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学院編 7 学院祭、当日
181 悪役令嬢は道先案内人
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演奏会が終わり、セドリックは国王夫妻や学院長と普通科教室へ移動しようとしていた。演奏者と国王夫妻が談話している。少し時間がかかりそうだ。
――今のうちに、アリッサのところへ。
セドリックから、アリッサはうまくやったと聞かされていたが、当日になってとんでもない事件が起こり、泣き虫の彼女がどれほど心細かったかと胸が締め付けられた。
「この場はセドリック様にお任せして……」
そっと講堂を抜け出し、通路を渡って校舎に入る。と、
ドン!
「きゃっ!……申し訳ございません!」
――考え事をしていたから……。何てこと!
即座に謝って顔を上げる。マリナは一気に血の気が引くのが分かった。
「あ……」
「お久しぶりですね、王太子妃候補のお嬢さん」
口の端に皮肉な笑みを浮かべながら、グレゴリー・エンフィールド侯爵は艶のある声でマリナに挨拶をした。首を傾げると、肩までの波打つ金の髪が光を弾いて煌めく。
「ほ、本日は王立学院祭へようこそおいでくださいました。楽しんでいってください……では」
いい言葉が浮かばなかった。表情筋がうまく動かず、令嬢スマイルが作れそうにない。
「楽しむ?……ああ、私も俄然楽しくなってきたよ」
――楽しまなくていいってば!
目の前の男を蹴とばして逃げたいとマリナは思ったが、廊下を行き交う生徒達に不審に思われてしまう。何より、未来の王太子妃ともあろう者が、高位貴族の侯爵を足蹴にするなどあってはならないことだ。自分のみならずセドリックの評価を下げることになる。
「そ、そうですの。……私は仕事がございますので、失礼いたしま、す、わっ」
言い切らないうちに制服の腕を掴まれた。
「何をなさいますの」
思いがけず声が震えた。
「校内が広くて迷ってしまってね。君も知っているだろう?私はエンフィールド家の直系ではない平民の生まれだから、学院に通ったことがないんだ」
この人はこんな人だっただろうか?とマリナは記憶を辿る。
――殺されかけた記憶しかないわ。
ついでに、彼の股間を思い切り蹴り上げたことしか覚えていなかった。
「申し訳ございません、エンフィールド侯爵様。私は生徒会の仕事がございます。お一人で……」
小声で断りの言葉を連ねた時、エンフィールドが大袈裟に喜んだ。
「ああ、君はなんて親切なんだ。ありがとう、マリナ嬢!」
――な、何?
「私を案内してくれるんだね!」
周囲の生徒に聞こえるような大きな声で礼を述べた彼は、茶色の瞳をギラギラさせてマリナを見下ろし、薄い唇を歪めて愉しそうに微笑んだ。
◆◆◆
更衣室から出て、ぐいぐいと手を引いて先を歩くエミリーに、キースが弱々しく歌えた。
「アリッサさん、僕はもうすぐ魔法ショーの出番なんです。会場に行かないと……」
エミリーが着替えを手伝った服の上に、長い白ローブを着ている。光属性を持っている彼は、宮廷魔導士のうち治癒魔導士が着るのを許されている白ローブを真似ているのだ。折角の服が隠れてしまっている。
「誰か、実行委員がいるでしょ」
「総括責任者が不在では……」
ぴたりと足が止まる。エミリーは振り向いて、キースの瞳を見つめた。
「あなたが魔法ショーに出る時間は決まっている。罠にかけるなら、確実にそこにいる時を狙う」
「何を言って……」
「気づかないの?」
はあ、とピンク色の小さな唇から溜息が漏れる。
「犯人はあなたに罪をなすりつけて逃げようとしているの。一人でいる時間を狙ってスタンリーを誘拐しただけでは、決定打にならない」
「僕はやっていませんっ」
「あなたが魔法ショーのステージに立つ時間、そこにいるのはキース、あなただけ……言い逃れはできない」
はっとキースの顔色が変わる。
「スタンリーを傷つけた犯人があなただと決定づける何かが起こる……そんな気がする」
アメジストの瞳が強い視線でキースを射抜く。
「そんな……僕は、どうしたら……ショーに穴を空けるわけには……」
さらさらと癖のない紫色の髪を揺らし、キースは頭を振った。
「ショーで披露する予定だった魔法は何?」
「ええと、僕は水・土・風・光の四属性の魔法を使うつもりでした。先に土魔法で花を咲かせ、風魔法で花びらを散らし、水魔法で飛沫を高く上げて。最後に光魔法で虹を出そうと思っていました」
水魔法と光魔法で虹を出すとは、キースはなかなか考えたようだ。
「光魔法は弱くていいのね」
「はい。虹が見えればそれで。『閃光』より『光輝』くらいでいいかなって」
「……そう。で、魔法の発動順は何かに書いてある?」
「会場でプログラムを配っています。僕のところには花吹雪と虹と書いてあるはずです」
廊下で立ち止まったまま、エミリーは沈黙した。
キースが四属性持ちであることは、魔法科の生徒なら皆知っている。勿論、アイリーンもだ。スタンリーに酷い怪我をさせたのがアイリーンかどうかは関係がない。キースが怪しまれるように証言をして、魔法暴行犯に仕立てようとしていることが問題なのだ。キースを確実に犯人にしたいなら、一人になる魔法ショーを逃すはずがない。
「……エミリーさん?」
「キース、ローブを貸して」
「はっ?」
「演劇の魔導士役、やってくれない?」
「あれはエミリーさんが出演するはずでは?それに、魔法ショーの時間が……」
焦って捲し立てるキースの腕に触れ、エミリーは転移魔法を発動させた。演劇が行われる講堂まで彼を転移させる。
「あ、待って……!」
白い光に包まれたキースの耳に
「……魔法ショーは、私が出る」
とエミリーが低く囁いた。
――今のうちに、アリッサのところへ。
セドリックから、アリッサはうまくやったと聞かされていたが、当日になってとんでもない事件が起こり、泣き虫の彼女がどれほど心細かったかと胸が締め付けられた。
「この場はセドリック様にお任せして……」
そっと講堂を抜け出し、通路を渡って校舎に入る。と、
ドン!
「きゃっ!……申し訳ございません!」
――考え事をしていたから……。何てこと!
即座に謝って顔を上げる。マリナは一気に血の気が引くのが分かった。
「あ……」
「お久しぶりですね、王太子妃候補のお嬢さん」
口の端に皮肉な笑みを浮かべながら、グレゴリー・エンフィールド侯爵は艶のある声でマリナに挨拶をした。首を傾げると、肩までの波打つ金の髪が光を弾いて煌めく。
「ほ、本日は王立学院祭へようこそおいでくださいました。楽しんでいってください……では」
いい言葉が浮かばなかった。表情筋がうまく動かず、令嬢スマイルが作れそうにない。
「楽しむ?……ああ、私も俄然楽しくなってきたよ」
――楽しまなくていいってば!
目の前の男を蹴とばして逃げたいとマリナは思ったが、廊下を行き交う生徒達に不審に思われてしまう。何より、未来の王太子妃ともあろう者が、高位貴族の侯爵を足蹴にするなどあってはならないことだ。自分のみならずセドリックの評価を下げることになる。
「そ、そうですの。……私は仕事がございますので、失礼いたしま、す、わっ」
言い切らないうちに制服の腕を掴まれた。
「何をなさいますの」
思いがけず声が震えた。
「校内が広くて迷ってしまってね。君も知っているだろう?私はエンフィールド家の直系ではない平民の生まれだから、学院に通ったことがないんだ」
この人はこんな人だっただろうか?とマリナは記憶を辿る。
――殺されかけた記憶しかないわ。
ついでに、彼の股間を思い切り蹴り上げたことしか覚えていなかった。
「申し訳ございません、エンフィールド侯爵様。私は生徒会の仕事がございます。お一人で……」
小声で断りの言葉を連ねた時、エンフィールドが大袈裟に喜んだ。
「ああ、君はなんて親切なんだ。ありがとう、マリナ嬢!」
――な、何?
「私を案内してくれるんだね!」
周囲の生徒に聞こえるような大きな声で礼を述べた彼は、茶色の瞳をギラギラさせてマリナを見下ろし、薄い唇を歪めて愉しそうに微笑んだ。
◆◆◆
更衣室から出て、ぐいぐいと手を引いて先を歩くエミリーに、キースが弱々しく歌えた。
「アリッサさん、僕はもうすぐ魔法ショーの出番なんです。会場に行かないと……」
エミリーが着替えを手伝った服の上に、長い白ローブを着ている。光属性を持っている彼は、宮廷魔導士のうち治癒魔導士が着るのを許されている白ローブを真似ているのだ。折角の服が隠れてしまっている。
「誰か、実行委員がいるでしょ」
「総括責任者が不在では……」
ぴたりと足が止まる。エミリーは振り向いて、キースの瞳を見つめた。
「あなたが魔法ショーに出る時間は決まっている。罠にかけるなら、確実にそこにいる時を狙う」
「何を言って……」
「気づかないの?」
はあ、とピンク色の小さな唇から溜息が漏れる。
「犯人はあなたに罪をなすりつけて逃げようとしているの。一人でいる時間を狙ってスタンリーを誘拐しただけでは、決定打にならない」
「僕はやっていませんっ」
「あなたが魔法ショーのステージに立つ時間、そこにいるのはキース、あなただけ……言い逃れはできない」
はっとキースの顔色が変わる。
「スタンリーを傷つけた犯人があなただと決定づける何かが起こる……そんな気がする」
アメジストの瞳が強い視線でキースを射抜く。
「そんな……僕は、どうしたら……ショーに穴を空けるわけには……」
さらさらと癖のない紫色の髪を揺らし、キースは頭を振った。
「ショーで披露する予定だった魔法は何?」
「ええと、僕は水・土・風・光の四属性の魔法を使うつもりでした。先に土魔法で花を咲かせ、風魔法で花びらを散らし、水魔法で飛沫を高く上げて。最後に光魔法で虹を出そうと思っていました」
水魔法と光魔法で虹を出すとは、キースはなかなか考えたようだ。
「光魔法は弱くていいのね」
「はい。虹が見えればそれで。『閃光』より『光輝』くらいでいいかなって」
「……そう。で、魔法の発動順は何かに書いてある?」
「会場でプログラムを配っています。僕のところには花吹雪と虹と書いてあるはずです」
廊下で立ち止まったまま、エミリーは沈黙した。
キースが四属性持ちであることは、魔法科の生徒なら皆知っている。勿論、アイリーンもだ。スタンリーに酷い怪我をさせたのがアイリーンかどうかは関係がない。キースが怪しまれるように証言をして、魔法暴行犯に仕立てようとしていることが問題なのだ。キースを確実に犯人にしたいなら、一人になる魔法ショーを逃すはずがない。
「……エミリーさん?」
「キース、ローブを貸して」
「はっ?」
「演劇の魔導士役、やってくれない?」
「あれはエミリーさんが出演するはずでは?それに、魔法ショーの時間が……」
焦って捲し立てるキースの腕に触れ、エミリーは転移魔法を発動させた。演劇が行われる講堂まで彼を転移させる。
「あ、待って……!」
白い光に包まれたキースの耳に
「……魔法ショーは、私が出る」
とエミリーが低く囁いた。
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