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第五章 15歳

41 帝国霊威兵装研究所

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 ――おおおおおおおん……

 洞窟に不気味な声が鳴り響いた。

 同時に、俺のうなじのあたりをピリピリとした痺れが駆け抜ける。

 洞窟に入る前に何かを感じ取っていたのに、そのことをすっかり忘れていた。
 というより、帝国兵がいたことで、あの嫌な予感はそのせいだったと思い込んでいたのだ。

 だが、吸魔煌殻をつけてもいない帝国兵が、俺にとってそんなに脅威だろうか?
 帝国兵は所詮、即物的な脅威でしかない。
 背筋が凍るような震えをもたらすような存在ではないはずだ。

「な、なにこの声……?」

 ミリーが自分の身体を抱きしめながら周囲を見回す。

「ち、地底湖の下から聞こえてきたみたいだぞ」

 魔術科男子の一人がそう言った。
 地中の感覚が鋭いのはホドだからかもしれない。

「に、逃げよう! この洞窟から出るんだ!」

 もう一人の男子が怯えた声を上げた。
 情けないように見えるが、この場合は正解かもしれない。

 だが、洞窟の入り口側から、


 ドドドド……


 と低い音が響いてきた。

「むっ! いかん! エリアック! 全員を地底湖の下に避難させろ!」

 ネルズィエンが叫んだ。

「この魔力は……。
 ちっ、そうするしかないみたいだな!」

 俺はネルズィエンの拘束を解き、同時に光魔法で帝国兵の睡眠を解く。
 闇の刃を無数に飛ばし、帝国兵を拘束するロープを切り裂いた。

「生徒騎士から順に避難しろ!」

 俺の命令に、ラシヴァ、ミリー、シズレーン、男子二人が駆け出した。
 地底湖への階段を降りていく。

「ネルズィエン! ジノフと一緒に帝国兵を下へ!」

「わかった! だが、貴様は?」

「時間を稼ぐ!」

 俺は「闇の弾丸」を連発して、地底湖のある空間への入り口の天井を破壊、土砂でバリケードを造る。
 その直後、バリケードの向こうから強い衝撃。
 バリケードの隙間から水が噴き出す。


 ――おおおおおおん……


 地下から、再び不気味な声が聞こえてくる。

「早くしろ、ネルズィエン!」

「もうすぐだ……よし、全員通ったぞ! 貴様も早く来い、エリアック!」

「言われなくても!」

 俺はオリジナル魔法「影の鉄柵」でバリケードをさらに固め、ネルズィエンの背中を追う。

 地底湖の下り階段は長く、垂直距離で十メートルは下ってる。
 その階段を駆け下りたところで、ネルズィエンが待っていた。
 そこは踊り場のようになっていて、さらに下りの階段が続いている。
 避難した俺のチームメイトと帝国兵は、先に下へと下りたようだ。

「門を閉めるぞ! 『デシバル皇帝の代行者が命ずる、この研究所の門を閉めよ』!」

 ネルズィエンの言葉とともに、階段の出口に、上から金属製のシャッターが下りてきた。分厚い、重そうなシャッターだ。
 ずずん、と腹に響く音を立てて、シャッターが閉まる。

 その直後、ガガガガッ! と盛大な音がした。
 崩れた土砂や岩石が、水流に押し流され、シャッターにぶつかった音だ。
 シャッターは、この衝撃に耐えきった。

「ふう……」

 俺とネルズィエンが揃って息をついた。

「って、落ち着いてる場合じゃないぞ。これはいったいどういうことだ、ネルズィエン?」

「ふん。どうせ貴様には逆らえんのだ。一から十まで説明してやる。だが、合流してからのほうがいいだろう」

「それもそうだな」

 俺とネルズィエンは階段を下りる。
 これまた長い階段だった。
 地底湖からの階段は角の丸くなった石段だったが、さっきの踊り場から下は、リノリウムみたいなつるつるした材質で覆われてる。前世でいえば、病院の階段みたいな雰囲気だ。

(いや、研究所……かな)

 俺は、バイオ系の、逃しちゃいけないものが中にあるタイプの研究所を連想した。

 階段を下りきった先には、長方形の部屋があった。
 白いつるつるの材質で覆われた直方体の箱型の部屋だ。
 奥行き十メートル、幅二十メートル、天井は三メートルくらいだろう。
 そこに、俺のチームメンバー5人と、帝国兵たちが、左右に分かれて立っていた。

「おい、エリアック。なぜこいつらまで助けた?」

 ラシヴァが、鋭い目で帝国兵たちを睨みながら聞いてくる。

「いや、とっさに……」

「あの状況で、てめえが危険を冒してまでこいつらを助ける意味はねえだろ」

「俺はこいつらを意のままに動かせるんだ。それなのに見捨てるのは寝覚めが悪い」

「てめえ……まさかとは思うが、その帝国の皇女とデキてるんじゃねえだろうな?」

「はっ? 俺とネルズィエンが?」

 疑いに目を細めて睨んでくるラシヴァに、俺は間の抜けた声を漏らす。

 俺は、改めてネルズィエンを見た。

「な、なんだ……」

 微妙に頬を赤らめ、目をそらすネルズィエン。
 その横顔は端正だし、対魔忍みたいなぴったりスーツもよく似合ってる。

「まあ、美人だとは思うけど、ちょっととうが立ってるし」

「な、なんだと、貴様! わたしだって貴様のような得体の知れないガキなどお断りだ!」

 ネルズィエンの反応に、ラシヴァが肩を落とす。

「……んなわきゃねえか。だいたい、戦役の時に出会ったんならエリアックは当時9歳だわな……。
 って、9歳の時点でこのえげつねえ洗脳魔法が使えたってことなのかよ。
 例の仕込みは、さすがに魔導伯爵の入れ知恵なんだろうけどよ……」

 ラシヴァはそう言って、薄気味悪そうに俺を見た。

「皇女殿下。その少年とお知り合いなのですか?」

 ラシヴァに代わって、ネルズィエンの副官の老将ジノフがそう聞いた。

「知り合いも何も、六年前の戦役でわれらを撤退に追い込んだ張本人だ」

「なんですと!」

 ジノフが俺を睨んでくる。

「まあ、待て、ジノフ。いまこの場で争っても意味がない。意味がないだけならまだしも、勝ち目すらない。さっきは命を救われたのだ。当面はこの少年に従っておこう」

「くっ……殿下がそう判断されるのでしたら」

 ジノフは、虚ろな目で突っ立ってる部下たちを、不気味そうに振り返ってそう言った。

「ラシヴァも、状況がはっきりするまでは、帝国兵への手出しは控えてくれ。べつに見逃せというつもりはないが、緊急事態みたいだからな」

「ちっ……しゃあねえか」

 ラシヴァは顔をしかめつつもうなずいた。

 俺は、ネルズィエンを振り返る。

「ひとまず休戦だな。
 って、そういえば、今回はなんでそんな格好なんだ? 前にも増してエロくなった気がするぞ」

「エロ……っ!?
 くぅっ、このスーツは、宮殿の生産したバトルスーツだ。吸魔煌殻は使わないことにしたので、代わりにこれを装備しているのだ」

「他の帝国兵が吸魔煌殻をつけてないのは?」

「貴様のせいだろうが。
 わたしは吸魔煌殻の運用廃止を訴え続けてきた。自分の部下にも吸魔煌殻はつけさせていない」

「ああ、そういうことか」

 俺が六年前に植えつけた暗示に基づいて、ネルズィエンは自分の部隊では吸魔煌殻を使用しないことにしたらしい。

「で、ここはなんなんだ?」

「……旧デシバル帝国の研究所跡だ」

「なんでこんなところに」

「旧デシバル帝国は、最盛期にはこの大陸のすべてを版図としていた。どこに遺跡があっても不思議はなかろう。とくにこの地にはウルヴルスラもある」

「ウルヴルスラと関係が?」

「あるかもしれんし、ないかもしれん。
 だが、ウルヴルスラの周囲には黄昏人の遺産が点在していた。その多くは帝国が接収したが、一部移動も破壊もできないものは、地中深くに埋めたのだ」

「黄昏人の遺産を研究する古代デシバル帝国の研究所がここにあった、と」

 ネルズィエンがうなずいた。

「わざわざ皇女様が出向いて、敵地で遺跡発掘なんかしてるのはなんでだ?」

「いくつか理由はある。
 まず、帝国は西部戦線――ヒュルベーン王国に主力を集めていて、余剰人員がいないのだ。そこで、先の戦役での失態以来蟄居同然の身分にあったわたしにお鉢が回ってきた」

「要するに暇だったから回されたと」

「ぐっ……これとて貴様のせいだろうが!」

「他の理由は?」

「研究所に入るには、研究所の封印を解かねばならん。それができるのは、皇帝陛下かその代理人だけだ。現在はわたし以外にいない」

「さっきシャッターを閉められたのもネルズィエンが代理人だったからか」

「ああ。代理人は必ずしも皇帝の血縁者でなくてもよいが、その場合は複雑な認証手続きが必要になる。だが、そのために必要な魔法技術のいくつかが失伝していてな。結果的に、父上かわたししか開けられぬということだ」

「そういや、皇族はいまの皇帝とネルズィエンだけなんだよな。少なすぎないか?」

「問題はない。わたしが死んだところで、宮殿にはわたしのクローンが用意されている。クローンを再教育する手間はかかるが、皇統が絶えることはない」

 わたしが死んでも代わりはいるもの、みたいなことを言うネルズィエン。

「宮殿には、黄昏人の技術が相当生き残ってるってことか」

「部分部分ではあるがな。残った部分にせよ、あまりに高度すぎて、帝国の魔法技術をもってしても解明できんことばかりだ」

「ウルヴルスラと似たようなもんか。
 ネルズィエンが派遣されてきた理由はまだあるのか?」

「ああ。これが最後だ。
 わたしは吸魔煌殻を使わないことにしたが、これはたいそう陛下のお怒りを買っている。丞相キロフは、わたしの無力をあざ笑うために、あえてわたしを泳がせているようだ。
 ともあれ、ギリギリの政治的なバランスを取りながら、わたしは非吸魔煌殻部隊を増やそうとしてきた。
 だが、吸魔煌殻のない部隊では、大きな戦果は期待できぬ。そればかりか、吸魔煌殻部隊と足並みが揃わぬこともあり、実戦での運用に難がある」

「なるほど……」

 思えば六年前の戦役でも、高い機動力を誇る緑装騎兵を活かしきれなかったのは、赤装歩兵(+ザスターシャ兵)という速度の異なる部隊との共同作戦だったせいもある。

「この研究所で開発されていた兵器を使えば、あるいは吸魔煌殻以上の戦果が上げられるのではないか――そのような話がどこからか出て皇帝陛下のお耳に入り、わたしに捜索の命令が下されたというわけだ」

「つまり、『吸魔煌殻を使いたくないというのなら、その代わりになるものを発掘してこい』……と」

「……端的にいえばそういうことだ」

 ネルズィエンがむっとした顔でうなずいた。

「でも、俺はあんたにミルデニア攻めには反対するよう暗示をかけたはずだが……」

「いや、わたしにかけられていたのは、ミルデニア攻めへの反対ではないぞ。おまえがかけた暗示は、『ブランタージュ伯領に』二度と足を踏み込みたくないと思わせるというものだ」

「あっ……」

 六年も前なので記憶が曖昧だが、そうだったかもしれない。
 その当時は、ブランタージュ伯領の外の世界なんて知らなかった。
 とりあえず自領だけ守れればいいやという感覚だった気がする。
 ロゼと出会って、この国を帝国から守るという意識が出てきたのはその後のことだ。

「そいつはしくったな」

 でも、ここでネルズィエンと再会できたのは不幸中の幸いだったかもしれない。
 帝国内部の様子は、セルゲイたちトワの一族が密偵を送り込んでもいまだに探り出せてないらしいからな。

「おい、本当なのか? ここに吸魔煌殻をも凌ぐ古代兵器が眠ってるってのは……」

 ネルズィエンにつかみかかるように聞いたのはもちろんラシヴァだ。

「吸魔煌殻を凌ぐかどうかはなんともいえぬ。そもそも、まともに起動できるものなのかどうかもわからない。本当に『それ』が使い物になるのならば、デシバル帝国はその技術を宮殿に持ち込んでいたはずだ」

 ネルズィエンが、歯にものの挟まったような説明をする。

「そろそろ教えてくれ。その兵器はどういうものなんだ?」

 俺が聞くと、

「――霊威兵装。そう呼ばれていたものらしい」

 ネルズィエンが、その言葉そのものを恐れるような口調でそう言った。

「霊威……兵装」

「うむ。なんでも、戦死者の魂を戦場に呼び戻し、友軍に憑依させることで魔法の威力を飛躍的に高めるという代物らしい。戦死者が増えれば増えるほど、生き残った者が強化される。その強化は吸魔煌殻による強化を最終的には大きく凌ぐ……と言われていた」

「えっと、戦死者の幽霊を生き残りに取り憑けてパワーアップさせようってことか?」

「そういうことだ」

「なんでおまえらはそう発想がブラックなんだろうな……」

 吸魔煌殻で生命力を削って戦わされた後は、成仏すらできず、今度は味方にバフをつけるための道具として利用される。
 生きても地獄、死んでも地獄。ブラック企業の管理職はよく「逃げられると思うな」と脅すものだが、死者すら帝国からは逃れられなかったということか。

「でも、封印されてるってことは、実用化には至らなかったってことか?」

「黄昏人の遺産を部分的に流用したものだけに、開発は難航したと記録にはある。最後には研究所で謎の事故が起こるに至り、研究所ごと開発が放棄されたようだ。
 地中深くに埋められたはずだったが、千年の歳月のあいだに地下に空洞が生まれ、研究所の入り口は洞窟の奥に露出していた。そうでなければ、われらで地面を掘り返さねばならぬところだった」

 ネルズィエンが大きくため息をついた。

「……苦労してんな、皇女様」

「だから、誰のせいだと思っている!
 こんな、失敗兵器と言われるようなものを敵中から発掘してこいなど、本来ならば皇女に与える任務ではないわ!」

 悔しそうに歯噛みするネルズィエン。
 たしかに、皇族に与えるような任務じゃない。
 皇帝は、ネルズィエンのことを持て余してるしてるのかもしれないな。

「霊威兵装はなんで失敗したんだ?」

「呼び戻された戦死者の魂が、想定通りに動かなかったようだ。
 設計者は、戦死者は英霊となって友軍を守護すると想定していたが、実際には……」

「ああ、自分を死に追いやった友軍を守護しよう、なんていうお人好しばかりじゃなかったってことか」

「魂が戦場に留まっているということは、強い無念や未練があるということだ。敵に殺された兵よりは、味方に見殺しにされたり、上官に死地に追いやられた兵のほうが、怨霊になりやすいのであろう」

 まあ、納得できる話だな。

「で、さっきの鉄砲水を起こした声みたいなのはなんだったんだ?」

「わからぬ。この研究所で霊威兵装が暴走し、なんらかの事故を起こしたことで、帝国はここを封印した。千年もの歳月が流れた今、状況は変わっていようかと思ったのだがな……」

「霊威兵装とやらはまだ生きていて、俺たちをここに閉じ込めた。いや、単に排除しようとしたのかな。
 ったく、嫌な予感がしたわけだ」

 崖の道で感じた嫌な予感は、やはり帝国兵のせいではなかった。
 この研究所に眠る(あるいはバッチリ起きている)という霊威兵装。
 そいつのせいに違いない。

「じ、冗談じゃないぞ……」

 魔術科男子の一人が言った。

「そんな、古代デシバル帝国にも扱えなかったような暴走兵器だなんて……そんなもん、どうやって対処すればいいんだよ!?」

 正論すぎる意見に、俺もネルズィエンも黙り込む。

「だがよ、こいつは好機でもあるぜ」

 ラシヴァがにやりと笑って言った。

 ミリーが聞き返す。

「こ、好機?」

「ああ。その霊威兵装とやらは、吸魔煌殻を超えるかもしれない兵器なんだろ? そいつがあれば、帝国とも戦える!」

「て、帝国と戦う前に、僕らが生きて出られる保証がないじゃないか!」

「だが、入り口が潰されちまった以上、霊威兵装とやらをどうにかしねえことにはどうにもならんだろうが」

「たしかにな」

 俺はラシヴァの言い分にうなずいた。

「他に出口があるにせよ、霊威兵装とやらが俺たちを素直に逃がしてくれるとは思えない」

「うむ。それに、この研究所は封印され土中に埋められたからな。千年後の今、どこに脱出路があるかまったくわからん」

「この研究所の地図や設計図はないのか?」

「宮殿で探してはみたが、戦乱で失われてしまったようだ」

「しかたない……手探りで調べるしかないみたいだな」

 気楽な遠足だったはずが、どうしてこんなことになったのか。

 俺はそっとため息をついた。
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