悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

文字の大きさ
337 / 794
学院編 7 学院祭、当日

181 悪役令嬢は道先案内人

しおりを挟む
演奏会が終わり、セドリックは国王夫妻や学院長と普通科教室へ移動しようとしていた。演奏者と国王夫妻が談話している。少し時間がかかりそうだ。
――今のうちに、アリッサのところへ。
セドリックから、アリッサはうまくやったと聞かされていたが、当日になってとんでもない事件が起こり、泣き虫の彼女がどれほど心細かったかと胸が締め付けられた。
「この場はセドリック様にお任せして……」
そっと講堂を抜け出し、通路を渡って校舎に入る。と、
ドン!
「きゃっ!……申し訳ございません!」
――考え事をしていたから……。何てこと!
即座に謝って顔を上げる。マリナは一気に血の気が引くのが分かった。
「あ……」
「お久しぶりですね、王太子妃候補のお嬢さん」
口の端に皮肉な笑みを浮かべながら、グレゴリー・エンフィールド侯爵は艶のある声でマリナに挨拶をした。首を傾げると、肩までの波打つ金の髪が光を弾いて煌めく。

「ほ、本日は王立学院祭へようこそおいでくださいました。楽しんでいってください……では」
いい言葉が浮かばなかった。表情筋がうまく動かず、令嬢スマイルが作れそうにない。
「楽しむ?……ああ、私も俄然楽しくなってきたよ」
――楽しまなくていいってば!
目の前の男を蹴とばして逃げたいとマリナは思ったが、廊下を行き交う生徒達に不審に思われてしまう。何より、未来の王太子妃ともあろう者が、高位貴族の侯爵を足蹴にするなどあってはならないことだ。自分のみならずセドリックの評価を下げることになる。
「そ、そうですの。……私は仕事がございますので、失礼いたしま、す、わっ」
言い切らないうちに制服の腕を掴まれた。
「何をなさいますの」
思いがけず声が震えた。
「校内が広くて迷ってしまってね。君も知っているだろう?私はエンフィールド家の直系ではない平民の生まれだから、学院に通ったことがないんだ」
この人はこんな人だっただろうか?とマリナは記憶を辿る。
――殺されかけた記憶しかないわ。
ついでに、彼の股間を思い切り蹴り上げたことしか覚えていなかった。

「申し訳ございません、エンフィールド侯爵様。私は生徒会の仕事がございます。お一人で……」
小声で断りの言葉を連ねた時、エンフィールドが大袈裟に喜んだ。
「ああ、君はなんて親切なんだ。ありがとう、マリナ嬢!」
――な、何?
「私を案内してくれるんだね!」
周囲の生徒に聞こえるような大きな声で礼を述べた彼は、茶色の瞳をギラギラさせてマリナを見下ろし、薄い唇を歪めて愉しそうに微笑んだ。

   ◆◆◆

更衣室から出て、ぐいぐいと手を引いて先を歩くエミリーに、キースが弱々しく歌えた。
「アリッサさん、僕はもうすぐ魔法ショーの出番なんです。会場に行かないと……」
エミリーが着替えを手伝った服の上に、長い白ローブを着ている。光属性を持っている彼は、宮廷魔導士のうち治癒魔導士が着るのを許されている白ローブを真似ているのだ。折角の服が隠れてしまっている。
「誰か、実行委員がいるでしょ」
「総括責任者が不在では……」
ぴたりと足が止まる。エミリーは振り向いて、キースの瞳を見つめた。
「あなたが魔法ショーに出る時間は決まっている。罠にかけるなら、確実にそこにいる時を狙う」
「何を言って……」
「気づかないの?」
はあ、とピンク色の小さな唇から溜息が漏れる。
「犯人はあなたに罪をなすりつけて逃げようとしているの。一人でいる時間を狙ってスタンリーを誘拐しただけでは、決定打にならない」
「僕はやっていませんっ」
「あなたが魔法ショーのステージに立つ時間、そこにいるのはキース、あなただけ……言い逃れはできない」
はっとキースの顔色が変わる。
「スタンリーを傷つけた犯人があなただと決定づける何かが起こる……そんな気がする」
アメジストの瞳が強い視線でキースを射抜く。
「そんな……僕は、どうしたら……ショーに穴を空けるわけには……」
さらさらと癖のない紫色の髪を揺らし、キースは頭を振った。

「ショーで披露する予定だった魔法は何?」
「ええと、僕は水・土・風・光の四属性の魔法を使うつもりでした。先に土魔法で花を咲かせ、風魔法で花びらを散らし、水魔法で飛沫を高く上げて。最後に光魔法で虹を出そうと思っていました」
水魔法と光魔法で虹を出すとは、キースはなかなか考えたようだ。
「光魔法は弱くていいのね」
「はい。虹が見えればそれで。『閃光』より『光輝』くらいでいいかなって」
「……そう。で、魔法の発動順は何かに書いてある?」
「会場でプログラムを配っています。僕のところには花吹雪と虹と書いてあるはずです」

廊下で立ち止まったまま、エミリーは沈黙した。
キースが四属性持ちであることは、魔法科の生徒なら皆知っている。勿論、アイリーンもだ。スタンリーに酷い怪我をさせたのがアイリーンかどうかは関係がない。キースが怪しまれるように証言をして、魔法暴行犯に仕立てようとしていることが問題なのだ。キースを確実に犯人にしたいなら、一人になる魔法ショーを逃すはずがない。
「……エミリーさん?」
「キース、ローブを貸して」
「はっ?」
「演劇の魔導士役、やってくれない?」
「あれはエミリーさんが出演するはずでは?それに、魔法ショーの時間が……」
焦って捲し立てるキースの腕に触れ、エミリーは転移魔法を発動させた。演劇が行われる講堂まで彼を転移させる。
「あ、待って……!」
白い光に包まれたキースの耳に
「……魔法ショーは、私が出る」
とエミリーが低く囁いた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。 困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。 さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず…… ────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの? ────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……? などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。 そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……? ついには、主人公を溺愛するように! ────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...