319 / 794
学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
164 悪役令嬢と魔法仕掛けのGPS
しおりを挟む
エミリーが部屋を出ていってから一時間程度が経過し、寮の消灯時刻を過ぎてしまった。
「遅いねえ……」
読書灯を点けて歴史書を読んでいたアリッサが、時計を見つめて呟いた。
「呼ばれたって言ってたけど、誰に?」
ベッドの上でゴロゴロしながら、ジュリアが天井を見上げる。
「戻って来なかったらマシューに聞くようにって言っていたわね。呼んだのはマシューなのかしら?」
「だったら、マシューのとこに行くって言うんじゃない?」
「確かにね。……もう少しだけ待ってみましょう。日付が変わっても戻らなかったら、ロイドに頼んでマシューに手紙を届けてもらいましょう」
「ロイドか……」
ジュリアは不満そうな顔をしている。
「大丈夫かなあ?そんな手紙を頼んでも」
「私達は外出できないもの。こちらに来てくれるように依頼する手紙よ」
女子寮に限らず、生徒は消灯時刻である夜十時以降の外出を禁じられている。外出が認められるのは、家族に何かがあって急に帰宅する必要がある場合と、王宮からの呼び出しくらいなものだ。
「ロイドがアイリーンに操られてたの、あれ、治ったの?」
「どうかなあ?リリーはまだ、時々不安そうにしてるよね。可哀想……」
アリッサは眉を顰めている。自分達がアイリーンに目の敵にされているせいで、仲の良い使用人夫婦の間に亀裂が入ってしまったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「目立ってはいないけれど、多少は影響が残っていると思うわ。夜も遅くてリリーを外に行かせるのは……」
「マシューのところにこっちから行ければいいんだけどね。エミリーがいないと転移もできないしさ。……うーん。……マシューにこっちに来てもらおうよ」
「手紙で呼び出すのね?」
「うん。エミリーの一大事なら、飛んでくると思うんだ」
◆◆◆
かくして、マリナはマシューに宛てて短い手紙を書き、独身寮までロイドに持っていかせた。
「エミリーが帰りません。ご相談いたしたく、お待ち申し上げております。マリナ・ハーリオン」
とだけ簡潔に書かれている手紙を見れば、マシューは事態が呑み込めるだろう。
ロイドが出ていって十分もたたないうちに、部屋の中央が白い光を放ち始めた。
「来たよ」
マシューがいつ来てもいいように、三人は普段着に着替えて待っていた。眩い光が消え、中から黒衣の魔導士が現れた。マリナの居所に転移先の座標を合わせて来たのか、転移した先が女子寮の寝室だと気づき、流石の彼も動揺している。
「お運びいただいて申し訳ございません、マシュー先生」
マリナは恭しくお辞儀をした。アリッサがおどおどして背の高い彼を見上げ、ジュリアはベッドから下りて椅子の背もたれを前にして跨った。
「エミリーが戻らないとは、どういうことだ?」
焦りの表情を浮かべたマシューは、挨拶もそこそこに本題に入った。他人に話しかけても自分から話そうとしないような彼が、三姉妹に食らいつきそうになっている。
「消灯時刻より前に、誰かに呼び出されて出て行ったのです。風魔法で伝わったようですが、私達には分かりませんでした」
「出ていく時に、自分が戻らなかったら先生に聞くようにって言ってたんです」
「何か悪い予感がしたのかも」
はっとしたマシューの赤い左目が魔力を湛えて光った。
「エミリーに渡した腕輪は、魔法攻撃も物理攻撃も跳ね返す強力な効果がある。滅多なことでは危害を加えられないはずだ」
「居所が分かりますか?妹は、今どこに?」
静かに頷くと、マシューは空中に手をかざした。四角い画面のようなものが浮かび上がる。
――近未来のナントカみたいだ!
ジュリアは一人興奮を抑えられなかった。目の前の画面にあるのは、王立学院を上空から見た図だった。
「腕輪には特異な波動を出すよう仕掛けてある」
――GPSか!
身を乗り出したジュリアをマリナが後ろから引っ張った。
「こうして、俺が地図を示せば、エミリーの居所が……ん?」
「どうしたんですか?」
実家から持ってきたぬいぐるみを抱きしめて不安を和らげているアリッサが、びくりと身体を震わせた。
「エミリーちゃんに何かあったんですか!?やっぱり、行かせるんじゃなかった……」
半分泣きそうになっている。
「……この場所……今は使われていない旧校舎だな。いや、何かに使っていた気がしたが、思い出せん」
「あの、先生。この腕輪の場所の他にも、点滅している赤や青の光のようなものが見えるのですが、これは何ですか?」
「俺が広げた地図は、魔力の発生源を感知するようになっている。腕輪だけではなく、個人が発する魔力もだ。色は魔法の主属性を示している。つまり……エミリーの腕輪の傍に、光属性の者がいる、ということか。かなり強力だな」
「まさか、アイリーンか?」
「そんなぁ、どうして旧校舎に……」
マシューはマリナの肩を叩き、赤い瞳を隠そうともせずに静かに頷いた。
「エミリーは俺が助け出す。……心配するな」
三対のアメジストの瞳に見つめられ、マシューは無詠唱で部屋から転移して行った。
「遅いねえ……」
読書灯を点けて歴史書を読んでいたアリッサが、時計を見つめて呟いた。
「呼ばれたって言ってたけど、誰に?」
ベッドの上でゴロゴロしながら、ジュリアが天井を見上げる。
「戻って来なかったらマシューに聞くようにって言っていたわね。呼んだのはマシューなのかしら?」
「だったら、マシューのとこに行くって言うんじゃない?」
「確かにね。……もう少しだけ待ってみましょう。日付が変わっても戻らなかったら、ロイドに頼んでマシューに手紙を届けてもらいましょう」
「ロイドか……」
ジュリアは不満そうな顔をしている。
「大丈夫かなあ?そんな手紙を頼んでも」
「私達は外出できないもの。こちらに来てくれるように依頼する手紙よ」
女子寮に限らず、生徒は消灯時刻である夜十時以降の外出を禁じられている。外出が認められるのは、家族に何かがあって急に帰宅する必要がある場合と、王宮からの呼び出しくらいなものだ。
「ロイドがアイリーンに操られてたの、あれ、治ったの?」
「どうかなあ?リリーはまだ、時々不安そうにしてるよね。可哀想……」
アリッサは眉を顰めている。自分達がアイリーンに目の敵にされているせいで、仲の良い使用人夫婦の間に亀裂が入ってしまったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「目立ってはいないけれど、多少は影響が残っていると思うわ。夜も遅くてリリーを外に行かせるのは……」
「マシューのところにこっちから行ければいいんだけどね。エミリーがいないと転移もできないしさ。……うーん。……マシューにこっちに来てもらおうよ」
「手紙で呼び出すのね?」
「うん。エミリーの一大事なら、飛んでくると思うんだ」
◆◆◆
かくして、マリナはマシューに宛てて短い手紙を書き、独身寮までロイドに持っていかせた。
「エミリーが帰りません。ご相談いたしたく、お待ち申し上げております。マリナ・ハーリオン」
とだけ簡潔に書かれている手紙を見れば、マシューは事態が呑み込めるだろう。
ロイドが出ていって十分もたたないうちに、部屋の中央が白い光を放ち始めた。
「来たよ」
マシューがいつ来てもいいように、三人は普段着に着替えて待っていた。眩い光が消え、中から黒衣の魔導士が現れた。マリナの居所に転移先の座標を合わせて来たのか、転移した先が女子寮の寝室だと気づき、流石の彼も動揺している。
「お運びいただいて申し訳ございません、マシュー先生」
マリナは恭しくお辞儀をした。アリッサがおどおどして背の高い彼を見上げ、ジュリアはベッドから下りて椅子の背もたれを前にして跨った。
「エミリーが戻らないとは、どういうことだ?」
焦りの表情を浮かべたマシューは、挨拶もそこそこに本題に入った。他人に話しかけても自分から話そうとしないような彼が、三姉妹に食らいつきそうになっている。
「消灯時刻より前に、誰かに呼び出されて出て行ったのです。風魔法で伝わったようですが、私達には分かりませんでした」
「出ていく時に、自分が戻らなかったら先生に聞くようにって言ってたんです」
「何か悪い予感がしたのかも」
はっとしたマシューの赤い左目が魔力を湛えて光った。
「エミリーに渡した腕輪は、魔法攻撃も物理攻撃も跳ね返す強力な効果がある。滅多なことでは危害を加えられないはずだ」
「居所が分かりますか?妹は、今どこに?」
静かに頷くと、マシューは空中に手をかざした。四角い画面のようなものが浮かび上がる。
――近未来のナントカみたいだ!
ジュリアは一人興奮を抑えられなかった。目の前の画面にあるのは、王立学院を上空から見た図だった。
「腕輪には特異な波動を出すよう仕掛けてある」
――GPSか!
身を乗り出したジュリアをマリナが後ろから引っ張った。
「こうして、俺が地図を示せば、エミリーの居所が……ん?」
「どうしたんですか?」
実家から持ってきたぬいぐるみを抱きしめて不安を和らげているアリッサが、びくりと身体を震わせた。
「エミリーちゃんに何かあったんですか!?やっぱり、行かせるんじゃなかった……」
半分泣きそうになっている。
「……この場所……今は使われていない旧校舎だな。いや、何かに使っていた気がしたが、思い出せん」
「あの、先生。この腕輪の場所の他にも、点滅している赤や青の光のようなものが見えるのですが、これは何ですか?」
「俺が広げた地図は、魔力の発生源を感知するようになっている。腕輪だけではなく、個人が発する魔力もだ。色は魔法の主属性を示している。つまり……エミリーの腕輪の傍に、光属性の者がいる、ということか。かなり強力だな」
「まさか、アイリーンか?」
「そんなぁ、どうして旧校舎に……」
マシューはマリナの肩を叩き、赤い瞳を隠そうともせずに静かに頷いた。
「エミリーは俺が助け出す。……心配するな」
三対のアメジストの瞳に見つめられ、マシューは無詠唱で部屋から転移して行った。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる