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『桜の季節と、思い出の中の彼女』(現代・青春ドラマ)
しおりを挟むお題⇒ 桜、先輩、ピンク
ノベルアップ+様で開催される、ショートストーリーコンテスト用に加筆訂正したものです。
◇◇◇
高校入学後三度目となる春。
学校まで至る坂道の両脇に立ち並ぶのは、満開になった桜の木。
視界の先をピンク色に染め上げるソメイヨシノの花に視線を配り、また、この季節が来てしまったな、と複雑な気持ちを抱きながらそんなことをふと思う。
僕は、春という季節が嫌いだ。
桜の花が咲き乱れるこの季節を迎えると、否がおうでも思い出してしまう記憶があるのだから。それは、まるで胸に針が刺さった時のように、チクりとした痛みをともない甦ってくる記憶。
先輩は今、どうしているのだろうか。
何を思い、空を見上げているのだろうか。
僕が、初めて当時二年生だった陶山三咲先輩と出会ったのは、吹奏楽部への入部を決意した日のこと。
長い髪を邪魔にならぬようポニーテールに纏め、背筋を伸ばし凛とした態度でトランペットを構える横顔を見た瞬間から、彼女は僕の憧れであり目標になった。
『へえ、君もトランペット志望なんだ? 経験は?』
『中学の時、ファーストトランペットをしていました』
『へえ、やるじゃん。ちょっと吹いてみて。──うん、わりと上手だね。ま、私と比べたらまだまだだけどね──』
初対面からそんな事を言ってのける先輩を、鼻持ちならない奴と思いながら、でも、一切の反論ができなかった。彼女の実力がそれまで出会ったどんなトランペット奏者と比べても頭抜けていることは、火を見るよりも明らかだったのだから。
先輩が紡ぎ出す音はまったくブレがなく、そして強い。技術だけではなく、音に魂が乗っている、とでもいうべきか。
先輩を自分の目標と定め、その姿を目で追ううちに、次第に異性として惹かれ始めている自分に気がつく。先輩と交際することが、夢のひとつとなるまで時間はかからなかった。
『やめとけって。あの人はいいとこのお嬢様らしいし、お前とじゃ釣り合わないって。完全に高嶺の花』
『んなことわかってるよ。僕の実力が及ばないことも。先輩が高嶺の花である事もね』
吹奏楽部に所属している男子の一年生には、度々そんなことを言われた。
そんなもん、他ならぬ自分が一番よくわかっている。トランペット奏者としての実力が、自分とは雲泥の差であることも。外見が地味な僕と華々しい見た目の先輩とでは、不釣合いであることも。
それでも僕は諦めなかった。
毎日先輩が音楽室に一人居残りをして、黙々とロングトーンの練習を繰り返していることを知っていたから。確かに三咲先輩は天才だ。幼少期からコンクールで金賞を総なめにしてきた天賦の才。だが、彼女が残してきた結果の礎となっているのは才能だけではなく、決して基礎練習を疎かにしないたゆまぬ努力である事を僕は知っていた。
だからこそ、と僕は思う。
練習量でだけは、先輩に負けるわけにいかない。
先輩に隠れて僕も練習を積み重ねるようになり、そして、僕なりの目標を立てる。
それは、部活内でパートリーダーを勤める彼女に自分の実力を認めさせることができたなら──いわゆる、僕がコンクールでソロパートを任されるまでになったなら──その時僕は、先輩に告白をしようと決めたのだ。
しかし永遠に、告白の機会は訪れなかった。
三年生への進級と同時に、先輩がプロのトランペット奏者になる夢を叶えるため渡米する事実を、もし、知っていたなら──
そういった後悔だけが、今もずっと僕の心に降り積もっている。
風が舞うたびに儚く散る、桜の花びらと同じように。
でも、それでも、と僕は新たな夢を胸に抱く。
トランペット奏者として彼女に比肩する存在にもしなれたなら、いつか再会できる日がおとずれるんじゃないかと。
その時笑われないようにと、今日も僕はトランペットが入ったケースを握りしめ、強く唇を噛み締めた。
強い、春の風が吹いた。
懐かしい声が、聞こえた気がした。あの頃となんら変わることのない、先輩の屈託のない笑い声──。
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