悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

文字の大きさ
654 / 794
学院編 14

482 悪役令嬢は素直に褒める

しおりを挟む
「ベイルズ準男爵が爵位を返上し、経営権を他の人に譲って引退するなら、今回の件は公にせず、商会の取引に影響が出ないようにするともちかけるのよ」
「よく分かんねえ……」
「アレックスはお飾りってことね」
「そうよ。その印を見せて、王宮の権力が及んでいることを示すのよ」
「それっぽければ何でもいいのかよ……まだ学生だぜ、俺」
マリナはアレックスの服装を上から下まで見て、口の端を上げた。
「何だよ」
「うちに来るのに、随分おめかしして来たのね。ジュリアに会うから?」
「ち、ちげーよ!これは、失礼のないようにってだけで」
真っ赤になって顔の前で手を振る。服装をあまり気にかけないジュリアがまじまじと彼を見つめ、
「制服もいいけど、その服も似合ってる。かっこいいよ」
などと素直に褒めたので、アレックスは気が動転して椅子に突っ伏して呻いた。
「……どうしたの?」
「嬉しくて泣いているのよ」
「それで、例の先輩に話を持ちかけるのはマリナなんでしょ?アリッサじゃ脅せないよ」
「あら、誰も脅すなんて言っていないわよ?友好的な話し合いをね」

「……あの」
ドアが開き、侍女に付き添われたアリッサが入って来た。まだ顔色が良くないが、熱は下がって歩けるまでに回復したのだ。
「アリッサ、まだ寝てなきゃ!」
「いいの。皆が頑張ってる時に、私一人だけ寝ているわけにはいかないわ。できることがあるなら頑張りたいの」
旨の前で握りこぶしを作る。姉妹には見慣れたポーズだが、アレックスには新鮮だったようでぽかんと口を開けていた。
「……へえ。アリッサでもやる気出すことあるんだな」
「ちょっと!失礼だよ。アリッサはいつでもやる気満々だもんね?」
「え?……う、うん……ジュリアちゃんほどじゃないけど」
「コホン。では、役者が揃ったところで、今回の脚本を確認しましょうか」
自分の隣にアリッサが腰を下ろしたのを見計らって、マリナは一同を見回して微笑んだ。

   ◆◆◆

アスタシフォンの王都は、グランディアの王都の五倍以上の人口を抱える大都市である。当然、光が当たる華やかな場所は一層華やかだが、一歩裏通りに入れば濃い影に満ちている。コレルダードも荒れていたとジュリアに聞いたが、この街はそれ以上だ。
「いいか。絶対目を合わせるなよ」
「……うん」
「手を放すなよ」
「……うん。手汗すごいけど、我慢する」
「文句言うな」
ルーファスはこれでも伯爵家のお坊ちゃんである。不遇の第四王子(本当は王女だけど)の付き人をしてきても、これほど治安の悪い場所には立ち入っていないはずだ。彼も怖いのだろう。
「この道、本当に合ってるの?」
「多分。……無我夢中で逃げたから、自信がないけど」
「やっぱり。迷ってるんじゃない」
「地図では見たことがあるし、頭に入ってる。でも、来たのは初めてなんだ。見てみろ、向こうに塔が見えるだろ。あれが教会だから、近くまで行けば……」
「……距離、あるけど?」
「魔法騎士くずれを相手して、お前もあんまり魔力が残ってないだろ?街中で転移魔法なんか使ったら目立つぞ。歩け!右足を出したら左足を出す。それでどうにか進むんだから」
「……うざ」
街中でも目立たないように、二人は闇魔法で姿を変えていた。擦り切れた服を着た物乞いの兄妹に見える。灰茶の髪と瞳の、印象に残りにくい姿だ。
「文句言うなよ。……俺だって、本当はリオネルの傍であいつを守りたいんだからな。お前を遠くまで転移させるには、俺の魔力が必要だったから……」
「……待って」
「ん?」
エミリーが急に立ち止まり、そっと一点を指した。指先が示す方向を見たルーファスは、思わず声を上げそうになった。
「……っ」
「あの人、こんなところに住んでるの?」
「まさか。大学の先生だぜ?」
薄暗い路地裏に面した三階建ての石造りのアパートから、地味な色のローブを纏った女性が出てきた。日光が当たる表通りまで進むと、彼女の姿がはっきりと見える。
――図書館で会った、嫌な奴!
「何だろうな。王太子殿下の魔法の先生をしているくらいだから、クレム先生は怪しい身分ではないはずだ。魔法薬の材料を取引したとか……?」
「こんな家で取引する材料なんて、怪しいに決まっているわ。私、あの人に嫌われてる……って言うか、うちの両親と何かあったみたい」
「ハーリオン侯爵は王都にいるから、まさか……怪しい薬を使うつもりか?どうする?追うか?」
「ううん。昼間の行き先はだいたい見当がつくでしょう?それより、何を買ったか調べる方が先」
ルーファスの手を引いて、エミリーはクレムが出てきた建物の前に立った。

   ◆◆◆

「アリッサ……」
マリナの作戦を聞いて、アリッサは小さく震えながら、膝の上にクッションを抱えていた。
「できそう?無理だったら、代わりに私が行ってくるし?」
「ジュリアじゃ効果はないわよ」
「分かってるよ。アリッサじゃなきゃダメなんでしょ?」
一同は無言になった。マリナの言う『話し合い』は、アリッサの力に成否がかかっている。
「アレックス、あなたには活躍してもらうわよ。陛下から権限を与えられた騎士見習い候補であると同時に、アリッサの護衛としてもね」
「任せろ。マックス先輩だかって奴、俺の剣の錆にしてやるよ!」
腰に携えた剣に手をかけ、アレックスは鼻息荒く立ち上がった。
「最初から喧嘩腰では話し合いにならないわよ。……不安だわね」
眉を顰めたマリナの耳に、王都から客が来たと老執事の声が届いた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。 困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。 さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず…… ────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの? ────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……? などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。 そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……? ついには、主人公を溺愛するように! ────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆

処理中です...