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第五章 15歳
69 スパイの資質
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エリアックがキロフと戦うあいだ、ロゼはゼーハイドに変貌しつつあるミゼルへと近づく。
「これは……」
ロゼは顔をしかめた。
ミゼルの、美人ではないが愛嬌のある顔立ちは、右半分が青く染まり、徐々に歪な形になっていく。
「逃げ、て……兄、さん」
ミゼルは、組み敷いていたハントを解放する。
重傷のハントはよろよろと起き上がる。
ロゼは、影をつたって加速し、ハントを回収、すばやくミゼルから距離を取った。
「『光の癒し』よ」
とりあえず、ハントに回復魔法をかける。
だが、出血量が多すぎる。
出血を補うような回復魔法は、水魔法の系列にしか存在しない。
「合理的に考えれば、ミゼルごとゼーハイドを倒す。ハント君は見捨ててエリアに加勢してキロフを倒す……なんだけどね」
ミゼルを止めてくれとエリアックは言った。
「ええと、『ゼーハイドを降ろすとこいつは言った』か」
たぶん、エリアックなりのヒントのはずだ。
それ以上のことは、キロフを前には言えなかったのだろう。
「ゼーハイドは、精霊と同じく現実ではない世界にいる存在。精霊の加護っていうのも、言ってしまえば、霊威兵装が死霊を味方の兵に取り憑けて、パワーアップさせようとしたのと同じ、なんだっけ」
そこまで考えれば、エリアックの言いたいことはわかった。
「ゼーハイドを『降ろす』キロフの研究は、霊威兵装に触発されたものなんだろうね。じゃあ、使ってる手段も同じかもしれない」
ロゼの目の前で、ミゼルは変貌を遂げていた。
顔の右半分が狼と人の中間のような形になり、右目の上にもう一個、ゼーハイドとよく似た黄色い眼球が現れてる。
両腕と片足も青に染まり、やはり狼と人の中間のような「脚」へと変わってる。
青い部分は半透明で、その奥にはもとのミゼルの身体が透けて見える。
「たす……けて」
言葉とは裏腹に、ミゼルがロゼに飛びかかってくる。
ロゼは風魔法を使って、ハントを抱えたままで後方にふわりと飛びのいた。
「ユナちゃんのところまで連れてかなくちゃだね」
キロフにはエリアックとロゼで当たることに決めていたが、すこし離れた場所に、ユナがバックアップとして待機している。
霊威兵装の中にいたユナならば、あるいは、ミゼルからゼーハイドを剥がすことができるかもしれなかった。
エリアックの方を見る。
エリアックは、怒り狂った演技をしながら、キロフを目的通りの方向に誘導していた。
「大丈夫……だよね?」
正直言えば。
ミゼルもハントも、ロゼにとってはどうでもいい他人である。
いますぐハントを投げ捨てて、ミゼルを「太陽風」で蒸発させ、エリアックの援護に向かいたい。
エリアックも、その判断を責めることはないだろう。
「でも、そんなエリアの甘さにも付き合うって決めたから」
ロゼは「光のつぶて」をミゼルに放ち、挑発して注意を惹きつける。
そうしながら、耳に装着した通信機に呼びかける。
生徒騎士に支給された端末のアクセサリで、学園都市の仮想通貨で購入したものだ。
「ユナちゃん、なんとかできる!?」
『やってみないとわからない。連れてきて』
「わかった」
ロゼは、ハントを抱えたまま、ふわりふわりと宙を舞い、ミゼルを自分の方に誘導する。
しばらくすると、背後から声が聞こえた。
「ロゼ!」
「ユナちゃん!」
ちらりと後ろを見ると、木々の合間からアクアマリンの少女が現れたところだった。
「わたしの中に残された霊威兵装の機能を使ってみる。
『死霊よ、あなたはよく戦われた! あるべき世界へ還りたまえ! 霊装解除!』」
ユナの言葉に、ミゼルがびくん、と身を震わせる。
だが、
「がアあぁあァッ!」
「き、効いてないよ!?」
襲いかかってきたミゼルから逃げながら、ロゼが叫ぶ。
「やっぱり、死霊とゼーハイドじゃ違うのかも。手応えはすこしだけあった」
「すこしじゃどうにもならないよ! エリアだって戦ってるのに……!」
さいわい、ミゼルの攻撃は単調だった。
ロゼでも問題なく避けられる。
思考も単純なのか、ユナを狙う気配もない。
「ああもう、しかたない! かわいそうだけど、蒸発させる!」
「……うん。しかたないね」
ユナがうなずくと、ロゼはミゼルに向かって手をかざす。
「ごめんね。『太陽――」
「待ってくれ!」
突然の制止に、ロゼは唱えかけた魔法を止めていた。
「ハント君!? 大丈夫なの?」
ロゼは抱えたままのハントに聞く。
「あ、ああ。……さっきから、ミゼルの声が聞こえるんだ。助けてってな」
「そ、そんなこと言われても……」
「迷惑はかけない。俺がミゼルに呼びかけてみる。なんとか時間を稼いでくれないか? お願いだ!」
「う、わ、わかったよ」
ロゼはハントを地面に下ろし、念のためもう一度「光の癒し」をかけておく。
その瞬間だった。
「光の癒し」の手応えに違和感があった。
ハントの体内で相克が起きたのだ。
だが、ハントはサン(光)。
体内には光属性の魔力しかないはずだ。
その体内で相克が起こったとすれば――
ハントが笑みを浮かべた。
いつもの社交的な笑みではない。
嘲りをたっぷり含んだいびつな笑みだ。
「本当は、エリアックとローゼリアさんの二人がよかったんだけどな。まあ、これはこれで――」
「退避だよっ!」
言いかけたハントの背中を、ロゼは思い切り蹴り飛ばす。
同時に後ろに飛んで、途中にいたユナを捕まえ、風魔法でさらに吹っ飛んだ。
ロゼとユナはからまりあって地面を転がり、ようやくのことで停止する。
「えっ、えっ?」
わけがわからず驚くユナ。
ハントは、ギラつく光を目に宿し、喉が破れそうな声を上げる。
「母なる精霊様に栄光あれぇぇっ!」
「伏せてっ!」
ロゼは、ユナの頭を押さえながら、地面に向かって倒れこむ。
その直後――
ハントの身体が爆発した。
闇色の爆風が地を舐めた。
炎の爆発と異なり、派手な音はしなかった。
滅紫のわだかまりのようなものが爆発的に広がり、ハントの周囲を球状に呑み込んだ。
闇は、飛び退いたロゼたちのすぐ手前にまで達していた。
ロゼは「太陽風」を放って闇を食い止めようと構えたが、闇が届かないのを見て、警戒しながら様子を見る。
闇は、しばらくその場に留まっていたが、何の前触れもなくかき消えた。
ハントのいた場所を中心に、地面がすり鉢状にえぐり取られていた。
そこにいたはずのハントとミゼルの姿はどこにもない。
「けほっ、何が……」
ユナが地面から起き上がる。
「たぶん、魔法爆薬だと思う。円卓が精霊教徒から押収したのは火属性のものばかりだったけど、その闇属性のものが、ハント君の体内に埋め込まれてたんだ。それも、かなり大量に」
量を考えれば、体内に埋め込んだのではなく、口から呑み込んで腹に詰めていたのかもしれない。
闇魔法は通常、光を遮るだけだから、爆薬には闇の「爆発」を起こすための魔法回路が埋め込まれていたのだろう。
属性を考えれば、キロフ自身が魔法回路を埋め込んだに違いない。
「そんな……いつ、どうやって?」
「摘発された爆薬の密輸を囮にして、別口で少量だけ運び込んだ……のかな」
「だ、だけど、どうしてそんなことを? ロゼの言い分だと、ハント君は自分で自分に爆薬を仕込んだことになるよ?」
「わかんないよ……。
でも、エリアには注意されてた。
洗脳が解けたからといって、ハント君が帝国のスパイでないとは言い切れないって」
バズパによれば、ハントの実家はもともと、精霊教に関係の深い家らしい。
ハントは折に触れて精霊教に批判的な発言をしていたが、それでも精霊教会でのアルバイトは続けていた。実家のしがらみがあるなどと言いながら。
なんのかんの言いつつ、精霊教との接点を維持していたのである。
「エリアは、ハント君の洗脳が簡単に解けすぎたって言ってた。キロフのやることにしては甘すぎるって。だとしたら、この洗脳は最初から解かせることを前提にかけられたのかもしれない――エリアはそんな風に懸念してたんだ」
キロフがハントに暗示魔法をかけた時点では、キロフはエリアックが転生者であることを知らなかった。
だから、これはエリアックの存在を見越した罠ではなかったはずだ。
洗脳が解かれなければそれでよし、万一解かれても、ハントが偽情報を流すことで学園側を撹乱できる――
そうした二重の策だったのだろう。
ひょっとすると、魔法爆薬の搬入を防がせた上で、二段構えでもう一度爆薬を運び込むような、そんな手順を考えていたのかもしれない。
爆薬搬入の時点ではキロフはエリアックの存在を知っていたから、どうせこの企みは防がれると考え、自爆による暗殺へと策を切り替えた。
さらに、人質の救出のためにエリアック本人が動くと読んで、自分自身が前に出ることにした。
吸魔煌殻兵ですらエリアックの相手が務まらない以上、エリアックを仕留めるには、帝国側の最強戦力であるキロフ自身が出張ってくるしかない。
キロフが登場すれば、エリアックの注意はすべてキロフに向くだろう。
そこで、友人の妹をゼーハイド化させることでエリアックを動揺させ、その隙をついて、友人であるハントを自爆させる。
キロフに注意を奪われるはずのエリアックは、洗脳が解けたと思い込んでいた友人の、不意の自爆を避けられない。
もしそれで仕留め損なったとしても、手傷を負わせられれば――あるいは、激昂させ、冷静さを奪うことができれば、キロフは圧倒的に有利な状況で戦える。
「エリアは、ハント君にも暗示をかけて真意を探ろうとしたんだけど、キロフがかけてた暗示の痕跡と干渉して、うまくいかなかったんだ。キロフがネルズィエン皇女に暗示をかけられなかったのと同じ理屈だろうって言ってた。ネルズィエン皇女は、エリアックに暗示をかけられてたせいで、キロフの暗示にかからなくなったみたいだから」
ハントの暗示自体は消去できた。魔力も脳内に残ってない。
だが、もし本人が、自分の意思で帝国のスパイをやっていたら?
暗示が効かない以上、ハントの心の中までは、魔法で見抜くことはできなかったのだ。
「エリアはハント君を信じたかったみたいだけどね。わたしには事前に話してくれた」
エリアックはハントのことを、気のおけない友人だと思っていた。
だが、考えてみれば、ハントはエリアックの動向を常に探ろうとしていた節がある。
霊威兵装の一件とキロフとの邂逅のあった遠足の時は、なぜか、別の班であるエリアックの地図まで記憶していた。
いや、そもそも入学式の時点で、ハントはそれとなくエリアックに近づいてきた。それも、エリアックの身元を知った上で、あえて近づいて来ていたのである。
偶然にも同じ教室のクラスメイトだったせいで違和感はなかったが、もしクラスが違ったとしても、何らかの手段で近づこうとした可能性は高いだろう。あるいは、ロゼの方に近づこうと考えたかもしれない。
いかにも怪しい、後ろ暗そうな人物にスパイは務まらない。
優秀なスパイは、明るく社交的で、どんな相手の懐にも飛び込んでいけるようなしたたかな人物である――
エリアックは前世で、そんな話を聞いたことがあった。
「王国の影」を率いるトワ家出身のバズパも、そうした可能性はありうるとうなずいた。
最初はまさかと思ったエリアックだが、ストレスを感じないおかげで頭はすぐに冷静になる。
ロゼ、エクセリア、バズパ、メイベルといった主たる面々には、この疑惑のことを伝えてあった。
ユナが頬を膨らませる。
「……どうしてわたしには秘密にしてたの?」
「ユナちゃんって、無表情なのに考えてることが顔に出やすいから……」
普段が無表情だからこそ、少しでも感情に波が立つと、それが目立ってしまうのだ。
しかも、冷静なように見えて、かなりの負けず嫌い。おまけに、曲がったことが嫌いな、正義感の強い性格だ。
ハントがスパイかもしれないと聞かされていれば、抑えようとしても態度に出てしまっただろう。
他人の感情の機微に敏いハントなら、ユナのちょっとした態度の変化から、正体がバレたことに気づかくかもしれなかった。
「じゃあ、ハントは自分の意思で帝国のスパイをやってたってこと? 妹が人質に取られてるのに?」
「人質に取られて言いなりになってる可能性もあったんだけど、さっきの言動を見る限りだと、精霊教の過激思想にかぶれちゃってたみたいだね。そこをキロフに利用された」
「うん。人質は……ああなっちゃったけど、人質がいなくなった以上、言いなりになる必要はもうないはず」
エリアックによれば、キロフという男の本質的な恐ろしさは、サンヌルとして強力な魔法を駆使するところにあるのではない。
蛇のような無感動な目で他人をつぶさに観察し、その内面にある弱さを見抜き、それをなんの躊躇なく利用する。
他人を利用することをためらわず、罪悪感を覚えることもない。
キロフという男は、前世と今の人生を通して、他人の心理を誘導し、利用するための手管を磨いてきた。
それは、キロフにとっては努力ですらない。
利益を得るために、あるいは快楽を得るために、キロフは喜んで他人を利用する。
自分の性向に従って生きるうちに、キロフはいつのまにか卓越した人心操作術を身に着けたのだろう――
エリアックはそう推測していた。
そんな人間にとって、ハントのような狂信者は、扱いやすい便利な道具だったにちがいない。
「メイベル先輩が言ってたよ。精霊教徒がみんな悪いわけじゃない。まっとうな信仰心を持って、他人に優しくしたり、自分を磨く努力をしたり――そういう善良な精霊教徒だってたくさんいる。
でも、教会によって教えがバラバラみたいだから。ハント君は、どこかで過激な思想を吹き込まれてしまったんだと思う。
妹さんがゼーハイドと化したことで、ハント君が人質を取られて言いなりになってるって疑いはなくなった。
わたしも、ハント君は白なんじゃないかと思いかけた。
でも、そんな気持ちすらも利用して、ハント君はわたしとユナを確実に殺そうとしたんだね。
妹さんが同じ思想の持ち主だったかどうかはわからないけど、もしそうじゃなかったとしたら、ハント君は実の妹を囮に使ったことになる」
「そんな……」
ロゼとユナが黙り込む。
「って、今はそんな場合じゃないよ! 作戦地点に行かないと!」
「そうだった」
ロゼとユナは駆け出した。
エリアックとキロフの戦いの気配は、ロゼたちから離れる方向へと向かっていた。
――すなわち、学園都市のある方へ。
「これは……」
ロゼは顔をしかめた。
ミゼルの、美人ではないが愛嬌のある顔立ちは、右半分が青く染まり、徐々に歪な形になっていく。
「逃げ、て……兄、さん」
ミゼルは、組み敷いていたハントを解放する。
重傷のハントはよろよろと起き上がる。
ロゼは、影をつたって加速し、ハントを回収、すばやくミゼルから距離を取った。
「『光の癒し』よ」
とりあえず、ハントに回復魔法をかける。
だが、出血量が多すぎる。
出血を補うような回復魔法は、水魔法の系列にしか存在しない。
「合理的に考えれば、ミゼルごとゼーハイドを倒す。ハント君は見捨ててエリアに加勢してキロフを倒す……なんだけどね」
ミゼルを止めてくれとエリアックは言った。
「ええと、『ゼーハイドを降ろすとこいつは言った』か」
たぶん、エリアックなりのヒントのはずだ。
それ以上のことは、キロフを前には言えなかったのだろう。
「ゼーハイドは、精霊と同じく現実ではない世界にいる存在。精霊の加護っていうのも、言ってしまえば、霊威兵装が死霊を味方の兵に取り憑けて、パワーアップさせようとしたのと同じ、なんだっけ」
そこまで考えれば、エリアックの言いたいことはわかった。
「ゼーハイドを『降ろす』キロフの研究は、霊威兵装に触発されたものなんだろうね。じゃあ、使ってる手段も同じかもしれない」
ロゼの目の前で、ミゼルは変貌を遂げていた。
顔の右半分が狼と人の中間のような形になり、右目の上にもう一個、ゼーハイドとよく似た黄色い眼球が現れてる。
両腕と片足も青に染まり、やはり狼と人の中間のような「脚」へと変わってる。
青い部分は半透明で、その奥にはもとのミゼルの身体が透けて見える。
「たす……けて」
言葉とは裏腹に、ミゼルがロゼに飛びかかってくる。
ロゼは風魔法を使って、ハントを抱えたままで後方にふわりと飛びのいた。
「ユナちゃんのところまで連れてかなくちゃだね」
キロフにはエリアックとロゼで当たることに決めていたが、すこし離れた場所に、ユナがバックアップとして待機している。
霊威兵装の中にいたユナならば、あるいは、ミゼルからゼーハイドを剥がすことができるかもしれなかった。
エリアックの方を見る。
エリアックは、怒り狂った演技をしながら、キロフを目的通りの方向に誘導していた。
「大丈夫……だよね?」
正直言えば。
ミゼルもハントも、ロゼにとってはどうでもいい他人である。
いますぐハントを投げ捨てて、ミゼルを「太陽風」で蒸発させ、エリアックの援護に向かいたい。
エリアックも、その判断を責めることはないだろう。
「でも、そんなエリアの甘さにも付き合うって決めたから」
ロゼは「光のつぶて」をミゼルに放ち、挑発して注意を惹きつける。
そうしながら、耳に装着した通信機に呼びかける。
生徒騎士に支給された端末のアクセサリで、学園都市の仮想通貨で購入したものだ。
「ユナちゃん、なんとかできる!?」
『やってみないとわからない。連れてきて』
「わかった」
ロゼは、ハントを抱えたまま、ふわりふわりと宙を舞い、ミゼルを自分の方に誘導する。
しばらくすると、背後から声が聞こえた。
「ロゼ!」
「ユナちゃん!」
ちらりと後ろを見ると、木々の合間からアクアマリンの少女が現れたところだった。
「わたしの中に残された霊威兵装の機能を使ってみる。
『死霊よ、あなたはよく戦われた! あるべき世界へ還りたまえ! 霊装解除!』」
ユナの言葉に、ミゼルがびくん、と身を震わせる。
だが、
「がアあぁあァッ!」
「き、効いてないよ!?」
襲いかかってきたミゼルから逃げながら、ロゼが叫ぶ。
「やっぱり、死霊とゼーハイドじゃ違うのかも。手応えはすこしだけあった」
「すこしじゃどうにもならないよ! エリアだって戦ってるのに……!」
さいわい、ミゼルの攻撃は単調だった。
ロゼでも問題なく避けられる。
思考も単純なのか、ユナを狙う気配もない。
「ああもう、しかたない! かわいそうだけど、蒸発させる!」
「……うん。しかたないね」
ユナがうなずくと、ロゼはミゼルに向かって手をかざす。
「ごめんね。『太陽――」
「待ってくれ!」
突然の制止に、ロゼは唱えかけた魔法を止めていた。
「ハント君!? 大丈夫なの?」
ロゼは抱えたままのハントに聞く。
「あ、ああ。……さっきから、ミゼルの声が聞こえるんだ。助けてってな」
「そ、そんなこと言われても……」
「迷惑はかけない。俺がミゼルに呼びかけてみる。なんとか時間を稼いでくれないか? お願いだ!」
「う、わ、わかったよ」
ロゼはハントを地面に下ろし、念のためもう一度「光の癒し」をかけておく。
その瞬間だった。
「光の癒し」の手応えに違和感があった。
ハントの体内で相克が起きたのだ。
だが、ハントはサン(光)。
体内には光属性の魔力しかないはずだ。
その体内で相克が起こったとすれば――
ハントが笑みを浮かべた。
いつもの社交的な笑みではない。
嘲りをたっぷり含んだいびつな笑みだ。
「本当は、エリアックとローゼリアさんの二人がよかったんだけどな。まあ、これはこれで――」
「退避だよっ!」
言いかけたハントの背中を、ロゼは思い切り蹴り飛ばす。
同時に後ろに飛んで、途中にいたユナを捕まえ、風魔法でさらに吹っ飛んだ。
ロゼとユナはからまりあって地面を転がり、ようやくのことで停止する。
「えっ、えっ?」
わけがわからず驚くユナ。
ハントは、ギラつく光を目に宿し、喉が破れそうな声を上げる。
「母なる精霊様に栄光あれぇぇっ!」
「伏せてっ!」
ロゼは、ユナの頭を押さえながら、地面に向かって倒れこむ。
その直後――
ハントの身体が爆発した。
闇色の爆風が地を舐めた。
炎の爆発と異なり、派手な音はしなかった。
滅紫のわだかまりのようなものが爆発的に広がり、ハントの周囲を球状に呑み込んだ。
闇は、飛び退いたロゼたちのすぐ手前にまで達していた。
ロゼは「太陽風」を放って闇を食い止めようと構えたが、闇が届かないのを見て、警戒しながら様子を見る。
闇は、しばらくその場に留まっていたが、何の前触れもなくかき消えた。
ハントのいた場所を中心に、地面がすり鉢状にえぐり取られていた。
そこにいたはずのハントとミゼルの姿はどこにもない。
「けほっ、何が……」
ユナが地面から起き上がる。
「たぶん、魔法爆薬だと思う。円卓が精霊教徒から押収したのは火属性のものばかりだったけど、その闇属性のものが、ハント君の体内に埋め込まれてたんだ。それも、かなり大量に」
量を考えれば、体内に埋め込んだのではなく、口から呑み込んで腹に詰めていたのかもしれない。
闇魔法は通常、光を遮るだけだから、爆薬には闇の「爆発」を起こすための魔法回路が埋め込まれていたのだろう。
属性を考えれば、キロフ自身が魔法回路を埋め込んだに違いない。
「そんな……いつ、どうやって?」
「摘発された爆薬の密輸を囮にして、別口で少量だけ運び込んだ……のかな」
「だ、だけど、どうしてそんなことを? ロゼの言い分だと、ハント君は自分で自分に爆薬を仕込んだことになるよ?」
「わかんないよ……。
でも、エリアには注意されてた。
洗脳が解けたからといって、ハント君が帝国のスパイでないとは言い切れないって」
バズパによれば、ハントの実家はもともと、精霊教に関係の深い家らしい。
ハントは折に触れて精霊教に批判的な発言をしていたが、それでも精霊教会でのアルバイトは続けていた。実家のしがらみがあるなどと言いながら。
なんのかんの言いつつ、精霊教との接点を維持していたのである。
「エリアは、ハント君の洗脳が簡単に解けすぎたって言ってた。キロフのやることにしては甘すぎるって。だとしたら、この洗脳は最初から解かせることを前提にかけられたのかもしれない――エリアはそんな風に懸念してたんだ」
キロフがハントに暗示魔法をかけた時点では、キロフはエリアックが転生者であることを知らなかった。
だから、これはエリアックの存在を見越した罠ではなかったはずだ。
洗脳が解かれなければそれでよし、万一解かれても、ハントが偽情報を流すことで学園側を撹乱できる――
そうした二重の策だったのだろう。
ひょっとすると、魔法爆薬の搬入を防がせた上で、二段構えでもう一度爆薬を運び込むような、そんな手順を考えていたのかもしれない。
爆薬搬入の時点ではキロフはエリアックの存在を知っていたから、どうせこの企みは防がれると考え、自爆による暗殺へと策を切り替えた。
さらに、人質の救出のためにエリアック本人が動くと読んで、自分自身が前に出ることにした。
吸魔煌殻兵ですらエリアックの相手が務まらない以上、エリアックを仕留めるには、帝国側の最強戦力であるキロフ自身が出張ってくるしかない。
キロフが登場すれば、エリアックの注意はすべてキロフに向くだろう。
そこで、友人の妹をゼーハイド化させることでエリアックを動揺させ、その隙をついて、友人であるハントを自爆させる。
キロフに注意を奪われるはずのエリアックは、洗脳が解けたと思い込んでいた友人の、不意の自爆を避けられない。
もしそれで仕留め損なったとしても、手傷を負わせられれば――あるいは、激昂させ、冷静さを奪うことができれば、キロフは圧倒的に有利な状況で戦える。
「エリアは、ハント君にも暗示をかけて真意を探ろうとしたんだけど、キロフがかけてた暗示の痕跡と干渉して、うまくいかなかったんだ。キロフがネルズィエン皇女に暗示をかけられなかったのと同じ理屈だろうって言ってた。ネルズィエン皇女は、エリアックに暗示をかけられてたせいで、キロフの暗示にかからなくなったみたいだから」
ハントの暗示自体は消去できた。魔力も脳内に残ってない。
だが、もし本人が、自分の意思で帝国のスパイをやっていたら?
暗示が効かない以上、ハントの心の中までは、魔法で見抜くことはできなかったのだ。
「エリアはハント君を信じたかったみたいだけどね。わたしには事前に話してくれた」
エリアックはハントのことを、気のおけない友人だと思っていた。
だが、考えてみれば、ハントはエリアックの動向を常に探ろうとしていた節がある。
霊威兵装の一件とキロフとの邂逅のあった遠足の時は、なぜか、別の班であるエリアックの地図まで記憶していた。
いや、そもそも入学式の時点で、ハントはそれとなくエリアックに近づいてきた。それも、エリアックの身元を知った上で、あえて近づいて来ていたのである。
偶然にも同じ教室のクラスメイトだったせいで違和感はなかったが、もしクラスが違ったとしても、何らかの手段で近づこうとした可能性は高いだろう。あるいは、ロゼの方に近づこうと考えたかもしれない。
いかにも怪しい、後ろ暗そうな人物にスパイは務まらない。
優秀なスパイは、明るく社交的で、どんな相手の懐にも飛び込んでいけるようなしたたかな人物である――
エリアックは前世で、そんな話を聞いたことがあった。
「王国の影」を率いるトワ家出身のバズパも、そうした可能性はありうるとうなずいた。
最初はまさかと思ったエリアックだが、ストレスを感じないおかげで頭はすぐに冷静になる。
ロゼ、エクセリア、バズパ、メイベルといった主たる面々には、この疑惑のことを伝えてあった。
ユナが頬を膨らませる。
「……どうしてわたしには秘密にしてたの?」
「ユナちゃんって、無表情なのに考えてることが顔に出やすいから……」
普段が無表情だからこそ、少しでも感情に波が立つと、それが目立ってしまうのだ。
しかも、冷静なように見えて、かなりの負けず嫌い。おまけに、曲がったことが嫌いな、正義感の強い性格だ。
ハントがスパイかもしれないと聞かされていれば、抑えようとしても態度に出てしまっただろう。
他人の感情の機微に敏いハントなら、ユナのちょっとした態度の変化から、正体がバレたことに気づかくかもしれなかった。
「じゃあ、ハントは自分の意思で帝国のスパイをやってたってこと? 妹が人質に取られてるのに?」
「人質に取られて言いなりになってる可能性もあったんだけど、さっきの言動を見る限りだと、精霊教の過激思想にかぶれちゃってたみたいだね。そこをキロフに利用された」
「うん。人質は……ああなっちゃったけど、人質がいなくなった以上、言いなりになる必要はもうないはず」
エリアックによれば、キロフという男の本質的な恐ろしさは、サンヌルとして強力な魔法を駆使するところにあるのではない。
蛇のような無感動な目で他人をつぶさに観察し、その内面にある弱さを見抜き、それをなんの躊躇なく利用する。
他人を利用することをためらわず、罪悪感を覚えることもない。
キロフという男は、前世と今の人生を通して、他人の心理を誘導し、利用するための手管を磨いてきた。
それは、キロフにとっては努力ですらない。
利益を得るために、あるいは快楽を得るために、キロフは喜んで他人を利用する。
自分の性向に従って生きるうちに、キロフはいつのまにか卓越した人心操作術を身に着けたのだろう――
エリアックはそう推測していた。
そんな人間にとって、ハントのような狂信者は、扱いやすい便利な道具だったにちがいない。
「メイベル先輩が言ってたよ。精霊教徒がみんな悪いわけじゃない。まっとうな信仰心を持って、他人に優しくしたり、自分を磨く努力をしたり――そういう善良な精霊教徒だってたくさんいる。
でも、教会によって教えがバラバラみたいだから。ハント君は、どこかで過激な思想を吹き込まれてしまったんだと思う。
妹さんがゼーハイドと化したことで、ハント君が人質を取られて言いなりになってるって疑いはなくなった。
わたしも、ハント君は白なんじゃないかと思いかけた。
でも、そんな気持ちすらも利用して、ハント君はわたしとユナを確実に殺そうとしたんだね。
妹さんが同じ思想の持ち主だったかどうかはわからないけど、もしそうじゃなかったとしたら、ハント君は実の妹を囮に使ったことになる」
「そんな……」
ロゼとユナが黙り込む。
「って、今はそんな場合じゃないよ! 作戦地点に行かないと!」
「そうだった」
ロゼとユナは駆け出した。
エリアックとキロフの戦いの気配は、ロゼたちから離れる方向へと向かっていた。
――すなわち、学園都市のある方へ。
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