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閑話 占い師カルボナーラ
占い師カルボナーラ 2
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ジュリアは剣の店のロジャーとの話を包み隠さずチェルシーに話した。短い金髪の少年は、かつらとローブとベールで女性占い師になりすましているのだ。チェルシーとは占い師をしている時の名前らしい。本名は教えてくれなかった。
「ふーん。つまり、あんたはお金がない?」
「そうなんだ。カッコいい剣を買ってプレゼントしようと思ったのに」
「金持ちなんだろ?親に言って買ってもらえよ」
「ダメだよ。私のお金で買いたいの!」
「面倒な奴だな……よっし、分かった!」
チェルシーは手をポンと打った。ジュリアはどこか既視感を覚えたが、何だったか思い出せない。
「俺が昼飯を食う間、代わりにあんたが占いをするんだ。その時間の儲けは持ってっていいよ。あんたは金が手に入るし、俺はゆっくり飯が食える」
「いいの?」
「いいのいいの。評判が良すぎて客足が絶えなくてさ。パンをかじりながら占いをするわけにもいかねえし」
「それもそうだけど、私、占いなんかできないよ?魔力もないもん」
チェルシーは手をひらひらさせて、まあまあ、とジュリアを宥める。
「客に悩みを話させて、水晶玉を見ながら適当なこと言ってりゃいいから」
「うわ、詐欺じゃん……」
「そんなことないぜ?俺の助言はなかなかのもんなんだ。その証拠に客が途絶えないんだ」
口コミで広がってるのだろうとジュリアは思う。チェルシー少年のざっくりした歯に衣着せぬ言い方が、かえって客の心を掴んでいるのかもしれない。
「うん。本当に私がやっていいんだよね?」
「いいよ。いつからにする?毎日じゃなくてもいいよ。あんたが来れる時でいい」
チェルシーの身代わりとして、ジュリアは早速その日から、彼の昼食時間である小一時間程度、占い師をすることになった。黒いローブを着てベールを顔につければ誰か全く分からない。完璧な変装だ。知り合いに会っても、侯爵令嬢が市場で怪しい占いのアルバイトをしていたと言いふらされない程度に正体不明だった。
「いいじゃん、で、あんたの名前は?」
「ジュリアだよ」
「じゃなくて、占い師の名前。一応、俺の弟子ってことにしとく」
「名前か……」
ジュリアは常日頃からネーミングセンスがないと姉妹に言われている。先日拾った子猫に『シロ』『クロ』『ミケ』とつけたら、マリナに芸がないと言われた。そこで、『ひろし』『はるえ』『トシ』と前世の両親と祖母の名前をつけたら、アリッサにロマンチックじゃないと半べそをかかれた。困って今度は『セドリック』『レイモンド』『マシュー』と名付けたら、恥ずかしくて呼べないとエミリーに魔法で攻撃された。
「何でもいいんだぜ?俺は姉ちゃんの名前を借りてる。……もういないけどな」
「そっか……」
何も考えないジュリアでも流石にしんみりした。亡くなった姉の名を使うなんて、彼もつらい思いをしたのだろうと思った。
「行商の男に惚れちまってさ、いきなり店を捨てて出ていくって言うんだぜ。固定客もいるってのに、困ったもんだよな」
――ああ、そっちか。
姉の身代わりで始めた偽占い師がすっかり板についているのだ。まだ少年だから誤魔化せるが、ゴツくなったらどうするのだろう。
「うわー。超腹減ってきた。ほら、匂いがすんじゃん。うまそうなチーズの匂い!」
「本当だ」
ジュリアの鼻に濃厚なチーズの香りが届いた。少し焦げた肉の匂いもするようだ。
「これ……カルボナーラ?」
「かるぼ……何だ、それ?」
――こっちの世界にはないんだっけ?
「ああ、あんたの名前はそれな。チェルシーの弟子、カルボナーラ!今日からしっかり頑張れよ。じゃ、俺は飯に行ってくる!」
ローブを脱いで身軽になったチェルシーは、あっという間に市場の雑踏に消えた。
◆◆◆
チェルシーに言われた通り、ジュリアは占い師の格好をして、テントの中の椅子に座り、おもむろに水晶玉に手をかざしていた。彼の説明では、手を近づけると水晶玉の中がいろいろな色に光るらしい。
「はったりをかますための小道具だ」
とチェルシーは言っていた。それらしい道具はどこの世界にも必要なのだ。
光る水晶玉を見ながら適当に話せとのことだった。
ジュリアが手をかざすと、水晶玉は青く光った。一度手を離し、再び近づけると今度は黄色く光る。
――面白い!
夢中になって水晶玉をキラキラさせていると、テントの外から声がかかった。
「あの……カルボナーラ先生、入ってもよろしいでしょうか」
初老の紳士のようだ。
――おじさんも来るんだ?どうしよう、商売とか政治の話だったら……。
「どうぞっ!」
気合を入れて腹の底から声を出すと、テントの外の人影が震えた。
「はっ、では。……殿下、どうぞ」
――え?デンカって聞こえたけど……。
フードを目深に被り、ジュリアは水晶玉を見つめて俯いた。
やがて、先ほどの初老の紳士によってテントの内側のカーテンが開かれ、青地に金糸の刺繍がされた、一見して高価だと分かる上着を纏った王太子セドリックが、華やかな王子スマイルを浮かべて入ってきた。
「あなたはとても評判がいいようですね」
――評判がいいのは師匠のチェルシーだよ!
とツッコミを入れようかと迷っていると、セドリックは間髪置かずに本題に入った。
「僕の悩みは、恋愛について、なんだけど……」
「ふーん。つまり、あんたはお金がない?」
「そうなんだ。カッコいい剣を買ってプレゼントしようと思ったのに」
「金持ちなんだろ?親に言って買ってもらえよ」
「ダメだよ。私のお金で買いたいの!」
「面倒な奴だな……よっし、分かった!」
チェルシーは手をポンと打った。ジュリアはどこか既視感を覚えたが、何だったか思い出せない。
「俺が昼飯を食う間、代わりにあんたが占いをするんだ。その時間の儲けは持ってっていいよ。あんたは金が手に入るし、俺はゆっくり飯が食える」
「いいの?」
「いいのいいの。評判が良すぎて客足が絶えなくてさ。パンをかじりながら占いをするわけにもいかねえし」
「それもそうだけど、私、占いなんかできないよ?魔力もないもん」
チェルシーは手をひらひらさせて、まあまあ、とジュリアを宥める。
「客に悩みを話させて、水晶玉を見ながら適当なこと言ってりゃいいから」
「うわ、詐欺じゃん……」
「そんなことないぜ?俺の助言はなかなかのもんなんだ。その証拠に客が途絶えないんだ」
口コミで広がってるのだろうとジュリアは思う。チェルシー少年のざっくりした歯に衣着せぬ言い方が、かえって客の心を掴んでいるのかもしれない。
「うん。本当に私がやっていいんだよね?」
「いいよ。いつからにする?毎日じゃなくてもいいよ。あんたが来れる時でいい」
チェルシーの身代わりとして、ジュリアは早速その日から、彼の昼食時間である小一時間程度、占い師をすることになった。黒いローブを着てベールを顔につければ誰か全く分からない。完璧な変装だ。知り合いに会っても、侯爵令嬢が市場で怪しい占いのアルバイトをしていたと言いふらされない程度に正体不明だった。
「いいじゃん、で、あんたの名前は?」
「ジュリアだよ」
「じゃなくて、占い師の名前。一応、俺の弟子ってことにしとく」
「名前か……」
ジュリアは常日頃からネーミングセンスがないと姉妹に言われている。先日拾った子猫に『シロ』『クロ』『ミケ』とつけたら、マリナに芸がないと言われた。そこで、『ひろし』『はるえ』『トシ』と前世の両親と祖母の名前をつけたら、アリッサにロマンチックじゃないと半べそをかかれた。困って今度は『セドリック』『レイモンド』『マシュー』と名付けたら、恥ずかしくて呼べないとエミリーに魔法で攻撃された。
「何でもいいんだぜ?俺は姉ちゃんの名前を借りてる。……もういないけどな」
「そっか……」
何も考えないジュリアでも流石にしんみりした。亡くなった姉の名を使うなんて、彼もつらい思いをしたのだろうと思った。
「行商の男に惚れちまってさ、いきなり店を捨てて出ていくって言うんだぜ。固定客もいるってのに、困ったもんだよな」
――ああ、そっちか。
姉の身代わりで始めた偽占い師がすっかり板についているのだ。まだ少年だから誤魔化せるが、ゴツくなったらどうするのだろう。
「うわー。超腹減ってきた。ほら、匂いがすんじゃん。うまそうなチーズの匂い!」
「本当だ」
ジュリアの鼻に濃厚なチーズの香りが届いた。少し焦げた肉の匂いもするようだ。
「これ……カルボナーラ?」
「かるぼ……何だ、それ?」
――こっちの世界にはないんだっけ?
「ああ、あんたの名前はそれな。チェルシーの弟子、カルボナーラ!今日からしっかり頑張れよ。じゃ、俺は飯に行ってくる!」
ローブを脱いで身軽になったチェルシーは、あっという間に市場の雑踏に消えた。
◆◆◆
チェルシーに言われた通り、ジュリアは占い師の格好をして、テントの中の椅子に座り、おもむろに水晶玉に手をかざしていた。彼の説明では、手を近づけると水晶玉の中がいろいろな色に光るらしい。
「はったりをかますための小道具だ」
とチェルシーは言っていた。それらしい道具はどこの世界にも必要なのだ。
光る水晶玉を見ながら適当に話せとのことだった。
ジュリアが手をかざすと、水晶玉は青く光った。一度手を離し、再び近づけると今度は黄色く光る。
――面白い!
夢中になって水晶玉をキラキラさせていると、テントの外から声がかかった。
「あの……カルボナーラ先生、入ってもよろしいでしょうか」
初老の紳士のようだ。
――おじさんも来るんだ?どうしよう、商売とか政治の話だったら……。
「どうぞっ!」
気合を入れて腹の底から声を出すと、テントの外の人影が震えた。
「はっ、では。……殿下、どうぞ」
――え?デンカって聞こえたけど……。
フードを目深に被り、ジュリアは水晶玉を見つめて俯いた。
やがて、先ほどの初老の紳士によってテントの内側のカーテンが開かれ、青地に金糸の刺繍がされた、一見して高価だと分かる上着を纏った王太子セドリックが、華やかな王子スマイルを浮かべて入ってきた。
「あなたはとても評判がいいようですね」
――評判がいいのは師匠のチェルシーだよ!
とツッコミを入れようかと迷っていると、セドリックは間髪置かずに本題に入った。
「僕の悩みは、恋愛について、なんだけど……」
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