18 / 18
第17話 夜中のコンビニ
しおりを挟む
第17話 夜中のコンビニ
夜の空気は少し冷たかった。
陽子は自転車をゆっくりこいで、コンビニの明かりへ向かう。
街灯の光がアスファルトに細長く伸びて、タイヤがその上を静かに滑っていく。
夜中の道は静かだ。
遠くで電車が通る低い音。
川の方から吹く風。
自転車のチェーンの小さなカラカラという音。
「よし」
陽子はつぶやく。
「今日もやってる」
コンビニの明るい光が見えてきた。
自動ドアがウィーンと開く。
店の中は暖かい。
揚げ物の匂いと、パンの甘い匂いが混ざっている。
「いらっしゃいませー」
レジの奥から声がした。
顔を上げると、いつもの男の子だった。
十九歳。
まだ少年みたいな顔をしている。
「あっ」
男の子が笑う。
「こんばんは」
陽子も笑う。
「こんばんは」
もう一人の男の子が奥から出てくる。
「あ、また来た」
「また来たって何よ」
陽子は笑う。
「客でしょうが」
男の子は笑った。
「確かに」
パンの棚を見ながら、陽子が言う。
「今日はね」
二人を見る。
「河津桜見てきたの」
「えっ」
一人が目を丸くする。
「もう咲いてるんですか?」
「うん」
陽子はパンを手に取りながら言う。
「線路沿いの少しむこう」
「三本あるのよ」
男の子が言う。
「桜?」
「河津桜」
陽子はうなずく。
「毎年がんばってるの」
「へえ」
もう一人が言う。
「知らなかった」
陽子は笑う。
「今、満開よ」
男の子が身を乗り出す。
「うわっ」
「あとで見に行こう」
もう一人が言う。
「仕事終わったら?」
「うん」
二人が楽しそうに話す。
陽子はその様子を見て、くすっと笑った。
「ね」
男の子が聞く。
「どんな感じですか?」
陽子は少し考えて言う。
「月と桜」
「夜なのにピンク」
「すごくきれい」
二人が同時に言う。
「いいなあ」
「見たい」
陽子はパンをレジに置いた。
「百円ね」
「はい」
男の子がレジを打つ。
ピッ。
「百円です」
陽子は財布から硬貨を出す。
チャリン。
その音が静かな店に響く。
袋を受け取りながら言う。
「帰りに見てきなさいよ」
男の子が笑う。
「絶対行きます」
もう一人が言う。
「写真撮ろう」
「いいね」
二人の声は明るい。
その声を聞きながら、陽子は思った。
(楽しそうでしょう)
店の外に出る。
夜風が頬に触れる。
コンビニの光が背中に残る。
陽子は自転車にまたがる。
そして小さくつぶやいた。
「むふふふ」
少し笑う。
「若い子はええのー」
自分で言って、また笑う。
「エロ爺みたいね」
夜の道をゆっくり走る。
タイヤが静かに回る。
遠くで電車が通る。
河津桜の方を見る。
月が、ぼんやり空に浮かんでいる。
陽子は小さく言った。
「楽しいわね」
夜のコンビニ。
百円のパン。
十九歳の男の子たち。
そして月と河津桜。
それだけで。
胸の奥が、静かに温かかった。
夜の空気は少し冷たかった。
陽子は自転車をゆっくりこいで、コンビニの明かりへ向かう。
街灯の光がアスファルトに細長く伸びて、タイヤがその上を静かに滑っていく。
夜中の道は静かだ。
遠くで電車が通る低い音。
川の方から吹く風。
自転車のチェーンの小さなカラカラという音。
「よし」
陽子はつぶやく。
「今日もやってる」
コンビニの明るい光が見えてきた。
自動ドアがウィーンと開く。
店の中は暖かい。
揚げ物の匂いと、パンの甘い匂いが混ざっている。
「いらっしゃいませー」
レジの奥から声がした。
顔を上げると、いつもの男の子だった。
十九歳。
まだ少年みたいな顔をしている。
「あっ」
男の子が笑う。
「こんばんは」
陽子も笑う。
「こんばんは」
もう一人の男の子が奥から出てくる。
「あ、また来た」
「また来たって何よ」
陽子は笑う。
「客でしょうが」
男の子は笑った。
「確かに」
パンの棚を見ながら、陽子が言う。
「今日はね」
二人を見る。
「河津桜見てきたの」
「えっ」
一人が目を丸くする。
「もう咲いてるんですか?」
「うん」
陽子はパンを手に取りながら言う。
「線路沿いの少しむこう」
「三本あるのよ」
男の子が言う。
「桜?」
「河津桜」
陽子はうなずく。
「毎年がんばってるの」
「へえ」
もう一人が言う。
「知らなかった」
陽子は笑う。
「今、満開よ」
男の子が身を乗り出す。
「うわっ」
「あとで見に行こう」
もう一人が言う。
「仕事終わったら?」
「うん」
二人が楽しそうに話す。
陽子はその様子を見て、くすっと笑った。
「ね」
男の子が聞く。
「どんな感じですか?」
陽子は少し考えて言う。
「月と桜」
「夜なのにピンク」
「すごくきれい」
二人が同時に言う。
「いいなあ」
「見たい」
陽子はパンをレジに置いた。
「百円ね」
「はい」
男の子がレジを打つ。
ピッ。
「百円です」
陽子は財布から硬貨を出す。
チャリン。
その音が静かな店に響く。
袋を受け取りながら言う。
「帰りに見てきなさいよ」
男の子が笑う。
「絶対行きます」
もう一人が言う。
「写真撮ろう」
「いいね」
二人の声は明るい。
その声を聞きながら、陽子は思った。
(楽しそうでしょう)
店の外に出る。
夜風が頬に触れる。
コンビニの光が背中に残る。
陽子は自転車にまたがる。
そして小さくつぶやいた。
「むふふふ」
少し笑う。
「若い子はええのー」
自分で言って、また笑う。
「エロ爺みたいね」
夜の道をゆっくり走る。
タイヤが静かに回る。
遠くで電車が通る。
河津桜の方を見る。
月が、ぼんやり空に浮かんでいる。
陽子は小さく言った。
「楽しいわね」
夜のコンビニ。
百円のパン。
十九歳の男の子たち。
そして月と河津桜。
それだけで。
胸の奥が、静かに温かかった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる