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53 訪問者ハリド
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俺は調理場へ向かう。セシばあがハリドにお茶を出していない可能性は百パーセントだからだ。
一旦店に帰ってしまっている料理人さんの代わりに湯を沸かすことから始める。
洗い物も終わって昼食がスタンバイしている厨房は清潔。うちの料理人さんは完璧に職務をまっとうしている。
うちの料理人さんが次にやってくるのは夕方。夜からの自分の店の営業の仕込みをしてまたここへ戻ってくる事になっている。
あれ、いっつも何回往復してるの?って感じ。
今まで違う領主がいた時もそれが当たり前だったし、気にならないというので今でもそうしてもらっている。
だから彼がいない時は、俺は自分でできる限りのことはしたくて、美味しいお茶の入れ方から始まって、料理のいろはを教えてもらって自己流ってのを脱却していた。
それもあって、厨房のどこに何があるか知っているし、料理も一通りできる。お茶を入れて客人をもてなすことくらい楽々だ。
ハリドの好みは覚えている。何がなくとも酒、そんな人だった。だけど朝から酒を出す気はなく茶をいれて、おやつがしまってある棚をあさって出てきたクッキーを添えて……
でもやっぱりやめておく。あいつは茶だけで充分だ。
一階の調理場から応接室までは一直線。そこを茶器を乗せた動きの滑らかなワゴンを押して進む。
何というか、そわそわしていた。
女性が群がるほどの男前、それは俺から見ても男前だったってことだけど、それ以外に俺をドキドキさせる要素がハリドにはあるのだ。
あれからたったの半年か、時の流れは遅いようで早い。田舎にいると特にそれを感じる。
嫌い嫌いという割りにははっきりと思い出せないハリドの顔を浮かべ、応接室の扉をノックし入る。
けれど部屋には誰の姿もない。
あれ?
開いた窓から流れ込む風がレースのカーテンをひらめかせている。
トイレにでも行った? 窓から逃げた? ってそもそも逃げる必要ないのか。
首をかしげながらワゴンをテーブルの脇に寄せようとしたとき、俺は一瞬で後ろから羽交い絞めにされていた。
「……うっ、ぐっ」
驚いた次に首が痛んで息が詰まる。
襲撃者は俺の首に腕をまわし力を込めて絞めてきたのだ。襲撃者は俺よりも背が高く、体がわずかに上へと吊り上げられてしまう。つま先立ちになるが床を踏む感覚はすでにない。
この状態から逃げる方法なんて知らない。腕に噛み付くこともできず、全身の動きが制限されている。
自由に動かせるのは足だけ。蹴るか? でも蹴りが届くのか?
こっちは本気でじたばたして、頭の酸素が薄くなってきているのに、後ろの男は少し力を弱めただけで余裕で俺を抱き込んでいるっぽい。
そいつが誰だかっていうのは匂いで途中からわかったけど、それでも本気で絞め殺されるかもって怖くなってた。
よく考えなくたって、俺たちはハリドのことなんて何も知らないんだし、いくら屋敷の中であっても安心できる要素はまったくない。
こいつを前に気を抜くなんてしちゃいけないことだったのにと悔やむことしかできない。
「や、め……っ……くっ」
「トモエ、自分の家だからって気を抜いてちゃ、ヤられるよ~」
「やるって、どっちのヤるだよ」
突っ込まれる方なのか、殺される方なのか。
ようやく力が緩んで息を吸い込む事ができる。でも後ろから抱き込まれる体勢は変わらないままだ。
咳き込むこともなく呼吸ができる。一瞬死が見えかけたけれど、どうやら少々パニックってしまったことが恐怖を加速させたみたいだ。
「おい、ハリド……耳、なめるな……気持ち悪い……それに、こんな田舎にいれば、輩に襲われるなんて用心は、いらないんだよ」
「だけど、トモエみたいな可愛い子は隙をみせたらすぐに犯されるぞ♡」
「生憎、俺を襲ったのはお前だけだ、このくそやろうが」
「口の悪い。忘れちゃだめだよ。君の生死の決定権はまだこっちにあるんだから。さっきよりもっと絞めて落としちゃおうかなあ。でも意識がない子に入れてもあそこはガバガバかなぁ。顔もぐずぐずになって崩れたら嫌だしぃ、それじゃ楽しめないもんね♡」
「あのなあ、この屋敷内で俺に何かあったら、勘のいいセシばあには伝わるからな」
こいつが相手だと馴染んだ敬語がぶっとんでしまう。下手くそなオネエ言葉も癇に障る。
「たしかにあのバアさんは嗅覚が鋭い」
セシばあの名前を出すと巻き付いていた力が少し緩んだ。
こいつもセシばあがもつ能力というか嗅覚を侮ってはいないということだ。
最初にこいつと会った時、目が合った時から嫌な予感はしてた。
ねちっこい視線で俺を舐めまわしたのはわざとだろうな。そうやって俺がビビるのを目でも楽しむという変態にしか見えない。加えてセクハラ発言。もう最悪。
父さんたちや近所の皆さんに子供扱いされて甘えて生きてきたけど、外から来た男にとって俺はしっかり性の対象だったことを思い出させる存在になった。
あまりにも平和ボケし過ぎていたけど、あの時は『エロ=夜』と思っていたのも悪かった。
ボケた俺はあの時ハリドに襲われた。
一旦店に帰ってしまっている料理人さんの代わりに湯を沸かすことから始める。
洗い物も終わって昼食がスタンバイしている厨房は清潔。うちの料理人さんは完璧に職務をまっとうしている。
うちの料理人さんが次にやってくるのは夕方。夜からの自分の店の営業の仕込みをしてまたここへ戻ってくる事になっている。
あれ、いっつも何回往復してるの?って感じ。
今まで違う領主がいた時もそれが当たり前だったし、気にならないというので今でもそうしてもらっている。
だから彼がいない時は、俺は自分でできる限りのことはしたくて、美味しいお茶の入れ方から始まって、料理のいろはを教えてもらって自己流ってのを脱却していた。
それもあって、厨房のどこに何があるか知っているし、料理も一通りできる。お茶を入れて客人をもてなすことくらい楽々だ。
ハリドの好みは覚えている。何がなくとも酒、そんな人だった。だけど朝から酒を出す気はなく茶をいれて、おやつがしまってある棚をあさって出てきたクッキーを添えて……
でもやっぱりやめておく。あいつは茶だけで充分だ。
一階の調理場から応接室までは一直線。そこを茶器を乗せた動きの滑らかなワゴンを押して進む。
何というか、そわそわしていた。
女性が群がるほどの男前、それは俺から見ても男前だったってことだけど、それ以外に俺をドキドキさせる要素がハリドにはあるのだ。
あれからたったの半年か、時の流れは遅いようで早い。田舎にいると特にそれを感じる。
嫌い嫌いという割りにははっきりと思い出せないハリドの顔を浮かべ、応接室の扉をノックし入る。
けれど部屋には誰の姿もない。
あれ?
開いた窓から流れ込む風がレースのカーテンをひらめかせている。
トイレにでも行った? 窓から逃げた? ってそもそも逃げる必要ないのか。
首をかしげながらワゴンをテーブルの脇に寄せようとしたとき、俺は一瞬で後ろから羽交い絞めにされていた。
「……うっ、ぐっ」
驚いた次に首が痛んで息が詰まる。
襲撃者は俺の首に腕をまわし力を込めて絞めてきたのだ。襲撃者は俺よりも背が高く、体がわずかに上へと吊り上げられてしまう。つま先立ちになるが床を踏む感覚はすでにない。
この状態から逃げる方法なんて知らない。腕に噛み付くこともできず、全身の動きが制限されている。
自由に動かせるのは足だけ。蹴るか? でも蹴りが届くのか?
こっちは本気でじたばたして、頭の酸素が薄くなってきているのに、後ろの男は少し力を弱めただけで余裕で俺を抱き込んでいるっぽい。
そいつが誰だかっていうのは匂いで途中からわかったけど、それでも本気で絞め殺されるかもって怖くなってた。
よく考えなくたって、俺たちはハリドのことなんて何も知らないんだし、いくら屋敷の中であっても安心できる要素はまったくない。
こいつを前に気を抜くなんてしちゃいけないことだったのにと悔やむことしかできない。
「や、め……っ……くっ」
「トモエ、自分の家だからって気を抜いてちゃ、ヤられるよ~」
「やるって、どっちのヤるだよ」
突っ込まれる方なのか、殺される方なのか。
ようやく力が緩んで息を吸い込む事ができる。でも後ろから抱き込まれる体勢は変わらないままだ。
咳き込むこともなく呼吸ができる。一瞬死が見えかけたけれど、どうやら少々パニックってしまったことが恐怖を加速させたみたいだ。
「おい、ハリド……耳、なめるな……気持ち悪い……それに、こんな田舎にいれば、輩に襲われるなんて用心は、いらないんだよ」
「だけど、トモエみたいな可愛い子は隙をみせたらすぐに犯されるぞ♡」
「生憎、俺を襲ったのはお前だけだ、このくそやろうが」
「口の悪い。忘れちゃだめだよ。君の生死の決定権はまだこっちにあるんだから。さっきよりもっと絞めて落としちゃおうかなあ。でも意識がない子に入れてもあそこはガバガバかなぁ。顔もぐずぐずになって崩れたら嫌だしぃ、それじゃ楽しめないもんね♡」
「あのなあ、この屋敷内で俺に何かあったら、勘のいいセシばあには伝わるからな」
こいつが相手だと馴染んだ敬語がぶっとんでしまう。下手くそなオネエ言葉も癇に障る。
「たしかにあのバアさんは嗅覚が鋭い」
セシばあの名前を出すと巻き付いていた力が少し緩んだ。
こいつもセシばあがもつ能力というか嗅覚を侮ってはいないということだ。
最初にこいつと会った時、目が合った時から嫌な予感はしてた。
ねちっこい視線で俺を舐めまわしたのはわざとだろうな。そうやって俺がビビるのを目でも楽しむという変態にしか見えない。加えてセクハラ発言。もう最悪。
父さんたちや近所の皆さんに子供扱いされて甘えて生きてきたけど、外から来た男にとって俺はしっかり性の対象だったことを思い出させる存在になった。
あまりにも平和ボケし過ぎていたけど、あの時は『エロ=夜』と思っていたのも悪かった。
ボケた俺はあの時ハリドに襲われた。
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