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城壁のある受付所についたコウはまた驚いていた。
コウのいた城は攻め込まれないように山の上に建っていた。そのために出入り口も窓も小さかった。
しかしここは平地であるのに梯子をわたせば飛び越えられそうな低い壁があるだけ。城はまだ遠く中はまったく見えないものの、外から来るものを拒んでいるようには見えない。
この国の人にとって城、そして国王というのは身近な存在なのだろう。そして争いもずっと長い間ないのだ。
コウは城壁の外側にくっつくようにある受付詰め所を見つける。
不審者と間違えられ追い返されないように、まだ湿っている髪を手で整える。そして意を決して、そこに立つ制服に制帽の青年に近付いた。
青年はコウがこちらに来るとわかると体の向きをかえ、にっこりほほ笑んでくる。年は二十代半ばほどだろう、落ち着いていて話しかけやすい雰囲気を持っていることにほっとする。
「すみません。僕、アスラン様に会いたいのですが……」
「え、アスラン様? 君はアスラン様が好きなのかな。だけどあの方は簡単に会えるような人じゃないんだよ。わかるかい?」
警備を兼ねている男は優しく諭す。コウの体を見て子供とでも思ったのだろう。
青年の身長はアスランより低いものの、コウより高い。それがこの国の大人の男性の平均かもしれない。
「違うんです。僕はアスラン様とは知り合いなのです。会えないなら連絡だけでも、蝙蝠のコウがここにいると伝えてもらえないですか。どうかお願いします」
「連絡と言ってもね……簡単なことではないよ。手紙なら預かるけど、きちんとアスラン様の手元に届く保障はなくてね」
「だったら、ロミー様はどうですか。アスラン様の遠縁の方です。その人へ連絡は取れないでしょうか」
「ロミー様も四龍のおひとりだね。君はやっぱり龍が好きなんだな。でもやっぱり連絡は取れないんだ。もしかしたら知らないのかもしれないけど、今はウタリ様の御加減が少し悪いんだよ。城内はそれで混乱している。早くよくなってくれればいいが……」
「ウタリ様って、一番お年の龍様ですか。体の具合はどうなんでしょう。目は覚まされたんでしょうか」
ずっと遠慮していたコウがここでぐっと声を張った。
ジイはジイイの意味だと言ってたから、名前ではないとわかっていた。となるとやはりウタリの正体はジイであって、コウの呼ぶ主様で間違いないのだろう。
「みんなにウタリ様の病状を聞かれるけど、一介の警備にはそんな情報まで来ないんだ。ただ、龍に不幸があった時だけは城の鐘がなると聞いている。でもこの王都にいる人でそれを聞いたことがある人はまだいない」
「まだ鐘は鳴っていないのですね。つまりウタリ様は無事なんですね」
「そういうことになるね。できれば、悲しい音は聞きたくはないよな。みんなそう思っている」
老若男女、龍はこの国で愛されている。警備の男の表情がそれを物語っている。
「とにかく、ここにいても四龍には会えないんだよ。ウタリ様にもしものことがあったら、龍族も喪に入る。そうなったら城から外出されることは一切なくなるだろう。華やかな式典や公務も一年はないそうだ。残念だけど街でお姿を見る機会もなくなる」
「そういう決まりがあるのですか? お城から出ないと」
「そうなるね。龍には龍の仕来りがあるんだ」
「そう、ですか……わかりました」
この壁の奥、その向こうにある城。そこにアスランはいる。こんなに近くにいるのに、コウはアスランに会うことが叶わないのだ。
「一応、君が来たってことを記帳しておくよ。蝙蝠のコウ君だね。住所は?」
「住所はないです。でも僕は、アスラン様とロミー様のことは本当に知っていて。ビブレスには小屋があって黄色い花が咲いていて、裏には泉があって……」
「ああっと……気持ちは伝わるんだけれど、あまり怪しげなことは書けないんだよ。そうじゃないと要注意人物として認定されてしまうだろう?」
「そうですよね……」
自分に住所はない。どこから来たのか証明もできない。
たしかにアスランと言葉を交わしビブレスの中で暮らしてきたのに、でもそれを他人に信じてもらうのはとても難しい。
自分という存在があまりに小さくて情けなくて涙が滲んでくる。
「そうだな……みなりのいいコウ君って子が他国でアスラン様に世話になったらしい。その礼をしに来た、とでも書いておくか……」
「ありがとうございます。お願いします」
これ以上この優しい人の手をわずらさせるのが悪く、コウはここから離れることにした。
一度は城壁に背をむけるのだが、どうしても未練がましく振り向いてしまう。
これから、どうしたらいいんだろう……
リジルヘズへ来たのだからすぐにアスランに会えると思っていた。しかし会うということはとても困難だとわかった。
なかなか立ち去らないコウをずっと見ているのか、警備の男と目が合う。それを何度か繰り返したあと、男はこちらにやってきた。
今度こそ怒られるのだろうか。コウはそう思って身構えたけれど、男は心配してやってきたようだ。腰を少しかがめて視線をコウの高さに合わせる。
「坊主、リジルヘズのことも龍のこともあまり知らないって言うのは、ここの人間じゃないってことだよな。身なりはいいけど旅人って感じもしないし荷物もないし……これから大丈夫か」
「ここの人間ではないです。だから知り合いに、ここまで送ってもらったんです」
「送ったきりで放っておかれてるのか? 騙されて金を取られたとか」
「それはないです。お金は、もたされています」
歩いている途中で、やけに思いポケットを探ったら袋に入った硬貨があったのを確認している。神域で精霊が準備してくれたものだが、これはアスランがコウに見せてくれたことのある硬貨だ。
「坊主坊主って呼んでたけど、受け答えもしっかりできるし、子供ではないのか」
「僕は十六です」
「十六か、大人とも言えない年齢だな。ここは治安が悪くはないけれど、だからといってまったく用心なしていられる場所でもない。この先に噴水があるけれど、そこの通りが一番安全だ。店も多いし、何をするにもそこを拠点にした方がいい」
「そうなんですね、色々とありがとうございます」
「まだ宿が決まっていないならその周辺で決めるといい。早めに、日が落ちる前に入ったほうがいいから」
青年はそれだけ残し、足早に持ち場へ戻っていった。
気が付けば濡れていた服は見た目にそうだとわからない程度に乾き、太陽が傾いて色を変え始めている。あの森にはなかった滲むような色だ。
警備の男性の親切はとても嬉しいのだけれど、コウは今日からの夜をどこかの木や岩の窪みで過ごすつもりでいる。
暗くて狭い場所は好きだし、都会の真ん中にいるより自然の中に紛れるほうがきっと安全だ。
宿になんて泊まったことがないし、どうやったら泊まれるのかわからない。何より自分のような者は追い出されてしまうかもしれない。
お城が近いここにいたいけれど、常にひと気があるからずっとこの近くにいるのは難しそうだ。
コウはもうこちらを見ていない警備の青年にもう一度小さく頭を下げて、壁沿いに歩き出した。
どこかに切れ目がないか、なんて目を凝らしたけれどそんな穴はないし、腰に銃を下げている警備が巡回しているようで、さっきから何人かとすれ違っている。
もし侵入者を見つけたら、引き抜いて撃つためのものだ。それに体格もいいし、顔つきも目つきもいかつい。
怖い……
コウは壁沿いを歩くことを諦め、自分が流れ着いた噴水に一旦戻ることにした。
コウのいた城は攻め込まれないように山の上に建っていた。そのために出入り口も窓も小さかった。
しかしここは平地であるのに梯子をわたせば飛び越えられそうな低い壁があるだけ。城はまだ遠く中はまったく見えないものの、外から来るものを拒んでいるようには見えない。
この国の人にとって城、そして国王というのは身近な存在なのだろう。そして争いもずっと長い間ないのだ。
コウは城壁の外側にくっつくようにある受付詰め所を見つける。
不審者と間違えられ追い返されないように、まだ湿っている髪を手で整える。そして意を決して、そこに立つ制服に制帽の青年に近付いた。
青年はコウがこちらに来るとわかると体の向きをかえ、にっこりほほ笑んでくる。年は二十代半ばほどだろう、落ち着いていて話しかけやすい雰囲気を持っていることにほっとする。
「すみません。僕、アスラン様に会いたいのですが……」
「え、アスラン様? 君はアスラン様が好きなのかな。だけどあの方は簡単に会えるような人じゃないんだよ。わかるかい?」
警備を兼ねている男は優しく諭す。コウの体を見て子供とでも思ったのだろう。
青年の身長はアスランより低いものの、コウより高い。それがこの国の大人の男性の平均かもしれない。
「違うんです。僕はアスラン様とは知り合いなのです。会えないなら連絡だけでも、蝙蝠のコウがここにいると伝えてもらえないですか。どうかお願いします」
「連絡と言ってもね……簡単なことではないよ。手紙なら預かるけど、きちんとアスラン様の手元に届く保障はなくてね」
「だったら、ロミー様はどうですか。アスラン様の遠縁の方です。その人へ連絡は取れないでしょうか」
「ロミー様も四龍のおひとりだね。君はやっぱり龍が好きなんだな。でもやっぱり連絡は取れないんだ。もしかしたら知らないのかもしれないけど、今はウタリ様の御加減が少し悪いんだよ。城内はそれで混乱している。早くよくなってくれればいいが……」
「ウタリ様って、一番お年の龍様ですか。体の具合はどうなんでしょう。目は覚まされたんでしょうか」
ずっと遠慮していたコウがここでぐっと声を張った。
ジイはジイイの意味だと言ってたから、名前ではないとわかっていた。となるとやはりウタリの正体はジイであって、コウの呼ぶ主様で間違いないのだろう。
「みんなにウタリ様の病状を聞かれるけど、一介の警備にはそんな情報まで来ないんだ。ただ、龍に不幸があった時だけは城の鐘がなると聞いている。でもこの王都にいる人でそれを聞いたことがある人はまだいない」
「まだ鐘は鳴っていないのですね。つまりウタリ様は無事なんですね」
「そういうことになるね。できれば、悲しい音は聞きたくはないよな。みんなそう思っている」
老若男女、龍はこの国で愛されている。警備の男の表情がそれを物語っている。
「とにかく、ここにいても四龍には会えないんだよ。ウタリ様にもしものことがあったら、龍族も喪に入る。そうなったら城から外出されることは一切なくなるだろう。華やかな式典や公務も一年はないそうだ。残念だけど街でお姿を見る機会もなくなる」
「そういう決まりがあるのですか? お城から出ないと」
「そうなるね。龍には龍の仕来りがあるんだ」
「そう、ですか……わかりました」
この壁の奥、その向こうにある城。そこにアスランはいる。こんなに近くにいるのに、コウはアスランに会うことが叶わないのだ。
「一応、君が来たってことを記帳しておくよ。蝙蝠のコウ君だね。住所は?」
「住所はないです。でも僕は、アスラン様とロミー様のことは本当に知っていて。ビブレスには小屋があって黄色い花が咲いていて、裏には泉があって……」
「ああっと……気持ちは伝わるんだけれど、あまり怪しげなことは書けないんだよ。そうじゃないと要注意人物として認定されてしまうだろう?」
「そうですよね……」
自分に住所はない。どこから来たのか証明もできない。
たしかにアスランと言葉を交わしビブレスの中で暮らしてきたのに、でもそれを他人に信じてもらうのはとても難しい。
自分という存在があまりに小さくて情けなくて涙が滲んでくる。
「そうだな……みなりのいいコウ君って子が他国でアスラン様に世話になったらしい。その礼をしに来た、とでも書いておくか……」
「ありがとうございます。お願いします」
これ以上この優しい人の手をわずらさせるのが悪く、コウはここから離れることにした。
一度は城壁に背をむけるのだが、どうしても未練がましく振り向いてしまう。
これから、どうしたらいいんだろう……
リジルヘズへ来たのだからすぐにアスランに会えると思っていた。しかし会うということはとても困難だとわかった。
なかなか立ち去らないコウをずっと見ているのか、警備の男と目が合う。それを何度か繰り返したあと、男はこちらにやってきた。
今度こそ怒られるのだろうか。コウはそう思って身構えたけれど、男は心配してやってきたようだ。腰を少しかがめて視線をコウの高さに合わせる。
「坊主、リジルヘズのことも龍のこともあまり知らないって言うのは、ここの人間じゃないってことだよな。身なりはいいけど旅人って感じもしないし荷物もないし……これから大丈夫か」
「ここの人間ではないです。だから知り合いに、ここまで送ってもらったんです」
「送ったきりで放っておかれてるのか? 騙されて金を取られたとか」
「それはないです。お金は、もたされています」
歩いている途中で、やけに思いポケットを探ったら袋に入った硬貨があったのを確認している。神域で精霊が準備してくれたものだが、これはアスランがコウに見せてくれたことのある硬貨だ。
「坊主坊主って呼んでたけど、受け答えもしっかりできるし、子供ではないのか」
「僕は十六です」
「十六か、大人とも言えない年齢だな。ここは治安が悪くはないけれど、だからといってまったく用心なしていられる場所でもない。この先に噴水があるけれど、そこの通りが一番安全だ。店も多いし、何をするにもそこを拠点にした方がいい」
「そうなんですね、色々とありがとうございます」
「まだ宿が決まっていないならその周辺で決めるといい。早めに、日が落ちる前に入ったほうがいいから」
青年はそれだけ残し、足早に持ち場へ戻っていった。
気が付けば濡れていた服は見た目にそうだとわからない程度に乾き、太陽が傾いて色を変え始めている。あの森にはなかった滲むような色だ。
警備の男性の親切はとても嬉しいのだけれど、コウは今日からの夜をどこかの木や岩の窪みで過ごすつもりでいる。
暗くて狭い場所は好きだし、都会の真ん中にいるより自然の中に紛れるほうがきっと安全だ。
宿になんて泊まったことがないし、どうやったら泊まれるのかわからない。何より自分のような者は追い出されてしまうかもしれない。
お城が近いここにいたいけれど、常にひと気があるからずっとこの近くにいるのは難しそうだ。
コウはもうこちらを見ていない警備の青年にもう一度小さく頭を下げて、壁沿いに歩き出した。
どこかに切れ目がないか、なんて目を凝らしたけれどそんな穴はないし、腰に銃を下げている警備が巡回しているようで、さっきから何人かとすれ違っている。
もし侵入者を見つけたら、引き抜いて撃つためのものだ。それに体格もいいし、顔つきも目つきもいかつい。
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