子豚の魔法が解けるまで

宇井

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19 子供のいる生活

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 俺とジェイクのふたりの生活に、三歳になったばかりのベンジャミンが加わった。
 ベンジャミン・ジェラルディーン。
 舌を噛みそうな名前だ。そして血統が良さそう。
 ここでようやく俺はジェイクのフルネーム知ることになった。
 ジェイク・ジェラルディーン……なんかセレブの匂いがする。奥さんが乗っていた馬車といい、その匂いがプンプンする……
 まあ、はっきり言って苗字なんて関係ないし、どうでもよかった。とにかくベンジャミン、ことベニーはとっても可愛かったのだ。
 天使だ天使。俺が一度会って合体した天使とは大違い。こっちが本物。
 将来はきっと猫みたいに妖艶な男子になるだろう。父親であるジェイクを見れば身長も伸びる事が予想できるし、期待は大きい。これは男にも女にもモテモテになるぞ。
 ジェイクに詳しくは聞けなかったけど、たぶんベニーと父親のジェイクとの親子として暮らした期間は少なかったのだと思う。
 どうしてって、ジェイクはずっと放浪してたし、今も危険な場所まで採取にいっちゃう薬師だし、危機回避の魔力があるせいか、自分の命の重さに鈍感な気がする。
 何より、小さすぎるベニーに戸惑っているのがありありとわかる。きっと赤ん坊の時に別れたきりとか、そんなんじゃないかな。

 ジェイクは……ストレートか。ゲイじゃないんだな。

 同性には興味がないのかな。そこが気になるポイントだけど、俺が成長するまでの猶予はある。それまでに俺に振り向いてもらえるように頑張るしかない。
 その前に、この不自然な親子をどうにかしなきゃ。
 絵本の読み聞かせをしながらも、ついそんな事を思う。
 ジェイクが買ってくれていた絵本は、八歳の俺でも低年齢向けすぎる本だった。全ページに絵があって、こっちの生活や考えがわかるようで面白かったけど、俺は一度目を通しただけだった。だけどベニーの読み聞かせには大いに役立っている。
 イソップ童話みたいな、動物が擬人化された物語は教訓めいた事が練り込まれていている。それを子供が喜ぶように大袈裟に読んでやると手を叩いて喜ぶ。
 喜怒哀楽が薄い子だろうって勝手に思ってたけど、そんな事は全然なかった。
 この可愛いベニーとジェイク、ほうっておいても仲良くなるんだろうけれど、二人の間に俺というクッションが入って形をなしているのは事実だ。
 そこでベニーがやってきて三日目、俺達三人は俺の提案で少し遠出する事にした。
 普段はしない野豚の散歩に三人と一匹で行って、親子二人に手を繋がせる。俺はトン子の首にかけた紐を持つ。
 野豚改めトン子が女の子とわかって、ジェイクにどんな名前を付けようか相談したけど、命名権は俺にあるという事で、トン子と名付けた。
 こっちの女性名にすると嫌な気分になる人もいるかもしれないからという理由で和風にしてみました。
 トン子も自分の名前を覚えたようで呼ぶと顔を上げて寄ってくる。野豚とは言っても人懐っこくて忠誠心があるのだ。
 今日は町の外の野原と、俺がこの世界に降ろされた最初の場所である森の境界付近まで行って三人と一匹で薬草取りをするのだ。子供が集まる広場だと余計な邪魔が入るから、ここはひと気のない場所に行くに限る。
 散歩を兼ねて採取に行こうって昨日のうちから俺から誘ったら、ジェイクは少しも悩まず賛成してくれた。このお出かけが何かを変えるきっかけになると思ってくれたのだろう。
 それに本当に薬草の採取ってやつもしてみたかったから丁度いい。
 準備万端となり、家から長い事歩く。
 ジェイクの背中には木製の背負子があって籠が乗っかっている。でも籠をどかせば子供を座らせる事もできる優れ物。
 俺は二人の背中を見守って、ぎこちなくも寄り添って行くいく姿を、いい感じいい感じと見る。
 一人で喋りジェイクを見上げるベニー。ジェイクが俺に困った顔で助けを求めるようにしたのも一度きりだった。
 採取地点に到着。
 見晴らしはよくて草もボーボーに生えていて、人の姿はない。
 森はまだまだ遠くにあるけど、俺が最初にびびっていた叫ぶ鳥の声がうっすら聞こえてくる。今落ち着いてそれを耳にすると、南国っぽさも感じられる。あの時の俺は状況に負けてびびってたけど、こうして明るい場所で、周りに人がいると聞こえ方はまったく違っている。

「どんな草を探せばいいの?」
「とりあえず……これだ。よく似た草が茂っているけど、これは葉の裏が特徴的だからわかりやすい」

 シソに似た葉を持つ草は、葉を裏返してみれば、葉脈が太く盛り上がって通っている。そしてその脈の端が赤味がかっていた。
 ジェイクの取ってくれた見本になる草を片手に、同じ草を見つけては根っこごと引っこ抜く。土をはらって袋に入れる。
 似たような草は沢山あったけど、草の微妙な濃淡や茎の細かな産毛の違いが俺にはわかって、葉を返さなくてもこれだろうって判別ができた。
 腰をかがめて採取しながら移動していたら、熱中しすぎて遠くに行ってしまいそうになったけれど、ジェイクは俺の存在にもちゃんとアンテナを張っていて、軌道修正させてくれた。
 ただ穴を掘るより目的があって楽しすぎる。
 ジェイクも本気の採取じゃないせいか、背負子を置いた場所を中心にして俺とベニーを見守っている。トン子は歩き疲れたのか、早々に背負子の影で眠っていた。

「どうぞ」
「ありがとう、ベニー。これ綺麗だな」

 採取にのめり込んでいるのは俺だけなのか、ベニーが小さな花をつけた草を持ってきては俺に手渡す。
 それは茎から折られる事はなく、花の部分だけをプチッと取ってきたようで、手に持つ事もできず別の袋に溜めることにした。せっかくのプレゼントだから、家に帰ったら皿に浮かべて飾っておこう。
 ベニーは花の収拾にも飽きたようで、俺の隣にくっ付いて腰を降ろし、葉を千切っては大して飛ばないそれを宙にほうる。
 行きでジェイクとずっと一緒に歩いていたせいか、今は俺と遊びたいみたいだ。

「なあ、知ってるか? ベニーの父さんは強いんだぞ」

 ベニーと一緒に暮らし始めて三日。部屋にいるばかりのジェイクの姿しかしらないベニーに、俺が見たジェイクの強さを語る。

「あそこの森にいた熊を剣でシャキーンって切って倒して、俺を助けてくれたんだ」
「熊? にーに、森にいたの? 住んでたの? 妖精いた?」

 可愛らしい返しにキュンとなる。

「住んではいないけど、気が付いたら森にいたんだ。妖精はいなかったけどトン子を拾ったのもその森。一人でいたらか心細かったし怖かったけど、熊に襲われそうになった時にベニーのお父さんが現れて倒してくれて、安心して凄く泣いちゃった」
「え、にーにも泣くの?」
「うん、ここに来てからよく泣くようになった。俺がここにいるのも、ベニーに会えたのも、全部ジェイクのお陰だ。ベニーのお父さんは強くてかっこよくて優しい。わかるだろ?」
「うん、わかるぅ。僕、ここに来て楽しくなってきた」
「そっか、よかった。もっと楽しくなったらお父さんにそう言ってあげるといいよ。きっと喜ぶから」
「だったら、この石、父さんにあげるぅ」

 ベニーはそう言いうと土に隠れて頭を出している石を指先で掘り始めた。

「きっと喜ぶよ」
 ただの石ころだって、ジェイクは大切にするのだろう。
 

「一度休憩しよう。おなかも減っただろう」

 ジェイクに声を掛けられ、敷物の上に腰を降ろす。濡らしたタオルで手をふいて、来る前に買って来ていた昼食を広げてお日様の下でパンにかぶりつく。
 パニーニみたいな平べったいパンに具材が挟まったサンドイッチ。まだほんのり温かくて、甘味のあるそぼろ肉と、へにゃっとなったスライス大根みたいなのも新触感で美味しい。
 具をポロポロ零してずっと何かを喋りながら食べるベニー。顔を狙うみたいにジャンプして飛んでくる米粒みたいな虫にいちいち驚いて、ベニーの周りは食べかすだらけ。
 それをふんわり顔で見下ろすジェイク。まめに服にこぼれた屑をひろっている。
 そんな絵になるいけてる二人にデレデレになる俺。なんて幸せな光景なんだ。

「ねえジェイク、森に入った方が沢山取れるんじゃない? 俺、深くまで行かないように気を付けるから後で行って来ていい?」
「ダメだ。なんの印もないが、今の時期は規制が掛かっていて森に入る事は禁止されている」

 そういえば規制の事は前にも聞かされた気がする。

「そうだったね。やっぱり熊とか他にも危険な動物がいるからだめだよね」
「そっちはあまり問題ない。それよりも、あそこは地底からガスが噴き出す地点が幾つもあるんだ。色もなく臭気も僅かで、作業していたらそっちに夢中になってしまって、倒れる瞬間までガスを吸っている事が自覚できない。そうでなくとも森へ入るのは自殺行為だ」
「そこまで危険だったの!? じゃあ偶然俺に会った時も、ジェイクは自殺行為と知ってて入ったの?」
「私は危険は察知できるから問題ない」
「そうかもしれないけど……だけどもう禁止! とにかくダメ! もう一人だけの体じゃない。ジェイクはベニーのお父さんで、俺の大切な人なんだからね」

 俺が本気で怒ってお願いしているのに、ジェイクは大人ぶった俺が楽しいのか笑ってくる。そうなるとベニーもつられて笑いだす。
 俺を真ん中にジェイクとベニーって構図から、ジェイクの両手がベニーと俺をそれぞれしっかり繋いでくれる感じになるのは早かった。


 子育て未成年の俺とジェイクにとってはありがたいことに、ベニーは普通の食事ができるし、意思疎通ができた。正直おっかなびっくりの部分はある。だけど、子供だって人間だし、我を張る部分もあれは譲ってくれる部分もある。
 あの散歩の後、ベニーと暮らすために必要な物を買い出しに行った時だって、ベニーはお父さんがジェイクだってしっかり認識しててとても楽しそうだった。
 買ったのはベニーの食器と、服。
 後からどっとやってきたベニーの荷物の中には、これぞ坊ちゃんって言うのが丸出しの上品な服しか入っていないから、この町でも馴染む普通の服が必要だったのだ。
 ジェイクと二人でこれがいいんじゃないかってのを選んで、最後はベニーにどれがいいか聞いてみる。
 服を買いに出る経験がなかったのか最初はキョロキョロするばかりだったけど、しっかり欲しい物を主張することができた。
 結果、ブルー系ばっかりに偏ってしまたけど、ジェイクはそれでいいってベニーの頭を撫でてた。
 服はやっぱり古着。だけど食器は新品。子供用の食器は売ってなかったけど、植物模様でその部分がへこんでいている物をそろえた。
 つい沢山欲しくなる俺は、自分の物を選ぶ時より真剣だったし楽しかった。そうやって俺に与えたがっていたジェイクの気持ちが、自分も経験する事でようやくわかった。


 今日のベニーは上が濃紺シャツ、下は若竹色の長ズボンをくるぶしが出るまで折り返している。
 耳の上には干してドライになった黄色の花。俺が薬草の捨てる部分を拾い上げて花瓶に飾っているのを抜いてきて挿しているのだ。
 毎日の服装は全部ベニーが自分で選んで着替えている。なかなか個性があって遊び心がある。すっかりお洒落心をなくした俺の白いシャツに黒茶色のズボン姿が平凡に見えて仕方ない。
 だけど、子育てって大変なんだ。自分の事なんて後回しになっちゃうもん。
 ベニーがやってきて早一か月。
 ボブカットは髪が顔にかかって邪魔そうだからと、本人納得の上で短くカットしている。これでどこからどうみても男の子になった。
 ベニーは一体どんなお育ちをしてきたのか、子供は誰しもそうなのか、気に入らない食べ物はベーッと吐き出してしまう。
 肉はあまり好きじゃない。温野菜は種類によっては好き。ベニーの好みはそんなところ。
 肉なんて出たら俺はひとりでお祭り騒ぎしてたよ。子供の頃に飢えていた期間がある俺からすれば、贅沢なことだ。
 味と食感を確認したいのか、一旦口に入れてモゴモゴしてから出すから、それを拾って始末する俺の気持ちを少しは汲んで欲しい。
 ベニーの持ち物は多く、趣味はともかくいざとなったら着替えとかに困らないのが唯一の救いかな。ピラピラのフリルシャツとかだけど。
 それにあまり粗相しないで、自分からトイレにいける。衛生観念がしっかりしてるから、最後に手洗いもしっかりする。
 家事でも育児でも助かっているのが洗濯。この国の洗濯事情は日本と違っている。とにかく服の洗濯というものは洗濯屋がやるのだ。
 日々契約している洗濯屋さんがやってきて、汚れものを入れた袋を回収していく。だから俺たちは自分の身に着けた下着とかを洗うだけ。
 金持ちならそれまでも出してしまうらしいけど、俺はそこまで人の手を借りる気にはならないな。洗濯機があったら自分で回して干したい。
 風呂場の隅に置いてある薬液入りのバケツに、洗濯屋には出さなかった物やパンツやら靴下やらをつけこんでおく。そうすると臭いも汚れも分解されて綺麗になる。
 風呂の最後にそれを流水で洗い流す必要があるんだけど、ジェイクは三人分のパンツをゴシゴシこすって絞ってくれる。俺がやるって言っても、それが当たり前みたいにやってくれる。
 ちなみにこの世界のパンツはひざ上丈のステテコみたいな感じ。下着というよりはズボン下って表現がしっくりくる色気のない物だ。
 風呂を出ると通りに面していない方の窓に下げてあるハンガーにそれを干す。
 夜、窓の外で二枚のパンツとオムツが風に揺られるのを見てると、平和だなって感じちゃう。幸せの印にさえ見えるね。

 だけど、そんな平和な暮らしにも、大きな問題が出現したのだった。
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