『年金15万円と線維筋痛症 ― 動けない老後』

かおるこ

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第10話 非課税世帯という言葉

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第10話 非課税世帯という言葉

夕方だった。

窓の外の空は、少し赤く染まりはじめていた。
台所の小さな蛍光灯が白く光り、部屋の中に静かな明るさを落としている。

陽子はテーブルの前に座り、スマートフォンをじっと見つめていた。

背中の奥がじんと痛む。肩を少し動かすと、筋肉がきしむような感覚がある。

「……はあ」

小さく息を吐く。

スマホの画面には、さっき検索した言葉が並んでいる。

**生活保護 年金 非課税**

陽子はその文字を指でなぞった。

「非課税世帯……」

小さくつぶやく。

その言葉は、最近よく聞くようになった。

テレビでも。

ニュースでも。

「非課税世帯に給付金」

「非課税世帯支援」

そのたびに思っていた。

「私もそうなのかな」

陽子はもう一度画面をスクロールした。

そこには、こう書かれている。

生活保護世帯は原則として非課税。

「非課税」

陽子は小さく言った。

「税金払わなくていいってことよね」

テーブルの上には年金の通知書が置いてある。

白い紙。

その上の数字。

**150,000円**

陽子はそれを見て言った。

「十五万」

そしてその下の振込額を思い出す。

**約13万円**

陽子は苦笑した。

「でも実際は十三万」

スマホを見ながら、ぽつりと言う。

「税金とか保険料で引かれてる」

指先でテーブルをトントン叩く。

「じゃあさ」

ゆっくり声に出す。

「生活保護だったら」

少し考える。

「非課税世帯」

「医療費無料」

「家賃補助」

そして。

「年金は?」

眉をひそめる。

「どうなるの?」

陽子はスマホをもう一度見た。

文章を読む。

年金は収入として扱われる。

生活保護費から差し引かれる。

陽子はしばらく黙った。

冷蔵庫のモーターが低く唸る。

窓の外では、誰かが自転車を止める音がした。

カタン。

陽子はぽつりと言った。

「……結局」

天井を見る。

「年金あると難しいのね」

そのとき、背中に鈍い痛みが走った。

「……っ」

肩を押さえる。

「痛いわね」

小さく苦笑する。

ソファにもたれながら、ゆっくり言った。

「私さ」

誰もいない部屋で話し始める。

「十五万の年金」

「勝ち組って言われたのよ」

友人の言葉を思い出す。

「女で十五万はすごいよ」

「老後安泰じゃん」

陽子は笑った。

「安泰ねえ」

少し笑う。

「十三万で」

指を折る。

「家賃五万八千」

「薬代一万」

「光熱費」

「食費」

頭の中で計算する。

そして小さく言った。

「残らないのよ」

静かな部屋。

外では風が吹いている。

カーテンがゆっくり揺れる。

陽子はスマホを見ながら言った。

「生活保護だったら」

「非課税」

「医療費無料」

「家賃補助」

少し笑う。

「私より楽じゃない?」

その言葉は、静かな部屋に落ちた。

しばらくして、陽子は首を振る。

「いや」

「そんな簡単な話じゃないわよね」

ゆっくりつぶやく。

「生活保護だって」

「好きでなる人ばかりじゃない」

恵子の顔が浮かぶ。

「腰壊してね」

「仕事できなくて」

「仕方なかった」

あの喫茶店。

コーヒーの匂い。

恵子の苦笑。

陽子は小さく言った。

「恵子も大変だものね」

スマホをテーブルに置く。

画面が暗くなる。

窓の外を見る。

夕焼けが広がっている。

遠くで子どもが笑っている。

陽子はゆっくり立ち上がった。

膝が少し痛む。

それでも窓を開ける。

夕方の空気が部屋に流れ込む。

少し冷たい風。

どこかの家から、味噌汁の匂いが漂ってきた。

陽子はその匂いを吸い込んで、静かに言った。

「結局さ」

空を見ながら。

「年金十五万でも」

少し笑う。

「安心じゃないのよね」

その声は、春の風に混ざって、ゆっくり消えていった。

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