『年金15万円と線維筋痛症 ― 動けない老後』

かおるこ

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第11話 痛みの夜

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第11話 痛みの夜

夜の部屋は静かだった。

電気を消すと、窓の外の街灯の光が薄く差し込み、天井にぼんやりと四角い影を作っている。
陽子は布団の中で目を開けたまま、じっと天井を見つめていた。

時計の音だけが聞こえる。

カチ。
カチ。
カチ。

その音が、やけに大きく感じる。

「……眠れない」

小さくつぶやく。

横を向く。

背中にじくっと痛みが走る。

「……っ」

思わず息を止める。

仰向けに戻る。

今度は腰が痛む。

足を少し動かすと、太ももの奥がじんじんする。

「もう」

小さく声が漏れる。

「なんなのよ、これ」

夜になると、痛みが強くなる。

昼間はまだ動けるのに、布団に入ると体中の痛みがじわじわと浮かび上がってくる。

肩。
背中。
膝。
腕。

まるで体のあちこちに、見えない重りがついているようだ。

「線維筋痛症」

その言葉を口に出してみる。

「ほんと厄介ね」

枕の横に手を伸ばす。

薬袋がある。

リリカ。
トラムセット。
睡眠薬。

ビニールがカサカサ鳴る。

陽子は袋を指で押さえながら言った。

「さっき飲んだのに」

小さく笑う。

「全然効いてないじゃない」

窓の外で、遠くの車の音が聞こえる。

ゴォ……と低く響き、やがて静かになる。

部屋の空気は少し冷たかった。

陽子は布団を胸まで引き上げる。

「眠りたいだけなのに」

そうつぶやく。

「それだけなのに」

天井の染みを見つめる。

昔からある染みだ。

この部屋に引っ越してきたときからあった。

もう何年も見ている。

陽子は小さく言った。

「どうして私が」

その言葉は、ぽつんと部屋に落ちた。

しばらく沈黙が続く。

時計の音。

冷蔵庫の低い唸り。

遠くで犬が吠える声。

陽子はもう一度つぶやく。

「どうして私が」

少し笑う。

でも、その笑いは弱かった。

「私、そんなに悪いことした?」

天井に向かって話す。

「真面目に生きてきたわよ」

思い出が浮かぶ。

工場の夜勤。

機械の音。

油の匂い。

重い箱。

腕が震えながらも持ち上げた。

「女にできるの?」

そう笑った男がいた。

悔しかった。

でも何も言わず、黙って働いた。

誰よりも早く来て。

誰よりも遅く帰った。

スーパーの仕事もそうだった。

段ボールを運び、売り場を走り回り、閉店後に床を磨いた。

「頑張ったのよ」

ぽつりと言う。

「ほんとに」

布団の中で、手を握る。

指が少しこわばっている。

「そのうち楽になる」

ずっとそう思っていた。

年を取ったら。

少し休める。

少しゆっくりできる。

そう思っていた。

陽子は深く息を吐いた。

「それなのに」

背中がまたじんと痛む。

肩も痛い。

膝も痛い。

「体中痛いなんて」

苦笑が漏れる。

「聞いてないわよ」

窓の外で風が吹いた。

カーテンがわずかに揺れる。

街灯の光が、天井でゆらりと動く。

陽子は小さくつぶやいた。

「どうして私が」

少し間を置く。

「もっと悪いことしてる人、いっぱいいるのに」

「もっと楽してる人もいるのに」

笑う。

「私、地味に生きてきただけよ」

天井を見ながら言う。

「働いて」

「税金払って」

「人に迷惑かけないように」

胸の奥が少し重くなる。

「それでこの痛み」

背中を押さえる。

「なかなかきついわね」

しばらく沈黙が続く。

時計の音が流れる。

カチ。
カチ。
カチ。

陽子は目を閉じた。

それでも眠れない。

体の奥で、痛みが静かに続いている。

「……まあ」

小さくつぶやく。

「人生ってこんなもんか」

少し笑う。

「思い通りにはいかないわよね」

窓の外で車が一台通り過ぎた。

遠くで猫が鳴く。

夜はまだ長い。

陽子は天井を見ながら、静かに言った。

「明日は」

小さく息を吐く。

「少しだけ」

「痛くないといいな」

その声は、静かな夜の中でゆっくり消えていった。

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