子豚の魔法が解けるまで

宇井

文字の大きさ
60 / 61

60 移動

しおりを挟む
 体感三十分ほどでジルは戻り、無口になったぽっちゃり王子を一度見てから、色々と説明してくれた。
 ジルは受付と交渉したのではなく、実際に俺を捕まえた奴と話をしたっぽい。
 俺が拘束された事情は明かせないと言う事だったが、しかし説明なしの拘束と連行は違法だとしっかり認めさせてきたから、後日謝罪がある事を期待しようと言ってくれた。
 そして肝心の荷物が戻るのは今ではないと言うことだった。
 中途半端に権力を持った役人は頑固らしく、ジルの交渉は大変だったようだ。それでも荷物が早くかえってくるように、明日も頑張ってくれるらしい。
 今後も俺が不利にならないよう、主人、つまりはヨアの親に連絡をしておくから心配無用だと言う。
 ジルのおかげでちょっとほっとした。いや、かなりほっとした。
 解放された直後はまだ恐怖が残ってたけど、時間がたって湧いてくるのは理不尽さばかりで、今夜は怒りで眠れないかもしれない。

「トモエ様、どちらまでお送りすればよろしいでしょう?」
「東校の寮へ行きたいのですが、わかりますか?」
「ええ大丈夫です」

 ジルは扉を開けて外へでて指示を出したらしい。席についてすぐに馬車は動き始めた。

「トモエ様は東校へ入学されるのですね」
「いえ、入学は中央校ですが、寮は東校用にしか空きがなくて、そこから通う事にしました」
「それは大変ですね。中央は立地が良いのですが敷地を広げる余裕がない。その隣にある寮も同様。時期になると部屋の斡旋の話はよく聞きます。しかし中央校へ通われるのに東校の寮とは、距離を考えると厳しいのではありませんか」
「いえ、田舎出身なんで歩くに抵抗はありません。地図で確認しましたけれど無理な距離ではないので」

 健脚だけは自慢だと足を叩くと、隣のヨアが顔を動かし俺を見上げる。

「では、僕の家に住むか?」
「ヨア様所有の屋敷は中央校に近いので、そう提案されているのです」
「でもご家族の了解が必要ですよね。ヨアの一存で決められる事でもないはずです。それに、俺が悪い奴だったらどうするんですか? さっき釈放されたばかりの怪しい人間が、屋敷で何をするかわかりませんよ」

 少々怪しげな声音を出すとヨアが笑った。

「ヨア様がお誘いしているのは、ヨア様個人所有の別邸の事で、家族で暮らす家とは別になります。様々な決定権も一応あります」
「私が主人だ」

 えへん、とヨアが胸をそらす。
 ジルはヨアの姿に微笑むと屋敷の説明を始めた。
 ヨアの屋敷は歴史があるらしく、見た目は一つの四角い建物ではあるが、中身は主人用と使用人用とできっちり区別されているらしい。
 二つの居住域を繋いでいるのは、一階にあるたった一つの扉だけ。
 扉ひとつで繋がっているだけで、それぞれが独立しているって事は、二世帯住宅的なイメージだろうか。一階は父母、二階は若夫婦、的な。
 ジルはその使用人専用の領域にある使用人用の部屋を使ったらどうかと提案する。
 昔は数人の主人家族に仕えるために、何十人もの使用人を雇うのが普通だったらしく、空間的には使用人用の空間の方が建物の半分を埋めているらしい。
 管理人夫婦もそこに住み込んでいるし、そっちの方が日常的に稼働していて便利らしい。妙な遠慮が必要ないだけ却って快適に過ごせるかもしれないとのこと。

「困っている学生がいたら手を差し伸べるのが資産を持つ者の義務です。ですので、所有する屋敷の部屋をどこの学校の何人に提供しているかで、その家主の価値をはかる事ができるとされています。そういった事情から、貸す側にも得があるのですよ」
「上流の人達って大変ですね」

 心底本気で言うとジルは可笑しそうに口をあける。

「トモエ様も立派な家名をお持ちではないですか。田舎出身と言いますが、ダンパー姓もその上流に含まれております。部屋を提供する立場にあるお家柄です」
「でも、本家ダンパー家の知り合いはいませんし、俺のは偽物ダンパーです」
「ダンパーに本物も偽物もありません」

 きりっとした目で見つめられる。

「偽を作らせず末端を増やさないよう、ダンパーはその数を管理しています。つまりあなたがどれほど田舎出身であっても、ダンパーを名乗るかぎり、つまりは真なのです」
「そうなんですかね……すみません」

 ダンパー本家は俺を認めていないと聞いたけど、ダンパーには偽物が存在しないから本物。うん、なんかややこしい。

「トモエ、屋敷の管理人は優しいぞ。だから誕生日にもらえたのはとても嬉しかった。いつもは違う所に住んでいるし、あまり行けないけれど、僕はすごく気にいっている」
「誕プレだったのか……」

 子供に家をあげるとか、あり得ないだろ。

「だから家族がどうとか関係ない。僕が自分の家に誰を入れるのかを決める。僕がトモエの最初のパトロンになろう」

 ぽちゃぽちゃ王子のくせに、ちびっ子のくせに、はっきりと言い切る台詞は決まっていた。

「ちょっと考えさせてほしい。こればかりは自分一人で決められる問題じゃないんだ。ヨアも一応家族の人に相談しないと」

 即断るのも悪いかと思って濁しておく。
 正直言ってお世話になるつもりはない。それは提供者が子供だから、格が高そうな家だからって理由じゃない。
 東寮はケーズの両親が手配してくれた。特にイノセが頑張ってくれたんだ。
 もし本気でヨアの屋敷に移るにしても、俺は両親二人の了解をとっておきたい。無断で決めて事後報告ってのは嫌。
 ぼっちゃり王子はそれ以上誘う言葉は出さない。これまでの話を理解している事といい、案外賢い子なのかもしれない。
 馬車は俺の住まいとなる場所へと向かっている。
 たまに跳ねる時もあるけれど整備された道は快適といっていい。ぽっちゃり王子は揺れに頭を揺らした後、俺にもたれかかって眠りに入った。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

処理中です...