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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る
428 悪役令嬢は木登りのセンスを自慢する
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ガタガタと揺れる馬車の中で、アレックスは無言だった。隣に座っているレナードは、そわそわして何か聞きたそうだが、尋ねてはいけない複雑な事情があるのではないかと推測して話しかけて来ない。
ハーリオン侯爵の領地に行っていたことは秘密だ。秘密にしなければならないと、レイモンドやセドリックが言っていた。……気がする。相手が親友と呼べる男であっても話してはいけない。アレックスは貝のように口をつぐんでいた。
「……なあ、アレックス」
痺れを切らしたレナードが、窓の外を見つめるアレックスに身体を寄せてきた。
「お前、服も顔も汚れてるぞ。家に送ってやるから、身体を洗って着替えて行けよ」
「あ、ああ……」
問い質されると思っていたのに、友の口から出た言葉は身なりに対するアドバイスだった。意表を突かれて金の瞳を丸くする。
「にしても、見つけたのが俺でよかったよ。侯爵家の跡取り息子が、汚い服で歩いていたなんて噂が立ってみろ。騎士団長様が悲しむぞ」
「いや、父上はあんまり気にしないっていうか……」
「じゃあ、お前の母さんが。折角美男子に産んだのに、身なりに無頓着だなんて」
「……そんなに酷いか?」
「酷いさ。うちも貴族としてはあまりいい暮らしはしていないけど、お前が着てる服、何だよ。肘も膝も擦り切れそうじゃないか。色だって褪せてて……背中が日焼けしてる」
「気づかなかった」
「少しは気づけよ。さっきの執事……ジョンだっけ?びっくりしてたぞ」
アレックスは執事の表情を思い出していた。いつもの彼と変わらないように見えたが、それは自分がいつも彼を驚かすような失態をしているからだ。
「俺は家には戻らない。……悪いが、市場まで送ってくれないか」
「はぁ?市場?買い物か?」
「違うよ。……ちょっとした用事があって。な、頼むよ」
目をぎゅっとつぶって頭を下げた。頭上からレナードの溜息が聞こえた。
◆◆◆
市場の入口で馬車を下り、レナードと手を振って別れた。アレックスは、馬車移動の間に体力を回復させ、一目散に魔法陣がある建物へと走っていく。
「……ふうん。成程ね」
遠ざかる赤い髪を目を眇めて見ながら、レナードは雑踏の中に紛れた。王都の市場は平民に混じって貴族も買い物に来ている場所だ。少しだけ仕立ての良い服を着た彼が、群衆に溶けこむなど造作もないことだった。うまく人の流れに乗り、アレックスが消えた建物へと入る。廊下を見渡し、彼の姿がないことを確認してから、近くにいた商人風の男に尋ねた。
「ちょっといいですか?俺、友達とはぐれちゃったんですけど、このへんで赤い髪のヤツ見ませんでした?俺と同じくらいの歳の」
「赤い髪?……ああ、さっき通ったぜ。あー、そっちに行ったな」
「どうもありがとう!」
男が指さした方には、魔法陣が設置された部屋があった。レナードは部屋の中にいた人々に同じようにしてアレックスの行先を聞いた。
「赤髪の兄ちゃんなら、フロードリン行きに入ったみたいだぞ」
「そうそう。俺も見た。何かすっげえ急いでたから覚えてるよ」
行き違ったようだと話を誤魔化して愛想笑いを浮かべ、レナードは一度建物から退出し、市場の入口近くに停めていた馬車に戻った。思いがけず早く戻った彼を、御者が慌てて出迎える。
「レナード様、お早いお戻りですね」
「急いで出してくれ。行き先は……」
口を開いて瞳を閉じる。愛くるしい笑みは消え、口元が微かに歪む。
「騎士団の訓練場だ」
◆◆◆
ジュリアとエルマーは、人影を避けて建物に沿って走っていた。商店街と思しき場所から一歩踏み出すと、突然視界が開けた。
「うわ」
「何だ、これ……」
二人は初めて見る光景に声が出なくなった。道路より低い場所に工場群が建ち、下へ行く階段が見当たらない。高さは建物の二階かそれ以上あって、木登りが得意なジュリアでも柱もなしに下りることはできない。
「あっちに行くの?」
「うん。街が火事になったくらいじゃ、ここの見張りは動かないと思う。工場に何かが起きれば、必ず集まってくるだろうね」
「どうやって下りる?」
「うーん。木があればよかったんだけどな。私、木登りは得意なのよ」
ドヤ顔でエルマーに自慢したが、木登りに興味がない彼には響かなかった。
「……あ、ねえ、見て!」
柵から身を乗り出すようにして、エルマーは自分達の下を指した。
「穴?」
「穴っていうか、出入口じゃないかな。どこかと繋がってる」
少年はきょろきょろと辺りを見た。路面には穴はない。ジュリア達の足元の高低差から考えて、二階分以上下るには落とし穴では危ない。
「どこかに階段か何かが……あっ」
商店街に黒い一団の姿が見えた。ジュリアはエルマーの腕を引っ張り、近くに置かれていた大きな木箱の裏に隠れた。
「塀の中の犬……」
憎らしそうに見つめるエルマーの瞳は闘争心に燃えていた。口元に人差し指を当て、彼の言葉の続きを封じると、ジュリアは顔を半分出して様子を窺う。
「……行ったね」
「どこに行ったの?」
「あの建物よ。二階建ての茶色いの」
レンガ造りの簡素な建物は、木枠が古びた窓が一つあるだけだ。
「倉庫かしらね」
「窓が少ないから……近寄って見てもいい?」
二人は足音を忍ばせて建物に近づき、壁に背中をぴったりとつけて横目で中を覗いた。
「……!」
黒い服の男達は、次々とローブを脱いで椅子の背に引っかけていく。地下へと続く階段の手すりを叩き、何やら大声で談笑している。
「階段があるんだわ。何で黒いローブを脱いだのか分かんないけど、下りられそうな気がする!」
エルマーの耳元で囁き、ジュリアは男達がいなくなった頃合いを見計らって、建物のドアを薄く開けた。
ハーリオン侯爵の領地に行っていたことは秘密だ。秘密にしなければならないと、レイモンドやセドリックが言っていた。……気がする。相手が親友と呼べる男であっても話してはいけない。アレックスは貝のように口をつぐんでいた。
「……なあ、アレックス」
痺れを切らしたレナードが、窓の外を見つめるアレックスに身体を寄せてきた。
「お前、服も顔も汚れてるぞ。家に送ってやるから、身体を洗って着替えて行けよ」
「あ、ああ……」
問い質されると思っていたのに、友の口から出た言葉は身なりに対するアドバイスだった。意表を突かれて金の瞳を丸くする。
「にしても、見つけたのが俺でよかったよ。侯爵家の跡取り息子が、汚い服で歩いていたなんて噂が立ってみろ。騎士団長様が悲しむぞ」
「いや、父上はあんまり気にしないっていうか……」
「じゃあ、お前の母さんが。折角美男子に産んだのに、身なりに無頓着だなんて」
「……そんなに酷いか?」
「酷いさ。うちも貴族としてはあまりいい暮らしはしていないけど、お前が着てる服、何だよ。肘も膝も擦り切れそうじゃないか。色だって褪せてて……背中が日焼けしてる」
「気づかなかった」
「少しは気づけよ。さっきの執事……ジョンだっけ?びっくりしてたぞ」
アレックスは執事の表情を思い出していた。いつもの彼と変わらないように見えたが、それは自分がいつも彼を驚かすような失態をしているからだ。
「俺は家には戻らない。……悪いが、市場まで送ってくれないか」
「はぁ?市場?買い物か?」
「違うよ。……ちょっとした用事があって。な、頼むよ」
目をぎゅっとつぶって頭を下げた。頭上からレナードの溜息が聞こえた。
◆◆◆
市場の入口で馬車を下り、レナードと手を振って別れた。アレックスは、馬車移動の間に体力を回復させ、一目散に魔法陣がある建物へと走っていく。
「……ふうん。成程ね」
遠ざかる赤い髪を目を眇めて見ながら、レナードは雑踏の中に紛れた。王都の市場は平民に混じって貴族も買い物に来ている場所だ。少しだけ仕立ての良い服を着た彼が、群衆に溶けこむなど造作もないことだった。うまく人の流れに乗り、アレックスが消えた建物へと入る。廊下を見渡し、彼の姿がないことを確認してから、近くにいた商人風の男に尋ねた。
「ちょっといいですか?俺、友達とはぐれちゃったんですけど、このへんで赤い髪のヤツ見ませんでした?俺と同じくらいの歳の」
「赤い髪?……ああ、さっき通ったぜ。あー、そっちに行ったな」
「どうもありがとう!」
男が指さした方には、魔法陣が設置された部屋があった。レナードは部屋の中にいた人々に同じようにしてアレックスの行先を聞いた。
「赤髪の兄ちゃんなら、フロードリン行きに入ったみたいだぞ」
「そうそう。俺も見た。何かすっげえ急いでたから覚えてるよ」
行き違ったようだと話を誤魔化して愛想笑いを浮かべ、レナードは一度建物から退出し、市場の入口近くに停めていた馬車に戻った。思いがけず早く戻った彼を、御者が慌てて出迎える。
「レナード様、お早いお戻りですね」
「急いで出してくれ。行き先は……」
口を開いて瞳を閉じる。愛くるしい笑みは消え、口元が微かに歪む。
「騎士団の訓練場だ」
◆◆◆
ジュリアとエルマーは、人影を避けて建物に沿って走っていた。商店街と思しき場所から一歩踏み出すと、突然視界が開けた。
「うわ」
「何だ、これ……」
二人は初めて見る光景に声が出なくなった。道路より低い場所に工場群が建ち、下へ行く階段が見当たらない。高さは建物の二階かそれ以上あって、木登りが得意なジュリアでも柱もなしに下りることはできない。
「あっちに行くの?」
「うん。街が火事になったくらいじゃ、ここの見張りは動かないと思う。工場に何かが起きれば、必ず集まってくるだろうね」
「どうやって下りる?」
「うーん。木があればよかったんだけどな。私、木登りは得意なのよ」
ドヤ顔でエルマーに自慢したが、木登りに興味がない彼には響かなかった。
「……あ、ねえ、見て!」
柵から身を乗り出すようにして、エルマーは自分達の下を指した。
「穴?」
「穴っていうか、出入口じゃないかな。どこかと繋がってる」
少年はきょろきょろと辺りを見た。路面には穴はない。ジュリア達の足元の高低差から考えて、二階分以上下るには落とし穴では危ない。
「どこかに階段か何かが……あっ」
商店街に黒い一団の姿が見えた。ジュリアはエルマーの腕を引っ張り、近くに置かれていた大きな木箱の裏に隠れた。
「塀の中の犬……」
憎らしそうに見つめるエルマーの瞳は闘争心に燃えていた。口元に人差し指を当て、彼の言葉の続きを封じると、ジュリアは顔を半分出して様子を窺う。
「……行ったね」
「どこに行ったの?」
「あの建物よ。二階建ての茶色いの」
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「倉庫かしらね」
「窓が少ないから……近寄って見てもいい?」
二人は足音を忍ばせて建物に近づき、壁に背中をぴったりとつけて横目で中を覗いた。
「……!」
黒い服の男達は、次々とローブを脱いで椅子の背に引っかけていく。地下へと続く階段の手すりを叩き、何やら大声で談笑している。
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