ダークナイトはやめました

天宮暁

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38 片をつける②片腕

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 闇を裂いて。
 もうひと組、夜の街道を行く者たちがいた。

 奴隷商とは異なり、全員が騎乗している。
 そして、全員が魔剣を帯びていた。
 装備には一定の統一感がある。
 奴隷商の護衛のような寄せ集めではない。

 では、何者か?

 先頭を行く赤い鎧の男が声を上げた。

「むっ! 止まれ!」

 胴間声に、騎馬たちが一斉に脚を止めた。

「どうなさいました、代表?」

「今は代表と呼ぶな」

「はっ、失礼しました」

 隣に並んだ魔剣士が馬の上で敬礼をする。

 「代表」と呼ばれた赤鎧が馬を降りた。
 身の丈2メルロ近い大男だ。
 肩幅も広く、筋肉質でがっしりしている。
 壮年と呼べる年齢だが、動きには強い力感がある。
 男は甲冑を鳴らせ、足音高く、前に出た。
 腰から魔剣を抜き放ち、闇に向かって誰何すいかする。

「――何者だ」

 男の言葉に、魔剣士たちに緊張が走る。
 馬を降り、剣を抜く者。
 馬に乗ったまま剣を構える者。
 だが、うろたえる者も、逃げ出す者もいなかった。

「さすがファイアナイトの代表ですね、ゼナンさん。
 いえ、元代表、と言うべきでしょうか。
 明朝にはそう呼ばれているかと思いますが」

 声とともに、街道の真ん中に人影が現れた。
 何もない闇の中から滲み出たのは女だった。

 おさげにしたダークブルーの髪。
 野暮ったい丸眼鏡に隠されたアメジストの瞳。
 パッと見では、陰気で内気そうな印象だ。

 だが、よく見ればあどけないなりに美人である。
 黒いローブの上に、今は黒い胸甲をつけていた。
 盛り上がった胸甲が、肉付きのよさを強調する。

 闇の中にあって、彼女は奇妙に肉感的に見えた。
 普段はあまり目を惹くタイプではないのだが……。

 男は素早く周囲を見た。
 男はある人物がいるのではないかと懸念した。

 その人物は、いなかった。
 男は内心で胸をなで下ろす。

 奴ならば、女を囮に隠れたりはしないだろう。
 人間性の問題ではない。
 単に、そんな策を弄する意味がないだけだ。

 つまり、この場にはこの女しかいないのだ。

 あどけない顔の女を見返し、男が言った。

「リィンか。何の用だ?」

 その言葉には侮りの色が混じっていた。

 そう。
 女はリィン。
 ダークナイト拝剣殿の代表だ。

「もうわかっているでしょう、ゼナンさん?
 特別許可状があります。
 あなたを逮捕せよと」

「拝剣殿の代表には不逮捕特権がある」

「二つ以上の拝剣殿の代表の署名があれば無効です」

「誰が署名した?」

「わたしと、メリーアンさんが」

「あのアバズレがっ……」

「自分のことを棚に上げてよくおっしゃいますね?
 ですが、いいでしょう。
 さあ、始めましょうか?」

「待て、それならば逮捕されよう」

「代表!?」

 側にいた魔剣士が驚きの声を上げた。

「他の拝剣殿の代表を斬ってしまえば逃げられぬ。
 ならば政治で戦うまでだ」

「そ、それはそうでしょうが……」

「拝剣殿は独立の存在。
 滅多なことでは裁くことはできん。
 多少の罰はあろうが、死罪になることはあるまい」

 ゼナンはそう言って、リィンを見た。

「というわけだ。同行を願おう。
 いや、この場合は同行を願われるのかな」

 余裕を見せてゼナンが言う。
 だが、返ってきた言葉は想定外のものだった。

「いえ、どちらでもありません。
 特許状には、抵抗すれば生死不問とあります」

「抵抗していないだろう」

「それを、誰が証言なさるのです?」

 リィンが、笑みを浮かべてそう言った。
 片方の唇の吊り上がった笑み。
 侮蔑。
 憐憫。
 憫笑、と呼ばれる種類の笑みだった。

「な、に……?」

 意図を図りかねて、ゼナンが言葉を漏らす。

「わたし、あまりいい子じゃないんです。
 ナインさんは、きっと手順を踏むんですけど。
 ああ見えて根は真面目な人なので。
 でも、わたしはナインさんとは違うんです。
 死ねばいいと思ってる人たちがいて。
 その人たちを皆殺しにできる機会があったら。
 当然……っちゃいますよね?
 うふふふ……フフフフ……くフフフフ……!」

 凄絶な笑みを浮かべて言うリィン。
 ゼナンは仰け反り、絶句した。

「……この女、イかれてやがる」

 魔剣士の一人が毒づくように言った。
 そのセリフに、ゼナンが我を取り戻す。

「……ふん、何を言うかと思えば……。
 神輿に担がれた小娘が。
 貴様など、ナインがいなければ怖くはないわ」

 ゼナンの言葉に、魔剣士たちが構えを取った。

「ここにいる魔剣士は皆Aランク。
 わしが若かった頃から仕えておる者たちだ。
 Aランクの小娘一人で何ができる?」

「代表、殺しちまうのはもったいないですよ。
 前々から密かにいい身体してると思ってたんです」

「趣味の悪い奴だな、え?
 だが、捕らえたならば好きにしろ」

「さっすが、代表、話がわかる!」

 魔剣士たちの目に好色が浮かんだ。

「いずれ劣らぬクズども、というわけですね」

「どうだ、今からでも通す気はないか?
 命だけは見逃してやらんでもないぞ、ん?
 貴様は仮にも拝剣殿の代表だ。
 殺してしまえば面倒だからな」

「わたしの身体はナインさんだけのもの。
 これ以上視線に晒されるのは心外ですね」

 リィンは小さく息をつくと、

「もう、いいでしょう。
 始めます――巡、朧月夜」

 リィンの姿が月光に霞み――

「ぐぎゃああっ!?」

 ゼナンの背後から、魔剣士の悲鳴が上がった。
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