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学院編 4 歓迎会は波乱の予兆

104 悪役令嬢はドレスに嘆息する

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職員室から戻ったアレックスは、その後すぐに始まった授業中もやけにそわそわして、何度も後ろを振り返ってはジュリアを見ていた。次のアスタシフォン語の時間も同様で、遂にバイロン先生に叱られる羽目になった。
「……酷い目に遭った……」
こってり絞られて戻って来ると、赤い髪を掻いて机に突っ伏した。
「お疲れ。ってか、キョロキョロしてるアレックスが悪いよ」
「そうそう。よりによってバイロン先生の時間に」
肘をついて顎を乗せているレナードが、ピシ、とアレックスの後頭部にチョップをする。
「仕方ないだろ。……フィービー先生に相談した話をしたくて」
顔を上げてレナードの手を振り払う。
「席が離れてるんだから、授業中は無理だよ。そうだ、食堂でお昼食べながら話そう」
「いいねー。ジュリアちゃんに賛成!」

食堂では、生徒達が口々にアスタシフォンの王子の話をしていた。授業で接点がない普通科でも話題になっているようだった。
「皆期待してるみたい」
「見たこともないのにな」
「変な奴だったらがっかりだね」
給仕にオレンジジュースを注いでもらいながら、レナードは籠の中のパンにロックオンする。実習の後ではないが、三人ともとても空腹なのだった。
「アレックスはフィービー先生と何を話したんだ?」
レナードが直球で尋ねた。
「ジュリアを男装させたいって言ったんだよ」
「で?」
パンを頬張っているジュリアがもごもごと口を動かす。
「先生は面白がってたよ。男子の制服の予備はあるって言ってた。それから、寮のことはジュリアと相談したいって」
「私が先生のところに行けばいいの?」
「ああ。その時に制服も貸してくれる」
男子の制服と言っても、ブレザーは殆ど同じだ。女子の制服は少しだけウエスト部分が絞られているが、男子は直線的なデザインになっている。ショートパンツを同じ柄のスラックスに履き替えるだけなのだ。女子にしては背が高いジュリアなら、小柄な男子用が丁度良さそうだ。
「分かった。クラスに王子が来る前に、先生のとこ、行ってくるね」

   ◆◆◆

歓迎会の前に、マリナとハロルドは自習室で最後の打ち合わせをしていた。司会の台本では二人の役割分担がある。王子との応答はハロルドの役割で、マリナは全体進行を担当する。
「必要以上に王子に近づかないようにしてくださいね」
「ええ?私、司会ですよ?」
「それでも、いけません。あなたは一度王子と会っているのでしょう?あちらは馴れ馴れしくしてくるかもしれませんが、気を許してはいけません」
「お兄様、警戒しすぎですわ」
アスタシフォンのリオネル王子より、隙あらば口説いてくるこの義兄の方が何倍も危険だとマリナは思う。
「司会者は制服ではなく、盛装をするようにとレイモンドが言っていましたね」
「では、ドレスを?」
――準備をして来なかったわ。リリーがいなかったもの。困ったわ……。
「心配は無用です。昨夜リリーがアビーのところへ来ていたものですから、支度ができていないのではないかと思い、手配しておきました」
侯爵家は一学年あたり二人ずつの使用人を連れて来ることができる。アビーは息子のコーディと共に、ハロルドの入学に合わせて連れてきた侍女である。体格がよく力持ちの、肝っ玉母さんのような女性であった。リリーが相談に行ったのも当然だ。
「ありがとうございます。お兄様」
「そろそろアビーとコーディがドレスを持ってくる頃です。リリーは昨夜取り乱していましたから、今日は休ませているのですね」
「はい。四人で協力して身支度を整えてきました。……どこか、おかしいですか?」
「いいえ。……あなたはいつも麗しいですよ」
――真顔でさらっとそういうことを言うなっての!
マリナは羞恥心に勝てず、義兄から視線を逸らして俯いた。

ほどなく自習室のドアがノックされ、学院内の更衣室を担当する侍女が顔を出した。自分で着替えができない生徒も多いセレブ学院ならではの対応である。リリーがいない今、彼女達がいるのは心強い。
「マリナ様、更衣室へお願いいたします」
ハロルドに礼をして部屋を出る。急いで支度をしなければ、午後の歓迎会に間に合わない。生徒達が会場に入る前に立ち位置を確認しておきたい。
「マリナお嬢様!」
更衣室に入ると、ベテラン侍女のアビーが太い腕で抱きしめてきた。
「え、あ、アビー?」
「まあまあ、こんなに大きくなられて!」
アビーは二年ぶりにマリナを見て、成長ぶりに感動しているようだった。
「ハロルド様とご一緒に司会をなさるとお聞きしましたよ。ご兄妹仲がよろしくて……」
口を動かしながら手も動かす。それがベテラン侍女たるもの。手早くマリナの制服を脱がせていく。学院に置かれている既製品のドレスを退かし、寮から持ってきたマリナのドレスを長椅子に置いた。
「……それを、着るの?」
「はい。こちらのドレスがよろしいとハロルド様に伺っております」
――お兄様の趣味か!
アビーが広げたドレスは裾から胸元にかけて緑と青のグラデーションになっているものだった。肩から袖は金色のシフォン素材になっており、ウエストに巻かれたリボンも同色だ。学院入学時に十枚以上持たされたドレスの一枚だったが、こんなデザインのものがあるとはすっかり失念していたのだ。
――これは、どう見ても……。
金と青と緑。単純な青でなく、青緑である。
「お兄様の色、よね……」
長椅子の背もたれに手をかけ、マリナは天を見上げて溜息をついた。


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