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二章 冒険者の街に迫る危機(※主にこいつの仕業です)

実はめちゃくちゃヤバかったらしいパークのスライム

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 夕陽に染まる街の門を抜け、僕とお嬢様はスライムの森へと再び出た。

 隔世へだてよの門から冒険者の街ペリジアまでは、普通に歩けば丸一日はかかる距離だ。
 しかも、この森には「サイレントキラー」の異名を持つスライムが出る。
 普通の冒険者はスライムを警戒しながら進むので、さらに時間がかかるらしい。

 だがそんなのは、僕とお嬢様には関係のない話である。
 「気」で強化した脚力で、森の中をムササビのように駆け抜ける。

 かくして、日が沈む前に、僕とお嬢様は隔世へだてよの門まで戻ってきた。
 夕陽をバックに緩やかに下る草原を見下ろしながら僕は言う。

「どうします、お嬢様? スライムの核を狙う前に、一度屋敷に戻りますか?」
「日が沈む前に一度試しておきましょう。うまくいけばそれでよし、ダメならお風呂とご飯でリフレッシュしてから再トライね」

 というわけで、僕とお嬢様は早速スライムを探すことにした。
 いざ探そうとすると、スライムはたしかに見つけにくい。いっそレッドスライムなら魔力がある分見つけやすいのだが、無色のノーマルスライムは気配も魔力も薄いのだ。
 とはいえ、草原にはかなりの数のスライムがいる。

「あれなんてどうでしょう?」
「どれ? ああ、たしかに他のスライムからいい具合に離れてるわね」

 核を回収するには、核を覆うゲルを魔法で取り払う必要があるという話だった。たいていの場合、【火魔法】でスライムを「あぶる」そうだ。炙る時に核を傷つけてしまうと、その分核の質が下がるらしい。

「わたしがやってみるわ!」

 お嬢様は目標のスライムへと忍び寄り、

「――火よ!」

 ――プギャアッ!?

 お嬢様の【火魔法】で、スライムの上三分の一ほどが蒸発した。
 だが、ゲルはすぐに補充される。
 聞いていた通り、スライムのMPが続く限り自動再生するようだ。

「根比べってわけね! 受けてたってやろうじゃない!」

 怒り狂って襲いかかるスライムを軽くかわし、お嬢様が再び【火魔法】を放つ。
 今度も三分の一くらいが蒸発した。
 そして、すぐにゲルが再生する。

 ――プルルギャアアッ!

 スライムが怒りの声を上げている。

「核に当てないようにするのが面倒ね! でも、まだまだいけるわよ!」

 その後も、お嬢様とスライムの戦いは続く。

「まだなのかしら。いつ終わるのかわかんないからストレスが溜まるわ!」

 MPを消費したからか、お嬢様の機嫌が少し悪くなった気がする。
 そこで遅まきながら僕は気づく。

(【看破】すればわかるじゃないか)

 【鑑定】ではレベルまでしかわからなかったが、【看破】ならステータスが丸見えになるはずだ。
 そういえば、ここのスライムだけは【鑑定】結果が《レベル??》になってたっけ。

 ともあれ、【看破】。



スライム
レベル 99(限界1)
HP 206/206
MP 290/299

スキル
【自己再生】99(MAX)
【物理耐性】99(MAX)
【吸収】99(MAX)
【溶解液】99(MAX)
【魔力光合成】99(MAX)



「……はぁぁっ!?」

 あまりのことに、僕は自分の目を疑った。
 レベル99?
 しかも、スキルも軒並みカンストしてる。

「しぶといわね! 火よ!」

 お嬢様の【火魔法】がスライムに命中した。
 スライムのHPが、《166/189》へと減少する。
 だが、すぐに現在値が回復。
 一秒と経たずに最大値である189まで回復した。

「うわっ」

 しかし、スライムの「回復」はそれだけにとどまらない。

 HPを回復しているあいだ、スライムのMPは同時進行で減っていた。HPが全快する直前のスライムのMPは《266/299》。HP1を回復するのにMP1を消費した計算だ。
 面倒ではあるが、かなり燃費の悪い回復に思える。
 つまり、攻撃していればいずれスライムのMPが尽きる……と思える。

 ところが、である。
 一旦は凹んだMPもまた、時間経過とともに回復を始めたのだ。
 しかも、その回復速度がかなり早い。
 一秒に5以上回復してる。6秒ちょっとで、スライムのMPは最大値まで回復しきってしまった。

「HPの回復は【自己再生】、MPの回復は【魔力光合成】のせいかか」

 お嬢様が【火魔法】を使ってダメージを与えても、そのダメージは【自己再生】ですぐに回復されてしまう。
 しかも、【自己再生】で消費したMPも、【魔力光合成】によってものの数秒で回復してしまう。
 お嬢様の【火魔法】の攻撃間隔が5秒くらい。スライムからの攻撃をかわす必要があることも考えると、スライムの回復はばっちり間に合ってしまうのだ。

「……このスライムだけが異常なのか?」

 そう思って、少し離れた場所にいる別のスライムに【看破】を飛ばす。
 表示されたステータスは、お嬢様と交戦中のスライムとほぼ同じものだった。

「つまり、このスライムパークのスライムはみんな異常だと」

 そういえば――ギルドマスターが言っていた。
 超高レベルのスライムが無限湧きするスポットがある、と。

「まさかここのことだったとは……」

 これまでは問答無用で核を砕くという戦法を取っていたせいもあって、ここにいるスライムの強さに気づけなかったのだ。

 しかし考えてみれば、最初にレッドスライムと戦った時、レッドスライムはお嬢様の核への一撃を一度だけだが耐えていた。
 その後の戦いで、お嬢様の本気の一撃を耐えられたものはいない。
 森の魔物も盗賊も、すべてワンパンで沈んでる。
 冒険者ギルドのマスターだけは生きてるが、お嬢様はマスターを殺す気で戦ったわけではない。もし殺す気だったなら、マスターは1秒ももたずに死んでいる。戦いとしては、スライムを狩るのとさして変わらない、味気のないものになってたはずだ。

「【鑑定】でレベルが表示されなかったのは、スライムのレベルが高かったせいだったのか」

 【看破】では問題なく表示されているのはなぜだろう?
 【鑑定】は「格上」のレベルを表示できないが、【看破】にはできるということなのか?

「ちょっとケイ! こいつら、いくらやっても倒せる気がしないんだけど!」

 お嬢様が跳びかかるスライムをかわしながら、僕に向かって叫んでくる。
 お嬢様は天性の勘で、スライムのHPはおろかMPすら削れてないことに気づいたのだろう。

「どうも回復のほうが早いみたいですね。僕も一緒に仕掛けていいですか?」
「まずは一人でやってみたかったけどしかたないわね! 波状的に仕掛けるわよ!」
「かしこまりました」

 お嬢様が、着地してべたっとなったスライムに【火魔法】を放つ。
 スライムの三分の一ほどが蒸散する。
 二秒ほど待って、今度は僕が【火魔法】を使う。
 回復しかけのスライムの体積がまた減った。
 動けないでいるスライムに、お嬢様の二発目の【火魔法】が突き刺さる。
 残るゲルは、核をかろうじて覆う分だけだ。
 スライムの焦りを感じながら、僕は炎をスライムの足下に投げつける。
 火に炙られ、スライムのゲルが完全に蒸発した。

「やったわね! ラストアタックは取られたけど」
「二人がかりならすぐでしたね」

 スライムのいた地面には、半透明のオーブのようなものが転がっている。
 ギルドマスターの執務室で見たのと同じ、スライムの核だ。

「あんたは触らないでよ? 壊れたら困るから」

 お嬢様が言って、核を自分で拾い上げる。
 オーブの中に、お嬢様の鮮やかな魔力が渦巻いた。

 僕は、核に向かって【看破】を使ってみる。


《かなり歪んだスライムの核》


「これ、ちょっと歪んでないかしら?」
「そうですね。使う分には問題なさそうに見えますが」
「うーん……気に入らないわね。どうせならこれ以上ないってくらい質のいいものを納品したいじゃない」
「お嬢様って、たまに妙に凝り性な時ありますよね」
「うるさいわね。まあ、魔力にはちゃんと反応してるし、これでいいといえばいいのかしらね……。
 とりあえず、これはわたしの冒険者証にしまっておくわよ?」

 そう言ってお嬢様は、ポケットから冒険者証を取り出した。

 僕とお嬢様は、ギルドを出る前に、冒険者証を受け取っている。
 見た目は、うっすら虹色の波紋の浮いた、乳白色のカードである。
 おもて面に、冒険者の氏名、ランク、登録先のギルド支部名が記されている。レベルやスキルを書いておく冒険者もいるらしいが、僕やお嬢様はそんな意味のない真似はもちろんしない。
 この冒険者証も魔道具だそうで、登録した本人以外には使えないという。

 冒険者証は文字通り、冒険者としての身分を証しだてるためのものだが、それと同時に、便利極まりない機能が付いている。

「ええっと……『収納せよ』」

 お嬢様が冒険者証をスライムの核にかざしてつぶやいた。
 その瞬間、スライムの核が冒険者証に吸い込まれる。
 明らかに冒険者証よりサイズが大きいはずの透明なオーブが、冒険者証にずぷりと呑み込まれる。
 冒険者証の表面にはしばらく波紋のようなさざなみが残ったが、数秒ほどで元に戻る。

「……何度見てもびっくりね」
「ですね。一体どんな仕組みになってるのやら」
「余りがあったら鳳凰院グループの研究所に回したいくらいだわ」
「こんなものが量産されたら大変なことになりますよ」

 物流システムの大混乱は必至だろう。もし軍事目的に転用されたら、他国に武器が持ち込みたい放題になってしまう。万一テロリストの手に渡ったらと思うとゾッとする。

「といっても、持ち主のMPに応じた量しか収納できないんでしょ? わたしのMPがどのくらいかは、今度教会で調べてもらわないとわからないけど」
「……ソウデスネー。楽しみですよねー」

 今さら「僕にはほとんど最初から見えてます」とは言い出せず、僕は棒読みにならないよう注意しながら相槌を打った。

「スライムの核は回収できたわけだけど……これ、何度もやりたい作業じゃないわね。核をズガン!とやるほうが楽しいわ」
「核をやらないと、魔法も強くなりませんしね」

 魔法を強化する場合はレッドスライムでなければならないので、ノーマルスライムを狩るメリットは経験値くらいだ。経験値を稼ぐならレッドスライムを倒しても同じことなので、僕とお嬢様にとってはノーマルスライムに手を出すメリットがない。今回は核の回収が目的だから別として。

「ともあれ、用事が無事に済んでよかったわ。今日はもう屋敷に戻って休みましょう」

 お嬢様が、ぐーっと伸びをしながらそう言った。
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