悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 14

538 悪役令嬢は語学力をフル活用する

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「おぅ、思った通りだ」
ホラスはアレックスに耳打ちした。派手好きな商人は警備の兵士に詰め寄って訴えている。
「いくら王族が頼んだ品を持っていると言ったところで、通してはくれんだろうな」
「見た目もかなり怪しいよな」
「その通り。……だが、この人ごみでは、あれを気にかける貴族もいないだろう」
議場の傍には、休憩を終えた貴族達が集まりだしていた。世間話をしたり、先刻の騒動を振り返ったりと、人の話し声で会話が聞こえないほどだ。
「ん?何か言ったかな?」
「ホラスさん、何て言ったんです?」
アレックスとホラスも互いの声が聞こえにくかった。
――貴族は男の方ばかりだわ。あの商人がいくら叫んでも、声は聞こえない……。そうだわ!
アリッサは兵士と格闘している商人に近づいた。大きく息を吸い込む。
「わたくしからも、どうかお願いします!」
王立学院入学式で新入生代表を務めた時よりも数段大きな声が出た。少女の声が議場の前室と廊下に響いた。貴族達ははっとしてアリッサに注目した。
「そうです。この品物をソレンヌ様に届けなくては……」
「どうか、ソレンヌ様、ソレンヌ様に会わせてください!」
人々に印象づけるように、アリッサはソレンヌの名前を連呼した。アスタシフォン語には多少自信がある。流暢な発音で言い兵士に頭を下げる。禁輸品を集めていたのがソレンヌ、つまり第三王子の一派で、彼女らを一網打尽にするなら、届けようとしている腕輪を危険なものだと誰かに知ってもらう必要がある。
「通すことはまかりならん」
「お願いです、ソレンヌ様に!」
アリッサはなおも食い下がった。派手な商人よりアリッサの声の方がよく通る。本番に強いジュリアや、人前で挨拶することに慣れているマリナと違い、アリッサは生まれてこのかたよく通る声だとは言われたことはなかった。自信はないが、やるしかない。

「おい、そこの商人」
――来た!
「は、はいぃい!」
後ろから声をかけられ、商人は身体を震わせて振り返った。
「ソレンヌ様に何の用だ?」
「私達はご注文の品を届けにまいりました。ね?」
「うう、うん、そう、です」
商人は完全に舞い上がっている。声をかけた中年貴族は、かなり上質の布地を使った服を着ており、仕草も洗練されているように思えた。彼を遠巻きに見て、貴族達は会話を控えている。リーダー格なのだろうか。
――ご身分の高い方なのだわ。どの王子を推している方なのかしら。
アリッサは慎重に観察した。ソレンヌの一派だとしたら、自分が品物を届けようと言うのではないか。敵対する貴族だとしたらどうなるだろう。
「ソレンヌ様はとてもお急ぎのようでした。評議会が開かれて、お忙しいのは存じております。ですが、この品物を……」
「中身は何だ?」
――聞こえるように、はっきりと!
「魔法の腕輪です!」
ゆっくりと滑舌よく、アリッサは言い切った。
「魔法の?」
「はい。グランディアから船で届いたばかりの品です」
――魔導具は禁輸品だって、この方が知っていればいいけど。
「中をお確かめになりますか?」
アリッサが言うと、商人は震える手で恭しく箱を差し出した。
「爆発でもするのか?」
「いいえ。光魔法ではなく、闇魔法の腕輪です。こちらは二つで組になっておりまして、もう一つは既にお届けしております」
一礼して視線を下げると、遠くから足音が聞こえてきた。
――タイミング、ばっちりだわ。
「こっちです!」
「……!」
アイスブルーの髪を揺らし、ルーファスが焦った表情で走ってくる。アリッサが貴族を「釣った」瞬間、アレックスが走って呼びに行ったのである。
「君は……エルノー家の……」
中年貴族はルーファスの顔を知っていた。
「ルーファスと申します。この辺りから不穏な魔力の気配がしたのですが、もしや……」
「不穏な魔力だと?私は魔法に疎いのだが、この腕輪がそうなのかね?」
「うわ!この箱から禍々しい気がビシビシします。とても危険ですよ!」
大袈裟に驚いて見せる。少しやりすぎのような気がしたが、遠巻きに見ている貴族達からどよめきが起きた。
「禍々しい物を、ソレンヌ様が?」
「一つは持っているとか。恐ろしい」
「魔法の腕輪……魔導具は禁輸品ではないのか?」
ホラス老人がいるのに気づいた貴族が、彼に歩み寄って肩を叩いた。
「ホラスではないか。あれはお前が持ちこんだのか?」
「いいえ。私は頼まれて港から運んだだけですよ。あそこにいる商人が、頼まれて買いつけた。禁輸品を輸入するのは罪に問われますが、国内で運んではいけないとは、何の法律にも書かれていませんよねえ?」
髭を撫でてにやりと笑うと、貴族は苦笑いをした。
「相変わらず、食えない奴だ」
「お褒めに預かり光栄です。ふぉっふぉっふぉ」

   ◆◆◆

「ねえ」
「なーに、エミリー?」
「下が騒がしいんだけど?」
バルコニー席から貴族の席を眺め、エミリーがリオネルに囁いた。
「あー、何か、揉めちゃってるねえ?ソレンヌがどうのって」
「……読み通りでしょ」
「ふっふー。さっきのバッタ君がやってくれたね」
「バッタ君?あの商人のこと?」
「黄緑だからバッタ君。名前知らないし」
軽く溜息をつき、エミリーは隣のバルコニーを見た。ソレンヌの姿はなく、第三王子セヴランが落ち着きなくそわそわしている。
「ほおら。禁断症状が出て来たんじゃない?」
大きな音がして、怒り心頭のソレンヌがバルコニー席に現れた。
「お黙りなさい!」
手を振り上げて下の階の貴族達を一喝した。手首に光る腕輪からは、エミリーは魔力をあまり感じなかった。
――魔力切れかな?さっき使いすぎたから。

「おっと」
「……怖」
「必死だねえ。形勢逆転だもん。折角、シャンタルを追放できて、兄上を蹴落とせそうなのに自分が消えたんじゃね」
二人がひそひそ話をしている横で、ソレンヌは金切り声を上げていた。
「あなた達、デュドネ王子とシャンタルの処分は決まったのよ!王太子殿下、ご判断を!」
判断を、というからには、暗に王太子の責任を追及しているのだ。リオネルが嫌悪感を示してソレンヌを睨んだ。あかんべえをしようとしてエミリーに止められる。
貴族達の視線が、壇上の王太子オーレリアンに集まる。リオネルと同じ髪と瞳の色をした兄王子は美しい瞳を悲しみに曇らせていた。
「皆の言いたいことは分かる。私が至らぬばかりに、このような混乱を招いてしまった」
王太子がそう告げると、ソレンヌは勝ち誇ったように胸を張った。
「私には国を治める度量がないのではないかと心配する気持ちも分かる。だが……」
「ご心配なく、オーレリアン王子。セヴランがおりますわ!」
話を最後まで聞かないうちに、議場に響きわたる声でソレンヌが叫ぶ。彼女の息子が怯えるほどだ。
「セヴラン王子だと?」
「ありえん」
「しかし、順番から言えば……」
貴族達が口々に囁き合う。リオネルはソレンヌのガッツポーズを見逃さなかった。
「くぅうう、隣に行ってどつきたい!」
「我慢我慢。……ほら、何か言ってる」
見下ろすと、一人の貴族が手を挙げて話し始めたところだった。
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