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体感三十分ほどでジルは戻り、無口になったぽっちゃり王子を一度見てから、色々と説明してくれた。
ジルは受付と交渉したのではなく、実際に俺を捕まえた奴と話をしたっぽい。
俺が拘束された事情は明かせないと言う事だったが、しかし説明なしの拘束と連行は違法だとしっかり認めさせてきたから、後日謝罪がある事を期待しようと言ってくれた。
そして肝心の荷物が戻るのは今ではないと言うことだった。
中途半端に権力を持った役人は頑固らしく、ジルの交渉は大変だったようだ。それでも荷物が早くかえってくるように、明日も頑張ってくれるらしい。
今後も俺が不利にならないよう、主人、つまりはヨアの親に連絡をしておくから心配無用だと言う。
ジルのおかげでちょっとほっとした。いや、かなりほっとした。
解放された直後はまだ恐怖が残ってたけど、時間がたって湧いてくるのは理不尽さばかりで、今夜は怒りで眠れないかもしれない。
「トモエ様、どちらまでお送りすればよろしいでしょう?」
「東校の寮へ行きたいのですが、わかりますか?」
「ええ大丈夫です」
ジルは扉を開けて外へでて指示を出したらしい。席についてすぐに馬車は動き始めた。
「トモエ様は東校へ入学されるのですね」
「いえ、入学は中央校ですが、寮は東校用にしか空きがなくて、そこから通う事にしました」
「それは大変ですね。中央は立地が良いのですが敷地を広げる余裕がない。その隣にある寮も同様。時期になると部屋の斡旋の話はよく聞きます。しかし中央校へ通われるのに東校の寮とは、距離を考えると厳しいのではありませんか」
「いえ、田舎出身なんで歩くに抵抗はありません。地図で確認しましたけれど無理な距離ではないので」
健脚だけは自慢だと足を叩くと、隣のヨアが顔を動かし俺を見上げる。
「では、僕の家に住むか?」
「ヨア様所有の屋敷は中央校に近いので、そう提案されているのです」
「でもご家族の了解が必要ですよね。ヨアの一存で決められる事でもないはずです。それに、俺が悪い奴だったらどうするんですか? さっき釈放されたばかりの怪しい人間が、屋敷で何をするかわかりませんよ」
少々怪しげな声音を出すとヨアが笑った。
「ヨア様がお誘いしているのは、ヨア様個人所有の別邸の事で、家族で暮らす家とは別になります。様々な決定権も一応あります」
「私が主人だ」
えへん、とヨアが胸をそらす。
ジルはヨアの姿に微笑むと屋敷の説明を始めた。
ヨアの屋敷は歴史があるらしく、見た目は一つの四角い建物ではあるが、中身は主人用と使用人用とできっちり区別されているらしい。
二つの居住域を繋いでいるのは、一階にあるたった一つの扉だけ。
扉ひとつで繋がっているだけで、それぞれが独立しているって事は、二世帯住宅的なイメージだろうか。一階は父母、二階は若夫婦、的な。
ジルはその使用人専用の領域にある使用人用の部屋を使ったらどうかと提案する。
昔は数人の主人家族に仕えるために、何十人もの使用人を雇うのが普通だったらしく、空間的には使用人用の空間の方が建物の半分を埋めているらしい。
管理人夫婦もそこに住み込んでいるし、そっちの方が日常的に稼働していて便利らしい。妙な遠慮が必要ないだけ却って快適に過ごせるかもしれないとのこと。
「困っている学生がいたら手を差し伸べるのが資産を持つ者の義務です。ですので、所有する屋敷の部屋をどこの学校の何人に提供しているかで、その家主の価値をはかる事ができるとされています。そういった事情から、貸す側にも得があるのですよ」
「上流の人達って大変ですね」
心底本気で言うとジルは可笑しそうに口をあける。
「トモエ様も立派な家名をお持ちではないですか。田舎出身と言いますが、ダンパー姓もその上流に含まれております。部屋を提供する立場にあるお家柄です」
「でも、本家ダンパー家の知り合いはいませんし、俺のは偽物ダンパーです」
「ダンパーに本物も偽物もありません」
きりっとした目で見つめられる。
「偽を作らせず末端を増やさないよう、ダンパーはその数を管理しています。つまりあなたがどれほど田舎出身であっても、ダンパーを名乗るかぎり、つまりは真なのです」
「そうなんですかね……すみません」
ダンパー本家は俺を認めていないと聞いたけど、ダンパーには偽物が存在しないから本物。うん、なんかややこしい。
「トモエ、屋敷の管理人は優しいぞ。だから誕生日にもらえたのはとても嬉しかった。いつもは違う所に住んでいるし、あまり行けないけれど、僕はすごく気にいっている」
「誕プレだったのか……」
子供に家をあげるとか、あり得ないだろ。
「だから家族がどうとか関係ない。僕が自分の家に誰を入れるのかを決める。僕がトモエの最初のパトロンになろう」
ぽちゃぽちゃ王子のくせに、ちびっ子のくせに、はっきりと言い切る台詞は決まっていた。
「ちょっと考えさせてほしい。こればかりは自分一人で決められる問題じゃないんだ。ヨアも一応家族の人に相談しないと」
即断るのも悪いかと思って濁しておく。
正直言ってお世話になるつもりはない。それは提供者が子供だから、格が高そうな家だからって理由じゃない。
東寮はケーズの両親が手配してくれた。特にイノセが頑張ってくれたんだ。
もし本気でヨアの屋敷に移るにしても、俺は両親二人の了解をとっておきたい。無断で決めて事後報告ってのは嫌。
ぼっちゃり王子はそれ以上誘う言葉は出さない。これまでの話を理解している事といい、案外賢い子なのかもしれない。
馬車は俺の住まいとなる場所へと向かっている。
たまに跳ねる時もあるけれど整備された道は快適といっていい。ぽっちゃり王子は揺れに頭を揺らした後、俺にもたれかかって眠りに入った。
ジルは受付と交渉したのではなく、実際に俺を捕まえた奴と話をしたっぽい。
俺が拘束された事情は明かせないと言う事だったが、しかし説明なしの拘束と連行は違法だとしっかり認めさせてきたから、後日謝罪がある事を期待しようと言ってくれた。
そして肝心の荷物が戻るのは今ではないと言うことだった。
中途半端に権力を持った役人は頑固らしく、ジルの交渉は大変だったようだ。それでも荷物が早くかえってくるように、明日も頑張ってくれるらしい。
今後も俺が不利にならないよう、主人、つまりはヨアの親に連絡をしておくから心配無用だと言う。
ジルのおかげでちょっとほっとした。いや、かなりほっとした。
解放された直後はまだ恐怖が残ってたけど、時間がたって湧いてくるのは理不尽さばかりで、今夜は怒りで眠れないかもしれない。
「トモエ様、どちらまでお送りすればよろしいでしょう?」
「東校の寮へ行きたいのですが、わかりますか?」
「ええ大丈夫です」
ジルは扉を開けて外へでて指示を出したらしい。席についてすぐに馬車は動き始めた。
「トモエ様は東校へ入学されるのですね」
「いえ、入学は中央校ですが、寮は東校用にしか空きがなくて、そこから通う事にしました」
「それは大変ですね。中央は立地が良いのですが敷地を広げる余裕がない。その隣にある寮も同様。時期になると部屋の斡旋の話はよく聞きます。しかし中央校へ通われるのに東校の寮とは、距離を考えると厳しいのではありませんか」
「いえ、田舎出身なんで歩くに抵抗はありません。地図で確認しましたけれど無理な距離ではないので」
健脚だけは自慢だと足を叩くと、隣のヨアが顔を動かし俺を見上げる。
「では、僕の家に住むか?」
「ヨア様所有の屋敷は中央校に近いので、そう提案されているのです」
「でもご家族の了解が必要ですよね。ヨアの一存で決められる事でもないはずです。それに、俺が悪い奴だったらどうするんですか? さっき釈放されたばかりの怪しい人間が、屋敷で何をするかわかりませんよ」
少々怪しげな声音を出すとヨアが笑った。
「ヨア様がお誘いしているのは、ヨア様個人所有の別邸の事で、家族で暮らす家とは別になります。様々な決定権も一応あります」
「私が主人だ」
えへん、とヨアが胸をそらす。
ジルはヨアの姿に微笑むと屋敷の説明を始めた。
ヨアの屋敷は歴史があるらしく、見た目は一つの四角い建物ではあるが、中身は主人用と使用人用とできっちり区別されているらしい。
二つの居住域を繋いでいるのは、一階にあるたった一つの扉だけ。
扉ひとつで繋がっているだけで、それぞれが独立しているって事は、二世帯住宅的なイメージだろうか。一階は父母、二階は若夫婦、的な。
ジルはその使用人専用の領域にある使用人用の部屋を使ったらどうかと提案する。
昔は数人の主人家族に仕えるために、何十人もの使用人を雇うのが普通だったらしく、空間的には使用人用の空間の方が建物の半分を埋めているらしい。
管理人夫婦もそこに住み込んでいるし、そっちの方が日常的に稼働していて便利らしい。妙な遠慮が必要ないだけ却って快適に過ごせるかもしれないとのこと。
「困っている学生がいたら手を差し伸べるのが資産を持つ者の義務です。ですので、所有する屋敷の部屋をどこの学校の何人に提供しているかで、その家主の価値をはかる事ができるとされています。そういった事情から、貸す側にも得があるのですよ」
「上流の人達って大変ですね」
心底本気で言うとジルは可笑しそうに口をあける。
「トモエ様も立派な家名をお持ちではないですか。田舎出身と言いますが、ダンパー姓もその上流に含まれております。部屋を提供する立場にあるお家柄です」
「でも、本家ダンパー家の知り合いはいませんし、俺のは偽物ダンパーです」
「ダンパーに本物も偽物もありません」
きりっとした目で見つめられる。
「偽を作らせず末端を増やさないよう、ダンパーはその数を管理しています。つまりあなたがどれほど田舎出身であっても、ダンパーを名乗るかぎり、つまりは真なのです」
「そうなんですかね……すみません」
ダンパー本家は俺を認めていないと聞いたけど、ダンパーには偽物が存在しないから本物。うん、なんかややこしい。
「トモエ、屋敷の管理人は優しいぞ。だから誕生日にもらえたのはとても嬉しかった。いつもは違う所に住んでいるし、あまり行けないけれど、僕はすごく気にいっている」
「誕プレだったのか……」
子供に家をあげるとか、あり得ないだろ。
「だから家族がどうとか関係ない。僕が自分の家に誰を入れるのかを決める。僕がトモエの最初のパトロンになろう」
ぽちゃぽちゃ王子のくせに、ちびっ子のくせに、はっきりと言い切る台詞は決まっていた。
「ちょっと考えさせてほしい。こればかりは自分一人で決められる問題じゃないんだ。ヨアも一応家族の人に相談しないと」
即断るのも悪いかと思って濁しておく。
正直言ってお世話になるつもりはない。それは提供者が子供だから、格が高そうな家だからって理由じゃない。
東寮はケーズの両親が手配してくれた。特にイノセが頑張ってくれたんだ。
もし本気でヨアの屋敷に移るにしても、俺は両親二人の了解をとっておきたい。無断で決めて事後報告ってのは嫌。
ぼっちゃり王子はそれ以上誘う言葉は出さない。これまでの話を理解している事といい、案外賢い子なのかもしれない。
馬車は俺の住まいとなる場所へと向かっている。
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