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学院編 14
482 悪役令嬢は素直に褒める
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「ベイルズ準男爵が爵位を返上し、経営権を他の人に譲って引退するなら、今回の件は公にせず、商会の取引に影響が出ないようにするともちかけるのよ」
「よく分かんねえ……」
「アレックスはお飾りってことね」
「そうよ。その印を見せて、王宮の権力が及んでいることを示すのよ」
「それっぽければ何でもいいのかよ……まだ学生だぜ、俺」
マリナはアレックスの服装を上から下まで見て、口の端を上げた。
「何だよ」
「うちに来るのに、随分おめかしして来たのね。ジュリアに会うから?」
「ち、ちげーよ!これは、失礼のないようにってだけで」
真っ赤になって顔の前で手を振る。服装をあまり気にかけないジュリアがまじまじと彼を見つめ、
「制服もいいけど、その服も似合ってる。かっこいいよ」
などと素直に褒めたので、アレックスは気が動転して椅子に突っ伏して呻いた。
「……どうしたの?」
「嬉しくて泣いているのよ」
「それで、例の先輩に話を持ちかけるのはマリナなんでしょ?アリッサじゃ脅せないよ」
「あら、誰も脅すなんて言っていないわよ?友好的な話し合いをね」
「……あの」
ドアが開き、侍女に付き添われたアリッサが入って来た。まだ顔色が良くないが、熱は下がって歩けるまでに回復したのだ。
「アリッサ、まだ寝てなきゃ!」
「いいの。皆が頑張ってる時に、私一人だけ寝ているわけにはいかないわ。できることがあるなら頑張りたいの」
旨の前で握りこぶしを作る。姉妹には見慣れたポーズだが、アレックスには新鮮だったようでぽかんと口を開けていた。
「……へえ。アリッサでもやる気出すことあるんだな」
「ちょっと!失礼だよ。アリッサはいつでもやる気満々だもんね?」
「え?……う、うん……ジュリアちゃんほどじゃないけど」
「コホン。では、役者が揃ったところで、今回の脚本を確認しましょうか」
自分の隣にアリッサが腰を下ろしたのを見計らって、マリナは一同を見回して微笑んだ。
◆◆◆
アスタシフォンの王都は、グランディアの王都の五倍以上の人口を抱える大都市である。当然、光が当たる華やかな場所は一層華やかだが、一歩裏通りに入れば濃い影に満ちている。コレルダードも荒れていたとジュリアに聞いたが、この街はそれ以上だ。
「いいか。絶対目を合わせるなよ」
「……うん」
「手を放すなよ」
「……うん。手汗すごいけど、我慢する」
「文句言うな」
ルーファスはこれでも伯爵家のお坊ちゃんである。不遇の第四王子(本当は王女だけど)の付き人をしてきても、これほど治安の悪い場所には立ち入っていないはずだ。彼も怖いのだろう。
「この道、本当に合ってるの?」
「多分。……無我夢中で逃げたから、自信がないけど」
「やっぱり。迷ってるんじゃない」
「地図では見たことがあるし、頭に入ってる。でも、来たのは初めてなんだ。見てみろ、向こうに塔が見えるだろ。あれが教会だから、近くまで行けば……」
「……距離、あるけど?」
「魔法騎士くずれを相手して、お前もあんまり魔力が残ってないだろ?街中で転移魔法なんか使ったら目立つぞ。歩け!右足を出したら左足を出す。それでどうにか進むんだから」
「……うざ」
街中でも目立たないように、二人は闇魔法で姿を変えていた。擦り切れた服を着た物乞いの兄妹に見える。灰茶の髪と瞳の、印象に残りにくい姿だ。
「文句言うなよ。……俺だって、本当はリオネルの傍であいつを守りたいんだからな。お前を遠くまで転移させるには、俺の魔力が必要だったから……」
「……待って」
「ん?」
エミリーが急に立ち止まり、そっと一点を指した。指先が示す方向を見たルーファスは、思わず声を上げそうになった。
「……っ」
「あの人、こんなところに住んでるの?」
「まさか。大学の先生だぜ?」
薄暗い路地裏に面した三階建ての石造りのアパートから、地味な色のローブを纏った女性が出てきた。日光が当たる表通りまで進むと、彼女の姿がはっきりと見える。
――図書館で会った、嫌な奴!
「何だろうな。王太子殿下の魔法の先生をしているくらいだから、クレム先生は怪しい身分ではないはずだ。魔法薬の材料を取引したとか……?」
「こんな家で取引する材料なんて、怪しいに決まっているわ。私、あの人に嫌われてる……って言うか、うちの両親と何かあったみたい」
「ハーリオン侯爵は王都にいるから、まさか……怪しい薬を使うつもりか?どうする?追うか?」
「ううん。昼間の行き先はだいたい見当がつくでしょう?それより、何を買ったか調べる方が先」
ルーファスの手を引いて、エミリーはクレムが出てきた建物の前に立った。
◆◆◆
「アリッサ……」
マリナの作戦を聞いて、アリッサは小さく震えながら、膝の上にクッションを抱えていた。
「できそう?無理だったら、代わりに私が行ってくるし?」
「ジュリアじゃ効果はないわよ」
「分かってるよ。アリッサじゃなきゃダメなんでしょ?」
一同は無言になった。マリナの言う『話し合い』は、アリッサの力に成否がかかっている。
「アレックス、あなたには活躍してもらうわよ。陛下から権限を与えられた騎士見習い候補であると同時に、アリッサの護衛としてもね」
「任せろ。マックス先輩だかって奴、俺の剣の錆にしてやるよ!」
腰に携えた剣に手をかけ、アレックスは鼻息荒く立ち上がった。
「最初から喧嘩腰では話し合いにならないわよ。……不安だわね」
眉を顰めたマリナの耳に、王都から客が来たと老執事の声が届いた。
「よく分かんねえ……」
「アレックスはお飾りってことね」
「そうよ。その印を見せて、王宮の権力が及んでいることを示すのよ」
「それっぽければ何でもいいのかよ……まだ学生だぜ、俺」
マリナはアレックスの服装を上から下まで見て、口の端を上げた。
「何だよ」
「うちに来るのに、随分おめかしして来たのね。ジュリアに会うから?」
「ち、ちげーよ!これは、失礼のないようにってだけで」
真っ赤になって顔の前で手を振る。服装をあまり気にかけないジュリアがまじまじと彼を見つめ、
「制服もいいけど、その服も似合ってる。かっこいいよ」
などと素直に褒めたので、アレックスは気が動転して椅子に突っ伏して呻いた。
「……どうしたの?」
「嬉しくて泣いているのよ」
「それで、例の先輩に話を持ちかけるのはマリナなんでしょ?アリッサじゃ脅せないよ」
「あら、誰も脅すなんて言っていないわよ?友好的な話し合いをね」
「……あの」
ドアが開き、侍女に付き添われたアリッサが入って来た。まだ顔色が良くないが、熱は下がって歩けるまでに回復したのだ。
「アリッサ、まだ寝てなきゃ!」
「いいの。皆が頑張ってる時に、私一人だけ寝ているわけにはいかないわ。できることがあるなら頑張りたいの」
旨の前で握りこぶしを作る。姉妹には見慣れたポーズだが、アレックスには新鮮だったようでぽかんと口を開けていた。
「……へえ。アリッサでもやる気出すことあるんだな」
「ちょっと!失礼だよ。アリッサはいつでもやる気満々だもんね?」
「え?……う、うん……ジュリアちゃんほどじゃないけど」
「コホン。では、役者が揃ったところで、今回の脚本を確認しましょうか」
自分の隣にアリッサが腰を下ろしたのを見計らって、マリナは一同を見回して微笑んだ。
◆◆◆
アスタシフォンの王都は、グランディアの王都の五倍以上の人口を抱える大都市である。当然、光が当たる華やかな場所は一層華やかだが、一歩裏通りに入れば濃い影に満ちている。コレルダードも荒れていたとジュリアに聞いたが、この街はそれ以上だ。
「いいか。絶対目を合わせるなよ」
「……うん」
「手を放すなよ」
「……うん。手汗すごいけど、我慢する」
「文句言うな」
ルーファスはこれでも伯爵家のお坊ちゃんである。不遇の第四王子(本当は王女だけど)の付き人をしてきても、これほど治安の悪い場所には立ち入っていないはずだ。彼も怖いのだろう。
「この道、本当に合ってるの?」
「多分。……無我夢中で逃げたから、自信がないけど」
「やっぱり。迷ってるんじゃない」
「地図では見たことがあるし、頭に入ってる。でも、来たのは初めてなんだ。見てみろ、向こうに塔が見えるだろ。あれが教会だから、近くまで行けば……」
「……距離、あるけど?」
「魔法騎士くずれを相手して、お前もあんまり魔力が残ってないだろ?街中で転移魔法なんか使ったら目立つぞ。歩け!右足を出したら左足を出す。それでどうにか進むんだから」
「……うざ」
街中でも目立たないように、二人は闇魔法で姿を変えていた。擦り切れた服を着た物乞いの兄妹に見える。灰茶の髪と瞳の、印象に残りにくい姿だ。
「文句言うなよ。……俺だって、本当はリオネルの傍であいつを守りたいんだからな。お前を遠くまで転移させるには、俺の魔力が必要だったから……」
「……待って」
「ん?」
エミリーが急に立ち止まり、そっと一点を指した。指先が示す方向を見たルーファスは、思わず声を上げそうになった。
「……っ」
「あの人、こんなところに住んでるの?」
「まさか。大学の先生だぜ?」
薄暗い路地裏に面した三階建ての石造りのアパートから、地味な色のローブを纏った女性が出てきた。日光が当たる表通りまで進むと、彼女の姿がはっきりと見える。
――図書館で会った、嫌な奴!
「何だろうな。王太子殿下の魔法の先生をしているくらいだから、クレム先生は怪しい身分ではないはずだ。魔法薬の材料を取引したとか……?」
「こんな家で取引する材料なんて、怪しいに決まっているわ。私、あの人に嫌われてる……って言うか、うちの両親と何かあったみたい」
「ハーリオン侯爵は王都にいるから、まさか……怪しい薬を使うつもりか?どうする?追うか?」
「ううん。昼間の行き先はだいたい見当がつくでしょう?それより、何を買ったか調べる方が先」
ルーファスの手を引いて、エミリーはクレムが出てきた建物の前に立った。
◆◆◆
「アリッサ……」
マリナの作戦を聞いて、アリッサは小さく震えながら、膝の上にクッションを抱えていた。
「できそう?無理だったら、代わりに私が行ってくるし?」
「ジュリアじゃ効果はないわよ」
「分かってるよ。アリッサじゃなきゃダメなんでしょ?」
一同は無言になった。マリナの言う『話し合い』は、アリッサの力に成否がかかっている。
「アレックス、あなたには活躍してもらうわよ。陛下から権限を与えられた騎士見習い候補であると同時に、アリッサの護衛としてもね」
「任せろ。マックス先輩だかって奴、俺の剣の錆にしてやるよ!」
腰に携えた剣に手をかけ、アレックスは鼻息荒く立ち上がった。
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