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学院編 14

531 悪役令嬢は弟の意見に耳を傾ける

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「ああ……どうしよう、レイ。僕、どこかおかしくないかな?」
「大丈夫だ。いつも通りおかしいぞ」
「どういう意味?……うん、今は機嫌がいいから許してあげるよ。この服、僕にぴったりだよね」
「お前のために作らせた服が合わないわけがないだろう。くだらないことをしていないで、さっさと出発するぞ。先触れを……」
重厚な肘掛椅子に腰かけて脚を組み、姿見の前でくるくる回る王太子を見つめ、溜息をつかずにはいられない。レイモンドは俯いて眼鏡を上げた。
「ダメだよ、先触れはなし」
「正気か?混乱させるだけだぞ?」
「無粋だなあ。驚きが愛に変わるんじゃないか」
「そんな話は聞いたことがないぞ。貴族の邸を訪問するのに、事前に連絡しないのもあり得ない話だが」
キラキラオーラ全開の自分の立ち姿に満足したセドリックが極上の微笑で再従兄を振り返る。
「マリナに一刻も早く伝えたいんだよ。僕達の未来に障壁はなくなったってね。アイリーンは罪人として牢にいて、僕達を邪魔する者はいなくなった。アイリーンを問い詰めれば、敵の正体もすぐに分かるよね」
「どうだろうな。お前のやることは性急すぎる気がするが……」

ノックの音がして、王太子の侍従とオードファン宰相が入室した。
「殿下。至急、お耳に入れたいことがございます」
「うん?何かな?」
「お出かけはまたの機会に。……レイモンド、お前も話を聞いてくれ」
セドリックを椅子に座らせ、宰相は人払いをして話し始めた。
「アスタシフォン国内、王宮で異変がございました」
「何だって?まさか、御病気の国王陛下が?」
「いいえ。第二王子デュドネとその母が王宮を追われるようです」
「デュドネ王子って、あの嫌な感じの……」
会った時の印象を述べ、セドリックは「おっと」と口を手で覆った。
「それで、どうなったの?王子は他に三人いるんだから、何も問題はないよね?」
「デュドネ王子一派に脅されて加担していた魔導士が、オーレリアン王太子の教育係だったことで、第三王子派が王太子の責任追及を始めまして、評議会は大荒れとなり、国王代理として出席していた王太子は判断を保留にし、一時休会になったそうです」
セドリックは厳しい顔をして、信じられないというように頭を振った。
「セヴラン王子は、上の二人を一気に除けて、自分が王太子になろうとしているの?」
「そのようです。粗暴なデュドネ王子が国王になることも脅威でしたが、浪費家のセヴラン王子が国王になっても国は荒れましょう。オーレリアン王太子が賢明な判断をしてくださることを望むばかりです」
「オーレリアン様は難しい立場に立たされたね。国王陛下が御病気で、政務を取り仕切っていたのは実質、彼なんだよ。第二王子の件も、国王代理として監督すべき立場だったと言われれば、関係ないとは言い切れない。脅されていたとしても、教育係が第二王子と繋がりがあったのは大打撃だね。セヴラン王子に味方する貴族がいるとは思えないけど……この件で、リオネル王子はどうしているの?」
「リオネル様は評議会に出席されているとは思いますが、特に情報は入っておりません。オーレリアン王太子と仲が良いと伺っておりますし、心配なさっているかと」
「父上は?」
「表立って動くなとのご命令です。不確定情報に踊らされてはなりません」
「要は、我が国にとって都合のいい方に決着すればいいだけの話ですよね、父上?」
「レイモンド?お前、何を……」
立ち上がった息子に宰相は声をかけた。レイモンドは頷いて、
「宮廷魔導士の詰所に行ってきます」
とだけ告げた。

   ◆◆◆

「本気ですか、お嬢様……」
マリナが書きだした計画を見て、執事のジョンは口を開けて固まった。
「できることをするだけよ?」
「しかし……旦那様が何と仰るか……お一人で外国に向かわれるなど」
ハーリオン侯爵は子供達を溺愛しており、ジュリアの剣術にしてもエミリーの魔術にしても最高の指導者をつけ、やりたいと望んだことは叶えてきた。アリッサを毎日図書館へ行かせたことも、他の貴族なら令嬢らしくないと言って反対しそうな話である。だが、今回は侯爵も反対するだろうとジョンは思った。
「一人じゃないわ。ビルクール海運の皆もいるし、リリーも一緒よ」
ジョンはさっと鋭い視線でリリーを見た。ベテラン侍女は素知らぬふりでマリナの前に紅茶を置いた。
「マリナ様自ら家具の買い付けに向かわれるおつもりなのですね?」
「ええ。これでも真贋を見極める自信はあるわ。王宮で定期的に入れ替えられる調度品を見てきたし、王立学院の図書室から本を借りて勉強していたのよ。……まあ、半分はアリッサの付き添いだったのは認めるけれど」
「マリナ様も読書に励んでいらっしゃいましたよ」
「本当か、リリー?」
「挿絵が多い本は読みやすいと仰って」
マリナはファッション誌を眺める感覚で本を読んでいたのである。
「リリー、一言余計よ。……コホン。とにかく、我が家にはビルクール海運しか収入源がないの。順調な運輸部門は収益が見込めるでしょう。テコ入れするべきはここ、貿易部門なのよ!」
バン!と机上の書類を叩き、マリナは積み上げてあった報告書を開いた。
「目利きの従業員を雇う余裕はないし、これから育てていく時間的余裕もない。必要なのは即戦力なの。私以外に誰がいるの?」
「旦那様と奥様に加えて、三人のお嬢様とハロルド様がお邸を離れていらっしゃる今、マリナ様までお出かけになってしまわれては、お一人で残されたクリストファー様がお可哀想です。せめて、皆様がお戻りになるまでお待ちください」
ガタ。
予想外の方向から物音がした。
「天井?」
「まあ!」
「マリナ姉様……またいなくなっちゃうの?」
天井に頭をぶつけそうな位置に漂っているのは、ハーリオン家次期当主のクリストファーだ。部屋に魔法で転移し、空中浮遊のまま話を聞いていたのだろう。
――どこから聞いていたのかしら。意外と理解できているのよね。末恐ろしいわ。
「クリス、下りてきて?」
「やだ。姉様が僕と一緒にいるって約束してくれなきゃ、下りない!」
「そのまま魔法で浮かんでいたら、魔力が切れて落ちてしまうわ。危ないから……」
「いいんだもん!落ちても、怪我してもいいんだもん!姉様達は僕のことなんかどうでもいいんでしょう?」
「そんなことないわ」
大きな瞳でマリナを睨み、クリスはふわりと傍へ降り立った。
「嘘だ。今だって、僕を置いてどこか旅行に行こうとしていたよね?」
「これはお仕事なのよ。値打ちものの家具や宝石を仕入れて、グランディアに持ってきて売るのよ」
「売れるの?」
「勿論よ。名のある工房の家具職人が作った机は……」
マリナは本棚から家具の本を取り出した。挿絵が多くてクリスにも分かり易いと思ったのだ。
「……これ?」
「そうよ。素敵でしょう?」
「こんなののために、姉様は僕を置いて行くの?」
「こんなのって……」
――困ったわ。こうなると頑固なのよね。誰に似たのかしら。
自分を棚に上げてマリナは弟の性格を心配した。
「これもこれもこれも、外国に行かなくったって、グランディアで作れるじゃないか」
「グランディアで?細工が細かくて難しいのよ?」
「魔法があればできるよ。エミリー姉様と僕で、一度にいっぱい作れるように機械を準備したら、あとは材料があればいいんだよ。例えば……うちの領地のエスティアには山に木がいっぱいあるよねえ」
壁に貼られた王国の地図を指先で叩き、美しい弟は可愛らしく小首を傾げた。
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