NO STRESS 24時間耐えられる男の転生譚 ~ストレスから解放された俺は常人には扱えない反属性魔法を極めて無双する~

天宮暁

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第四章 12歳

23 一時の別れ

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「じゃあ、これで最後のレッスンは終了だ」

 俺はロゼの私室で、魔力のトレーニングを終えて、そう言った。

 言いながら、一抹の寂しさも感じてる。

 まだ幼いロゼは恋愛対象ではないはずだが、同じサンヌルとしての同情を越えて、ロゼという女の子に強く惹かれ始めてる自分がいた。

「あの、もうひとつ、付き合ってほしいんだけど」

 ロゼがおずおずと言った。

「もうひとつ? 何?」

「えっと……これのこと」

 ロゼは、右耳にかかる髪の房を持ち上げた。
 その下からは、エメラルドグリーンの髪がひと房見える。

「前から気になってたんだけど、その色は、ヒュルの人に多い髪色だよな?」

 ヒュル=風の加護を授かった人の属性名な。

「うん。これまで、わたしが名乗ってた名前は、嘘なんだ」

「嘘って……」

「あ、もちろん、ローゼリアっていう名前とミルデニヴァの姓は嘘じゃないよ?」

「そりゃ、そこが嘘だったら大変なことになるよな。
 じゃあ、属性名の光闇サンヌルか? でも、光と闇の属性を持ってることは間違いないし……」

 これまでの訓練で、散々光と闇の魔力を扱ってきたのだ。
 それが嘘ってことはありえない。

 それに加えて、今見せられた緑の髪。
 前から気づいてたけど、ロゼの瞳の虹彩は、時々エメラルドの光を反射してることがある。

「光と闇に合わせて風の属性があるってことか。つまり……」

「うん……わたしは、三重属性なんだ」

「さ、三重属性!?」

「わたしが産まれた時には、いろいろあったらしいの。
 もともとは、風曜日に産まれるはずだったんだ。光闇サンヌルにならないように、一日余裕をみたんだね」

 この世界の曜日は、地水火風光闇の順番だ。
 光闇サンヌルになる可能性があるのは、光曜日と闇曜日の境目付近。
 なんとしてもサンヌルを避けたいなら、光曜日の出産すら避けて、その前の風曜日に産んでおけば安心だ。
 お産が長引いて夜中になっても、そのタイミングなら風光ヒュルサンで済む。ヒュルサンは、実用的な複合魔法こそないものの、精霊同士の相克もない。風と光、二つの属性の魔法を使うことができる、「当たり」の部類の二重属性だ。

「王家に伝わる、お産を早める薬があるの。
 風曜日の夜にお母さんはそれを飲んだ。直後に陣痛が始まった。
 でも、お産はとても長引いたの。薬がお母さんの体質に合わなかったんだって。
 わたしが産まれそうで産まれないまま、風曜日、光曜日が過ぎていった。
 もともと身体が丈夫じゃなかったお母さんは……闇曜日に亡くなった。わたしは、死んだお母さんのお腹の中から産まれることになった」

 俺はかける言葉が見つからなかった。

 俺が産まれる時も、両親は曜日のことを気にしてた。

 それが王家ならなおさらだろう。

「そんな状況で産まれたから、精霊様が混乱したんだと思う。わたしには、風と光と闇の三つの加護が宿ることになった」

「そうだったのか……。
 でも、それじゃあどうしてサンヌルと名乗ってるんだ?
 属性名はちゃんと名乗らないと精霊が機嫌を損ねるって話だけど」

「わたしの場合は、そのほうが都合がよかったんだ。
 三重属性のせいかどうかはわからないけど、わたしは魔力がすごく強い。エリアはよく知ってるよね?」

「そうだね。俺も魔力が多いほうだけど、ロゼは本当に桁が違う。
 って、まさか」

「うん。あえてサンヌルと名乗ることで、魔力を抑えることができるんだ。そうしないと、相克がもっと激しくなって、まともに生活できないから」

「なんてこった……」

 まさか、自分の魔力に枷をはめるために、あえて精霊の機嫌を損ねてた、とはな。
 ていうか、その状態ですら俺の十倍を超えそうな魔力があるんだけど。

「でも、やっぱりそれはよくないと思うんだ。
 精霊様に悪いっていうのもあるけど、人として。
 舞踏会で、誰もわたしに近づかない中、エリアが誘ってくれて、本当に嬉しかった。
 わたしと一緒にいたら、サンヌルのエリアは悪目立ちしちゃうのに、そんなことは気にせず踊ってくれた。
 本当に……嬉しかった」

 ロゼが、涙を浮かべて言ってくる。

「だから、決めたの。もし、相克の制御ができるようになったら、まず最初にエリアにわたしの本名を名乗ろうって」

「ロゼ……」

「あ、だけど、やっぱり怖いから、エリアに見守っててほしいっていうのもあるんだ。いつもみたいに、後ろから抱きしめて、手を握っててくれないかな?」

「わかったよ、ロゼ」

 俺は、ロゼの後ろにまわり、背中から抱きしめるように腕を回す。
 手と手を重ね、恋人つなぎにする。

「じゃあ、行くよ」

「うん」

 ロゼは、何度か深呼吸してから、その名前を口にした。

「わたしは……わたしの本当の名前は、ローゼリア=ヒュルサンヌル=ミルデニヴァ!」

「うわっ!?」

 ロゼの言葉とともに、ロゼの身体から風が吹き荒れた。
 なじるように、喜ぶように、風が俺たちの周囲を駆け巡る。

「ごめんね、いままで呼んであげられなくて。これからは一緒だよ。わたしは、この名前とともに……この宿命とともに生きていく!」

 風に飛ばされないように、俺はロゼを必死に抱きしめる。
 サンヌルの俺には、風の魔力はどうしようもないからな。

「ええっと、風の魔力は……こんな感じ?」

 ロゼの体内で、これまで使われてなかった魔力が動くのを感じた。
 最初に応急処置で『薄膜』をやった時から、光でも闇でもない魔力があることには気づいてた。
 その魔力が、徐々に周囲の風を吸収し、光と闇とはべつの魔力として、ロゼの体内に収まっていく。

 俺とロゼが身を離す。
 向き合ってみて、俺はロゼの変化に気がついた。

「さっきの髪が、増えてるな」

「えっ、ほんと?」

 ロゼが姿見を覗き込む。
 さっきまでは黒い髪に隠されてたエメラルドグリーンの髪の房が、より輝きを増している。これまで黒かった部分にも、エクステのようにエメラルドの房が混じっていた。

「ほんとだ。これはもう隠せないね」

 さばさばした口調で、ロゼが言った。

「目も、すこし緑に光ってないか? 黒い瞳の上に、差し色みたいにエメラルドグリーンがあるような」

「あ、そうだね。角度によって見えたり見えなかったりかな」

「綺麗だな」

「えっ、ふぇっ!? あ、ありが……とう?」

 すこし照れた顔で、ロゼが言う。

「お父様にも内緒でやっちゃった。明日から大変かも……」

「……俺のことはどう言い訳しよう」

 二人で悩むが、結局正直に言うしかないという結論に至った。
 俺が「夜這い」してたことだけは伏せとくとして。

「とにかく、おめでとう。俺なしでももう十分やっていけるな」

「そう……だけど。でも、だからって、一緒にいちゃいけないわけじゃ、ないよね?」

 もじもじしながら、ロゼが俺の顔をうかがってくる。

「えっ……?」

「学園騎士団は知ってるよね?」

「え、ああ。15歳になった貴族の子弟が所属して、将来騎士となるための勉強をする、学校でもあり騎士団でもある組織のことだろ」

 貴族なら全員入らなければならないわけではなく、希望者だけだ。
 中央で仕官したい者もいれば、実家の所領を継ぐ上で勉強をしたいという者もいる。
 サルゴン王の時代になってからは、周辺国から留学生も受け入れていてると聞いている。

「エリアは、学園騎士団には入る?」

「どうかな……まだ決めてない」

「じゃあ、わたしと一緒に……入ってくれないかな?」

「王女様って、学園騎士団に入るものなの?」

「どっちかというと例外かな。
 でも、入っちゃいけないわけじゃないし。
 騎士団にいる間は縁談も断りやすいし、騎士団の中で相手を見つけて……け、結婚する人も……いるし?
 だから、その……ね? ダメ……かな?」

 ……ええっと。これはつまり、

(プロポーズ、だよな?)

 直球で言われてるわけじゃないが、将来的にはそれを見据えてお付き合いしましょう的なお誘いだ。
 決して、軽々しく答えていいものじゃない。
 貴族ならとくに、両親に相談してから答えます、が模範解答になるだろう。

(でも、女の子がここまで言ってくれてるんだ。それじゃ、いくらなんでもダサすぎる)

 結婚は人生の墓場だって?
 そうかもしれない。でも、こんないじらしい女の子とだったら、一緒に墓に入るのも悪くない。

 慎重に、慎重に、と理性が言う。
 だが、あれこれ考えてみても、この子と結婚して後悔しそうな要素が思いつかなかった。
 逆に、これを断った時に、後からどれほど悔やむかは計り知れない。

 決断には、数秒もいらなかった。

「わかったよ。俺も、15になったら学園騎士団に入る」

「ほんとにっ!?」

「ああ」

「ゆ、夢じゃないよね?」

「ほっぺつねってみたら?」

いはひ……現実だ!」

「ぷっ、変な顔」

「あー! ひどい!」

 二人で笑い合う。

「でもね……うんと……ああ、やっぱり、やめようかな……」

「えっ、何を?」

「ああ、いや! 学園騎士団のことはいいんだけど! 言おうか迷ってたことがあるんだ」

「何?」

「うん。あのね、学園騎士団に入れるまで、あと三年もあるでしょ?」

「そうだね」

「そのあいだ、あまり会えないと思う。
 それに、あまり会わないほうがいいんじゃないかとも、思うんだ」

「な、なんで?」

「エリアといると、わたし、すっごい安心するの。怖いものなんて何もないし、いつまでもいつまでも、つながっていたいと思っちゃうの。エリアの熱い魔力を、わたしの中で味わってたいってなっちゃうんだ」

「それは、俺もだよ」

 魔力を互いに送り合ってると、身体がひとつになったような感じがする。
 梵我一如っていうんだろうか。
 世界は二人の中だけにあって、その外には何もない。
 そんな感じの恍惚感があった。

 ロゼが、うつむきながら言った。

「わたしは、エリアに頼りっきりになりたくないから。わたしはわたしなりにがんばって、エリアの隣に立てるようになりたいの」

「……だから、あえて会わないようにしたいってことなんだね」

「うん。でも、会いたいよ。いつも一緒にいてほしい。だけど、それってわたしにとってもエリアにとってもよくないんじゃないかって」

「そっか……」

 俺は内心驚いていた。

 俺の感覚では、12歳はまだ子どもだ。
 ロゼが年齢以上に頭が良く、気遣いができることは知っていた。
 でも、こんなことまで考えてくれてたとは。
 むしろ、俺のほうが全然考えたらずじゃないか。

「そうだね。ロゼの言うことは正しいと思う」

「だ、だよね……」

 賛同されたのに、ロゼはしゅんと落ち込んだ。

「でもさ、手紙を送り合うくらいならいいんじゃないか。なにもなしだったら、お互い不安になっちゃうじゃん。そこまで我慢することはないと思う」

「そ、そうだね!」

「父さんたちは社交界嫌いだから、なかなか王都には来れないだろうけどさ。もし来る機会があったら、わざわざ避けるのもおかしいし。どっちにせよ、国王陛下がロゼを連れて押しかけてきそうだしね」

 あの王様、マジでうちの父さんのことが好きだからな。

「う……そうだね」

「だから、全部なくすとか、いつも一緒にいるとかじゃなくて、うまくバランスを取ればいいと思うんだ。そうしながら、お互いの三年後を楽しみに頑張ろう」

「うん……わかった」

 ロゼが、ほっとした顔でうなずいた。

(本当は、会えないなんて不安だったんだろうな)

 それでも、二人の将来を考えて、厳しい提案をしてくれた。
 まだ12歳の女の子が、だ。

 そこで、ふと俺は思う。

(ロゼとの別れを寂しいと思ってはいたけど……そのことにストレスを感じてなかったような?)

 背筋が寒くなった。
 【無荷無覚】によるストレスの遮断は、場合によってはマイナスに働くこともあるのかもしれない。

(これは……気をつけておかないとな)

 ストレスがないおかげで、自分の感情や本能に対して距離を置ける。
 メリットのほうが多かったが、こと恋愛となると、気持ちの通りにパッと動けないことで、後悔を生む可能性もあるってことだ。

 まあ、気持ち通りに動きさえすればうまくいくってもんでもないけどな。そこが恋愛の悩ましいところだ。

 考えを巡らす俺を、ロゼが上目遣いに見つめてくる。

「あのね、最後に、ひとつだけいいかな?」

「うん。何?」

 ロゼが、俺に一歩近づいてきた。

 ロゼは何も言わず、俺の顔に手を伸ばす。

「え?」

「じっとしてて」

 ロゼは、俺の頭を両手で抱えると、爪先立ちになって、俺の顔に自分の顔を近づけてくる。

 振りほどこうと思えばそうできた。

 でも、迷ってるうちに時間がなくなった。

 ロゼの唇が、俺の唇にそっと触れる。

「これが、約束の証……だから」

 真っ赤になった顔をうつむけて、ロゼがそうつぶやいた。

 ロゼは、上目遣いのままで付け足した。

「初めて……なんだからね? 他にかわいい女の子がいても、なびいたりしたら許さないんだから」

 愛おしい王女様を、俺は無言で抱きしめていた。






 最後の晩ではあったが、夜が明らむ前には、ロゼの私室を後にしなければならない。

 王城の中には、夜明け前から動き出す使用人たちもいるからな。
 魔法があるとはいえ、ごまかすにも限度がある。

 ロゼも、園遊会と舞踏会の後に誘拐されて、最後は俺とのレッスンだ。その後にはあんな告白まであった。
 時間の許す限り別れを惜しんだが、最後のほうはうつらうつらと船を漕いでいた。
 眠ってしまったロゼを、ベットの上に横たえる。

(これで、三年も会えなくなるのか)

 この数日間の逢瀬は本当に濃密だった。
 もとはそんなつもりじゃなかったんだが、最終的には完全に情にほだされてしまった。

 会えないことに強烈な寂しさが襲ってくるが、やはり、それをストレスには感じない。
 でも、それ以上のストレスを、ロゼは三年も抱え続けることになる。

(そのことを、いつも想像しておかないとな)

 俺は、人間離れした冷血漢になってしまったような気持ちを抱えながら、の明けかけた街を駆け抜ける。
 ストレスはないものの、強い眠気で脳がぼやけた感じはする。

 屋敷に戻ると、ちょうどセルゲイも戻ってきたところだった。

「おや、お別れは済みましたか? まさかとは思いますが、手篭めにしたりなどしておりますまいな?」

「……まさか。これでしばらく会えなくなるからな。魔力の制御の最終確認をしてたんだ」

 それも嘘ではない。
 ロゼは、俺の教えたことをしっかり吸収した。
 もう、相克に苦しめられることはないだろう。
 心配なのは、風属性の魔力まで持ってたことだが、サンヌルの場合とやることは基本的に変わらないはずだ。

「で、シュローバーは何か吐いたのか?」

「いえ、坊っちゃまが聞き出した以上のことは何も知らなかったようです」

「帝国がローゼリア王女を狙っていた理由も?」

「わからずじまいですね」

 セルゲイがかぶりを振った。

 一方、俺には心当たりがあった。

(ロゼが三重属性なのは偶然だとしても、ロゼの魔力があれほどまでに高いのは、偶然なんかじゃないんじゃないか?)

 ロゼの魔力は、俺のざっと十倍以上。
 しかも、ヒュルサンヌルを名乗ったことで、抑えられていた分が解放され、さらに魔力が上がってる。

(そもそも、俺だって魔力はかなり強いんだよな)

 高位の魔術師である両親も、世間的には魔力がかなり強い部類に入る。
 俺の魔力は、その両親をさらに凌駕している。
 俺はロゼ以外に、俺より魔力の強いやつを見たことがない。

(ネルズィエン皇女なら何か知ってたのかもな)

 いまさら気づいてもどうしようもないのだが。

「黒装猟兵、だっけ。あいつらの吸魔煌殻はどうだった?」

「三年前の戦役で鹵獲した赤装歩兵や緑装騎兵のものと基本的には同じようなものですな。やはり、属性の合う者にしか扱えぬようです」

「黒装猟兵はみんなヌルってことか。
 ……まさかとは思うけど、トワ家で使ったりしないよな?」

「さすがに、命を吸うと言われて使いたがる者はいないでしょうな。セルゲイのような老いぼれが使ったら、一瞬でぽっくり行くかもしれませぬ」

「じゃあ、若い連中は?」

「一流の闇魔法使いを育てるには、たいへんな手間暇がかかるのです。トワでは手の者を使い捨てることはありませぬ。それをやっては、忠誠心も期待できなくなりますからな」

「なんだ、ブラック企業じゃなかったのか」

「ブラック?」

「いや、なんでもない」

 俺の元いた会社は、「王国の影」よりブラック体質であることが判明した。
 セルゲイがホワイト経営者に思えてくるほどだ。

「ともあれ、お疲れでしょう。明日――もう今日ですが、眠そうな顔をされていては困ります。早くお休みになってくださいませ」

「そうだな。セルゲイさんも夜遅くまでお疲れさま」

「ほっほっほ。なに、収穫は多かったですからな。
 もし気持ちが昂ぶって眠れないのであれば、寝付きのよくなる飲み物でも用意しましょうか?」

「いや、大丈夫。そういうのは感じないからな」

 俺は、自分の部屋に戻ると、服だけ着替えてすぐに寝た。
 舞踏会、黒装猟兵との戦い、ロゼとの約束。
 神経が昂ぶる原因には事欠かなかったが、【無荷無覚】のおかげか、あるいは疲れ切ってたせいか、俺はすぐに眠りに落ちた。




 ――翌朝。
 俺たちブランタージュ伯一家は、王都ラングレイを後にした。
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