔で俺を見る。
俺はもちろん、倒れると見せかけて足を踏み替え、その場に平然と立ち上がった。
「『やったか?』だって? ちゃんと当たったみたいだな。おめでとさん」
「屠竜の構え」というスキルがある。
スキル発動から一定時間以内に物理攻撃を受けると、自動でその攻撃を受け流し、威力を倍にして反射するというスキルだ。
「アサシネイト」は物理攻撃に「即死」の追加効果のついたスキルである。
ベースが物理攻撃のスキルであることに変わりはないから、「アサシネイト」も「屠竜の構え」で反射できる。
即死効果まで込みで反射できるかはわからなかったが、どうやらきちんと反射できたらしい。
即死効果は、DEXを比較した上で確率で決まる。
アサシンのDEXも高いが、マスターシーフはそれより高く、俺のマスターシーフ☆はさらに高い。
アサシンの少年の「アサシネイト」の成功率は、たぶん1割を切っていたはずだ。
少年に跳ね返った「アサシネイト」は、1割以下の確率を見事引き当て、少年を即死させたってことになる。
「クランツっ!」
身体に棘を生やしたままでエイダが叫ぶ。
「こいつに恨みはないからな。ひと思いに死なせてやったよ」
「てめえ……! よくもクランツを!」
「停止」がかかっていても、呼吸はできるし声も出せる。
シルヴィアがエイダの「停止」を解除した途端、
「死にさらせぇぇぇぇぇっ!!」
エイダが、大剣を振りかぶって突進してくる。
「『青メデューサの瞳』」
俺の一言で、エイダはまたも「停止」する。
棘を放とうとしたところで、今度はルシアスが斬りつけてきた。
「物理見切り」で軽く避ける。
「俺たちを……なぶりものにする気か!」
「ようやくわかったのか」
ルシアスの剣をかわしながら俺は言う。
そこで、
「『サンダーストーム』」
ダーナの生み出した雷の嵐が、サードリックやディーネ、シルヴィアをまとめて呑み込んだ。
「ぐおおおっ!」
「きゃああああっ!」
「あくぅ……っ!」
ダーナには、くれぐれも殺さないようにと言ってある。
当たれば即死級の攻撃をダーナはいくつも持っているが、今のところ中威力のサンダーストームしか使ってない。
「うっ……『ヒーリングレイン』!」
シルヴィアがたまらず範囲回復魔法を使った。
「『ダンシングニードル』」
シルヴィアに牽制の棘を飛ばす。
「くうっ!?」
シルヴィアは棘を辛くもかわした。
俺がシルヴィアを狙うのを読んでたようだ。
範囲回復は敵の注意を惹く、使った後は気を抜くな――
そう教えたのは、他でもない俺である。
「ちっ……」
回復役から倒すのがセオリーではあるが、今はシルヴィアは後回しだ。
俺は脳裏に浮かぶスキル一覧から「屠竜の構え」を使用する。
俺の隙をついたつもりのルシアスの剣が、俺の背中を袈裟斬りにした。
その直後、ルシアスの背中から血が噴き出す。
「ぐがああっ!?」
ルシアスは苦悶と驚愕の声を上げ、俺から距離を取って、他のメンバーと合流する。
「『ファースト……いえ、『フルリカバリィ』」
シルヴィアはルシアスの怪我を深手と見て、最上級の回復魔法を使った。
そこに「サンダーストーム」を見舞おうとしたダーナを、ディーネの矢が牽制する。
そのあいだに、俺が仕掛ける。
「『コールドブレス』」
俺の呼気が氷の旋風と化して、ひとまとまりになったパーティに襲いかかる。
「っ! 散開してください!」
シルヴィアがそう叫び、氷の旋風の範囲から飛び出した。
ルシアスとディーネもかろうじて範囲から逃れるが、サードリックは氷の旋風に捕まった。
「ちくしょっ……!」
サードリックの身体を氷が覆っていく。
「『サンダーストーム』!」
ダーナの雷が、同じ方向に逃げていたルシアスとディーネを呑み込んだ。
「ぐうううっ!」
「きゃあああっ!」
二人が動きを止めてるあいだに、
「『ダンシングニードル』」
「あがぁっ!」
エイダの脇腹に棘を飛ばす。
「くそっ! いちいち急所を外しやがって……!」
何本もの棘に刺されたエイダが、脂汗を浮かべて俺を睨む。
「やっと気づいたのか」
そう。俺はこれまで、何度となく殺すチャンスがあったのに、エイダをあえて生かしている。
エイダだけじゃない。あの暗殺者の少年以外は、傷つけるだけ傷つけて、命までは奪ってない。
「シルヴィアのMPが尽きるまで、せいぜい苦しみ続けるんだな」
「魂まで悪魔に売ったか、キリクぅぅぅっ!」
ダメージを負ったままのルシアスが斬りかかってくる。
「物理見切り」でかわす。
「物理見切り」対策だろう、ルシアスはフェイントを織り交ぜてきたが、魔物ならともかく、俺がそんなものに引っかかるはずもない。
(「屠竜の構え」はそろそろ読まれるな)
いい加減ネタが割れそうだ。
それでも、俺はあえて「屠竜の構え」を使ってみた。
「何度も同じ手が通じるか!」
ルシアスはその瞬間だけ剣を止め、一拍置いてから斬り下ろす。
(俺が「屠竜の構え」を持ってるってことは、「屠竜の構え」を持ってる魔物とこのパーティで戦ったってことだからな)
「屠竜の構え」はタイミングをズラせばただの攻撃チャンスに他ならない。
ルシアスの剣が、今度こそまともに俺を薙ぐ。
だが、
「――なっ、手応えがない!?」
ルシアスが叫び、飛び退る。
「『ダンシングニードル』!」
「ちぃっ!」
俺が放った棘に、ルシアスは空中で身をひねる。
放った棘は、その背後の直線上にいたエイダに突き刺さる。
棘は、エイダの頬から耳を貫通した。
「うぎゃああっ!」
のたうちまわることすらできず、エイダはただ喚くしかない。
「エイダ!」
ルシアスが叫ぶ。
「『ディスペル』!」
ディーネの回復を終えたシルヴィアが、エイダの「停止」を解除した。
赤くなった目で俺を睨み、駆け出そうとするエイダだが、
「『ドロースペル:ゲイル・トルネード』!」
俺の放った回転する緑色の突風が、ルシアスとエイダを呑み込んだ。
「ぐああああっっ!!」
「ぎゃああああっ!」
「……っと、ちょっと削りすぎたか。
ダーナ、頼む」
「了解だ。『サンダーストーム』」
ダーナは雷の嵐で後衛を牽制すると、俺のそばに舞い降りてくる。
ダーナが空中にとどまったまま、褐色の手を伸ばしてくる。
俺が手を掴むと、ダーナはそのまま上空へと舞い上がる。
空高くまで上昇すると、破滅の塔の円い屋上が頼りないほど小さく見えた。
この距離なら、こっちの攻撃もあっちの攻撃も届かない。
「なっ……!」
風をなんとか凌ぎ切ったルシアスが、絶望の声を漏らした。
俺は上空からシルヴィアに言う。
「シルヴィア、ヒールワークが遅いぞ。十秒だけ待ってやる」
「……っ! キリク、さん……!」
「せっかくの十秒を、俺を睨むことに費やすつもりか?」
「……くっ……『ヒーリングレイン』!」
シルヴィアは何かを呑み込み、範囲回復魔法を使う。
ダメージの多いエイダとルシアスには、さらに単体回復魔法を重ねがけする。
「十秒だ」
俺はダーナから手を離して飛び降りる。
「『空気砲弾』」
真下で空気の爆弾を破裂させ、着地の衝撃を吸収する。
だが、衝撃がゼロとはいかない。
「くそがぁっ!」
「死にさらせぇっ!」
ルシアスとエイダの剣が、着地で動けない俺を貫通した。
そう、貫通だ。
二人の剣は、俺の身体をすり抜けていた。
手応えのなさに動揺する二人に、
「『フレイムトラップ』」
紅い炎の舌が巻きついた。
「ぐああああ……っ!」
「熱ぃっ! くそっ、離れろっ!」
持続する炎の舌に巻きつかれた二人から、肉を焼く不快な臭いが漂ってくる。
「『青メデューサの瞳』」
さらにエイダを「停止」に。
エイダはもがくこともできず、ただ硬直して炎に巻かれるしかなくなった。
そのあいだに、ルシアスは床を転がって、なんとか炎から逃れている。
「『サンダーストーム』」
「ぐおおお……っ!」
「ああああっ!」
「くうう……っ!」
後衛は、ダーナがきっちり抑えてくれた。
「キリク……さん! ずっとこんなことを続けるつもりなんですかっ!?」
雷でボロボロになった身体でシルヴィアが言った。
「そのつもりだったんだけどな。案外、つまらんな、これ」
「つま……っ!
き、キリクさんは、こんなことをする人じゃなかったはずです!
やっぱりあの悪魔に魅入られているんですか!?」
「ちげーよ」
床に転がったルシアスを、棘で適当に牽制しながら短く答える。
「くっ! なんで攻撃が当たらない!?」
「さてな。自分の頭で考えろ。『ドロースペル:ゴールデンソーン』」
「ぐがあああっ!」
俺はルシアスの勇者魔法を登用して、ルシアスに金色の棘の冠をプレゼントする。
金の冠は、無数の棘を食い込ませながら、ルシアスの頭を締め付ける。
この「ゴールデンソーン」はルシアスの扱う「勇者魔法」のひとつを、「ドロースペル」で拝借させてもらった。
「ゴールデンソーン」は、無数の棘の生えた金の冠を相手の鉢に巻きつけ、締め付けるという、継続ダメージの攻撃魔法だ。
強力な勇者魔法の中では継続ダメージの量が少なく、攻撃魔法としては存在意義が薄い。
だが、この魔法の真価は、継続して対象に「苦痛を与える」ことにある。
この場合の「苦痛」とは状態異常ではなく、ごく一般的な意味での苦痛である。
ダメージそのものは少なくとも、相手が人間であれば、のたうちまわるしかないような苦痛を与えることができる。
こんな拷問まがいの魔法が勇者魔法に含まれてるのは不思議だが、実際に含まれてるんだからしょうがない。
なお、「ゴールデンソーン」の成功確率は、術者と対象のINT差で決まる。
今回の場合、盗用した「ゴールデンソーン」は、ルシアスのINTで成功確率を計算してるらしい。
でなかったら、INTで劣る俺が、ルシアスにこの魔法をかけることは難しい。
そもそも「ドロースペル」のスキルは、相手のMPを消費して相手の魔法を発動できるスキルだ。
盗用といったが、正確には「相手に魔法を使わせる」といったほうが近い。
だとしたら、成功判定が盗まれた側のINTでなされるのは自然である。
「敵から情報を引き出すための拷問魔法なわけだが……自分で食らってみてどうだ、ルシアス?」
「ぐ、ぐうううう! があああああっ!」
自分の魔法を食らってのたうち回るルシアスに、俺は「ダンシングニードル」を数発撃った。
赤い棘がルシアスの四肢を余さず射抜く。
「キリクっ! ルシアスを離しなさいっ!」
言葉とともに、ディーネの矢が飛んでくる。
「屠竜の構え」。
飛び道具も、物理攻撃であれば、「屠竜の構え」の対象だ。
矢が俺の肩をすり抜けた瞬間、倍の威力の反射攻撃が、ディーネの肩に襲いかかる。
「ぎゃあああっ!」
「『ドロースペル:ゴールデンソーン』」
「ぐぎゅあああああっっ! 痛い、いだい、いだいぃぃぃっ!」
ディーネにも金の冠をかぶらせる。
「ちくしょうっ! なんだってんだ! こんなのやってられるかよっ!」
あまりの惨状に、サードリックが悲鳴を上げて逃げ出した。
だが、
「なっ! 渦がねえじゃねえか!」
屋上とダンジョン内を結ぶ闇色の渦がなくなっていた。
「今頃気づいたのかよ。おまえらがここに来た直後に入り口はなくしたよ」
「そ、そんなことが……」
「こっちにはダンジョンマスターがいるんだぞ?」
俺は、サードリックに手のひらを向ける。
「『MPドレイン』」
「く、くそっ!? こんなスキルまで……!」
ごっそりとMPを吸われ、サードリックが絶望の呻きを上げた。
エイダは「停止」で動けず、ルシアスとディーネは「ゴールデンソーン」でのたうちまわっている。
俺は屋上を駆け、サードリックとの距離を詰める。
「『INT削減攻撃』」
「ぐがっ!?」
俺の振るった短剣が、サードリックの腕を薙ぐ。
同時に、追加効果でサードリックのINTが下がる。
「『INT削減攻撃』」
「がぁっ!?」
「……こんなもんか。『青メデューサの瞳』、『ドロースペル:ゴールデンソーン』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』」
「ぎゃあっ! ぐがぁっ! うぐあああっ!」
「もうやめてくださいっ!!」
サードリックの全身に棘を突き刺していく俺の前に、シルヴィアが突然割り込んできた。
シルヴィアは、無防備に両手を広げて立ち塞がる。
「あのな、俺がおまえにだけ容赦すると思ったか?」
と言いつつ、俺はつい手を止めていた。
顔をしかめ、俺は短剣を握り直す。
「『INT削減攻撃』」
「っ!」
俺の振るった短剣が、シルヴィアの頬をかすめていた。
アサシンは気配を殺して俺の背後を取ったのだ。
「……やったか?」
がくんと膝をつく俺の背後で、アサシンがつぶやく。
声の感じはやはり若い。
十代半ば――下手をすればそれ以下だ。
エイダの毒牙にかかって言いなりになってるクチか。
前のめりに倒れながら、俺はそれとなくアサシンを振り返る。
その瞬間、アサシンの口から鮮血が噴き出す。
「かはっ……」
アサシンが、自分の口を押さえ、愕然とした顔で俺を見る。
俺はもちろん、倒れると見せかけて足を踏み替え、その場に平然と立ち上がった。
「『やったか?』だって? ちゃんと当たったみたいだな。おめでとさん」
「屠竜の構え」というスキルがある。
スキル発動から一定時間以内に物理攻撃を受けると、自動でその攻撃を受け流し、威力を倍にして反射するというスキルだ。
「アサシネイト」は物理攻撃に「即死」の追加効果のついたスキルである。
ベースが物理攻撃のスキルであることに変わりはないから、「アサシネイト」も「屠竜の構え」で反射できる。
即死効果まで込みで反射できるかはわからなかったが、どうやらきちんと反射できたらしい。
即死効果は、DEXを比較した上で確率で決まる。
アサシンのDEXも高いが、マスターシーフはそれより高く、俺のマスターシーフ☆はさらに高い。
アサシンの少年の「アサシネイト」の成功率は、たぶん1割を切っていたはずだ。
少年に跳ね返った「アサシネイト」は、1割以下の確率を見事引き当て、少年を即死させたってことになる。
「クランツっ!」
身体に棘を生やしたままでエイダが叫ぶ。
「こいつに恨みはないからな。ひと思いに死なせてやったよ」
「てめえ……! よくもクランツを!」
「停止」がかかっていても、呼吸はできるし声も出せる。
シルヴィアがエイダの「停止」を解除した途端、
「死にさらせぇぇぇぇぇっ!!」
エイダが、大剣を振りかぶって突進してくる。
「『青メデューサの瞳』」
俺の一言で、エイダはまたも「停止」する。
棘を放とうとしたところで、今度はルシアスが斬りつけてきた。
「物理見切り」で軽く避ける。
「俺たちを……なぶりものにする気か!」
「ようやくわかったのか」
ルシアスの剣をかわしながら俺は言う。
そこで、
「『サンダーストーム』」
ダーナの生み出した雷の嵐が、サードリックやディーネ、シルヴィアをまとめて呑み込んだ。
「ぐおおおっ!」
「きゃああああっ!」
「あくぅ……っ!」
ダーナには、くれぐれも殺さないようにと言ってある。
当たれば即死級の攻撃をダーナはいくつも持っているが、今のところ中威力のサンダーストームしか使ってない。
「うっ……『ヒーリングレイン』!」
シルヴィアがたまらず範囲回復魔法を使った。
「『ダンシングニードル』」
シルヴィアに牽制の棘を飛ばす。
「くうっ!?」
シルヴィアは棘を辛くもかわした。
俺がシルヴィアを狙うのを読んでたようだ。
範囲回復は敵の注意を惹く、使った後は気を抜くな――
そう教えたのは、他でもない俺である。
「ちっ……」
回復役から倒すのがセオリーではあるが、今はシルヴィアは後回しだ。
俺は脳裏に浮かぶスキル一覧から「屠竜の構え」を使用する。
俺の隙をついたつもりのルシアスの剣が、俺の背中を袈裟斬りにした。
その直後、ルシアスの背中から血が噴き出す。
「ぐがああっ!?」
ルシアスは苦悶と驚愕の声を上げ、俺から距離を取って、他のメンバーと合流する。
「『ファースト……いえ、『フルリカバリィ』」
シルヴィアはルシアスの怪我を深手と見て、最上級の回復魔法を使った。
そこに「サンダーストーム」を見舞おうとしたダーナを、ディーネの矢が牽制する。
そのあいだに、俺が仕掛ける。
「『コールドブレス』」
俺の呼気が氷の旋風と化して、ひとまとまりになったパーティに襲いかかる。
「っ! 散開してください!」
シルヴィアがそう叫び、氷の旋風の範囲から飛び出した。
ルシアスとディーネもかろうじて範囲から逃れるが、サードリックは氷の旋風に捕まった。
「ちくしょっ……!」
サードリックの身体を氷が覆っていく。
「『サンダーストーム』!」
ダーナの雷が、同じ方向に逃げていたルシアスとディーネを呑み込んだ。
「ぐうううっ!」
「きゃあああっ!」
二人が動きを止めてるあいだに、
「『ダンシングニードル』」
「あがぁっ!」
エイダの脇腹に棘を飛ばす。
「くそっ! いちいち急所を外しやがって……!」
何本もの棘に刺されたエイダが、脂汗を浮かべて俺を睨む。
「やっと気づいたのか」
そう。俺はこれまで、何度となく殺すチャンスがあったのに、エイダをあえて生かしている。
エイダだけじゃない。あの暗殺者の少年以外は、傷つけるだけ傷つけて、命までは奪ってない。
「シルヴィアのMPが尽きるまで、せいぜい苦しみ続けるんだな」
「魂まで悪魔に売ったか、キリクぅぅぅっ!」
ダメージを負ったままのルシアスが斬りかかってくる。
「物理見切り」でかわす。
「物理見切り」対策だろう、ルシアスはフェイントを織り交ぜてきたが、魔物ならともかく、俺がそんなものに引っかかるはずもない。
(「屠竜の構え」はそろそろ読まれるな)
いい加減ネタが割れそうだ。
それでも、俺はあえて「屠竜の構え」を使ってみた。
「何度も同じ手が通じるか!」
ルシアスはその瞬間だけ剣を止め、一拍置いてから斬り下ろす。
(俺が「屠竜の構え」を持ってるってことは、「屠竜の構え」を持ってる魔物とこのパーティで戦ったってことだからな)
「屠竜の構え」はタイミングをズラせばただの攻撃チャンスに他ならない。
ルシアスの剣が、今度こそまともに俺を薙ぐ。
だが、
「――なっ、手応えがない!?」
ルシアスが叫び、飛び退る。
「『ダンシングニードル』!」
「ちぃっ!」
俺が放った棘に、ルシアスは空中で身をひねる。
放った棘は、その背後の直線上にいたエイダに突き刺さる。
棘は、エイダの頬から耳を貫通した。
「うぎゃああっ!」
のたうちまわることすらできず、エイダはただ喚くしかない。
「エイダ!」
ルシアスが叫ぶ。
「『ディスペル』!」
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赤くなった目で俺を睨み、駆け出そうとするエイダだが、
「『ドロースペル:ゲイル・トルネード』!」
俺の放った回転する緑色の突風が、ルシアスとエイダを呑み込んだ。
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「……っ! キリク、さん……!」
「せっかくの十秒を、俺を睨むことに費やすつもりか?」
「……くっ……『ヒーリングレイン』!」
シルヴィアは何かを呑み込み、範囲回復魔法を使う。
ダメージの多いエイダとルシアスには、さらに単体回復魔法を重ねがけする。
「十秒だ」
俺はダーナから手を離して飛び降りる。
「『空気砲弾』」
真下で空気の爆弾を破裂させ、着地の衝撃を吸収する。
だが、衝撃がゼロとはいかない。
「くそがぁっ!」
「死にさらせぇっ!」
ルシアスとエイダの剣が、着地で動けない俺を貫通した。
そう、貫通だ。
二人の剣は、俺の身体をすり抜けていた。
手応えのなさに動揺する二人に、
「『フレイムトラップ』」
紅い炎の舌が巻きついた。
「ぐああああ……っ!」
「熱ぃっ! くそっ、離れろっ!」
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さらにエイダを「停止」に。
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そのあいだに、ルシアスは床を転がって、なんとか炎から逃れている。
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「ぐおおお……っ!」
「ああああっ!」
「くうう……っ!」
後衛は、ダーナがきっちり抑えてくれた。
「キリク……さん! ずっとこんなことを続けるつもりなんですかっ!?」
雷でボロボロになった身体でシルヴィアが言った。
「そのつもりだったんだけどな。案外、つまらんな、これ」
「つま……っ!
き、キリクさんは、こんなことをする人じゃなかったはずです!
やっぱりあの悪魔に魅入られているんですか!?」
「ちげーよ」
床に転がったルシアスを、棘で適当に牽制しながら短く答える。
「くっ! なんで攻撃が当たらない!?」
「さてな。自分の頭で考えろ。『ドロースペル:ゴールデンソーン』」
「ぐがあああっ!」
俺はルシアスの勇者魔法を登用して、ルシアスに金色の棘の冠をプレゼントする。
金の冠は、無数の棘を食い込ませながら、ルシアスの頭を締め付ける。
この「ゴールデンソーン」はルシアスの扱う「勇者魔法」のひとつを、「ドロースペル」で拝借させてもらった。
「ゴールデンソーン」は、無数の棘の生えた金の冠を相手の鉢に巻きつけ、締め付けるという、継続ダメージの攻撃魔法だ。
強力な勇者魔法の中では継続ダメージの量が少なく、攻撃魔法としては存在意義が薄い。
だが、この魔法の真価は、継続して対象に「苦痛を与える」ことにある。
この場合の「苦痛」とは状態異常ではなく、ごく一般的な意味での苦痛である。
ダメージそのものは少なくとも、相手が人間であれば、のたうちまわるしかないような苦痛を与えることができる。
こんな拷問まがいの魔法が勇者魔法に含まれてるのは不思議だが、実際に含まれてるんだからしょうがない。
なお、「ゴールデンソーン」の成功確率は、術者と対象のINT差で決まる。
今回の場合、盗用した「ゴールデンソーン」は、ルシアスのINTで成功確率を計算してるらしい。
でなかったら、INTで劣る俺が、ルシアスにこの魔法をかけることは難しい。
そもそも「ドロースペル」のスキルは、相手のMPを消費して相手の魔法を発動できるスキルだ。
盗用といったが、正確には「相手に魔法を使わせる」といったほうが近い。
だとしたら、成功判定が盗まれた側のINTでなされるのは自然である。
「敵から情報を引き出すための拷問魔法なわけだが……自分で食らってみてどうだ、ルシアス?」
「ぐ、ぐうううう! があああああっ!」
自分の魔法を食らってのたうち回るルシアスに、俺は「ダンシングニードル」を数発撃った。
赤い棘がルシアスの四肢を余さず射抜く。
「キリクっ! ルシアスを離しなさいっ!」
言葉とともに、ディーネの矢が飛んでくる。
「屠竜の構え」。
飛び道具も、物理攻撃であれば、「屠竜の構え」の対象だ。
矢が俺の肩をすり抜けた瞬間、倍の威力の反射攻撃が、ディーネの肩に襲いかかる。
「ぎゃあああっ!」
「『ドロースペル:ゴールデンソーン』」
「ぐぎゅあああああっっ! 痛い、いだい、いだいぃぃぃっ!」
ディーネにも金の冠をかぶらせる。
「ちくしょうっ! なんだってんだ! こんなのやってられるかよっ!」
あまりの惨状に、サードリックが悲鳴を上げて逃げ出した。
だが、
「なっ! 渦がねえじゃねえか!」
屋上とダンジョン内を結ぶ闇色の渦がなくなっていた。
「今頃気づいたのかよ。おまえらがここに来た直後に入り口はなくしたよ」
「そ、そんなことが……」
「こっちにはダンジョンマスターがいるんだぞ?」
俺は、サードリックに手のひらを向ける。
「『MPドレイン』」
「く、くそっ!? こんなスキルまで……!」
ごっそりとMPを吸われ、サードリックが絶望の呻きを上げた。
エイダは「停止」で動けず、ルシアスとディーネは「ゴールデンソーン」でのたうちまわっている。
俺は屋上を駆け、サードリックとの距離を詰める。
「『INT削減攻撃』」
「ぐがっ!?」
俺の振るった短剣が、サードリックの腕を薙ぐ。
同時に、追加効果でサードリックのINTが下がる。
「『INT削減攻撃』」
「がぁっ!?」
「……こんなもんか。『青メデューサの瞳』、『ドロースペル:ゴールデンソーン』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』」
「ぎゃあっ! ぐがぁっ! うぐあああっ!」
「もうやめてくださいっ!!」
サードリックの全身に棘を突き刺していく俺の前に、シルヴィアが突然割り込んできた。
シルヴィアは、無防備に両手を広げて立ち塞がる。
「あのな、俺がおまえにだけ容赦すると思ったか?」
と言いつつ、俺はつい手を止めていた。
顔をしかめ、俺は短剣を握り直す。
「『INT削減攻撃』」
「っ!」
俺の振るった短剣が、シルヴィアの頬をかすめていた。
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高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
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ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
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高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
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ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
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ユーゴ・タカトー。
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彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
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女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
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彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
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収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
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収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
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