私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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26 ダナはどこへ行った

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 日々が穏やかに過ぎた。けど、ダナは帰ってこない。

「何かあったのかと心配です」

 いつもと同じ庭でファーガス様に零していた。
 これがもやや通常になっているのにも疑問を抱かなくなっていた。このごろ深く物事を考えるのはとても面倒だ。

「ああ、ダナか……彼女の存在をすっかり忘れていた……」

 ファーガス様は手を額に当てている。

「ダナは私の親友です」
「うん。それは知っている。そうか、あれから一か月か……浮かれて、失念していた」

 思案顔になった。
 その間に腰をそっと動かし、ふたりの距離を開けておいた。

 季節はいつも駆け足で過ぎていくものだと思っていたけれど、この代わり映えしない景色の中で時はゆっくりと動いている。
 彼の見つめている先にある木々もずっと同じ色だ。

「安心していい。彼女の任務はね、それほど大変なものでもない。むしろ楽しんでいることだと思うよ。北方はもう雪が降っているだろうし、もう少しだけゆっくりした方がいい。その方がきっと安全だろう」
「ダナは北方へ行っているんですか? ファーガス様は、ダナの任務をご存じなんですか?」
「ああ、少しだけね。パトリシアはダナがいないと寂しい?」
「正直、寂しいんです。自信を持って友達と呼べるのは彼女くらいしかいません。毎日顔を合わせていたわけじゃないけれど、近くにいないことが不思議でならなくて」

 騎士の中で本音で話しができる人間はダナくらいだ。
 後輩は後輩で親しい者もいるが数は少ない。毎日寮へ帰るたびに、ああダナはまだ帰っていないんだなって身に沁みる。

「僕も友人は少ないんだよ。幼い頃から付き合いのある友人が一人いるけれど、彼ほど腹を割って話せる人間は他にいない」
「そのご友人って、私達の隊長の旦那さまですよね」

 いつか医務室で笑っていた隊長が蘇った。たしか、軍工作部の副参謀の地位にいらっしゃる方だ。

「そうアリサ隊長の夫だ。シシャは自分が虐げられている事にも気付きもしない子だった。体は小さいくせにとんでもない面倒な輩を寄せ付ける。腕に物を言わせて彼を守っているうちに、僕の周りには友と呼べる人間がいなくなっていた。でもね、剣が好きなら騎士になればいいと気付かせてくれたのは彼だし、それは僕が騎士を志す足掛かりだったと思うんだ」

 当時を振り返るファーガス様は何かを思い出したのか、頬を緩めている。
 とても優しい顔だ。

「シシャ様との出会いで進む人生が決まったんですね」
「それほど大層なものじゃないかな。けど、シシャは自分の道を曲げてまで僕を追い軍に来てくれた、とても大切な人だ。昔から変わらないその忠誠心に、うちの母も随分目を掛けているんだ。友人が親にも認められるのは嬉しい。だから、君のダナに対する思い入れも理解できるよ」
「シシャ様はファーガス様を愛されているんですね」
「言いにくいがそうだろう」

 愛されているという言葉にも、ファーガス様は怯まなかった。
 ファーガス様の話のかぎりでは、隊長の旦那様はファーガス様が大事なようだ。
 夢を曲げて親友を追いかけへ軍へ入隊だなんて、簡単にできるものではない。まるで一つの青春物語のようだ。
 けれど、ファーガス様は誤魔化すように続けた。

「でもね、これまでシシャの執務室に入り浸り過ぎたせいか、最近態度が冷たいんだ。もともとその気質はあるんだが、工作部にいるうちに頭が固く、話の通じない男になってしまうのではないかと気掛かりだ」

 諦めたように首を横に振ったあと、ファーガス様は改めて私を見る。

「それほど待つことなくダナは帰って来るよ。きっと」

 ファーガス様の大きな手が私の頭に降りる。
 大丈夫とその指先で言われているようだ。自分からもたれ掛かる事はないけれど、与えられるものを拒むことはしない。
 ファーガス様が会えると言ういうのであれば、ダナには近いうちに会える気がした。
 学生時代からずっと一緒の彼女とは、思えば家族と同じ位の時間を過ごしているといえる。これだけ距離も時間も置くのは初めてのことだった。
 ファーガス様とシシャ様のように密な関係には程遠いけれど、私のダナへの思いも一方通行ではないはずだ。
 その日を思い薄く微笑むと、顔が近づく。

 とっと……ストップ。

「ちょっと待って下さいっ」

 慌てて顔をのけ反ったのに、頭にのっていた彼の手が強引に戻してしまう。
 私の額とファーガス様の額がこつんと触れ合った。

「どうして?」
「だって、まだ明るいし……そう、も、もしかしたら、どこかの窓から、誰に見られているかもしれません……」
「恥ずかしいし?」
「……はい」

 それはもちろん。
 額が触れあって、息がかかるこの距離だって、どうしていいかわからない。これだけは、慣れることがない。

「じゃあ、会うのは夜にして、僕が君の部屋に行こうかな」
「えっ、私の部屋、ですか」
「そう。こっそり忍んでいくから誰にもばれない。部屋なら暖かいし、ベッドも……ある」

 変な所で言葉を区切らないで欲しい。
 ベッドは危険だ。絶対に。

「部屋は、ダメですっ」
「ダメ? だったら、そうだな、かわりの案はある? ないなら、あっちに行こうか? ここは嫌なんだよね?」
「ここはダメです」

 とんでもない距離から解放されて、ファーガス様が示すのは、ここから少し離れた暗がり。
 背の高さがある木が茂っていて、間諜が潜り込むのに程よい茂みで、王城にあるまじき場所。
 恋人同士の逢瀬には絶好の場所です。そこは。
 ここへ何度も来ているから、その暗がりにカップルが消えていくのを私は何度か目撃している。
 つまりはそう言った場所だ。

「あっちも無理……」
「じゃあ、やっぱり君の部屋へ」
「だめです!」
「だったら決まりだ」

 ファーガス様は立ち上がり私の手を取る。
 ルルは先に駆け出し、するすると器用に木に登り姿が見えなくなった。

「さあ、行こう」

 ああ、光も跳ねのけるようなそのまぶしい笑顔は……違う場面で見たかったです。
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