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あの日、星が流れていたら(文芸・純文学)

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10年前のあの日。もし星が流れていたら、私は想いを伝えられたのかな──

産学共同プロジェクト、ショートストーリー作品コンテスト応募作品です。(三題噺のお題とは一切無関係です)

◇◇◇

 こんにちは。

 久しぶり。

 あの日私が思い描いていた夢は、今も変わることなく心の中で光り輝いていますか?

☆☆☆

 ──これは、さかのぼること今から十年前の話。

 夏休みまであと一週間となった、とある日の放課後。
 みんなの部活動が終わった後で、なんの脈絡もなく突然彼がこんなことを言った。

「これから、みんなで海を見に行こう」

 もう真っ暗だぜ、と一番星が輝く空を見上げ、彼の友人の男子が笑い、遅くなるなら家に連絡入れないと不味い、と私の友人の女子がスマホを取り出して電話をかけ始めた。

「彩夏(さやか)は来るだろ?」

 なんて。髪を短く刈り揃えた後頭部を指でかきながら彼が歯をみせて笑うから、「うん」と私は熱を帯び始めた顔を俯かせて、曖昧に頷いておいた。

 コンビニエンスストアで簡単に夕食を済ませ、自転車を走らせること三十分。
 たどり着いた学校からほど近い場所にある海は、覗き込んでいるだけでも意識ごと吸い込まれそうな漆黒の海。
 頭上で無数の星たちが瞬く。星の輝きを阻害する世俗的な光源が存在しないその空間では、いつもより輝いているようにすら見えた。放射状に光を落とす満月が、水面に白い影を色濃く映している。

 真っ暗な防波堤の上に四人並んで座り、将来の夢を語り合う。平凡で、淡々とした高三の夏。
 三人の話に耳を傾けぼんやり海を眺めていると、流れ星が漆黒の空を二つに別つ。あ、という呟きと同時に彼はすっくと立ち上がり、防波堤の上に仁王立ちになって叫んだ。

「俺、将来はサッカー選手になりたいんだ!」

 そうして、三回。
 こちらを向いて、薄っすらと歯を見せて笑う。「こうして流れ星に向かって叫んでいれば、どんな夢だって叶う気がするんだよ」と。幼いころから何度も見てきた彼の癖。私だけが知っている彼の表情。

「おめーならなれるよ」と友人の男子が同意を示し、私の友人が、彼に見惚れていた私の顔を覗き込む。「彩夏の夢は?」なんて訊いてくる。

 私と違う、ぱっちりとした瞳。
 私と違い、背中まで伸ばされた艶のある黒髪。
 私と違い、男子らの羨望の眼差しを集める屈託のない笑顔。
 私の気持ち、全然知らない癖に、と口をついて出そうになった不満を慌てて飲み干した。
 だから私は、セーラー服の袖をぎゅっと握り、今日もそれとなく語尾を濁した。

「もし、流れ星がもう一度見れたら、その時言うよ」

「なにそれズルい」と彼女が呟いて、それから空は段々と曇ってきて、結局星は流れなかった。
 ううん、流れたとしてもどうせ言えなかった。

『彼のお嫁さんになりたい』なんて──。

 そんな感じの子供っぽい夢、言えるはずなんて到底なかった。

☆☆☆

 ──あれから、十年。

 都内にある結婚式場を出てから見上げた空は、今にも泣き出しそうな曇天だ。
 十年前のあの日、見上げた空とおんなじ。私の心の中に降り続いている雨を投影したような、悲しみをはらんだ重々しい色。
 あの日もし星が流れていたら、なんて、馬鹿げた妄想を抱くのはとうにやめた。

 それでも『私の夢』は、今も変わることなく心の中で輝いている。夢から、『大切な思い出』にその名称を変えて。

「結婚おめでとう。末永く、お幸せに」

 友人二人に向けたメッセージをそっと呟く。

 サヨウナラ、追憶の日々。サヨウナラ、私の初恋。

 零れ落ちた涙を拭うと、私は前を向いて歩き始めた。


~END~
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