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閑話 占い師カルボナーラ

占い師カルボナーラ 3

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「僕には一つ年下の婚約者がいて、事情があって離れて暮らしているんだ」
セドリックは溜息交じりに呟く。
「結婚していないなら、離れていて当たり前でしょ」
「う、うん。普通はそうだよね……」
王族の妃は、結婚前に花嫁修業の一環で王宮に暮らすこともある。セドリックはマリナに王宮で暮らしてほしいらしい。
「僕は学生だから、学校から簡単には出られなくて、彼女に会いに行くこともできないんだ」
「今こうして市場に来てるのは?」
「視察の行程に入れてもらったんだ。でも、彼女の家を視察先にはできないよ」
王族の視察先が一介の貴族の家だなんて聞いたことはない。ジュリアはどうアドバイスをしたらいいものかと悩んでいた。
「思い切って彼女に会いに行くべきかな?僕はそれで気持ちが満たされるけど、彼女は……」
「迷惑かもしれないよ?」
セドリックが前触れもなく家に押しかけてきたら、マリナは顎が外れそうなくらい驚くだろう。
――お父様とお母様もびっくりしちゃうし、何としてでも食い止めなくっちゃ。
「僕に会えて嬉しいとか」
「言わないと思う」
「君、随分きついことを言うんだね……」
「仕事だからね」

ここで、ジュリアは思い出したように水晶玉に手をかざした。
バチバチ……水晶玉の中で稲光が起き、全体が赤く発光した。セドリックは目を丸くして様子を見ている。
「赤くなった……えっと……」
「どういう意味かな」
「赤、赤……赤いもの……そうだ!口紅!」
「口紅?化粧品を贈ればいいのかな?」
「うん、そ、そう!『次に僕に会う時につけてきてね』って手紙でも書いたらいいと思うんだなっ!」
ジュリアは口から出まかせを並べた。口紅ならもらってもマリナは迷惑に思わないだろう。
「そうか……うん!ありがとう。口紅を贈ることにするよ。手紙を添えてね」
晴れやかな笑顔になった王太子は、侍従に言って金貨を十枚差し出した。
「こ……こんなに!?」
「これくらいじゃ足りないだろうけど、今は生憎あまり持ち合わせがなくてね。近いうちにお礼をするよ」

   ◆◆◆

セドリックの後も、何人もの客に適当なアドバイスをして、ジュリアは広場に待たせていたハーリオン家の馬車で帰宅した。馬車から下りたジュリアに
「ジュ、ジュリアちゃん!助けて!」
とアリッサが転びそうになりながら走り出てきた。
「賊か?」
「ううん。マリナちゃんが、マリナちゃんがぁあああ」
「マリナはどこに?」
「お部屋に」
大泣きし始めたアリッサを置いて、ジュリアは二段飛ばしで階段を駆け上がり、姉妹の部屋に入った。
「マリナ!どうしたの!」
姉の一大事だ。自分が一肌でも二肌でも脱いでやる!とジュリアは意気込んだ。

「……ジュリア……」
美しい装飾がされたテーブルにうつ伏せになっていたマリナが顔を上げた。髪の毛が乱れ、ホラー映画のようになっている。
「う……」
「これ……これよぉ……」
顔が醜く歪み、マリナは声にならない声で絶叫した。
投げられたのは……手紙だった。拾ってみると、王太子の印で封がされていて、中の手紙を取り出して読んだ。
「……うわっ!」

『愛するマリナへ
元気でやっているかな。
君に似合う口紅を見つけたよ。次に会う時につけてくれるとうれしいな。
口紅が全部なくなるくらい、君の唇を味わいたいよ
セドリック』

「ありえないわ!」
「マジか!ってくらいキモいね、殿下」
「今まで化粧品なんかくれたことなかったのよ。どういう風の吹き回しかしら。怖いわ、どうしよう!」
――ゴメン!マリナ。私が適当なこと言ったから……。
混乱するマリナの肩を抱き、ジュリアは心の中で土下座した。

   ◆◆◆

翌日。
市場の外れにボロテントを探したジュリアは、チェルシーの店が見つけられなかった。
「あれ?引っ越したのかな?」
キョロキョロと見回し、近くの雑貨店で尋ねた。
「あれ、知らないのかいあんた。チェルシーの奴、テントじゃなくて本物の店を出したんだよ」

教えられた場所に向かうと、木造の中古家屋のような店があり、真新しい看板に『チェルシーとカルボナーラの占いの店』と書いてある。『とカルボナーラ』のところは、後から彼が書き足したのか、字がよれよれでペンキが少し垂れ、お化け屋敷の文字のようだった。
「お、カルボナーラ!来たか」
店の前で普段着姿のチェルシーが手招きする。
「どうしたの、これ」
「常設店舗を借りられたんだ。あんたが帰った後で、何だかすっげえ金持ちそうなおっさんが、袋にドーンと金貨をくれてさ」
セドリックの侍従だろう。それで敷金を払って、チェルシーは店を借りたのだ。
「よく分かんねえけど、あんたのおかげだよ。ありがとうな!……じゃ、今日もよろしくな」
言うが早いが、チェルシーは店を飛び出していく。先ほどから骨付き肉が焼ける美味しそうな匂いがしていたのだ。

ジュリアは占い師の衣装に身を包んだ。いつもと違う服装になると、身が引き締まる心地がする。
「板についてきたかも」
顔にベールをつけていると、外から声がかかった。
「入ってもいいか」
――あ、この声!
これから来る災難に、ジュリアは身を固くした。
バサリ。
遠慮なくカーテンが開けられ、春の光が差し込む。
眩しさに目を瞑り、ゆっくりと目を開けると、薄緑色の上着に白いズボンを穿いた、全体的に白っぽいレイモンドが上から目線でジュリアを見下ろしていた。
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