悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 11 銀雪祭の夜は更けて

340 悪役令嬢はケダモノを追い払う

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「……転移ミスった?」
エミリーが立っているのはどう見ても講堂の中だ。広い部屋だと言っても、自分が先ほどいた場所から、二十メートルと離れていない。
「アリッサを探して転移したのに……」
色鮮やかなドレスの群れを抜け、すれ違いざまに白い目で見られながら、エミリーはアリッサがいそうな壁際を歩く。レイモンドがいなくても、ダンスが苦手なアリッサは他の男子生徒に申し込まれても断るだろう。間違いなく壁の花になっているはずだ。
――外に出たのか?寒いのに。
窓から見える外の景色は真っ暗になっている。シャンデリアが明るく照らしている講堂の様子が窓ガラスに映り、外の様子はほとんど見えない。窓に顔を近づけて目を凝らす。ふと、傍にあったカーテンに目が留まった。カーテンを背後に垂らせば、講堂の明るさは気にならなくなるだろう。エミリーはカーテンを掴み、タッセルを解いたらどこに置こうかと何気なく対になっている側を見た。

「……ったく」
――どいつもこいつも!
カーテンの陰に男子生徒の背中が見える。彼の脚の間からスカートの裾が広がっている。向こう側に女子生徒がいるらしい。学院の行事の最中に愛を語り合うとは不謹慎極まりない。エミリーは苛立ちを隠せなかった。光魔法が使えたら、間違ったふりをして照らしてやるのに。
――ん、んん?
カーテンの下から見えるドレスの裾に見覚えがあった。
数日前、レイモンドから届いたドレスだ。アリッサが好きな淡い緑色で、裾には三段フリルがこれでもか!というほど主張している甘々デザインだった。
「……見つけた!」

わざと足音を立てて男に近寄る。腕を掴んで振り向かせると、彼は眉間に皺を寄せてエミリーを見下ろした。
「……何……ですか?」
「エミリーちゃ……」
案の定、男の向こう側にいたアリッサは、恐怖でボロボロに泣いていた。
「何やってんの」
「えぅ、ううっ……」
「ちょっと、腕、縛られてる!?」
エミリーは結び目が固くなり始めていた紐状のタッセルを解いた。アリッサの涙を拭き終わった時には、男の影も形もなかった。

「さっきの奴……生徒会の」
「マックス……マクシミリアン・ベイルズ。二年の先輩よ」
「あんなのに『先輩』なんてつけなくていい。アリッサ、油断しすぎ。これだけ煩い部屋で誰にも気づかれずに縛られてるとか、あり得ない」
「……ごめん。ありがとう」
アリッサはぎゅうっと妹に抱きついた。エミリーはアリッサの口紅が取れていると気づいたが、自分から言わないのだから指摘しない方がいいと思い、黙っていることにした。
――何されてたか、バレバレだわ。

「エミリーちゃんは、キース君と一緒にいなくていいの?」
「いいの。用事は終わったから」
「そう……」
「レイモンドはどうしたの?」
「レイ様は……その……ずっと会えなくて」
「また待ち合わせをすっぽかしたのか、あいつ」
待たされた挙句、変な男に襲われていたのだ。レイモンドが早く来てさえいれば、こんなことにはならなかった。掌を広げ、闇の魔法球を発生させると、アリッサはエミリーの腕に縋りついた。
「ダメよ。違うの、私が先にここに来たから……」
「へえ……よく来れたね」
「マックス先輩が連れてきてくれて……」
マクシミリアンの名前を聞き、エミリーの顔が曇る。
「親切な先輩は実はケダモノでしたって?……はあ」
「うう……お願い。マリナちゃんとジュリアちゃんには言わないで」
「……分かった。言わない」
キースと魔導師団長に引導を渡したし、そろそろ寮に帰ってもいい頃合いではないだろうか。下を向いてもじもじしている姉を誰に頼んで行こうかと、エミリーは思いを巡らせた。噂好きな姉の友達も会場にいないようだ。
「アリッサ、フローラは?」
「フローラちゃんは……うーん。講堂では見てないなあ」
「何色のドレス着て来るか、分かる?」
「あ、それならね、私とお揃いなの!」
アリッサは弾んだ声を上げた。ほんの少し前まで、男に襲われていたとは思えない。エミリーは額に手を当ててやれやれと溜息をついた。

「エミリー!」
向こうからジュリアが走ってきた。ドレスのスカートを膝上まで持ち上げて走る姿に、すれ違う男子生徒の目が釘付けになっている。
「ジュリアちゃんだわ」
「……大声出さないでよ、ジュリア」
エミリーの前でぴたりと止まり、ジュリアは息を切らすことなく
「お願いがあるの。一緒に来て!」
とハキハキした声で言った。近くにいた生徒達が何事かと三人に注目し、人に注目されるのに慣れていないエミリーは、ジュリアの陰に身を隠した。
「何があったの?」
「レイモンドが何だかたいへ」
ん、と言い終わらないうちに、アリッサが口に両手を当てて息を呑んだ。
「レイ様!」
「あ、待ってよ!」
行き先も知らないで走り出したアリッサを追い、ジュリアはエミリーの手を掴んで走り出した。

   ◆◆◆

急に会場がざわめきだし、サロンにいたセディマリFCの令嬢達は、そっと様子を窺った。
「……何があったんですの?」
「それが、ジュリア様が走って来られて、すぐにアリッサ様が講堂から走って行って、ジュリア様とエミリー様が追いかけて」
令嬢達の会話に、妹三人の名前が聞こえ、目元を赤くしたマリナは椅子から立ち上がった。三人に何かがあったのだ。いつまでもぐずぐず泣いてはいられない。
「どうかなさいましたか」
「マリナ様!」
「よく分からないのですが、レイモンド様に何か不測の事態が起こって、皆様そちらへ向かわれたようです」
「行き先は?」
「存じませんわ。講堂を出て行かれたところまでは……」

マリナはダンスフロアを避けて回り込み、講堂の出入口へと向かった。ここから廊下へ出て、誰か人がいたら尋ねればいい。……パーティーの間に出て行く者がいればいいが。
廊下を進むと、聞き覚えのある声がした。声のする方を見ると、二人並んで歩いている影が角を曲がるところだった。
「おじい様、どうか、お考え直し下さい」
「キース。お前には失望したぞ。五属性持ちの婚約者を見つけたと思ったが、蓋を開けて見れば単なる友人だと言うではないか」
「僕は、父上にもはっきりと、エミリーさんとは友人だと言いました。それを皆誤解して」
「エンウィ家の繁栄のためには、能力の高い魔導士を一族に入れる必要がある。常々お前も聞いているはずだ。多少奇天烈な娘でも構わん。エミリーを妻にし、五属性の子を……」
「やめてくださいっ!」
「キース?」
「家がどうだって言うんですか?家訓だか何だか知りませんが、僕達には心があります。エミリーさんには他に好きな人がいるんです。僕なんか目に入らない。単なる友人にはどうにもできないんですよ」
「なあに、心配は要らん。お前が黙っていても、彼女はじきにお前のものになる。わしに任せておけ。はっはっはっは」

――今の……どういう意味かしら。
エミリーの意思に関係なく、エンウィ家の歯車にされてしまうと言うのか。自分達の与り知らぬところで、確実に破滅に向かって何かが動いている。
廊下に響いた魔導師団長の声が耳に残る。マリナは廊下を曲がる勇気が持てず、壁に背中を預けて自分の身体を抱きしめた。
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