私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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25 充血してます

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 それにしても、ママ……かあ。

 何だか遠すぎる場所にあって考えた事もない言葉だけど、故郷の森へ帰らずにここにいる子供のルルには必要な存在かもしれない。
 そう思うと、私の平らな胸に頭を押し付けるルルが急に愛しくなった。

 ママだよ。

 なんて言ってみたりして。言わないけど。

「獣医部の奴がルルを欲しいと寄越してきていて、再三断っているのに諦めが悪くて大変だった。久しぶりに腕力に物を言わせたよ」

 何気にそんな事いうから冗談なのか判別できなくて、顔が引きつりそう。腕力ってのは、私には禁句だ。思わず頬を押さえたくなっちゃう位には。

「心配ない。ルルも、パトリシアも、僕が守る」

 私が顔色を悪くしているのをどう捉えたのか、ファーガス様は強く目を合わせてきて、私は逸らせなくなっていた。

「どうした?」

 いや、どうもしてない。何だか泣きたい気分だけど。

 守るってのは何から守ってくれるんだろう。守られるよう事態になる前に、わたしは気配を消しちゃいたい。だから私は大丈夫だ。

 ただ、想ったのは。どうしてこんな事になっちゃたんだろうってことだった。
 私はただあの日、休日に出かけて、ただそれだけだった。
 そのスタートがもう間違えちゃっていたって事なんだけど、今さらどうしようもない。
 ルルは毛並みがよくなったしここにいて幸せそうで、ファーガス様はまだ恋人ごっこを続けていて楽しそう。

 私ははっきり物を言えなくて、優柔不断で、自分がどうしたいのか分からない。
 ファーガス様が隣にいる意味がわからなくて、凄く面倒な人に捕まってしまって思っていて。でもこうしているのは嫌じゃないどころか、ちょっと楽しくて。

 そんな色々が頭の中で行き場もなくグルグルしている。
 これから私はこの人とどう付き合っていっていいのだろう。記憶が戻ったのだと言って、納得してくれるのだろうか。
 我慢できずに、もう痕跡のない頬をさすった。

 えっ……

 その手を取られて、引き寄せられ、あっという間に大きな胸に抱きしめられる。
 まるで私の混沌とした思考に区切りを付けるように、一度しっかりと後ろに回された腕がぎゅっとしまった。

 この中に入るのは三度目だ。

 正直、嫌じゃない。でも離して欲しい。
 そうじゃないと、私は……とにかく、困るのだ。

 気持が通じたのか、一旦はなれたと思ってほっとする。だけど目が……ファーガス様の目が赤い。

「あの、ファーガス様、目がすごく充血しています。お疲れならお部屋で休まれた方がいいのではないですか?」
「これは、疲れからじゃない」

 見上げるとファーガス様の目が赤くなっていたのだが、大丈夫だろうか。たしかに疲れているにしては、目がギラギラしている気もする。
 まるで本能がむき出しになっているみたいな。
 え、本能……?

「パトリシア」
「えっ……」

 すぐさま唇に何かが当たった。
 そう。
 ファーガス様の顔があっという間に至近距離にあって、当たった。
 それがキスだって気付くのに一拍以上も時間がかかった。

 触れるだけのものを数回、彼の高い鼻が顔をかすめ、角度を変えてゆっくりと何かが侵入しようとする。ぎゅっと目を閉じると、触れる部分が敏感になる。
 最初は様子をみるようだったのに、私が拒んでいるのに動きをやめない。何度も隙間をノックされて、くちゅくちゅとした音が体で響いて、力を抜いた瞬間、口の中に熱いかたまりが侵入してきて甘く痺れた。
 ちゅっという音をたてて解放されると、目を細めて色気を湛えているファーガス様がいた。
 見つめあったままでの沈黙。
 その時になって初めて鼓動があり得ない速さで打ち始める。

 なにこれ、すごくドキドキする。

「パトリシアの初めては、全部僕がもらう。好きなんだ」

 私の耳元で宣言したファーガス様は、きっとそこにもキスをした。だからきっとそこも信じられない位に赤く色づいているはずだ。

 全部って何。それって幾つあるの。

 彼の考えている事が、本当にわからない。
 私が言うのも何だが、彼は本当に趣味が悪い。騎士でも貴族でも侍女でもお針子でも、綺麗な人を探すのは簡単なことだ。
 彼の母親も妹も、彼自身も当然美しい。一体何があって、こんな私がいいと言うのだろう。
 どうして、私なのか。

――るるぅ

 苦しいよぉ。
 そんな感じの声に我に返り、ようやくルルを抱きつぶしていた事に気付いた。
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