悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

363 悪役令嬢と束の間の逢瀬

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「聞こえるか、セドリック」
「聞こえるよ。マリナ!僕はここだよ!」
部屋の隅から返事が聞こえる。セドリックと対角線上の隅に座ったマリナは、手を振る彼に苦笑いで応える。
「……では、早速本題に入ろう。ハーリオン侯爵領の調査についてだ」
「説明させて。いいかしら?」
マリナが手を挙げた。レイモンドは無言で頷き、話の続きを促した。

「ハーリオン侯爵の領地を、騎士団が調べているのは皆知っているとおりよ。具体的に大きな成果が上がってはいないようだけれど、お父様を陥れる『悪事の証拠』が挙がってくるのも時間の問題でしょうね。そこで、私達四人は、こっそり領地に行って調べようと考えたのよ」
「四人だけで?危ないよな?」
アレックスが腕組みをして唸った。ジュリアはまだ帯剣できない。悪党に襲われたらエミリーの魔法以外に対抗手段がないのだ。
「ええ。私達も、どうしようかと思っていたところよ」
「そこで、俺達と協力体制を取ろうというわけだ」
レイモンドは脚を組み替え、目を細めて肘掛を指先で叩いた。
「レイ様の作戦は?」
「アレックスが言ったとおり、俺達は戦力が圧倒的に不足している。遠出をするだけではなく、何らかの不正が行われている悪の巣窟に乗り込むのだから、エミリーの魔法だけでは心もとないだろう」
「エミリー遅いね」
「寝てるんじゃないのか?」
「私達が出てくる時は起きてたよ?」
ひそひそ話をしているジュリアとアレックスは、レイモンドの舌打ちに震えあがった。
「……そこで、だ。先に、二人か三人の組になって状況を探りに行く。あくまでこれは事前調査と思ってくれ。俺達が調査をしている間に、学院の先生方にご協力いただき、コーノック先生を救出する。本格的な調査は、コーノック先生に力を貸していただこう」
「ええっ?」
部屋の隅のセドリックが驚いた。アレックスはセドリックの声に驚いている。
「王宮の牢に入っているのに?」
「コーノック先生が関与した証拠はない。逃亡の恐れもなく、何より王立学院では彼の指導を待つ生徒が大勢いる。魔法科の教師、ドウェインが解雇され、闇属性を持つコーノック先生が彼の代わりに授業を受け持っているそうだ。キースの話では、高度な魔法を扱う三年生の授業が多く休講となっていて、卒業時に受験する魔導士認定試験にも影響が出そうだと」
「認定試験?何すか、それ」
「正式に魔導士として名乗れる資格試験だ。王立学院の魔法科を卒業しても、試験を受けて合格しなければ魔導士として認められない。貴族の中にも、魔法科を卒業して魔導士になっていない者が多くいるんだ」
「知らなかった……」
「私達も剣技科を卒業しただけじゃ剣士になれないのと同じだよね。じゃあ、三年生の先輩達のために、学院に戻って欲しいってお願いするの?」
「学院長先生から直接陛下に訴えていただく。父の話では、コーノック先生を捕らえて、地下牢に閉じ込めておくように陛下に進言したのはエンウィ伯爵らしい。セドリック襲撃事件は、魔法に関係することだけに、陛下も鵜呑みにしてしまったようだ」

「おーい」
部屋の隅からセドリックが叫ぶ。
「学院長先生と一緒に、僕も父上に話をしてみるよ。……あ、僕が王都に残ったら、戦力が減ってしまうかな」
――初めから戦力外よね。
皆同じことを思っていたが、誰も何も言わなかった。変装して別人になり、セドリックの最大の武器である権力を使えないのでは、彼の長所は『強運』と『晴れ男』だけである。
「コーノック先生の件は、学院の先生方にお任せしよう。……セドリックは王都から出たいのか?」
「勿論!……ああ、心が躍るなあ。マリナといろいろなところに……」
「そうか。残念だが、お前とマリナは組ませられない。マリナの命を削る気か?」
「う……」
久しぶりにマリナに会えた喜びで、セドリックは『命の時計』の魔法がかかっていることをすっかり失念していた。しょんぼりと膝を抱えて椅子に座った。
「領地の概況は調べているんだろう?」
「図書館で調べたわ」
アリッサが得意げにノートを見せる。覗き込んだアレックスが首を傾げた。
「分かんねえ……」
「だろうな。アリッサの調査結果を持って行っても、活用できないのでは話にならん。アレックスとジュリアは同じ組にはしない」
「戦力的にも別々にするべきね。調査は四か所よ、どう班分けするの?」
「僕達やアレックスとジュリアを別々にして、自分とアリッサは一緒だなんて卑怯なこと、しないよね、レイは?」
唇を尖らせて、セドリックが青い瞳で鋭く睨んだ。

   ◆◆◆

マシューに手が届かず、エミリーは彼をこちらに気づかせる方法はないかと考えていた。声は出せず、魔法も使えない。
――そうだ!
一瞬だけ黒い魔力遮蔽ローブのフードを取り、髪を留めていた飾りに手を伸ばした。赤い宝石がついた黒い蝶が、美しい銀髪の上で羽根を休めている。髪飾りを取り、エミリーは粗末なベッドに横たわるマシューの手を目がけて放った。
――よし!
蝶は直線的な動きで彼の手に収まった。素晴らしいコントロールである。
エミリーは刺繍のような細かい作業は好まないが、前世では姉達からクレーンゲームの達人と呼ばれていた。『とわばら』のキャラマスコットキーチェーンを僅か五百円で全四種コンプリートし、姉達に一つずつ配ったものだ。子供の頃は町内会の夏祭りで輪投げをし、賞品をごっそり持って帰ったこともある。器用さが魔法の命中率にも表れているのだ。

「誰だ?」
不意に居眠りをしていた見張りの魔導士が顔を上げた。
――気づいた!?
エミリーは慌ててフードを被り、暗闇の中に身を隠した。
髪飾りがマシューの手元に落ちた微かな音で気づいたのだろうか。いや、まさか、そんな地獄耳ではないだろう。
身を硬くして様子を見守っていると、マシューは指先を動かした。天井に向けて開いた自分の掌に何かがあると分かり、その感触を確かめた。
「……ん……?」
金属製の髪飾りの冷たさに一瞬顔を顰め、次の瞬間、はっと赤と黒の瞳を見開いた。
――こっちを見て!
祈るように唇だけで呟く。
マシューの瞳に力が宿り、エミリーの姿を見つけた。唇が開いた時、
「おや、何だ、この気配は。……見張りを怠っていたな?」
階段を下りて地下牢へやってきた人物が見張りを叱る。
「いえ、あの……」
「言い訳は無用だ。お前は余程ドラゴン退治に行きたいようだな」
「どうかご容赦を!魔導師団長様!」
――こっちへ来る!
マシューは全身の力を振り絞り、鉄格子へと転がった。伸ばされたエミリーの手を骨ばった指が硬く握った。一瞬だけ指先に魔力を籠め、エミリーは彼に微笑みかけると、仮面をつけて転移魔法を発動させた。

「おや、今日は元気がいいな」
エンウィ伯爵は皮肉な笑いを浮かべ、床に転がるマシューを一瞥した。
「魔法石を増やしておけ。この男の魔力は無尽蔵なようだからな」
若い宮廷魔導士は短く返事をして地下牢を出て行く。伯爵は積まれた魔法石を一つ手に取り、マシューの魔力で満たされて七色に光っていることを確認すると、新しい見張りをつけるように言い残し、光を残して転移して行った。
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