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学院編 10 忍び寄る破滅

323 悪役令嬢は姉妹喧嘩をする

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夜中に起こされてから眠れず、朝も眠気から来るハイテンションで登校準備をしていた姉達に振り回され、エミリーはかなり早く教室に着いた。誰もいない教室で机にうつ伏せて寝ていると、窓から低い角度で入ってくる冬の日差しが鬱陶しい。
「……」
自分の机の周りだけを闇で包み、入ってきた生徒が驚かないように弱く結界を張る。結界の中は闇が満たしているが、外には漏れないので広がらない。最低限の配慮だ。
「おはようござ……あれ、誰もいない?」
ドアが開いて、聞きなれた声がする。すぐにトタトタと足音が近づき、エミリーの結界に触れた。
「エミリーさん、随分早かったんですね」
「……」
「エミリーさん?」
「……」
「もしかして、寝ているんですか?」
キースは指先から光魔法を放ち、エミリーの結界を突いた。ごく弱い結界はすぐに砕け、闇が辺りに拡散していく。教室の中が薄暗くなったが、外の光でエミリーの銀髪がきらきらと輝いている。

「……寝て、いるんです、よね?」
エミリーの机に腕を置き、天板の高さに視線を合わせて屈むと、エミリーの顔が良く見えた。腕に頬を当てて横を向いている彼女は、人形のように美しかった。銀色の長い睫毛が伏せられ、化粧をしていないのに赤い唇からは微かな吐息が漏れている。キースは息を呑んだ。
指先でそっと流れる銀髪を撫でる。瞼が震えた気がしてさっと手を引っ込め、また恐る恐る手を伸ばす。頬を撫で首筋へと、陶器のように白い肌の感触にキースは酔いしれた。彼女の魔力が好きなのではない、彼女自身に惹かれているのだと自覚せずにはいられなかった。
「ん……」
「あっ!」
つい声を上げ、目を開けたエミリーと見つめ合ってしまう。
「……キース?」
「おはようございます、エミリーさん」
「……おはよ。ねえ、今、触った?」
「へ……い、いえいえいえいえ。気のせいですってば」
「そう……。寝るから、起こして」
「は、はい。どうぞ、ごゆっくり!」
瞳を閉じたエミリーの寝顔に見とれ、キースは深く溜息をついた。

   ◆◆◆

「……帰りたいわ」
二時間目が終わった段階で、マリナは既に弱音を吐いていた。
何処へ行っても生徒達の好奇の視線に晒され、廊下ではセディマリFCから質問攻めにあった。
「質問されても……私だって分からないわよ」
アリッサは困った顔でおろおろするばかりで、二人でいても何の解決策も見いだせない。
「今までの噂と違って、今回は本当のお話みたいだものね」
「噂の自然消滅は難しそうだわ」
「今朝の女子寮でも、すっごく噂になってたもの」
「フローラが火に油を注いだわよね。……ねえ、アリッサ」
「なあに?」
「あの子……フローラはあなたの友達?」
姉の質問にアリッサは首を傾げた。今さら何を言っているのだろうという顔だ。
「お友達だよ?……私、あんまりお友達いないから、ちゃんとお話できるのってフローラちゃんくらいで」
「そう……」

視線を逸らして窓を見たマリナに、アリッサは嫌な予感を禁じ得ない。話すのをやめたのがその証拠だ。
「なあに?言いたいことがあるなら言って」
「フローラには、用心したほうがいいわ」
「どういうこと?今朝食堂で噂がどうのって騒いだから、マリナちゃんは」
「違うわ。噂は関係ないの。私はただ……」
セドリックの話では、フローラはレイモンドに執着している。レイモンドの婚約者であるアリッサは彼女にとって邪魔な存在だろう。表面上仲良くは見えるが、これから先どんな嫌がらせを受けるか分かったものではない。
「フローラちゃんは噂好きだけど、悪い子じゃないもん。マリナちゃんは、自分が噂になってフローラちゃんが騒ぐから面白くないのね」
「アリッサ、そうじゃな……」
「自分に都合が悪いからって、私のお友達を悪く言うのはやめて」
マリナは何を言っても無駄だと悟った。アリッサをすっかり怒らせてしまった。彼女は自分の席で授業の準備を始め、こちらを見ようとはしない。帰りは一緒に帰るのだろうが、しばらく満足に会話ができないかもしれない。
「……はあ」
マリナの口からはもう、言葉は出なかった。

   ◆◆◆

「ジューリーアちゃん!一緒に練習場に行こう」
細身の剣を持ち、満面の笑みを浮かべたレナードは、四時間目が終わるや否やジュリアのところへやってきた。
「えー?先に食堂でしょ」
「食べてからだと練習場が混むから、さっと練習してお昼にしようよ」
「お腹すいちゃうじゃん」
ジュリアは自分の腹を撫でた。しなやかな筋肉がついた平らな腹は、既に軽く音を立てている。
「いいの。練習してから食べる食事は格別だよ?」
軽くウインクしたレナードは、ジュリアに剣を持たせてさり気なく手を引いた。
「あ……」
「ん?何かな」
「何でもない」
――手、繋いだことあったかな?
「急ごう」
ぐっと握られ、指と指が絡められた。アレックスと手を繋ぐ時と同じだ。
――や、ダメ!
思わず手を振りほどいた。先を歩いていたレナードが振り返る。
「……ジュリアちゃん?」
「あ、……ごめん。ちょっとびっくりして」
俯いたまましどろもどろで言うと、
「いいって。俺の方こそ、馴れ馴れしくしてごめんね」
と優しい声が返ってきた。気遣ってくれているのだと思い視線を上げる。
――っ!!
強くジュリアを見つめるレナードの瞳は、見たことがないほど昏い輝きに満ちていた。

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