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54 田舎へ行っていたようです
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「話をしよう」
場所が場所だけに、そんな台詞で落ち着けてくれなければ、立っている方がいいとお断りしていたかもしれない。
私の部屋に、夜に、二人きり。
ギコギコと関節から音がしそうなほど動きが悪くなるのは仕方ない。
遠慮がちに腰をかけると自分の重みでベッドが沈み込む。けれど、隣の方がもっと沈んでいてそちらに傾げそうだった。
「驚いた?」
「それはもう、毎回こんな登場をされてはきっと心臓がもちません」
「今日は特に、かな」
「こんなことは二度と御免です」
ジェドさんとのお店で登場、二階の窓からの登場。あり得ないお出ましが今日は二回目になる。自分の心臓がこれだけ弱らずにもっているのが不思議だ。
くすりとファーガスが笑い目尻がさがる、私もそれに釣られた。
別れ際の、また後でっていうのはこの窓からの訪問の予告なんだろうけれど、普通は誰もこんな風に現れるとは思わない。
軽く肩を小突こうとした所で、上げた手は行き場を探せず止まる。
そいえば災害派遣でファーガスは怪我を負ってしまったはずだった。この体のどこかに。
「どこを怪我したんですか?」
「ここだよ。たいしたことのない浅い傷だ。少し縫い合わせてある、開かないようにとね」
中途半端に宙で止まった私の手を引き取り、二の腕に導く。布の上からの手触りでも、その下にグルグルと巻かれた存在を感じた。
たいした傷ではないと言い切れない。目だった傷はこれだけかもしれないが、小さな傷はもっとあるのかもしれない。彼は気温の低い中で一夜を外で過ごしたのだ。隊服は濡れ、泥を被っていたかもしれない。
もっともっと私にその中身を話して教えて欲しい。
温もりは伝わってきているはずなのに、それを思うと指先に痛みが移るようでじんじんする。
「ひとりだけ帰りが遅くなったのは、どうしてですか」
「それは個人的な理由。心配かけてしまったんだね。一旦帰る時間が惜しくなって、直接デライム領に出向いていたんだ」
ビクッとして、それまで腕に添っていた手が離れる。それをすくい取るようにファーガスの手が掴み、強く握り込まれる。
確かに、派遣先マノーオと王都を結んだ線の上に、私の故郷はある。
そこに怪我をした身で。その上私に何の相談もなく、出向いた……
あまりに想像外の彼の行動に、私は怒りがわくこともなく呆気に取られた。
「僕の突然の訪問に驚きながらも皆さん歓迎して下さった。今後はブドウを加工できる設備を増やすとかで、その予定地をお父様にみせて頂いたよ。その投資の一役を担いたいと申し出たが、にべもなく断られてしまった。幾つかの援助も農園の手伝いも断れてしまった。申し出は有り難いが縁のない方からの援助は受けられないと。それに、結婚に関しては本人の合意を大前提としたいから、まずは娘からの返事をもらってくる事が優先だと言われてしまった……とても立派なお父さんだね」
突然前触れもなくやってきたのが、ファーガス殿下と知って、うちの家族がどれだけ内心狼狽えていたのかが想像できて顔を塞ぎたくなってしまった。
ファーガスは立派だと表現してくれているけれど、父はきっとボロ屋敷に招いた時も、農園を案内している時も、膝がガクガクだったに違いない。今頃は寝込んでいる可能性もある。
私より貴族である感覚が強く、王族への忠誠もある父。
援助を断り、結婚も申し入れも聞きいれないなんて、きっと自分で首を切るくらいの覚悟でしたはずだ。
貴族であっても平民であっても、結婚というのは自らの意思ではままならない場合がほとんどで、家と家との話し合いで決まる場合が多いのが常識なのに、そこで個人を尊重すると言い切ってしまったのは、家訓でも何でもないと思う。私も初耳。
それはきっと父の口からでまかせで、要はファーガスっていう問題が大きすぎて、取りあえず先延ばしにして追い出しちゃえって魂胆だったのではないだろうか。
でも、それも違うかもしれない……
一番上の姉の時は、相手の家がかなり格上で、請われたとはいえ面識もない男性との結婚。
姉が婚家で受け入れられるかと家族で中でも父が一番に心配した。それでも姉が決意した事に最後に父は賛成したのだ。
二番目の姉の時は、相手はかなりおお金持ちだったせいで、娘を金で売ったと、そう他から噂されても仕方ない状況だった。
でも姉の意思をそのまま受け入れたのは父だった。
父は、言葉にしなくても、いつでも娘たちの気持ちを尊重してくれていたのだ。
父の気持ちに少し、ほろっときた。
「本当にいいお父さんだ。君の部屋が見たいと言ったらすぐに案内してくれた。客室ではなくそこに宿泊させてもらって、派遣での疲れをゆっくり癒す事ができた」
ファーガス様はご満悦の様子だ。
あ……お父さん、それって一番強く、断らないといけない所です。
私の物がまた紛失しているのかもしれません。
場所が場所だけに、そんな台詞で落ち着けてくれなければ、立っている方がいいとお断りしていたかもしれない。
私の部屋に、夜に、二人きり。
ギコギコと関節から音がしそうなほど動きが悪くなるのは仕方ない。
遠慮がちに腰をかけると自分の重みでベッドが沈み込む。けれど、隣の方がもっと沈んでいてそちらに傾げそうだった。
「驚いた?」
「それはもう、毎回こんな登場をされてはきっと心臓がもちません」
「今日は特に、かな」
「こんなことは二度と御免です」
ジェドさんとのお店で登場、二階の窓からの登場。あり得ないお出ましが今日は二回目になる。自分の心臓がこれだけ弱らずにもっているのが不思議だ。
くすりとファーガスが笑い目尻がさがる、私もそれに釣られた。
別れ際の、また後でっていうのはこの窓からの訪問の予告なんだろうけれど、普通は誰もこんな風に現れるとは思わない。
軽く肩を小突こうとした所で、上げた手は行き場を探せず止まる。
そいえば災害派遣でファーガスは怪我を負ってしまったはずだった。この体のどこかに。
「どこを怪我したんですか?」
「ここだよ。たいしたことのない浅い傷だ。少し縫い合わせてある、開かないようにとね」
中途半端に宙で止まった私の手を引き取り、二の腕に導く。布の上からの手触りでも、その下にグルグルと巻かれた存在を感じた。
たいした傷ではないと言い切れない。目だった傷はこれだけかもしれないが、小さな傷はもっとあるのかもしれない。彼は気温の低い中で一夜を外で過ごしたのだ。隊服は濡れ、泥を被っていたかもしれない。
もっともっと私にその中身を話して教えて欲しい。
温もりは伝わってきているはずなのに、それを思うと指先に痛みが移るようでじんじんする。
「ひとりだけ帰りが遅くなったのは、どうしてですか」
「それは個人的な理由。心配かけてしまったんだね。一旦帰る時間が惜しくなって、直接デライム領に出向いていたんだ」
ビクッとして、それまで腕に添っていた手が離れる。それをすくい取るようにファーガスの手が掴み、強く握り込まれる。
確かに、派遣先マノーオと王都を結んだ線の上に、私の故郷はある。
そこに怪我をした身で。その上私に何の相談もなく、出向いた……
あまりに想像外の彼の行動に、私は怒りがわくこともなく呆気に取られた。
「僕の突然の訪問に驚きながらも皆さん歓迎して下さった。今後はブドウを加工できる設備を増やすとかで、その予定地をお父様にみせて頂いたよ。その投資の一役を担いたいと申し出たが、にべもなく断られてしまった。幾つかの援助も農園の手伝いも断れてしまった。申し出は有り難いが縁のない方からの援助は受けられないと。それに、結婚に関しては本人の合意を大前提としたいから、まずは娘からの返事をもらってくる事が優先だと言われてしまった……とても立派なお父さんだね」
突然前触れもなくやってきたのが、ファーガス殿下と知って、うちの家族がどれだけ内心狼狽えていたのかが想像できて顔を塞ぎたくなってしまった。
ファーガスは立派だと表現してくれているけれど、父はきっとボロ屋敷に招いた時も、農園を案内している時も、膝がガクガクだったに違いない。今頃は寝込んでいる可能性もある。
私より貴族である感覚が強く、王族への忠誠もある父。
援助を断り、結婚も申し入れも聞きいれないなんて、きっと自分で首を切るくらいの覚悟でしたはずだ。
貴族であっても平民であっても、結婚というのは自らの意思ではままならない場合がほとんどで、家と家との話し合いで決まる場合が多いのが常識なのに、そこで個人を尊重すると言い切ってしまったのは、家訓でも何でもないと思う。私も初耳。
それはきっと父の口からでまかせで、要はファーガスっていう問題が大きすぎて、取りあえず先延ばしにして追い出しちゃえって魂胆だったのではないだろうか。
でも、それも違うかもしれない……
一番上の姉の時は、相手の家がかなり格上で、請われたとはいえ面識もない男性との結婚。
姉が婚家で受け入れられるかと家族で中でも父が一番に心配した。それでも姉が決意した事に最後に父は賛成したのだ。
二番目の姉の時は、相手はかなりおお金持ちだったせいで、娘を金で売ったと、そう他から噂されても仕方ない状況だった。
でも姉の意思をそのまま受け入れたのは父だった。
父は、言葉にしなくても、いつでも娘たちの気持ちを尊重してくれていたのだ。
父の気持ちに少し、ほろっときた。
「本当にいいお父さんだ。君の部屋が見たいと言ったらすぐに案内してくれた。客室ではなくそこに宿泊させてもらって、派遣での疲れをゆっくり癒す事ができた」
ファーガス様はご満悦の様子だ。
あ……お父さん、それって一番強く、断らないといけない所です。
私の物がまた紛失しているのかもしれません。
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