ツンデレ貴公子は守備範囲外なので悪役令嬢に押し付けたい

青杜六九

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乙女ゲーム以前

後悔先に立たず ― side C ―

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「……何やってるのよ」
大袈裟に溜息をついたビビアナは、ベッドで蹲る僕の毛布を引き剥がした。
「やめて、もう……僕のことは放っておいてくれ」
「放っておけるわけないでしょう?剣の試合で勝って、騎士団からお誘いが来ているのに」
冗談じゃない。行ってたまるか。
フニペロ程度の雑魚に勝っただけで、父のところには騎士団長自ら、騎士団に入らないかと打診が来るようになった。「うちの倅は宰相になるから」とやんわり断っているらしいけれど、僕は宰相なんて器じゃない。国外逃亡したいくらいなのに。
「今朝だって、練習試合に参加しないかって、ホアキン様とイヴァン様が来ていたでしょう?」
「嫌だ、絶対、行くもんか!ああいうのはエヴラールに任せておけばいいよ」
「まあねえ。エヴラールは喜んでるわね。剣の練習に丁度いいって。ところで、お兄様。パーティーの服が仕上がってきたみたいよ」
「服……ああ、新しいのを急いで仕立てたんだっけ」
鍛えたおかげで筋肉がつき、新しい服が必要になった。
今思えば、この無駄な筋肉……エレナに毛嫌いされた、この無駄な……。
「どうしたの、お兄様。腕が痛いの?」
筋肉が消えてくれないかと思って二の腕を掴んでいたら、ビビアナが勘違いした。
「エレナに嫌われるなら、身体なんて鍛えるんじゃなかった……」
「結局そこなの?」
妹は頭を抱えて僕のベッドに腰掛けた。
「いい?お兄様がそうやって引き籠っていても、パーティーは始まって終わるの。エレナはフニペロなんてどうでもいいって言ってるんだから、ぐちゃぐちゃ言っていないでさっさとパーティーに誘いなさいよ?一人で行かせるつもりなの?」
「……どうやって誘ったら……僕の手紙なんか読んでくれないよ。読まずに捨てるかもしれない」
「そうね。読まずに捨てるだけじゃなく、ビリビリに破いて暖炉の火にくべるかもね」
「ひぃいい。ビビアナ、あんまりだよ」
「宛名は私が書いてあげるわ。本文は書いてね」

   ◆◆◆

ビビアナが僕の代わりに封筒に宛名を書き、すぐにエレナのいるメンディサバル伯爵家に届けさせた。僕ではなくビビアナからの手紙なら、開封してくれるだろうと思っていたが、案の定、返事はすぐに来た。
小躍りしながら封を開け、僕は踊ったポーズのまま固まった。
「え……?」
中の便箋にはたった一行。季節の挨拶も、僕への宛名もなしだ。

ビビアナ様と一緒なら行きます

とだけ、走り書きされている。
「親愛なるクラウディオさまへ」とか「愛をこめて エレナ」とか、書いてくれるとは思っていなかったけれど、驚くほど淡白だ。でも、これは進歩かもしれない。ビビアナに宛名を書かせて騙して手紙を読ませた割には、彼女はきちんと返事をくれたのだ。
よし。
ビビアナに一緒に行ってくれるように頼もう。

   ◆◆◆

部屋を訪ねると、ビビアナは僕の手から手紙をひったくって中身を読んだ。
「これだけ?」
ぽかんと口を開けている。そんなに驚くことかなあ?
「うん」
「本当に?もう一枚あるんじゃないの?」
「ないよ」
「……そう。分かった。私、二人と一緒の馬車で行くわ」
「ありがとうビビアナ。やっぱり、持つべきものは優しい妹だね」
「まあ。おだてたって何もあげられないわよ。……うーん、ちょっとした相談なら乗ってあげてもいいわ」

ビビアナに相談したのは、エレナが好きな男性のタイプについて、だ。
「お兄様でないことは確かね」
「はっきり言うね……」
言葉が突き刺さり、胸が痛い。
「騎士団の練習を見に行ったのだって、カルロータ様に付き合っただけでしょうね」
「そうか。カルロータ様は騎士の誰かが好きなのかな?」
「さあ?美形なら誰でもよさそうだけど。お兄様を誘いに来たホアキン様もイヴァン様も、カルロータ様のお気に入りらしいわよ」
「ま、まさか、エレナはああいう……」
ちっちっ、とビビアナは僕の目の前で人差し指を動かした。
「あの二人は違うでしょうけど、力に任せて言うことを聞かせるような男は嫌いみたいよ。お兄様がフニペロを力で黙らせたのは……あまり得策ではなかったわね」
「口喧嘩の方が良かったってこと?」
「フニペロ相手じゃ、口喧嘩にもならなかったわよ。前にダフネ様が言っていたけど、あの人、興奮すると何を言っているか分からないらしいの。お兄様が筋道を立てて説得したところで、自分の思い通りにならないとフニペロは怒って剣を振るったでしょうね」
「結果は同じじゃないか」
「そういうことよ。ああいう、筋肉に物を言わせる男は嫌い、とすると……もしかして、エレナ様は可愛いタイプが好きなのかしら?」
「可愛い?男に可愛いなんて、おかしいよ」
「お兄様は小さい頃は可愛かったのに、どうしてこんなになっちゃったのかしらねえ」

それはこっちの台詞だ。
僕は小さい頃は可愛いと言われたけれど、五歳を過ぎたころから言われなくなった。女の子のビビアナだって、あまり可愛いと言われているのを見たことはない。父上は僕達には優しいけれど、宰相でいる時は厳しい顔をしていて、ぱっと見た感じは悪魔のようだ。父上に似ているなら僕は将来ああいう顔になるんだろう。いや、幼い頃は母親似だと言われたこともあったかな。
「僕は両親のどちらに似ていると思う?」
「お父様」
「……そうか、うん」
妹よ、少し期待を持たせてくれてもいいじゃないか。
「がっかりしないでよ。私なんか、お母様に似ていたって、魔女よ魔女」
「シッ。誰かに聞かれたら、後で怒られるよ。いつまでも若いって評判で、本人も気にしているんだから」
「お兄様は可愛くなりたいの?」
「うん……こんな筋肉要らない。可愛くなりたいよ」
「いつまでたってもブレまくりねえ……いいわ。とっておきの特訓を考えてあげる。とりあえず、今日は可愛いものを『見て』学んでみて」
「見る?」
「ペドロがこっそり猫を飼っている話は知ってる?」
「知らなかったよ。それ、お母様が聞いたら……」
母上は動物が苦手だ。元々苦手だったところに、幼い頃ビビアナが追い打ちをかけた。避暑地の邸に逗留している時、池から取って来た蛙やどこかで見つけてきたヤモリを部屋の中に持ち込み、家人を散々驚かせたのだ。以来、我が家では動物を飼うことを禁止されている。
「だからこっそりなのよ。お庭の見えにくい場所に小屋を作って、他にもいろいろ飼っているのよ」
庭師だからといって、うちの庭を動物園にしていいはずがない。きっと父上もご存知なのだ。動物好きの娘のために許しているのだと思う。
「それでね、その猫が子猫を産んだの。もう、とっても可愛いのよ。私、毎日見に行っていたわ」
「過去形?」
「大分前の話だわ。殆ど貰われて行って、残りは一匹になっちゃった。お兄様も子猫を見習って、可愛さとは何かを考えてみたらいいわ」

   ◆◆◆

ビビアナに言われた通り、庭師のペドロは小屋の中に子猫を飼っていた。子猫と言っても、生まれたての『守ってあげたくなる感じ』はなくて、成猫に近い大きさになっていた。しかも、少し肥えている。
「こいつはなかなか引き取り手が決まらなくて。貰われていっても、翌日には戻って来るんですよ。よっぽどここがお気に入りなんでしょうねえ」
「白い猫……毛並みも綺麗だ。どうして?」
僕は恐る恐る猫を抱き上げた。白猫は僕の手の中で、ふてぶてしい態度でこちらを見つめる。目は……緑、いや、こっちは金?
「目の色が……」
「気づきましたか。左右で目の色が違っているんです。態度もでかいし、大食漢で不細工で……」
「エレナ」
「は?」
「この猫の名前だよ!戻って来るなら、ここで飼えばいいよ。名前をつけて」
ペドロは首を傾げて頭を掻いた。猫のエレナは大きく欠伸をした。
「いやあ。坊ちゃん、それはちょっと……」
「僕はこの猫が気に入ったんだ。じっとこっちを見て……ああ、可愛いじゃないか」
「はあ……ですが、名前は」
「だから、エレナだよ。緑と金の瞳が彼女と同じだから!」
なんて運命的なんだろう。
エレナと同じ色の瞳の猫が、我が家にいるなんて。
「やめておいた方がいいと思いますよ。……そいつ、オスなんで」
ペドロは申し訳なさそうに、また頭を掻いた。
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