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ロミーの提案でひとまずお茶をすることになった。
アスランはすぐに二人を追い返したかったようだが、コウが『みんなでお茶!したいです!』と期待をして見つめてくるからそうもいかなくなった。
しかし他人を家に入れる気はなく、家の中から前庭まで食卓セットをロミーに運ばせていた。騒がしい猫をつれてきた罰として受け入れたロミーも、ヒーヒー言いながらどっしたしたそれを動かしていた。
やはりルルアはお嬢様でロミーを手伝うという頭もなく、コウがいそいそとお茶のしたくをし、その後をつけ回しているアスランの姿を黙って見ている。やはりルルアのその目には何のわだかまりもないように見える。
コウはなんだか忙しくちょろちょろしている。アスランはルルアなどどうでもいいのでもう視界に入れていない。ロミーだけがいつまでもお嬢様なルルアに溜息をつく。
そして最初に席につき、コウの淹れたお茶を飲み、次はお酒が飲みたいと注文したのもルルアで、やっぱりロミーは溜息をついた。
「ほら、お望みのお酒。ビールですけれどね」
ごろんと、ひょうたん型の色とりどりの果実を幾つか転がしたのはロミーだった。アスランと親戚であるロミーもまた龍であるため森で物を調達することができる。
ロミーはルルアの隣に腰を降ろすと果実の一つを手に取り、内ポケットの中から取り出したナイフを入れた。
「これが、飲み物だと言うの?」
「そうですよ。ビールだと言ったのが聞こえませんでしたかー?」
グラスに注がれたお酒しか知らないルルアは、どこからどう見ても植物の実でしかない物をじっと見つめるだけで、怪しんで手を出すこともできない。
果実をくりぬき口をつけるロミーを信じられないと口の端を歪める。
「とても美味しいけど、お嬢様には無理でしょうかね。見た目にこだわるなんて、もったいないことです」
また二人の間にある空気が滞りそうになり、向かいの席に座っているコウが明るい声を出す。
「ルルア様。森の恵みはとても面白くて美味しいんです。間違いなくこれはお酒なんですよ」
「そうなのね……では挑戦してみるわ。コウ、グラスに出して」
「はい、わかりました」
コウがひょうたんを手にすると、アスランがその手をやんわり止めルルアを見やる。
「ルルア、コウはお前の使用人ではない。命令するのはよしてくれ」
「えっ、わたくしはそんなつもりじゃ……」
「そんなつもりの口ぶりだね。それではいつまでたっても友達にはなれませんよ。どこに行っても誰とも、そのようなままではね。郷に入れば郷に従え、この場合はそのまま飲むべきです。それが正しい」
ロミーがアスランに加勢するのだが、やはりコウは黙って見ていられない。
「いいじゃないですか。ルルア様はお客様です。僕はルルア様をおもてなします。ですからルルア様、気楽になさってください。僕には何でも言いつけてくださいね」
「ありがとう、コウ……ありがとう……でも、もういいの。グラスはいらないわ」
ルルアにはコウの気持ちが嬉しく、素直に感謝の気持ちを口にしていた。
「では、僕がルルア様のを切りますね。ここへ来てからナイフの使い方が上手くなったんです。最初は小さな傷を作ってばかりでしたけれど」
コウがひょうたんをカットするのを今度は誰もとめなかった。
テーブルの上で自立して安定するように下の部分をカットして、その次は上を切り落とし、小さな穴を作るために刃先でくりぬく。
コウはこの実でお酒を飲んだことはないが、アスランが何度かしているのを見ていたので手順は覚えている。そして自分もやってみたいと思っていたのだから丁度いい。
コウの手には少々大きめのナイフだが、苦もなく操っているようにみえる。しかしそれはコウの日々の努力があったからだ。
そんなコウの姿をアスランとロミーは微笑ましく見守った。
コウは仕上がったものを誇らしげにルルアの前に出した。
三十分ほどでルルアはひょうたん酒を三つ飲み干していた。特別咽が渇いていたのでもないだろうにガブ飲みするお嬢様は、一杯目を飲み終わる前から言葉遣いが乱暴になっていた。
口に入ってしまった種も、ペッと足元の地面に飛ばしているが、そのうちの幾つかはドレスの胸元と裾にペタリとひっついてしまっている。
さんざん自分の育ちを自慢してきた人とは思えない行動だし、コウは女性の酔っ払いを見るのは初めてで驚くしかない。
コウは酔っ払いが好きではない。気が大きくなって暴力的になる人を何度か見てきたからだ。
だからルルアの目がとろんとしてきた時には一度とめたのだけれど、ロミーの方がコウとは逆にルルアに酒をすすめていた。
お酒が深くなるにつれてお嬢様という仮面が剥がれていくのを面白がっているようだ。ルルアが口を開くたびにうひゃうひゃと笑っている。
「あのね、わたくしにだって脳ミソはあるのよ。龍を生めるのは龍って、そんなことは言われなくてもわかってんのよ。今世国王なんてわたしより若いくせに、さっさと若くて可愛い鼠の娘と結婚して。出会って二ヵ月のスピード婚なんてするから、こっちが余計に無様に見えるんじゃない……くそがっ」
忌々しげに顔を歪めるルルアにはもう凛としたお嬢様の面影はない。
「ルルア様は……大丈夫でしょうか?」
「コウ、世の中には酒を飲むと、逆に飲まれてしまう大人がいるのだ。しかもそれは珍しいことではない」
「はあ。あの……ルルア様とロミー様のお話を聞いてからずっと気になっていたのですが、龍は龍しか生めないっていうのは? あと、アスラン様は王様だとも……とれる発言があったと思うんですが……」
コウは龍に関する知識がなく、ずっとルルアの愚痴に疑問を持っていたのだ。
変異できる者は種族に関係なく結ばれ、子を成すことができる。それが龍に限っては通用しないのだろうか。
しかもその情報以外にも衝撃的なものがあった、アスランが王様だったらしきことをルルアは口走っていたはずだ。
コウはそれに思い当たってから、自分の首にさがる金貨をずっと意識していた。そしてそれに刻まれている顔が頭からはなれなかった。
「もしかしたらこれは……アスラン様に似た人ではなく、アスラン様ご本人なんですか?」
コウは胸に下げた金貨の鎖を引っ張り上げる。あれからずっと身に着けている金貨はもうコウの体の一部だ。
見つめ合う二人の間にルルアの無粋な声が割って入る。
「あーっ! それってアスラン即位の時の金貨じゃないっ? そうよね? すごーい、わたし初めてみたぁ。父様ったら十枚うちにあるって自慢するくせに、一度も金庫だから出さないドケチなのよ。いいなぁ、触らせてぇ」
「お前は汚れた手をだすな。おい、ロミー、お前はにぎやかししかできない木偶の坊か」
両手を伸ばしてコウに迫るルルアの手を、ロミーが酒を飲む手を一旦止め叩き落す。ルルアはそれに怒ることはなく口を尖らせている。
「二人が愛し合ってるのはよくわかったわよぉ。だけどそんなに見せつけなくてもいいじゃない。金貨が見たいってだけなのに、なんでそんなに機嫌が悪いのよ。胸糞悪い。ロミーお酒追加」
「ルルアに飲ませるお酒はもうありません」
「ロミーのけちっ。こっちは偽物の酒で我慢してやってるんだから、持って来なさいよ……ったく……」
自分を失っているルルアは酒が補充されないと知ると、ひょうたんを齧り出した。
気品も何もあったものじゃないが、ここへ来た時からかすれていたルルアの声は、どうやら連日のアルコール摂取で焼けてしまったかららしい。
そうせずにはいられないほどルルアも追い詰められていたのだろう。
ロミーもひょうたん食いの口の悪い令嬢に対し少し同情的になるのだが、ルルアが口を押さえてうなり出したところで、そんな思いは掻き消える。
「……うっ……気持ちわるっ……」
その口から何かが飛び出してきて正面にいるコウに被害が及ばないかと、アスランはコウをかばう。
「意地汚く皮を食べるからだ。そろそろいいだろう、ロミー。こいつを連れて帰れ。お前が連れてきたんだから最後まで面倒をみろ。コウに醜いものを見せるな」
「ええっ、もう追いだされるの?……しょうがないなあ……ほら、ここでぶちまける前に、森に行くんですよ。もう歩けないのですか……仕方のない」
酒の後はひとねむりして飛び立つつもりだったのだろう、それでもロミーはここに留まることすぐに諦めたようだ。
「ビブレスは出る時の方が数倍大変なんですけどね……まあ、無職のお嬢様ですし、一週間ほど寝込んでも問題なんでしょう。……じゃあ、二人ともまたね」
「ロミー様、ルルア様のこと、よろしくお願いします。どうかお気をつけて」
「うん、厄介を持ち込んで迷惑かけちゃてごめんね。でも少しは楽しかったでしょう」
「はい、とっても。ロミー様もルルア様、お元気で。どうぞまた遊びにきてください」
よかったよかったとロミーは頷く。
せっぱつまっているルルアは口を押さえてうつむいたまま。せっかく友達になったコウに別れの挨拶もできず苦しんでいる。
「では、行きますか……うわっ……ルルア、重すぎ……」
ロミーはルルアの背後から両脇を抱え、下半身をずるずると引きずりながら森へ消える。卓から森の入り口までには、ルルアの尻が作った一本の線ができた。
まるで深夜の飲み屋のような醜態だが、ここは麗らかな光が零れる夜のこない森だ。それでも卓に飲んだくれの名残はあり、酒臭さが漂っている。
それでもコウはルルアがの姿が消えてしまった方向にずっと手をふっていた。
「ルルア様は、隠していた気持ちをさらけ出したんですね。これで少しでも気が晴れてくれるといいです」
「コウ……お前を傷つけることになって、すまなかった」
アスランはコウの頬を撫でる。それはとても優しすぎてコウは目を閉じてそれだけを感じようとした。
「ルルア様の言葉に悲しくなりました。ほんとう言うと、まだちょっとだけ泣きたい気持ちがあります」
コウがルルアの言うような蝙蝠であることは否定できない。
多少ふっくらし身なりがよくなっていても、コウの辿ってきた道に誇れるものはない。
貧しい国の中で誰よりも貧しい暮らしをし、運命に抗うこともせず、それでよしと生きてきた。
ここへやってきて初めて世界を知り、人としてあるべき生活をした。アスランの隣に並ぶには、まだまだ足りない自分を感じている。
目を閉じていてよかったとコウは思った。そうでなければ潤んでしまった瞳を見られてしまっていた。
「……ルルア様の言ったことは本当で……どうにもできない。だけどアスラン様は僕の隣にいてくれます。だから僕は頑張ります。どんな言葉にも自信を持って言い返すことができる自分になるために頑張ります。ルルア様だってアスラン様の愛を求めているのに、渡すことはできません……ごめんなさいって思うけど、アスラン様の心が他に行ってしまうのは嫌です……」
コウは薄く目をあき、アスランと同じように、その頬に手を伸ばし触れた。
ルルアはアスランを好きではないと言っていたけれど、そこにある嘘をコウは嗅ぎとっていた。
アスランと結婚しろ。最初は親に言われたから、そして思い込んでしまったことは確かだろう。しかしアスランがリジルヘズから姿を消して悲しんだはずだ。連日ロミーや声の主様を困らせるほど、彼女はアスランに会いたかったのだ。求めていたのだ。
人を困らせ、周囲から笑われ、時には諭され、それでも彼女を動かした思いは、まっすぐアスランへと向かっていたとコウは思うのだ。
ルルアはアスランが好きだった。本当に好きだった。
恐らくロミーはコウと同じようにわかっている。ルルア本人だってわかっている。アスランだけが気付いていない。
ここで行われたのは、彼女の自分の失恋を慰めるための宴だった。ルルアの本当の意味での失恋にコウは立ち会ったのだ。
恋を失うって悲しい……
コウにはルルアの痛みが伝わってきて苦しかった。
「コウ、泉に移動しよう。話はそこでゆっくりしよう。すべてを説明する」
アスランはコウを横抱きにし、家の裏へ向かった。
アスランはすぐに二人を追い返したかったようだが、コウが『みんなでお茶!したいです!』と期待をして見つめてくるからそうもいかなくなった。
しかし他人を家に入れる気はなく、家の中から前庭まで食卓セットをロミーに運ばせていた。騒がしい猫をつれてきた罰として受け入れたロミーも、ヒーヒー言いながらどっしたしたそれを動かしていた。
やはりルルアはお嬢様でロミーを手伝うという頭もなく、コウがいそいそとお茶のしたくをし、その後をつけ回しているアスランの姿を黙って見ている。やはりルルアのその目には何のわだかまりもないように見える。
コウはなんだか忙しくちょろちょろしている。アスランはルルアなどどうでもいいのでもう視界に入れていない。ロミーだけがいつまでもお嬢様なルルアに溜息をつく。
そして最初に席につき、コウの淹れたお茶を飲み、次はお酒が飲みたいと注文したのもルルアで、やっぱりロミーは溜息をついた。
「ほら、お望みのお酒。ビールですけれどね」
ごろんと、ひょうたん型の色とりどりの果実を幾つか転がしたのはロミーだった。アスランと親戚であるロミーもまた龍であるため森で物を調達することができる。
ロミーはルルアの隣に腰を降ろすと果実の一つを手に取り、内ポケットの中から取り出したナイフを入れた。
「これが、飲み物だと言うの?」
「そうですよ。ビールだと言ったのが聞こえませんでしたかー?」
グラスに注がれたお酒しか知らないルルアは、どこからどう見ても植物の実でしかない物をじっと見つめるだけで、怪しんで手を出すこともできない。
果実をくりぬき口をつけるロミーを信じられないと口の端を歪める。
「とても美味しいけど、お嬢様には無理でしょうかね。見た目にこだわるなんて、もったいないことです」
また二人の間にある空気が滞りそうになり、向かいの席に座っているコウが明るい声を出す。
「ルルア様。森の恵みはとても面白くて美味しいんです。間違いなくこれはお酒なんですよ」
「そうなのね……では挑戦してみるわ。コウ、グラスに出して」
「はい、わかりました」
コウがひょうたんを手にすると、アスランがその手をやんわり止めルルアを見やる。
「ルルア、コウはお前の使用人ではない。命令するのはよしてくれ」
「えっ、わたくしはそんなつもりじゃ……」
「そんなつもりの口ぶりだね。それではいつまでたっても友達にはなれませんよ。どこに行っても誰とも、そのようなままではね。郷に入れば郷に従え、この場合はそのまま飲むべきです。それが正しい」
ロミーがアスランに加勢するのだが、やはりコウは黙って見ていられない。
「いいじゃないですか。ルルア様はお客様です。僕はルルア様をおもてなします。ですからルルア様、気楽になさってください。僕には何でも言いつけてくださいね」
「ありがとう、コウ……ありがとう……でも、もういいの。グラスはいらないわ」
ルルアにはコウの気持ちが嬉しく、素直に感謝の気持ちを口にしていた。
「では、僕がルルア様のを切りますね。ここへ来てからナイフの使い方が上手くなったんです。最初は小さな傷を作ってばかりでしたけれど」
コウがひょうたんをカットするのを今度は誰もとめなかった。
テーブルの上で自立して安定するように下の部分をカットして、その次は上を切り落とし、小さな穴を作るために刃先でくりぬく。
コウはこの実でお酒を飲んだことはないが、アスランが何度かしているのを見ていたので手順は覚えている。そして自分もやってみたいと思っていたのだから丁度いい。
コウの手には少々大きめのナイフだが、苦もなく操っているようにみえる。しかしそれはコウの日々の努力があったからだ。
そんなコウの姿をアスランとロミーは微笑ましく見守った。
コウは仕上がったものを誇らしげにルルアの前に出した。
三十分ほどでルルアはひょうたん酒を三つ飲み干していた。特別咽が渇いていたのでもないだろうにガブ飲みするお嬢様は、一杯目を飲み終わる前から言葉遣いが乱暴になっていた。
口に入ってしまった種も、ペッと足元の地面に飛ばしているが、そのうちの幾つかはドレスの胸元と裾にペタリとひっついてしまっている。
さんざん自分の育ちを自慢してきた人とは思えない行動だし、コウは女性の酔っ払いを見るのは初めてで驚くしかない。
コウは酔っ払いが好きではない。気が大きくなって暴力的になる人を何度か見てきたからだ。
だからルルアの目がとろんとしてきた時には一度とめたのだけれど、ロミーの方がコウとは逆にルルアに酒をすすめていた。
お酒が深くなるにつれてお嬢様という仮面が剥がれていくのを面白がっているようだ。ルルアが口を開くたびにうひゃうひゃと笑っている。
「あのね、わたくしにだって脳ミソはあるのよ。龍を生めるのは龍って、そんなことは言われなくてもわかってんのよ。今世国王なんてわたしより若いくせに、さっさと若くて可愛い鼠の娘と結婚して。出会って二ヵ月のスピード婚なんてするから、こっちが余計に無様に見えるんじゃない……くそがっ」
忌々しげに顔を歪めるルルアにはもう凛としたお嬢様の面影はない。
「ルルア様は……大丈夫でしょうか?」
「コウ、世の中には酒を飲むと、逆に飲まれてしまう大人がいるのだ。しかもそれは珍しいことではない」
「はあ。あの……ルルア様とロミー様のお話を聞いてからずっと気になっていたのですが、龍は龍しか生めないっていうのは? あと、アスラン様は王様だとも……とれる発言があったと思うんですが……」
コウは龍に関する知識がなく、ずっとルルアの愚痴に疑問を持っていたのだ。
変異できる者は種族に関係なく結ばれ、子を成すことができる。それが龍に限っては通用しないのだろうか。
しかもその情報以外にも衝撃的なものがあった、アスランが王様だったらしきことをルルアは口走っていたはずだ。
コウはそれに思い当たってから、自分の首にさがる金貨をずっと意識していた。そしてそれに刻まれている顔が頭からはなれなかった。
「もしかしたらこれは……アスラン様に似た人ではなく、アスラン様ご本人なんですか?」
コウは胸に下げた金貨の鎖を引っ張り上げる。あれからずっと身に着けている金貨はもうコウの体の一部だ。
見つめ合う二人の間にルルアの無粋な声が割って入る。
「あーっ! それってアスラン即位の時の金貨じゃないっ? そうよね? すごーい、わたし初めてみたぁ。父様ったら十枚うちにあるって自慢するくせに、一度も金庫だから出さないドケチなのよ。いいなぁ、触らせてぇ」
「お前は汚れた手をだすな。おい、ロミー、お前はにぎやかししかできない木偶の坊か」
両手を伸ばしてコウに迫るルルアの手を、ロミーが酒を飲む手を一旦止め叩き落す。ルルアはそれに怒ることはなく口を尖らせている。
「二人が愛し合ってるのはよくわかったわよぉ。だけどそんなに見せつけなくてもいいじゃない。金貨が見たいってだけなのに、なんでそんなに機嫌が悪いのよ。胸糞悪い。ロミーお酒追加」
「ルルアに飲ませるお酒はもうありません」
「ロミーのけちっ。こっちは偽物の酒で我慢してやってるんだから、持って来なさいよ……ったく……」
自分を失っているルルアは酒が補充されないと知ると、ひょうたんを齧り出した。
気品も何もあったものじゃないが、ここへ来た時からかすれていたルルアの声は、どうやら連日のアルコール摂取で焼けてしまったかららしい。
そうせずにはいられないほどルルアも追い詰められていたのだろう。
ロミーもひょうたん食いの口の悪い令嬢に対し少し同情的になるのだが、ルルアが口を押さえてうなり出したところで、そんな思いは掻き消える。
「……うっ……気持ちわるっ……」
その口から何かが飛び出してきて正面にいるコウに被害が及ばないかと、アスランはコウをかばう。
「意地汚く皮を食べるからだ。そろそろいいだろう、ロミー。こいつを連れて帰れ。お前が連れてきたんだから最後まで面倒をみろ。コウに醜いものを見せるな」
「ええっ、もう追いだされるの?……しょうがないなあ……ほら、ここでぶちまける前に、森に行くんですよ。もう歩けないのですか……仕方のない」
酒の後はひとねむりして飛び立つつもりだったのだろう、それでもロミーはここに留まることすぐに諦めたようだ。
「ビブレスは出る時の方が数倍大変なんですけどね……まあ、無職のお嬢様ですし、一週間ほど寝込んでも問題なんでしょう。……じゃあ、二人ともまたね」
「ロミー様、ルルア様のこと、よろしくお願いします。どうかお気をつけて」
「うん、厄介を持ち込んで迷惑かけちゃてごめんね。でも少しは楽しかったでしょう」
「はい、とっても。ロミー様もルルア様、お元気で。どうぞまた遊びにきてください」
よかったよかったとロミーは頷く。
せっぱつまっているルルアは口を押さえてうつむいたまま。せっかく友達になったコウに別れの挨拶もできず苦しんでいる。
「では、行きますか……うわっ……ルルア、重すぎ……」
ロミーはルルアの背後から両脇を抱え、下半身をずるずると引きずりながら森へ消える。卓から森の入り口までには、ルルアの尻が作った一本の線ができた。
まるで深夜の飲み屋のような醜態だが、ここは麗らかな光が零れる夜のこない森だ。それでも卓に飲んだくれの名残はあり、酒臭さが漂っている。
それでもコウはルルアがの姿が消えてしまった方向にずっと手をふっていた。
「ルルア様は、隠していた気持ちをさらけ出したんですね。これで少しでも気が晴れてくれるといいです」
「コウ……お前を傷つけることになって、すまなかった」
アスランはコウの頬を撫でる。それはとても優しすぎてコウは目を閉じてそれだけを感じようとした。
「ルルア様の言葉に悲しくなりました。ほんとう言うと、まだちょっとだけ泣きたい気持ちがあります」
コウがルルアの言うような蝙蝠であることは否定できない。
多少ふっくらし身なりがよくなっていても、コウの辿ってきた道に誇れるものはない。
貧しい国の中で誰よりも貧しい暮らしをし、運命に抗うこともせず、それでよしと生きてきた。
ここへやってきて初めて世界を知り、人としてあるべき生活をした。アスランの隣に並ぶには、まだまだ足りない自分を感じている。
目を閉じていてよかったとコウは思った。そうでなければ潤んでしまった瞳を見られてしまっていた。
「……ルルア様の言ったことは本当で……どうにもできない。だけどアスラン様は僕の隣にいてくれます。だから僕は頑張ります。どんな言葉にも自信を持って言い返すことができる自分になるために頑張ります。ルルア様だってアスラン様の愛を求めているのに、渡すことはできません……ごめんなさいって思うけど、アスラン様の心が他に行ってしまうのは嫌です……」
コウは薄く目をあき、アスランと同じように、その頬に手を伸ばし触れた。
ルルアはアスランを好きではないと言っていたけれど、そこにある嘘をコウは嗅ぎとっていた。
アスランと結婚しろ。最初は親に言われたから、そして思い込んでしまったことは確かだろう。しかしアスランがリジルヘズから姿を消して悲しんだはずだ。連日ロミーや声の主様を困らせるほど、彼女はアスランに会いたかったのだ。求めていたのだ。
人を困らせ、周囲から笑われ、時には諭され、それでも彼女を動かした思いは、まっすぐアスランへと向かっていたとコウは思うのだ。
ルルアはアスランが好きだった。本当に好きだった。
恐らくロミーはコウと同じようにわかっている。ルルア本人だってわかっている。アスランだけが気付いていない。
ここで行われたのは、彼女の自分の失恋を慰めるための宴だった。ルルアの本当の意味での失恋にコウは立ち会ったのだ。
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