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第五章 15歳

36 後味の悪い結末

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 開始の合図と同時に、ラシヴァは大きく横に跳んだ。
 俺は何もしていない。

「ちっ、マジで使わねえのか?」

 どうやら、俺のハッタリを疑ってたようだ。
 その頭の上には、青いHPバーが浮いている。
 白一色だった闘戯場にも、十メートルおきくらいに青い光のグリッドラインが走ってた。

「こっちから行くぜ」

 俺は剣を片手にラシヴァに迫る。
 影を使ったりもしていない普通のダッシュだ。

 この空間には斜めに光が入ってるので、俺やラシヴァにも影はある。
 だが、他には障害物が何もない。陰を使うには困った環境だ。
 もっとも、円卓戦や模擬戦では障害物が設定できるという話だった。

 今回は、マジで魔法は使わない。
 
(まだ目立ちたくないからな)

 サンヌルで学術科だが武術が得意、くらいに認識されるのが狙いだった。

 舐めプかといえば、舐めプかもしれない。

 だが、闘戯をしかけてきたのはラシヴァのほうだ。
 それをどう受けるかは俺の自由だろう。

「はっ!」

 直前で加速して、一気に剣を振り下ろす。

「舐めんな!」

 ラシヴァは拳闘用のグローブの甲で剣を弾く。
 得物のリーチからすると剣が有利だが、ラシヴァは当然剣への対策をしてるはずだ。

「『炎弾』!」

 ラシヴァが空中をジャブして炎を放った。
 俺はフットワークでそれをかわし、すくい上げるように斬りつける。
 ラシヴァは後ろに跳びつつ、再びジャブ。
 俺の頭を狙った炎弾を、頭を傾けギリギリで避ける。

「らっ! おらぁっ!」

 ラシヴァは、剣のリーチには入らず、ジャブ、ローキックで炎弾を撃ってくる。

「なかなか……器用なことするな」

 炎弾を避けつつ接近するのは骨だった。

「ちっ、ひらひら避けやがって……!」

 ラシヴァは、炎弾が当たらないことにイラついてる。
 こっちはギリギリ回避でもストレスはない。
 もっとも、【無荷無覚】がなかったとしても、キレるのはラシヴァのほうが早かったろう。

「しっ、うらぁっ!」

 炎弾をいくつか放つと同時に、ラシヴァが俺に迫ってくる。

 不意を打ったつもりだろうが、

「もらった!」

「ぐっ……」

 俺の振るった剣が、ラシヴァの胸を浅く薙ぐ。
 闘戯のバリアがあるから怪我はないが、ラシヴァの頭上のHPバーが2割ほど削れた。

「くっそ!」

 慌てて下がるラシヴァ。

「逃すかっ!」

 俺は、ラシヴァが下がった分だけ踏み込み、ラシヴァを斜めに斬り下ろす。
 ラシヴァのHPバーがさらに削れた。

「うざってえな! 『炎の壁よ』!」

 さらに追撃しようとした俺の眼前に、突如紅蓮の炎が吹き上がる。

「うおっ!?」

 急制動をかけるが、俺のHPには若干のダメージが入ってた。

 炎は、高さ2メートル、幅5メートルくらいに広がり、俺とラシヴァを遮る形で燃えている。

 炎の壁の向こうから、いきなり炎弾が飛んできた。

「なにっ!?」

 避けそこなった弾が肩をかすめる。
 ラシヴァは炎の壁で視界を塞ぎ、無言で炎弾を撃ってきたらしい。
 これまで炎弾を撃つたびに暑苦しい掛け声をかけてきてたせいで、単に黙って撃つだけのことが不意打ちになっていた。
 こっちが見えないせいか、狙いはかなり甘かったが。

(次はどう来る?)

 炎の壁を回り込んで――いや、そんな性格のやつじゃない!

 ラシヴァの次の行動に見当をつけた俺は、剣を真っ直ぐに斬り下ろす。

 その剣の軌道上に、炎の壁を突っ切ってきたラシヴァが飛び込んだ。

「な……っ!?」

 ラシヴァは、自分の生んだ炎の壁でダメージを食らい、先読みで置かれた俺の攻撃をもまともに受けた。
 ラシヴァのHPバーがなくなり、音を立てて砕け散る。
 ラシヴァ自身も、俺の剣を肩口に受けた姿勢で動きを止めていた。

「う……ぐ……」

『勝者、エリアック=サンヌル=ブランタージュ君!』

 受付の人が宣言する。
 ここでは聞こえないが、観客席は沸いてるのかもな。

「くそっ……どうしてわかった?」

「なんとなく。性格的にそういうことをやりそうだと思った。焦れてるみたいだったしな」

「読みが外れたらどうするつもりだった?」

「外れた場合は、ラシヴァは炎の壁の左右から回り込んでくる。剣を切り返せば間に合った」

「突っ込まず、炎の壁越しに炎弾を撃ってたら?」

「そっちからも俺が見えない以上、そうそう当たるもんじゃない。当たってもダメージはそんなにないしな」

 俺は魔力が読めるから、注意してれば避けることもできる。
 だが、そこまで言う必要はない。
 魔法を使えば、炎弾をすべて撃墜できた、なんてこともな。

「俺の勝ちだ。約束は守ってもらうぜ」

 俺が言うと、ラシヴァは弾かれたように顔を上げた。

「ぐ……くそっ! こ、こんなのは無効だ!」

「え?」

「俺は、こんなところで終わるわけにはいかねえんだよ!」

「……つまり、約束を守る気はないと」

 ラシヴァが歯を剥いて睨んでくる。
 言い逃れのしようがないことは、本人もわかってるようだ。
 それでも、目の前の現実を受け入れられない。
 こんなところで復讐が頓挫するなんて認めない。
 約束を守ることより、自分の感情を満たすことの方が大事なのだ。
 ラシヴァの味わった絶望を思えば、理解はできる気持ちだったが……

 俺は、そっとため息をつく。

「……そうか。残念だよ。見所のあるやつだと思ってたんだけどな」

 俺とラシヴァは、無言のままでエレベーターに乗った。

 俺は、思った以上に怒ってたらしい。

 ラシヴァにも、迎えてくれた受付の先輩にも何も言わず、俺は闘戯場運営局を後にした。






「エリア!」

 どこをどう歩いてたのか覚えてないが、途中でロゼに腕を掴まれた。

「ロゼ」

「ど、どうしたの? いきなり闘戯するっていうから驚いたよ!」

「ああ、悪い。いきなり持ちかけられたんだ。断るわけにもいかなくて」

「どうして、勝ったのに怒ってるの?」

「べつに……思ったよりくだらないやつだったってだけだ」

 約束を守らないなら守らないでいいと思った。
 そんな程度のやつなら、どっちにせよ俺とロゼのチームにはふさわしくない。
 それでも、無性に腹が立つ。
 自分でも悪いとわかってるくせにガキみたいに突っ張るラシヴァの惨めな表情に、俺まで腹が立ってしかたがない。

(落ち着けよ。しょせん他人のすることだ)

 俺は、大きく息を吸って、大きく吐いた。

「うん、大丈夫だ」

 怒りそのものは、【無荷無覚】でもなくならない。
 ただ、自分が怒ってることについて感じるはずのストレスはない。
 その分、怒りは収めやすい。

 怒りという感情が抑えにくいのは、「自分は不当な扱いを受けた」「自分は間違ってない」と思うことで、自分を被害者の立場に追い込むからだ。
 その立場を打開するために、怒りという感情はいっそう激しく燃え盛る。
 そうすることで、怒ってる人に敵と戦うためのエネルギーを供給する。

 だが、前世のような人間関係の密な社会では、怒りに任せて物理的に戦うわけにもいかない。
 そのために、怒ってる人は、自分が不当に扱われてると感じているにもかかわらず、その怒りを自分自身で呑み込まなければならなくなる。
 怒りそのものもストレスなのに、それを相手にぶつけることもできず、呑み込むしかないのもまたストレスだ。

 どこまでが怒りで、どこからが【無荷無覚】の定義するストレスの範囲なのかは、必ずしもはっきりしていない。
 そもそも「ストレス」って言葉自体、実体を持たない抽象的なものだからな。

 あくまでも経験則だが、【無荷無覚】は基本的に俺の利益となるように働いてる。
 感情自体を最初から感じないのでは危険だろう。
 俺から人間らしさを奪うことにもなってしまう。
 だから、最初の感情はちゃんと感じるようになっている。

 だが、不快な感情を抱くことによる「二次被害」は、【無荷無覚】のカバー範囲内になるようだ。
 二次被害がないのであれば、最初に抱いた怒りは、時間とともに鎮火する。
 怒ってる時っていうのは、自分自身の怒りに、自分で燃料をくべ続けてるようなもんだからな。

 そんな分析をしてるうちに、俺の頭は冷静になった。

 俺はロゼに、ラシヴァに闘戯を持ちかけられた経緯を説明する。

「勝手に買いかぶってたんだろうな」

「ラシヴァ君のこと?」

「ああ。本気で帝国と戦おうとしてるやつだと思ってた。それは間違いじゃないのかもしれないけど、同時にプライドのあるやつだとも思ってたんだよ」

 でも、考えてみれば、ラシヴァだってまだ15歳なのだ。
 自分の気持ちと現実に、折り合いのつかないことだってあるだろう。
 あいつの人生は、そういうことばかりだったと言ってもいい。
 ブランタージュ戦役の時には、あいつは俺と同じで9歳だった。
 あいつには【無荷無覚】なんて便利なもんはないし、前世での人生経験なんてもんももちろんない。

 俺は、遅まきながら自分が怒ってた理由に気がついた。

「そうか……これは同情だったのか。勝手に同情して、はねつけられて、勝手に気分を害したってだけ。ラシヴァからすればいい迷惑だな」

「ラシヴァ君が置かれた状況には、同情するよ。でも、約束を破ったんなら、それは悪いことだよね」

「前のめりになって自分が見えなくなってるやつに、餌をぶら下げて守れっこない約束を結ばせてしまった俺も悪い。
 調子に乗って、武術だけでやっつけてさ。これで仲間にできるなんて、おめでたい考えだったんだよ」

 こんな方法じゃ、会長やエレイン先生の言ってた「人望」なんて手に入るわけがない。
 力をひけらかす嫌なやつと思われるのが関の山だ。

「……ラシヴァ君のことはわかんないけどさ」

 ロゼが言った。

「エリアは、困ってたわたしを助けてくれた。なんの見返りもなしに。
 だから、わたしはエリアのことが好きになった。ちょっと現金かもだけど、本当に、好きになったんだよ。
 それは、エリアが力を持ってたからってだけじゃなくて、エリアが優しい人だったから。
 エリアには、エリアの人望があるんだと思うよ」

「そうかな……」

「そうだよ」

 ロゼが、俺の手を握ってくる。

「見込みちがいなんてよくあることだって、お父様も言ってたよ。人に期待しすぎるなって」

 ロゼの父は、もちろんミルデニアの国王だ。
 豪放磊落を絵に描いたようなあの人でも、そんなふうに思うことがあるってことか。

「そうだな。ラシヴァには、ちょっと口走っただけの約束なんてなかったことにしてでも、成し遂げたいことがある。祖国の復讐が、筋を通すことより大事だっていうんならしかたがない」

 冥府魔道に堕ちてでも、とまで言ってたしな。
 これで闘戯に負けたくらいで素直に従われたら、そっちのほうがよほどおかしかったかもしれない。

「きっぱり断ればよかったんだよな……」

 断ったからと言って、ラシヴァが試験の時の認識阻害を言いふらしたとは思えない。
 言いふらしたところで、簡単に信じてもらえるような話でもない。
 ラシヴァを気骨があると言ってるのは会長くらいで、他の生徒からすれば、入学初日からやらかした、向こう見ずなDQNの新入生くらいの印象なのだ。

「受けるなら受けるで、魔法の一発で沈めてやったほうがよかったんだろうか」

「そうかもしれないけど、いまはまだ力を隠したいっていうエリアの考えも正しいよ。エリアが自分の都合を全部譲って、ラシヴァ君の気持ちを満たしてあげる必要はない。どっちにも目的があったんだから、避けられない衝突だったんじゃないかな……」

「避けられない衝突ね」

 いくら空気を読んだって、相手がそれを意にも介さなかったり、それより優先すべき何かがあったりしたら、衝突が避けられないこともあるだろう。
 そんな時は、衝突を覚悟で戦うしかない。
 前世の俺はそのことがわかってなかった。そのせいで、戦うことも逃げることもできずに殺された。

「そうだな……ロゼの言う通りだ」

 ことこういう問題に関しては、王族であるロゼの言うことのほうが正しそうだ。

 なんとか気を取り直した俺とロゼは、それぞれの術科で今日あったことを話したりしながら街をぶらつき、暗くなる少し前に寮へ帰った。

 ――ラシヴァのことは残念だったが、これで終わりになった話だ。

 同じ学園にいる以上、どこかですれ違うことくらいはあるかもしれないが、お互い顔をそらしてやりすごせばいい。
 折り合いのつかない人間関係なんて、生きてればどうしたって出てくるものなのだ。

 俺はそう整理をつけたのだが。
 そのすぐ次の日に、俺は再びラシヴァと関わる羽目になる。
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