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39 ファーガス視点:パトリシア
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しかしその後から、ファーガスの目はダナを拾うようになった。
見かけるのは決まって同じ時刻の塔門裏あたり。
ある時はこんもりと自生してしまった薬草を引いては傍らに積み上げていた。ある時は棒のような物で木の幹を突いて遊んでいるようにみえた。
彼女は何をしているのかと疑問を持つ前に、彼は答えを持っていた。
ある目的をもった接近が引きも切らない波は定期的にやってくる。
政からは一切関わらないと宣言しているにも関わらず、王族であり将来の王弟であるファーガスに ある種の人はいらぬ価値を見出してしまうのだ。
面倒な権利を放棄したとしても、ファーガスの母はとても厄介な人だった。
王子がすでに四人いるにも関わらず、現王が最後の側妃として召し上げた女性だった。
平民出身の酒屋の娘と自らの事をいうが、聞く者がきけば嫌味でしかない言葉。
始まりは酒屋である事実は本当だが、実のところ酒類だけでなく穀物全般を扱い流通させている、国で一番の商会へ成長を遂げている酒屋だったのだ。
それを支える柱の一つとなり、宮に入ってからも精力的に働くファーガスの母も彼と同じく変わり者扱いされている一人だ。
王籍を抜けたとしてもファーガスに旨みがあることには変わりなく、狙う女性は多い。
わかりやすい美貌と身体でエサをちらつかせて近づく女もいた。ダナのように、見せかけだけの健気さで近づき思惑が外れた途端に拗ねる女もいた。
夜の女昼の女。貴族と平民。毒々しい者、つつましやかな者。どの層にも一定の腹黒い人間はいる。
単純に彼女も砂糖に群がるアリに過ぎないといった所か。
何気なさを装い声が掛かるのをまっているのだろう。あからさまなのも困るが、これはこれで、
「あざとい」
その声がダナに届いても構わないとしたせいか、それ以来ダナの姿は庭から消えた。
ちょうど新人の配置も決まり正式な勤務が始まっている。単に忙しいと言う事も考えられるし、 ファーガスを早々に諦めたのかもしれない。どうとでも解釈できた。
毎年の事とはいえファーガスも新人教育に慌ただしく、ようやく小さくひと息つくことができる時期がやってきた。
疲れた。
執務室から出た廊下で立ち止まり理由もなく大きく肩を回した。
ダナはもういない。
視界に邪魔するものがなくなり清々していたはず。だが知らずに足は動く。あそこから何が見えるのだろうとダナの佇んでいた辺りに赴くとつま先で土を蹴り、空を見上げた。
……何もない。
そこにあるのは、絵の具を塗ったような雲のない青。
足元にはアリの行列。
野放図に茂る草。
意味がわからない。ここに座っているだけで声を掛けられると思うに至った思考が理解不能だ。
そう思いながらも、自分の行動にも意味をも見いだせず、思考が迷い込む前に首を振った。ただの気まぐれとは言い切れないことに薄々気づいていた。
「ダナだ」
「頑張れ、いけ」
鍛練の合間、隊の人間は思い思いの場所で座り込み水を飲んだり汗を拭ったりしていた。
女性騎士たちは離れた場所にいるためこの声は聞こえないはずだが、ファーガスの隣にいる二人の男たちは小声で囁きあっている。
少し角度を変えれば女性たちの様子は見えるのだが、ファーガスは頑なまでに体も顔も動かさなかった。
「最初はノルマをこなすだけでいっぱいだよな」
「そうだよ、あの頃のことは思い出したくもない。それにしてもダナちゃんキツそうだ」
内容からするに、ダナは剣の稽古中、型稽古ではないらしい。一方的に押されて劣勢なのか、ダナを応援する声が違う場所からもする。
「おっ、あれは入ったぞ」
「ダナちゃん、腕を怪我したんじゃないか」
怪我だと!?
考える前に動いていた視線が右から流れる間に、腕を押さえてその場に片膝をつく女の姿を捕える、がそれを行き過ぎても、彼の目にはダナが映らなかった。
「ダナはどこだ……」
滅多に人の話に立ち入らず、女性の話をしても無関心なファーガスに、隊員は珍しいこともあるものだと顔を緩めた。
「だからほら、まだ膝をついて動かないあの子ですよ」
「お……パトリシアちゃん登場」
指さす方には、先ほどと同じ場所で跪いた女性が立ち上がろうとしている所、と、そこに駆け寄る女がいた。
その女を見て、ファーガスはしばし混乱した。
腕を押さえるダナ、駆け寄るダナ。
ダナは二人いるのか。
いや、そうじゃない。全ては、勘違いだったのだ。
「気付かなかったけどパトリシアもいたんだな」
「あの二人が絡むと癒されるわ。子犬同士で寄り添ってるみたいだよな。よく見ると俺パトリシアちゃんの方が好みかも」
隊員二人の会話が耳をかすめて消える。
駆け寄った女は立ち上がった女に何事か喋っている。何度かやり取りした後、ファーガスがダナだと思い込んでいた女は、友人の肩をゆっくりと小突く真似をし、誰を憚ることなく大きく口を開け豪快に笑った。
人に見られるは嫌だ。その自覚は生涯かわらないだろう。
でも、この時ばかりはファーガスは願った。
どうかその笑顔のまま僕を見てくれ。
そして願いは叶った。
実際のパトリシアはファーガスを捉えてはいなかったが、彼にとっては見つめ合ったと等しい時間だった。
自分の中にこんな感情を持つ場所があったのか。
綻ぶ笑顔、それは往来の路傍で砂煙を浴びながらも、ひっそりと咲く小さく清楚な花。
荒んだ闇を消し去り新しい朝の訪れを窓辺で告げる小鳥。
ファーガスが心を奪われた瞬間だった。
彼女の名はダナではなく、パトリシアだった。
新入隊の二人のうちの一人、美しく人気のある方と聞いて、彼が自然に選んだのはパトリシアだったのだ。
そこからファーガスはパトリシアをつけ狙い、その一風変わった行動と清らかな内面に、さらに思いを深めていく。
そしてたまに気配を消し周りと同化してしまう、そんな彼女を探し見つけるのが楽しみになっていた。
見かけるのは決まって同じ時刻の塔門裏あたり。
ある時はこんもりと自生してしまった薬草を引いては傍らに積み上げていた。ある時は棒のような物で木の幹を突いて遊んでいるようにみえた。
彼女は何をしているのかと疑問を持つ前に、彼は答えを持っていた。
ある目的をもった接近が引きも切らない波は定期的にやってくる。
政からは一切関わらないと宣言しているにも関わらず、王族であり将来の王弟であるファーガスに ある種の人はいらぬ価値を見出してしまうのだ。
面倒な権利を放棄したとしても、ファーガスの母はとても厄介な人だった。
王子がすでに四人いるにも関わらず、現王が最後の側妃として召し上げた女性だった。
平民出身の酒屋の娘と自らの事をいうが、聞く者がきけば嫌味でしかない言葉。
始まりは酒屋である事実は本当だが、実のところ酒類だけでなく穀物全般を扱い流通させている、国で一番の商会へ成長を遂げている酒屋だったのだ。
それを支える柱の一つとなり、宮に入ってからも精力的に働くファーガスの母も彼と同じく変わり者扱いされている一人だ。
王籍を抜けたとしてもファーガスに旨みがあることには変わりなく、狙う女性は多い。
わかりやすい美貌と身体でエサをちらつかせて近づく女もいた。ダナのように、見せかけだけの健気さで近づき思惑が外れた途端に拗ねる女もいた。
夜の女昼の女。貴族と平民。毒々しい者、つつましやかな者。どの層にも一定の腹黒い人間はいる。
単純に彼女も砂糖に群がるアリに過ぎないといった所か。
何気なさを装い声が掛かるのをまっているのだろう。あからさまなのも困るが、これはこれで、
「あざとい」
その声がダナに届いても構わないとしたせいか、それ以来ダナの姿は庭から消えた。
ちょうど新人の配置も決まり正式な勤務が始まっている。単に忙しいと言う事も考えられるし、 ファーガスを早々に諦めたのかもしれない。どうとでも解釈できた。
毎年の事とはいえファーガスも新人教育に慌ただしく、ようやく小さくひと息つくことができる時期がやってきた。
疲れた。
執務室から出た廊下で立ち止まり理由もなく大きく肩を回した。
ダナはもういない。
視界に邪魔するものがなくなり清々していたはず。だが知らずに足は動く。あそこから何が見えるのだろうとダナの佇んでいた辺りに赴くとつま先で土を蹴り、空を見上げた。
……何もない。
そこにあるのは、絵の具を塗ったような雲のない青。
足元にはアリの行列。
野放図に茂る草。
意味がわからない。ここに座っているだけで声を掛けられると思うに至った思考が理解不能だ。
そう思いながらも、自分の行動にも意味をも見いだせず、思考が迷い込む前に首を振った。ただの気まぐれとは言い切れないことに薄々気づいていた。
「ダナだ」
「頑張れ、いけ」
鍛練の合間、隊の人間は思い思いの場所で座り込み水を飲んだり汗を拭ったりしていた。
女性騎士たちは離れた場所にいるためこの声は聞こえないはずだが、ファーガスの隣にいる二人の男たちは小声で囁きあっている。
少し角度を変えれば女性たちの様子は見えるのだが、ファーガスは頑なまでに体も顔も動かさなかった。
「最初はノルマをこなすだけでいっぱいだよな」
「そうだよ、あの頃のことは思い出したくもない。それにしてもダナちゃんキツそうだ」
内容からするに、ダナは剣の稽古中、型稽古ではないらしい。一方的に押されて劣勢なのか、ダナを応援する声が違う場所からもする。
「おっ、あれは入ったぞ」
「ダナちゃん、腕を怪我したんじゃないか」
怪我だと!?
考える前に動いていた視線が右から流れる間に、腕を押さえてその場に片膝をつく女の姿を捕える、がそれを行き過ぎても、彼の目にはダナが映らなかった。
「ダナはどこだ……」
滅多に人の話に立ち入らず、女性の話をしても無関心なファーガスに、隊員は珍しいこともあるものだと顔を緩めた。
「だからほら、まだ膝をついて動かないあの子ですよ」
「お……パトリシアちゃん登場」
指さす方には、先ほどと同じ場所で跪いた女性が立ち上がろうとしている所、と、そこに駆け寄る女がいた。
その女を見て、ファーガスはしばし混乱した。
腕を押さえるダナ、駆け寄るダナ。
ダナは二人いるのか。
いや、そうじゃない。全ては、勘違いだったのだ。
「気付かなかったけどパトリシアもいたんだな」
「あの二人が絡むと癒されるわ。子犬同士で寄り添ってるみたいだよな。よく見ると俺パトリシアちゃんの方が好みかも」
隊員二人の会話が耳をかすめて消える。
駆け寄った女は立ち上がった女に何事か喋っている。何度かやり取りした後、ファーガスがダナだと思い込んでいた女は、友人の肩をゆっくりと小突く真似をし、誰を憚ることなく大きく口を開け豪快に笑った。
人に見られるは嫌だ。その自覚は生涯かわらないだろう。
でも、この時ばかりはファーガスは願った。
どうかその笑顔のまま僕を見てくれ。
そして願いは叶った。
実際のパトリシアはファーガスを捉えてはいなかったが、彼にとっては見つめ合ったと等しい時間だった。
自分の中にこんな感情を持つ場所があったのか。
綻ぶ笑顔、それは往来の路傍で砂煙を浴びながらも、ひっそりと咲く小さく清楚な花。
荒んだ闇を消し去り新しい朝の訪れを窓辺で告げる小鳥。
ファーガスが心を奪われた瞬間だった。
彼女の名はダナではなく、パトリシアだった。
新入隊の二人のうちの一人、美しく人気のある方と聞いて、彼が自然に選んだのはパトリシアだったのだ。
そこからファーガスはパトリシアをつけ狙い、その一風変わった行動と清らかな内面に、さらに思いを深めていく。
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