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20 これは戦いではない

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 俺の脇腹をアサシンのナイフが貫いた。
 アサシンは気配を殺して俺の背後を取ったのだ。

「……やったか?」

 がくんと膝をつく俺の背後で、アサシンがつぶやく。
 声の感じはやはり若い。
 十代半ば――下手をすればそれ以下だ。
 エイダの毒牙にかかって言いなりになってるクチか。

 前のめりに倒れながら、俺はそれとなくアサシンを振り返る。

 その瞬間、アサシンの口から鮮血が噴き出す。

「かはっ……」

 アサシンが、自分の口を押さえ、愕然とした顔で俺を見る。

 俺はもちろん、倒れると見せかけて足を踏み替え、その場に平然と立ち上がった。

「『やったか?』だって? ちゃんと当たったみたいだな。おめでとさん」

 「屠竜の構え」というスキルがある。
 スキル発動から一定時間以内に物理攻撃を受けると、自動でその攻撃を受け流し、威力を倍にして反射するというスキルだ。

 「アサシネイト」は物理攻撃に「即死」の追加効果のついたスキルである。
 ベースが物理攻撃のスキルであることに変わりはないから、「アサシネイト」も「屠竜の構え」で反射できる。
 即死効果まで込みで反射できるかはわからなかったが、どうやらきちんと反射できたらしい。

 即死効果は、DEXを比較した上で確率で決まる。
 アサシンのDEXも高いが、マスターシーフはそれより高く、俺のマスターシーフ☆はさらに高い。
 アサシンの少年の「アサシネイト」の成功率は、たぶん1割を切っていたはずだ。
 少年に跳ね返った「アサシネイト」は、1割以下の確率を見事引き当て、少年を即死させたってことになる。

「クランツっ!」

 身体に棘を生やしたままでエイダが叫ぶ。

「こいつに恨みはないからな。ひと思いに死なせてやったよ」

「てめえ……! よくもクランツを!」

 「停止」がかかっていても、呼吸はできるし声も出せる。
 シルヴィアがエイダの「停止」を解除した途端、

「死にさらせぇぇぇぇぇっ!!」

 エイダが、大剣を振りかぶって突進してくる。

「『青メデューサの瞳』」

 俺の一言で、エイダはまたも「停止」する。
 棘を放とうとしたところで、今度はルシアスが斬りつけてきた。
 「物理見切り」で軽く避ける。

「俺たちを……なぶりものにする気か!」

「ようやくわかったのか」

 ルシアスの剣をかわしながら俺は言う。

 そこで、

「『サンダーストーム』」

 ダーナの生み出した雷の嵐が、サードリックやディーネ、シルヴィアをまとめて呑み込んだ。

「ぐおおおっ!」
「きゃああああっ!」
「あくぅ……っ!」

 ダーナには、くれぐれも殺さないようにと言ってある。
 当たれば即死級の攻撃をダーナはいくつも持っているが、今のところ中威力のサンダーストームしか使ってない。

「うっ……『ヒーリングレイン』!」

 シルヴィアがたまらず範囲回復魔法を使った。

「『ダンシングニードル』」

 シルヴィアに牽制の棘を飛ばす。

「くうっ!?」

 シルヴィアは棘を辛くもかわした。
 俺がシルヴィアを狙うのを読んでたようだ。
 範囲回復は敵の注意を惹く、使った後は気を抜くな――
 そう教えたのは、他でもない俺である。

「ちっ……」

 回復役から倒すのがセオリーではあるが、今はシルヴィアは後回しだ。
 俺は脳裏に浮かぶスキル一覧から「屠竜の構え」を使用する。
 俺の隙をついたつもりのルシアスの剣が、俺の背中を袈裟斬りにした。
 その直後、ルシアスの背中から血が噴き出す。

「ぐがああっ!?」

 ルシアスは苦悶と驚愕の声を上げ、俺から距離を取って、他のメンバーと合流する。

「『ファースト……いえ、『フルリカバリィ』」

 シルヴィアはルシアスの怪我を深手と見て、最上級の回復魔法を使った。

 そこに「サンダーストーム」を見舞おうとしたダーナを、ディーネの矢が牽制する。

 そのあいだに、俺が仕掛ける。

「『コールドブレス』」

 俺の呼気が氷の旋風と化して、ひとまとまりになったパーティに襲いかかる。

「っ! 散開してください!」

 シルヴィアがそう叫び、氷の旋風の範囲から飛び出した。
 ルシアスとディーネもかろうじて範囲から逃れるが、サードリックは氷の旋風に捕まった。

「ちくしょっ……!」

 サードリックの身体を氷が覆っていく。

「『サンダーストーム』!」

 ダーナの雷が、同じ方向に逃げていたルシアスとディーネを呑み込んだ。

「ぐうううっ!」

「きゃあああっ!」

 二人が動きを止めてるあいだに、

「『ダンシングニードル』」

「あがぁっ!」

 エイダの脇腹に棘を飛ばす。

「くそっ! いちいち急所を外しやがって……!」

 何本もの棘に刺されたエイダが、脂汗を浮かべて俺を睨む。

「やっと気づいたのか」

 そう。俺はこれまで、何度となく殺すチャンスがあったのに、エイダをあえて生かしている。
 エイダだけじゃない。あの暗殺者の少年以外は、傷つけるだけ傷つけて、命までは奪ってない。

「シルヴィアのMPが尽きるまで、せいぜい苦しみ続けるんだな」

「魂まで悪魔に売ったか、キリクぅぅぅっ!」

 ダメージを負ったままのルシアスが斬りかかってくる。
 「物理見切り」でかわす。
 「物理見切り」対策だろう、ルシアスはフェイントを織り交ぜてきたが、魔物ならともかく、俺がそんなものに引っかかるはずもない。

(「屠竜の構え」はそろそろ読まれるな)

 いい加減ネタが割れそうだ。

 それでも、俺はあえて「屠竜の構え」を使ってみた。

「何度も同じ手が通じるか!」

 ルシアスはその瞬間だけ剣を止め、一拍置いてから斬り下ろす。

(俺が「屠竜の構え」を持ってるってことは、「屠竜の構え」を持ってる魔物とこのパーティで戦ったってことだからな)

 「屠竜の構え」はタイミングをズラせばただの攻撃チャンスに他ならない。

 ルシアスの剣が、今度こそまともに俺を薙ぐ。

 だが、

「――なっ、手応えがない!?」

 ルシアスが叫び、飛び退る。

「『ダンシングニードル』!」

「ちぃっ!」

 俺が放った棘に、ルシアスは空中で身をひねる。
 放った棘は、その背後の直線上にいたエイダに突き刺さる。
 棘は、エイダの頬から耳を貫通した。

「うぎゃああっ!」

 のたうちまわることすらできず、エイダはただ喚くしかない。

「エイダ!」

 ルシアスが叫ぶ。

「『ディスペル』!」

 ディーネの回復を終えたシルヴィアが、エイダの「停止」を解除した。
 赤くなった目で俺を睨み、駆け出そうとするエイダだが、

「『ドロースペル:ゲイル・トルネード』!」

 俺の放った回転する緑色の突風が、ルシアスとエイダを呑み込んだ。

「ぐああああっっ!!」

「ぎゃああああっ!」

「……っと、ちょっと削りすぎたか。
 ダーナ、頼む」

「了解だ。『サンダーストーム』」

 ダーナは雷の嵐で後衛を牽制すると、俺のそばに舞い降りてくる。
 ダーナが空中にとどまったまま、褐色の手を伸ばしてくる。
 俺が手を掴むと、ダーナはそのまま上空へと舞い上がる。

 空高くまで上昇すると、破滅の塔の円い屋上が頼りないほど小さく見えた。
 この距離なら、こっちの攻撃もあっちの攻撃も届かない。

「なっ……!」

 風をなんとか凌ぎ切ったルシアスが、絶望の声を漏らした。

 俺は上空からシルヴィアに言う。

「シルヴィア、ヒールワークが遅いぞ。十秒だけ待ってやる」

「……っ! キリク、さん……!」

「せっかくの十秒を、俺を睨むことに費やすつもりか?」

「……くっ……『ヒーリングレイン』!」

 シルヴィアは何かを呑み込み、範囲回復魔法を使う。
 ダメージの多いエイダとルシアスには、さらに単体回復魔法を重ねがけする。

「十秒だ」

 俺はダーナから手を離して飛び降りる。

「『空気砲弾』」

 真下で空気の爆弾を破裂させ、着地の衝撃を吸収する。
 だが、衝撃がゼロとはいかない。

「くそがぁっ!」

「死にさらせぇっ!」

 ルシアスとエイダの剣が、着地で動けない俺を貫通した。

 そう、貫通だ。
 二人の剣は、俺の身体をすり抜けていた。

 手応えのなさに動揺する二人に、

「『フレイムトラップ』」

 紅い炎の舌が巻きついた。

「ぐああああ……っ!」

「熱ぃっ! くそっ、離れろっ!」

 持続する炎の舌に巻きつかれた二人から、肉を焼く不快な臭いが漂ってくる。

「『青メデューサの瞳』」

 さらにエイダを「停止」に。
 エイダはもがくこともできず、ただ硬直して炎に巻かれるしかなくなった。

 そのあいだに、ルシアスは床を転がって、なんとか炎から逃れている。

「『サンダーストーム』」

「ぐおおお……っ!」

「ああああっ!」

「くうう……っ!」

 後衛は、ダーナがきっちり抑えてくれた。

「キリク……さん! ずっとこんなことを続けるつもりなんですかっ!?」

 雷でボロボロになった身体でシルヴィアが言った。

「そのつもりだったんだけどな。案外、つまらんな、これ」

「つま……っ!
 き、キリクさんは、こんなことをする人じゃなかったはずです!
 やっぱりあの悪魔に魅入られているんですか!?」

「ちげーよ」

 床に転がったルシアスを、棘で適当に牽制しながら短く答える。

「くっ! なんで攻撃が当たらない!?」

「さてな。自分の頭で考えろ。『ドロースペル:ゴールデンソーン』」

「ぐがあああっ!」

 俺はルシアスの勇者魔法を登用して、ルシアスに金色の棘の冠をプレゼントする。
 金の冠は、無数の棘を食い込ませながら、ルシアスの頭を締め付ける。

 この「ゴールデンソーン」はルシアスの扱う「勇者魔法」のひとつを、「ドロースペル」で拝借させてもらった。
 「ゴールデンソーン」は、無数の棘の生えた金の冠を相手の鉢に巻きつけ、締め付けるという、継続ダメージの攻撃魔法だ。
 強力な勇者魔法の中では継続ダメージの量が少なく、攻撃魔法としては存在意義が薄い。
 だが、この魔法の真価は、継続して対象に「苦痛を与える」ことにある。
 この場合の「苦痛」とは状態異常ではなく、ごく一般的な意味での苦痛である。
 ダメージそのものは少なくとも、相手が人間であれば、のたうちまわるしかないような苦痛を与えることができる。
 こんな拷問まがいの魔法が勇者魔法に含まれてるのは不思議だが、実際に含まれてるんだからしょうがない。

 なお、「ゴールデンソーン」の成功確率は、術者と対象のINT差で決まる。
 今回の場合、盗用した「ゴールデンソーン」は、ルシアスのINTで成功確率を計算してるらしい。
 でなかったら、INTで劣る俺が、ルシアスにこの魔法をかけることは難しい。
 そもそも「ドロースペル」のスキルは、相手のMPを消費して相手の魔法を発動できるスキルだ。
 盗用といったが、正確には「相手に魔法を使わせる」といったほうが近い。
 だとしたら、成功判定が盗まれた側のINTでなされるのは自然である。

「敵から情報を引き出すための拷問魔法なわけだが……自分で食らってみてどうだ、ルシアス?」

「ぐ、ぐうううう! があああああっ!」

 自分の魔法を食らってのたうち回るルシアスに、俺は「ダンシングニードル」を数発撃った。
 赤い棘がルシアスの四肢を余さず射抜く。

「キリクっ! ルシアスを離しなさいっ!」

 言葉とともに、ディーネの矢が飛んでくる。
 「屠竜の構え」。
 飛び道具も、物理攻撃であれば、「屠竜の構え」の対象だ。
 矢が俺の肩をすり抜けた瞬間、倍の威力の反射攻撃が、ディーネの肩に襲いかかる。

「ぎゃあああっ!」

「『ドロースペル:ゴールデンソーン』」

「ぐぎゅあああああっっ! 痛い、いだい、いだいぃぃぃっ!」

 ディーネにも金の冠をかぶらせる。

「ちくしょうっ! なんだってんだ! こんなのやってられるかよっ!」

 あまりの惨状に、サードリックが悲鳴を上げて逃げ出した。

 だが、

「なっ! 渦がねえじゃねえか!」

 屋上とダンジョン内を結ぶ闇色の渦がなくなっていた。

「今頃気づいたのかよ。おまえらがここに来た直後に入り口はなくしたよ」

「そ、そんなことが……」

「こっちにはダンジョンマスターがいるんだぞ?」

 俺は、サードリックに手のひらを向ける。

「『MPドレイン』」

「く、くそっ!? こんなスキルまで……!」

 ごっそりとMPを吸われ、サードリックが絶望の呻きを上げた。

 エイダは「停止」で動けず、ルシアスとディーネは「ゴールデンソーン」でのたうちまわっている。

 俺は屋上を駆け、サードリックとの距離を詰める。

「『INT削減攻撃』」

「ぐがっ!?」

 俺の振るった短剣が、サードリックの腕を薙ぐ。
 同時に、追加効果でサードリックのINTが下がる。

「『INT削減攻撃』」

「がぁっ!?」

「……こんなもんか。『青メデューサの瞳』、『ドロースペル:ゴールデンソーン』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』、『ダンシングニードル』」

「ぎゃあっ! ぐがぁっ! うぐあああっ!」

「もうやめてくださいっ!!」

 サードリックの全身に棘を突き刺していく俺の前に、シルヴィアが突然割り込んできた。
 シルヴィアは、無防備に両手を広げて立ち塞がる。

「あのな、俺がおまえにだけ容赦すると思ったか?」

 と言いつつ、俺はつい手を止めていた。

 顔をしかめ、俺は短剣を握り直す。

「『INT削減攻撃』」

「っ!」

 俺の振るった短剣が、シルヴィアの頬をかすめていた。
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