イヴィル・バスターズ ―STEEL LOVES FLOWER―

天宮暁

文字の大きさ
6 / 26
第一章 忌まわしき世界

しおりを挟む
◇三峯瞬/城ヶ崎市、自宅マンション

 そこまで語った久瀬倉さんは、わずかにためらう様子を見せてから、言った。
「わたしは、〈贄姫にえひめ〉なの」
「ニエ……ヒメ?」
 生け贄の「贄」にお姫さまの「姫」で贄姫――だという。
「……なんだか不吉な言葉だね」
「そう……だね」
 久瀬倉さんは再びためらいを見せてから、口を開く。
「贄姫は、鬼に食われることで鬼を食うの」
「食われることで……食う」
 ぼくの脳裏に、ついさっき目撃した光景が浮かぶ。
 月明かりしか差し込まない路地裏。グロテスクな化け物――〈巨人〉。そしてそれに食われる久瀬倉さん。〈巨人〉はその後、突然苦しみはじめ、その背中から全裸の久瀬倉さんが現れた――。
「つまり、久瀬倉さんはああして化け物に食われることで、化け物に取り込まれて、化け物を内側から食い破ることで倒す――ってこと?」
 久瀬倉さんはうなずいた。
「そんな……」
 ぼくは路地裏に入る前に久瀬倉さんのものらしい苦悶の声を聞いている。ぼくが駆けつけたときの久瀬倉さんは、もうほとんど動けなくなっていたけれど、まだ息はあるように見えた。つまり久瀬倉さんは、化け物に生きながらに食われる苦痛を堪え忍んでからでなくては化け物を倒すことができない……ということになる。
「痛く……ないの?」
 思わず、そう聞いてしまう。
 久瀬倉さんはうつむいて、
「……痛いよ。すごく、痛い。それに……怖い」
「怖い?」
「ときどき、自分が本当は誰なのか、わからなくなるの。〈追儺(ついな)〉の時は、自分の身体がすこしずつ食べられていって、気がついたときには忌獣の身体の中にいて、わたしはその血肉をとりこんで自分を再構成するの。もといたわたしはとっくの昔にいなくなっていて、今生きてるわたしは忌獣を利用して生み出した分身にすぎないんじゃないか――そんな風に思うと、怖くて――怖く、て……」
 久瀬倉さんは両腕で自分の肩を抱いた。驚くほど華奢な久瀬倉さんの肩が小刻みに震えている。
「でも、わたしがやらなくちゃ。この街のために――三峯君のためにも、ね」
 そうだ。ぼくは久瀬倉さんになんと言った?
 ――この街には、街の平和を願って、祈りを捧げてくれる巫女さんたちがいる。それは、なんていうか、すごく素敵なことだと思うんだ。
 なんて、残酷なことを言っていたんだろう。
 久瀬倉さんの苦痛と恐怖を知りもしないぼくは、安全な場所から手だけ振ってみせ、無責任に「がんばれ」と励ましていた。そのことが恥ずかしく――久瀬倉さんに対して申し訳ない。
「他の手段はないの?」
 久瀬倉さんの他にも忌能を持つ人はいるはずだ。久瀬倉さんの話のなかでも、忌累機関という、忌能者を保護・監視しているらしい政府機関が出てきた。それに、筋から言えば、本来は政府機関が対処すべき問題だという気がする。
「今日みたいに忌獣を追儺するだけなら、ふつうの忌能者の人でもいいんだけど……わたしが今日、自分で追儺したのは、別の理由だから」
「別の理由?」
「今度、お祭りがあるの。久瀬倉家の封じてきた太古の鬼を封印し直す、十年に一度の大きなお祭り――当代の贄姫以外には詳細を伝えられない秘祭――〈万代マヨ〉」
「秘祭……〈万代〉」
「〈万代〉のために、わたしはすこしでも忌力を高めておく必要があるの。もし〈万代〉が失敗したら、封じられた太古の鬼が野に放たれてしまうから」
 そう語る久瀬倉さんの顔は真剣で、荒唐無稽とすら言えそうな話を聞かせれているのに、真偽を疑う気にはなれなかった。
 うつむいて黙り込んでしまった久瀬倉さんに声をかけようと、口を開きかけた時だ。
 突然、部屋のチャイムが鳴った。
 久瀬倉さんがぎくりと身をすくませた。
 ぼくは久瀬倉さんを手で制してインターホンに出る。
 そこに映っていたのは、タキシードを着た銀髪の男だ。
 細身の男で、銀髪をうしろになでつけ、やや色の黒い端整な顔にどこか皮肉げな表情を浮かべている。
 その奇異な出で立ちのせいで、いったいいくつくらいの男なのか、想像がつかない。
 もちろん、ぼくにこんな知り合いはいない。
「どちら様で――」
『贄姫はそこにいるか』
 ぼくの言葉を遮り、男は言った。
 男の声が聞こえたらしく、久瀬倉さんが立ち上がり、ぼくのそばまでやってくる。
「代わって」
 ぼくはインターホンの受話器を久瀬倉さんに手渡す。
「諸正さん」
『やはりそこか。早く出てこい』
「……わかりました」
 諸正というらしい男はそれだけ言うとインターホンの通話ボタンを離した。久瀬倉さんの返事は途中だった。
「なんだよ、あいつ」
「久瀬倉家の執事をしている諸正さん。仕事の後に回収してもらう予定だったの」
「え? でもじゃあ……」
 ぼくが久瀬倉さんをマンションに連れてきたのは余計なお世話だったのか。
「ううん。うれしかった。追儺のあとは、久瀬倉の人たちも、わたしのことを化け物でも見るかのような目で見るから」
 久瀬倉さんの言葉に、ぼくは何も言えなくなる。
「……帰りたくない、な」
「久瀬倉さん……」
 久瀬倉さんがぼくの胸にことりと頭を預けてきた。目の前で震える華奢な肩を抱きしめる勇気もないまま、ぼくはただ立ち尽くすことしかできない。
 部屋に落ちた静寂を、乱暴なノックが破った。諸正だろう。
 ぼくは玄関へ向かい、大きく深呼吸してからドアを開けた。
「贄姫を出せ」
 諸正はぼくをろくに見もせずそう言った。
 叩きつけられた言葉に脳が沸騰しそうになった。
「ここにいます」
 久瀬倉さんが後ろからぼくのシャツを引きながらそう言った。
「……帰るぞ。おまえには男遊びしてる暇なんてないんだ」
 あまりの言いように、ぼくは思わず口を挟んだ。
「ちょっと、贄姫としての務めを果たした久瀬倉さんに、そんな言い方はないでしょう!」
 諸正ははじめてぼくの方を振り返り、
「これは久瀬倉家の問題だ。ガキが口を挟んでいいことじゃねえ」
「……ッ!」
「やめて!」
 激昂しかけたぼくの前に、久瀬倉さんが割り込んだ。
 久瀬倉さんは諸正の方を振り返り、
「もう、帰ります。それに、三峯君はわたしを助けようとしてくれたんです。いくらあなたでも、口が過ぎるようなら贄姫としての権限で処罰します」
 諸正は露骨に舌打ちをした。
「……時期を考えろ、贄姫」
「わたしにやましいことはなにもありません」
 諸正は舌打ちを重ねた。
「……五分で支度しろ」
 諸正はぼくの部屋の前を離れ、マンションの非常階段へ向かった。闇の中に赤い光点が明滅する。煙草を吸っているのだろう。
「ごめんね」
 久瀬倉さんが言うのに、
「べつに、久瀬倉さんは悪くないよ」
 ぼくの顔にはあからさまに不機嫌が出ていたのだろう、久瀬倉さんは申し訳なさそうに眉を下げた。
 支度といっても、ここに来たとき久瀬倉さんは裸だったのだから、持っていくものなど何もない。
「服、あとで返すから」
 そう言って部屋を出て行く久瀬倉さんをぼくは見送るしかない。
 胸のむかつきが抑えられず、ぼくはその夜、明け方近くまで寝つけなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...