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第12話 河津桜と十六夜
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第12話 河津桜と十六夜
夜の空気は、少しだけぬるかった。
春の匂いがする夜だった。
陽子は自転車を止めて、空を見上げた。
黒い空の中に、丸い月が浮かんでいる。
完全な満月ではない。ほんの少しだけ欠けた月。
その光が、川沿いの河津桜を淡く照らしていた。
桃色の花びらが、夜風に揺れている。
「……きれい」
思わず声が出た。
夜の桜は昼とは違う。
光を吸い込んで、どこか柔らかい。
スマホを取り出す。
カメラを向ける。
カシャ。
小さなシャッター音が夜に溶けた。
「うまく撮れたかな」
画面を見る。
桜の枝と月。
少しぶれている。
「まあ、いいか」
陽子は笑った。
「雰囲気は出てる」
自転車のハンドルに手を置く。
まだ少し冷たい。
夜風が頬をなでる。
桜の甘い香りが、ほんのり漂っていた。
「今年はひな祭りが満月だったのよね」
小さくつぶやく。
「珍しいらしいわよ」
川の水が静かに流れている。
さらさらと小さな音がする。
陽子はもう一度空を見た。
「今日は……十六夜?」
少し首をかしげる。
「それとも十七夜?」
笑う。
「まあどっちでもいいか」
またシャッターを押す。
カシャ。
カシャ。
カシャ。
月と桜。
何枚も撮る。
そのとき、後ろから声がした。
「写真撮ってるんですか?」
振り向くと、犬を散歩させている男性だった。
陽子は笑った。
「ええ」
スマホを見せる。
「河津桜と月」
男性は空を見上げた。
「おお、きれいですね」
「でしょう?」
陽子は少し誇らしげに言う。
「今日は月がいいの」
男性は犬のリードを引きながら言った。
「夜桜っていいですよね」
「昼より好きかも」
陽子はうなずいた。
「静かですものね」
男性は笑った。
「じゃあ、お先に」
「はい」
犬が小さく吠える。
足音が遠ざかる。
また静けさが戻る。
陽子は空を見上げた。
月の光。
桜の花びら。
夜風。
その全部が、やわらかく体に触れる。
背中は少し痛い。
肩も少し重い。
でも。
さっきまでより軽い気がした。
「文句ばっかり言っててもね」
陽子は空に向かって言った。
「仕方ないわよね」
少し笑う。
「今を楽しまないと」
自転車のサドルに手を置く。
まだ乗れる。
ちゃんと乗れる。
さっきここまで走ってきた。
風を切って。
夜の道を。
「私」
小さくつぶやく。
「まだ自転車乗れるじゃない」
少し笑う。
「それだけでも十分よね」
またスマホを構える。
桜の枝の向こうに、月が浮かぶ。
カシャ。
画面を見る。
桃色の花びら。
白い月。
黒い夜。
「いいじゃない」
満足そうに言う。
桜の花びらが一枚、風に乗って落ちた。
陽子の肩にふわりと触れる。
柔らかい。
「こんばんは」
小さく空に言う。
「今夜も月がきれいです」
月は何も答えない。
ただ静かに、夜の川と河津桜を照らしていた。
夜の空気は、少しだけぬるかった。
春の匂いがする夜だった。
陽子は自転車を止めて、空を見上げた。
黒い空の中に、丸い月が浮かんでいる。
完全な満月ではない。ほんの少しだけ欠けた月。
その光が、川沿いの河津桜を淡く照らしていた。
桃色の花びらが、夜風に揺れている。
「……きれい」
思わず声が出た。
夜の桜は昼とは違う。
光を吸い込んで、どこか柔らかい。
スマホを取り出す。
カメラを向ける。
カシャ。
小さなシャッター音が夜に溶けた。
「うまく撮れたかな」
画面を見る。
桜の枝と月。
少しぶれている。
「まあ、いいか」
陽子は笑った。
「雰囲気は出てる」
自転車のハンドルに手を置く。
まだ少し冷たい。
夜風が頬をなでる。
桜の甘い香りが、ほんのり漂っていた。
「今年はひな祭りが満月だったのよね」
小さくつぶやく。
「珍しいらしいわよ」
川の水が静かに流れている。
さらさらと小さな音がする。
陽子はもう一度空を見た。
「今日は……十六夜?」
少し首をかしげる。
「それとも十七夜?」
笑う。
「まあどっちでもいいか」
またシャッターを押す。
カシャ。
カシャ。
カシャ。
月と桜。
何枚も撮る。
そのとき、後ろから声がした。
「写真撮ってるんですか?」
振り向くと、犬を散歩させている男性だった。
陽子は笑った。
「ええ」
スマホを見せる。
「河津桜と月」
男性は空を見上げた。
「おお、きれいですね」
「でしょう?」
陽子は少し誇らしげに言う。
「今日は月がいいの」
男性は犬のリードを引きながら言った。
「夜桜っていいですよね」
「昼より好きかも」
陽子はうなずいた。
「静かですものね」
男性は笑った。
「じゃあ、お先に」
「はい」
犬が小さく吠える。
足音が遠ざかる。
また静けさが戻る。
陽子は空を見上げた。
月の光。
桜の花びら。
夜風。
その全部が、やわらかく体に触れる。
背中は少し痛い。
肩も少し重い。
でも。
さっきまでより軽い気がした。
「文句ばっかり言っててもね」
陽子は空に向かって言った。
「仕方ないわよね」
少し笑う。
「今を楽しまないと」
自転車のサドルに手を置く。
まだ乗れる。
ちゃんと乗れる。
さっきここまで走ってきた。
風を切って。
夜の道を。
「私」
小さくつぶやく。
「まだ自転車乗れるじゃない」
少し笑う。
「それだけでも十分よね」
またスマホを構える。
桜の枝の向こうに、月が浮かぶ。
カシャ。
画面を見る。
桃色の花びら。
白い月。
黒い夜。
「いいじゃない」
満足そうに言う。
桜の花びらが一枚、風に乗って落ちた。
陽子の肩にふわりと触れる。
柔らかい。
「こんばんは」
小さく空に言う。
「今夜も月がきれいです」
月は何も答えない。
ただ静かに、夜の川と河津桜を照らしていた。
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