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1.無法王国と無法王

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 子どもの頃、誕生日パーティをやってもらったことがある人は多いだろう。

 ケーキにロウソクを立て、火を灯し、電灯を消す。
 誕生日ケーキを中心に、橙色の光の輪が生まれる。

 今、俺が目の前にしている光景は、それをちょっと彷彿とさせるところがある。

 俺の左右を走る燭台の列には火が灯され、炎色のラインを演出している。
 そのラインの収束する先には、もっとたくさんの灯火があった。
 燭台もひときわ豪華になる。
 金色の、細かい彫刻の施された燭台。
 その燭台に囲まれるようにして、玉座があった。

 ……玉座。
 そんなものを目の前にする日が来ようとは、この規久地きくち鈴彦すずひこ、今日を迎えるまで想像だにしていなかった。

 その玉座には、肘掛けに手を置き、両足を大きく開いた、半裸の男が座っている。
 その男の第一印象を聞かれれば、ほとんどの人がこう答えるはずだ。

「……ファラオ」

 そう、玉座に座り、大胸筋の発達した褐色の肌に、金や宝石の飾りを数え切れないほどぶら下げているのは、古代エジプトのファラオのような男だった。
 年齢は40くらいだろうか。壮年というには身体が引き締まり、眼光が鋭い。鷲のような大きな鼻と太い眉。威厳に満ちた覇王といった印象だ。
 玉座の左右には、獅子と隼の剥製が置かれており、中央にいる王こそが最大最強の猛獣であると言わんばかりである。

 灯りに囲まれた玉座とは対照的に、その周囲の空間は薄暗い。
 天井はおろか、部屋の壁すら闇の奥だ。
 そして――気づく。
 闇の中に、鈍い煌めきがいくつもある。
 剣。槍。鎧。盾。兜。
 闇の中には完全武装の兵が林立している。

 王が立ち上がった。
 玉座に立てかけられていた巨大な金属の棒を右手に握る。
 棒と、すべての指にはめられた大きな宝石のついた金色の指輪がぶつかり、耳障りな音を立てた。
 棒は王の身の丈ほどの長さ。真ん中がくびれ、上部と下部が一回り太くなっている。さらに、上部と下部の太い部分には無数のトゲが生えていた。

(棍棒? あんなでかいものを軽々と持って……)

 ファラオが、手にした棍棒の下端を地面にぶつける。
 ずどん、と腹に響く音がした。

 俺は思わずぎくりとする。

 その俺の肩に、そっと手が置かれた。
 驚いて振り返ると、そこには見慣れた顔がある。

「か、会長! それに、火堂先輩に風祭まで」

 俺の後ろには、おなじみの生徒会役員が揃っていた。

「落ち着け。呑まれるな」

 会長の言葉にハッとする。

 事態は何が何やらわからない。
 が、だからこそまずは落ち着くべきだ。
 俺は自分が動揺してることにすら気づいていなかった。

 顔を前に戻す。

 ファラオは、棍棒を手に、身を乗り出して、こちらを興味深そうに観察している。
 そして言う。

「――ほう。貴様らが異界の人間か。肌が白く、顔が扁平な以外、我らとあまり変わらんな。いや、肉付きが悪く兵士としても奴隷としても使えるとは思えんが。女どもは美人ぞろいではあるか」

 獰猛な笑みを浮かべて言ったファラオに、玉座の影からそっとローブの人物が忍び寄る。
 ローブが言った。

「お言葉ですが……」
「わかっておる。多大な魔法資源を用いて呼び出した勇者を後宮送りになどせん」

 不快な。
 あまりに不快な言葉だった。

(ヤバいぞ……)

 状況はまるで呑み込めなかった。
 いや、逆にこれ以上ないほど呑み込めたとも言える。

 こんな古代エジプトのファラオみたいな男が現代の地球にいるはずがない。
 となれば、ここは地球ではない。

(地球の可能性もあるか? 古代エジプトにタイムスリップした可能性? そんな馬鹿な)

 その場合、言葉が通じていることが説明できない。

 ここが異世界だと考えるのと、古代エジプトにタイムスリップしたと考えるのと、どっちが現実的だろう。

(それか、これがどっかのクラスの文化祭の出し物だとか?)

 もしそうだったら今年の出し物の最優秀賞は確定だ。

(あれをやってみよう)

 俺は両手を耳に当て、ヘッドフォンを取るような動作をしてみた。
 しかし、俺の手は空振っただけだ。

(知らない間にVRヘッドセットを被せられただけって可能性もなし、か。うん、しかたない。ここは異世界だ。認めよう)

「その動作は何だね? 王への敬意を示す動作かな? それとも私に服従を誓っているのかな?」

 ファラオが俺に言ってくる。

「これはご無礼を。なにしろ、いきなりこの場に現れたので、状況が呑み込めていないのです」

 一応、丁寧に受け答える。
 目の前の男がこの場の権力者であることは間違いないからな。
 槍を林立させてる周りの怖いお兄さんたちを刺激するのは得策じゃない。

「ふむ。それもそうだな。大臣よ、この者らにかいつまんで状況を説明せよ」
「はっ。かしこまりました」
「そのあいだに、こちらに後宮の女どもをよこせ」

 ローブの男は「大臣」らしい。
 そして、ファラオの言葉とともに、玉座の周囲、闇の濃いところから美女たちが現れた。
 クレオパトラのような衣装に身を包んだ美女たちが、玉座の周りに集まり、ファラオにしなを作る。衣装のアブナいところにこれ見よがしに宝石がついた薄絹は、エロいというより悪趣味だ。思わずガン見してしまったが。

 見ている俺に気づいたのか、ファラオが俺ににやりと笑いかけ、美女のひとりの胸を突く。
 美女が嬌声を上げた。

 その間に、ローブの大臣がこちらに近づいてくる。

「そこまでにしてもらおうか」

 と、会長が大臣に言った。

「われわれは事情が呑み込めていない。説明すると言ったな。その場所から説明してくれ」
「そこまで警戒されずとも、あなたがたに害をなすつもりはありませぬ」
「なんとでも言える」

 会長の言葉に、大臣は小さく息をつく。

「構わないでしょう。あなたがたの事情を考えれば、警戒されるのも当然のこと」
「その警戒を解きたいなら説明してくれ」
「あいわかった、勇者殿」
「勇者?」
「あなたがたは、我が王によって召喚された異世界の勇者である」
「われわれはあいにくそのようなものではないのだが」
「正確には、異世界の者が、この世界に召喚されることで勇者となるのだ。勇者は神からの恩恵を授かるという。われわれはそれをギフトと呼んでいる」

(よくある話だな)

 と俺は思う。
 ……いや、よくはない・・話だが、その手の小説ではよくある話なのだ。

 今度は、様子を見ていた風祭が口を開く。

「ギフトと言われても心当たりがありません。どうやって確認すればいいのでしょう?」
「この世界では、すべての者は神から運命を授けられて生まれてくる」
「……それは比喩的な意味でですか?」
「いや、即物的な意味で、だよ。タロット、と念じながら、手のひらを上にかざしてみよ」

 大臣に言われ、俺たちは顔を見合わせる。
 罠かもしれない。
 そうも思うが、何もしなければ話は進まない。

「俺がやる」

 そう言って、俺は手のひらを上にかざし、「タロット」と念じてみる。
 すると、俺の手のひらから、光り輝く縦長のカードが現れた。ちょうど、タロットカードと同じくらいの大きさだ。

 タロットの真ん中には、青い光の球体が描かれている。
 ……というか、動いている。スマホのライブ壁紙みたいに、タロットの中の絵が動いているのだ。

「何か見えているのか?」

 と、会長が聞いてくる。
 俺は大臣を見る。

「運命のタロットは、本人にしか見えませぬ」
「そうか。規久地。タロットの詳細を確認しろ。ただし、口に出しては説明するな。大臣の説明と突き合わせて、嘘や矛盾がないかを検証しろ」
「……疑い深いお人だ」

 大臣の言葉を無視して、俺は会長の言葉に従う。

 タロットには、さっき説明したライブ球体の他に、いくつかの情報が浮かんでいた。

『凡事徹底』
『☆3』
『翻訳:神聖ヴァリス語⇔日本語』

「なんのこっちゃ」

 俺は首を傾げる。
 大臣が言う。

「おそらく、おぬしのタロットには、おぬしの授かったギフトと、おぬしの現在所有する星の数が現れておるはずだ」
「……事実か?」

 会長の問いにうなずく。

「たしかにそのような情報が出ています。えーっと、『凡……」
「それ以上は言うな、馬鹿者」

 会長に睨まれ、言葉を呑み込む。
 そうだ、口外せずにチェックしろと言われたのだった。

「ギフトの名前に意識を集中してみよ。さすれば、ギフトの詳細がわかるはずだ」

 大臣の言葉に、俺は『凡事徹底』の文字に集中する。

 すると、凡事徹底の脇に、


『基本って、大事。』


 という文字が現れた。

「糸井○里かよ!」

 思わずつっこむ。

「イトイ……?」

 大臣が怪訝そうな顔をする。

「な、なんでもない。詳細は見ることができた。もうひとつの、星ってのはなんだ?」
「星とは、鍛錬によって獲得される神の恩恵のことだ。星の数に応じて神聖なるスキルツリーを伸ばし、魔法を習得することができる」
「魔法!」
「スキルツリーについては、実際に見てもらうのがよかろう。目をつむり、自らの前途を知りたいと願ってみよ」

 大臣の言う通り、目をつむり、自分の前途が知りたいと願ってみる。
 すると、

「おっと……ふぐぐ」
「規久地君は本当に愚かですね。お嬢様の言いつけをまた忘れたのですか?」

 口元を誰かの手で覆われるのと同時にそう言われる。
 火堂先輩の声だ。

「……説明しろ」

 会長が大臣に言う。

「今、その者に見えているのがスキルツリーと呼ばれるもの。いくつかの明るい星が見えるであろう。おまえの視界の前方の、さまざまな角度、距離に星があり、そのうちのいくつかは星座を成しているはずだ」

 会長が俺を見る。
 俺はうなずく。

「その星のひとつひとつが魔法だ。鍛錬によって獲得した星を、それらの星との間に配置する。やがて、自分と星との間に線が生まれる。それが、その星の魔法が使えるようになったという証なのだ」

 へえ……。
 俺の眼前には(目はつむっているが)、たしかに星がいくつも見える。
 たいていの星は近いところにあるが、遠いところにも結構見える。
 星のそれぞれに注意を向けると、星のそばにアルファベットが浮かんだ。
 たとえば、比較的近くにある赤い星は『ferma』である。

「星の配置はその者の適性を表している。近いほど適性のある魔法だということだ。また、ある星とある星が近くに配置されていれば、片方の星からもう片方へと、手持ちの星を配置して線を伸ばすことができる」

 なるほど。
 まさしく、ゲームでよく見るスキルツリーだ。

「次はわたしが試しましょう」

 火堂先輩がそう言って、タロットを確認し、スキルツリーを確認する。
 その間、眉ひとつ動かさない。
 完璧なポーカーフェイスだった。

「じゃあ今度は莉奈が」

 風祭が言って、タロットとスキルツリーを確認。
 風祭は興味深そうな顔をした。

「最後はわたしか。皆を実験台にしたようで気が引けるが」

 会長も確認。
「ふぅむ?」とうなずいていた。

 ここで情報共有するわけにもいかないので、他の三人がどんなギフトとスキルツリーを持っているのかはわからない。
 なんとなくわかったのは、

(どうも強力な手札を引いたらしいな)

 生徒会で暇な時にやるババ抜きの経験から、三人の反応の方向性くらいはなんとかわかる。
 ……というより、仲間にだけはわかるよう、それとなくシグナルを送ったのだろう。
 この三人は、こんな状況でもそれくらいの機転を平然と利かせてくる連中だ。

「説明は終わったか?」

 ファラオが、美女を両手両足にはべらせながら言ってくる。
 美女のひとりがファラオの足に舌を伸ばす。
 何が気に食わなかったのか、ファラオはその女を足蹴あしげにした。
 ……俺の背後の女性陣が殺気立ったのがわかった。

「は。ただいま終わりました」

 大臣がファラオに答える。

「で、どのようなギフトを持っていた?」

 ファラオが俺に聞く。
 鷲のような鋭い目に、思わず答えてしまいたい衝動にかられる。
 後ろから、ふくらはぎを蹴られた。
 三人娘の誰かだろう。
 おかげで我を取り戻す。

(さて、どう答えるかね?)

 俺は言葉を選んで言う。

「ギフトは神ご自身がわれわれに与えてくださった宝物。タロットが他人に読めぬのは、他人には明かさずともよいという神のご配慮かと思われます。いくら王がおうかがいとはいえ、神のご厚意に背くことは致しかねます」
「ふん……口はなかなか達者だな。身体は青瓢箪あおびょうたんのようだが」

 やかましいわ。

 心の中でつっこみつつ、聞くべきことを聞くことにする。

「それで、王よ。なぜ、われわれをこの地に召喚されたのでしょう?」
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