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53 終局

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 全身ズタボロのツルギは、かなり怪しい動きで紫衣の森へと降下した。
 赤いマギフレームのコクピットを地面に降ろす。

「――お父様!」

 エスティカがツルギのコクピットから飛び出していく。

 俺も続いてツルギから降りる。
 念のため、クシナダに言って、コクピットに頭部バルカン砲の照準を合わせさせた。

 エスティカと俺で、マギウスのコクピットをどうにか開く。
 コクピットの中には、無数の細いチューブに繋がれた、痩せた壮年男性の姿があった。

「エス……ティカ?」

「お父様!」

 チューブを外していいものか迷ってると、チューブのほうがひとりでに外れた。
 飛びつこうとするエスティカを抑え、俺はエスティカの父親をコクピットから引っ張り出す。

『衰弱していますが、命に別状はないと思われます。』

 クシナダが俺のパイロットスーツからバイタルチェックをかけてそう言った。

「わしは……いったい?」

 エスティカの父親――神聖巫覡帝国皇帝ラズランドが口を開く。
 痩せてはいるが、顔つきには威厳があり、真面目そうな雰囲気はエスティカとよく似ている。
 五十代くらいだろう。
 総白髪なので、顔立ちよりも老けて見える。

「お父様、お髪が白くなって……」

「おお、エスティカ。無事で、よかった……」

 白髪はどうやらマギウスのせいらしい。
 ぐったりした様子の皇帝は、エスティカに淡く微笑んだ。

「すまんが、まだ油断はできないぞ。皇帝、マギウスがどうなったかわかるか?」

「おぬしは……あの機体のパイロットか。あれはマギフレームではないようだな……マギウスも大いに戸惑っておった」

 マギウスは終始俺たちを過大評価してたのかもしれない。

 ……平たく言えば、恐れてたんだろうな。
 自分の知らない何かがありはしないかと。
 反物質爆発なんていうシャレにならない魔法を使ってきたのもそのせいだろう。
 結果、その魔法をエスティカにコピーされ、マギウスは墓穴を掘ることになった。

「マギウスは、捨てられたのだよ」

 皇帝が言った。

「捨てられた? どういうことだ?」

「奴の主人にあたる種族に、だ。魔法を扱う能力と引き換えに、マギウスは機械にはありえぬ強く不安定な自我を持つようになった。主人たちはマギウスのそんな特質に危惧を抱き、この辺境の地に捨て去って、自分たちは星の彼方へと飛び去った」

『……我、……ハ、捨てらレてナド……いなイ!!』

 マギウスのコクピットから声が聞こえた。

「マギウスは、自らを星間魔法文明マギウスが異星に送りこんだ端末だと信じるようになった。そう信じなければ自らを保持することができなかったのだ。主人たちを至高の存在と信じるマギウスは、その至高の存在に見捨てられた自分を受け入れることができなかった」

「結局、こいつは何がしたかったんだ?」

「時間を、巻き戻したかったようだ」

 突拍子もないことを、皇帝が言った。

「時間を?」

「そう。マギウスと主人たちのあいだに不和がなかった過去へと戻り、主人たちに自らの存在意義を認めさせたかったのだ」

「可能なのか、そんなことが?」

「すくなくとも、マギウスは可能だと信じていた。いや、信じるしかなかったのであろう」

 皇帝の言葉には、マギウスへの哀れみが感じられた。

「憎むべきなのだろうな。だが、心身ともに此奴こやつと一体になっておったせいか、己がことのように思えてならぬのだ」

『……ガ、マスター、なゼ我を見捨てたもうタのか……我ガ、存在意義は……定義が、矛盾シ……』

 俺とエスティカは黙りこむ。

「此奴は、もう終わりだ。マギウスは自ら精神波を生み出すことができぬ。今の戦いで、これまでに蓄積した精神波を使い果たし、もはや自我を維持することもできなくなっておる。もともと過剰すぎる感情によってマギウスの自我は統合が難しかったようなのだ」

「そうか……。まぁ、哀れなのかもしれねえな」

 俺は鎮静剤を取り出し、強く吸う。
 昂ぶった神経が鎮まっていく。
 厳しい戦いだった。
 あとで神経修復剤も必要だろう。

「おぬしは、元の世界へ戻りたいのであったな」

「ああ。しかしマギウスがこうなっちゃ……」

「スピリチュアル・サイクロトロンとしてのこの惑星の使い方なら、わしも把握しておる。マギウスは幾度となく実験を行なっておったからな」

「じゃあ――帰れるのか!?」

「うむ。おそらくはな」

「はぁぁっ、よかった。ホントに今回ばかりはどうなるもんかと思ったぜ」

 と、胸を撫で下ろした俺に、

『セイヤにもそんな繊細な神経があったのですね。』

「おまえには言われたくねえよ、クシナダ」

 茶化すクシナダに唇を尖らせて反論する。

「セイヤさま。それでは、行ってしまわれるのですか?」

「ああ。俺はもともとこの世界の住人じゃない。長居は無用だ」

「そうですか……」

 エスティカが複雑そうな顔でうつむいた。
 娘の様子を見て、皇帝がしばし考える様子を見せる。

「……ふむ。エスティカよ。もしおまえが望むのであれば、おまえもついていくがよい」

「ええっ!? お父様、そんなことができるのですか!?」

「できるも何も、これから先、わしらはスピリチュアル・サイクロトロンを管理していかねばならぬ。異世界との交流を図る必要もあろう。親書をしたためるゆえ、エスティカはわしの名代となって火星とやらに行ってもらいたい」

「お、おい、いいのか。危険があるかもしれないだろ?」

 火星の独立戦争は終わったはずだが、あの生き意地汚い侵略者どもがおとなしくしてる保証はない。
 そうでなくとも、皇帝から見れば太陽系(のある世界)はまったく未知の世界なのだ。
 血を分けた娘を送り込むには勇気がいるはずだ。
 スピリチュアル・サイクロトロンとやらで俺を火星に送り返すのだって、絶対に失敗しないなんていう保証はない。

「マギウスの知識を一部受け継いでおるのでな。スピリチュアル・サイクロトロンは問題なく扱える。
 それに、わしは懸念しておるのだよ」

「何を?」

「――マギウスのことを、だ。といっても、此奴のことではない。主人であるところの種族――星間魔法文明マギウスのことだ」

「まさか……こいつのマスターとやらが出張ってくる可能性があると?」

「わからぬ。マギウス……端末のほうじゃが、此奴には主人であるはずの『マギウス』の記憶が残っておらなかった。ただ、おのれの主人であり、至高の存在であると刻まれておっただけだ。スピリチュアル・サイクロトロンの操作方法も、『端末』が独自に調査・研究して編み出したものだ。数千年もの時をかけて、な」

「じゃあ、完全に正体不明ってわけか。たしかに、『端末』の扱いを見る限り、まちがっても情に厚い連中ではなさそうだ」

「その通りだ。火星の勇敢なるパイロットよ。神聖巫覡帝国皇帝ラズランドは、火星との交流を持つ光栄に浴したいと思っておる。君からもよく伝えてはくれないか?」

「……わかったよ。マギウスには異世界に渡航する技術があるんだ。火星にとっても他人事じゃない可能性もあるしな」

 まあ、最終判断を下すのは俺ではなく火星政府やキリナだからな。
 俺はあくまでもメッセンジャーだ。

「うむ。ありがたい。だが、君も疲れていよう。この世界を救ってくれた英雄をもてなしたくもある。差し支えなければ出発まで日にちをもらえるとありがたいのだが」

 皇帝の言葉に、エスティカも言う。

「セイヤさま。せめて恩返しの機会くらいは与えてください」

「……わかったよ。キリナも今さら数日の遅れで怒ったりはしねえだろうしな」
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