51 / 56
53 部屋
しおりを挟む
遅い時間だったこともあり、私はすぐにシャワーを済ませ寝支度をした。
お腹は空いていないけれど、満たされてもいない。足元だけがふわふわとしている。
慌てて着替えて出って言ったのもあって、ベッドに放ったままだった制服を今になって吊るしておく。皺もなく明日も問題なく切られそうだ。
冷える夜でも朝から一日中窓のカーテンを引かないのはルルがいつ遊びにきてもいいように。今そこに姿もないし、ルルはもう今夜は来ないのだろう。
ここは集中空調で寮母さんが一括管理していて、私たちは部屋の壁にあるルーバーを調整して温度調整する。
女性近衛OGからの寄付金で導入された最新設備。
寝る前は普段より低めがいいから、ルーバーは閉じ気味にしていてある。
その操作性の悪いツマミと格闘していると、後ろでコンコンとガラスを叩く音がした。
ルル……?
とは違う気がした。
ベッドサイドの小さな灯りの中で、たったひとつの窓の外に、大きな影が揺れる。闇と同化したシルエットだけで、それが今晩、別れたばかりの人だと気付く。
ファーガス様!?
「もしかして、ファーガス様、どうしてこんな所に、こ、こ、ここって二階」
なのにどうして窓の外にいるの。
どくどくする胸を押さえて、駆け寄り窓を開けると、そこには悠然と構えているファーガス様。
空中浮遊、ではなくて、足元にはしっかりと彼の体重を支える事ができる、葉を落とした立派な木の枝があった。
「恋する僕には全ての物が味方するようだ。入っていい?」
ここで追っ払う選択もありなのだろうかと、私は少しだけ悩んだ。けれど、返事を待たずにファーガス様はトンと軽い音だけをたて、部屋の中に入ってしまっていた。
窓を閉める時に外を見渡してみると、寮の周りにある木はこの部屋と隣の部屋にかかるこの一本だけで、確かに都合が良すぎるくらいにいいのだった。
「そのままにしておこう」
眠りにはいりやすいよう、ギリギリまで絞ってある照明。暗すぎるために調光しようと近寄った所でその声に足を止めた。
自分の服装が頼りない寝間着だということに気付いて、私はそれに賛成した。驚くことに、ファーガス様は近衛の制服をきっちり着こんでいる。しかも肩章まである正式のものだ。
店で会い送ってもらった時は私服だった、あの後、仕事でもあったのだろうか。
夜なのに? 正装で?
まあ、いい。
もう少し部屋が暖かい方がいいだろうと、私は首をひねりつつルーバーの間隔を広めた。
魔石ランプの揺らめきが、着ている寝間着に波紋を映し出している。影にいるファーガスの顔は見えない。
私の髪は乾ききっておらず、いつもより髪のウェーブがきつい。
寝間着は母が送ってくれたもので、冬だというのに半袖、ピンク色の布をたっぷり使っている、もこもこした生地のワンピースはくるぶしまである丈だ。
彼と会う時はいつも制服のズボン姿だけに、こんな私的な場面だけ乙女な姿というのはかなり恥ずかしい。
私に限らず女性近衛は私服では思いっきり乙女スタイルを好む人は多い。
普段のストイックさからの反動となるのだから、それは巨大リボンや贅沢なレースなどとぶっとんでしまうのだ。私の場合は母の選択であって選ぶ余地はないのだけれど。
ファーガスはベッドに腰を下ろし、隣にくるようにと楽しそうにベッドをぽんぽん叩いた。
お腹は空いていないけれど、満たされてもいない。足元だけがふわふわとしている。
慌てて着替えて出って言ったのもあって、ベッドに放ったままだった制服を今になって吊るしておく。皺もなく明日も問題なく切られそうだ。
冷える夜でも朝から一日中窓のカーテンを引かないのはルルがいつ遊びにきてもいいように。今そこに姿もないし、ルルはもう今夜は来ないのだろう。
ここは集中空調で寮母さんが一括管理していて、私たちは部屋の壁にあるルーバーを調整して温度調整する。
女性近衛OGからの寄付金で導入された最新設備。
寝る前は普段より低めがいいから、ルーバーは閉じ気味にしていてある。
その操作性の悪いツマミと格闘していると、後ろでコンコンとガラスを叩く音がした。
ルル……?
とは違う気がした。
ベッドサイドの小さな灯りの中で、たったひとつの窓の外に、大きな影が揺れる。闇と同化したシルエットだけで、それが今晩、別れたばかりの人だと気付く。
ファーガス様!?
「もしかして、ファーガス様、どうしてこんな所に、こ、こ、ここって二階」
なのにどうして窓の外にいるの。
どくどくする胸を押さえて、駆け寄り窓を開けると、そこには悠然と構えているファーガス様。
空中浮遊、ではなくて、足元にはしっかりと彼の体重を支える事ができる、葉を落とした立派な木の枝があった。
「恋する僕には全ての物が味方するようだ。入っていい?」
ここで追っ払う選択もありなのだろうかと、私は少しだけ悩んだ。けれど、返事を待たずにファーガス様はトンと軽い音だけをたて、部屋の中に入ってしまっていた。
窓を閉める時に外を見渡してみると、寮の周りにある木はこの部屋と隣の部屋にかかるこの一本だけで、確かに都合が良すぎるくらいにいいのだった。
「そのままにしておこう」
眠りにはいりやすいよう、ギリギリまで絞ってある照明。暗すぎるために調光しようと近寄った所でその声に足を止めた。
自分の服装が頼りない寝間着だということに気付いて、私はそれに賛成した。驚くことに、ファーガス様は近衛の制服をきっちり着こんでいる。しかも肩章まである正式のものだ。
店で会い送ってもらった時は私服だった、あの後、仕事でもあったのだろうか。
夜なのに? 正装で?
まあ、いい。
もう少し部屋が暖かい方がいいだろうと、私は首をひねりつつルーバーの間隔を広めた。
魔石ランプの揺らめきが、着ている寝間着に波紋を映し出している。影にいるファーガスの顔は見えない。
私の髪は乾ききっておらず、いつもより髪のウェーブがきつい。
寝間着は母が送ってくれたもので、冬だというのに半袖、ピンク色の布をたっぷり使っている、もこもこした生地のワンピースはくるぶしまである丈だ。
彼と会う時はいつも制服のズボン姿だけに、こんな私的な場面だけ乙女な姿というのはかなり恥ずかしい。
私に限らず女性近衛は私服では思いっきり乙女スタイルを好む人は多い。
普段のストイックさからの反動となるのだから、それは巨大リボンや贅沢なレースなどとぶっとんでしまうのだ。私の場合は母の選択であって選ぶ余地はないのだけれど。
ファーガスはベッドに腰を下ろし、隣にくるようにと楽しそうにベッドをぽんぽん叩いた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる