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第7話 夜の森
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第7話 夜の森
夜は、やけに澄んでいた。
王宮の灯りが遠くに揺れている。
白い石壁は月光を受けて青く光り、
衛兵の足音が規則正しく響く。
私は、誰にも見られないように外套を羽織った。
「どこへ行かれるのですか」
侍女の一人が、廊下の影から声をかける。
以前は名前で呼んでくれた。
今日は、距離のある敬語。
「少し……風に当たりたくて」
「この時間に?」
疑う目。
「すぐ戻ります」
そう言ったけれど、
自分でも戻るつもりがあるのか分からない。
首輪が、ひやりと冷たい。
赤い宝石が、月光を受けて鈍く光る。
門を抜ける。
庭園を越える。
草の匂いが濃くなる。
夜露が靴を濡らす。
誰も呼び止めない。
誰も心配しない。
「いなくなっても、いいのではないか」
自分の声が、やけに静かに響いた。
森の入口は、黒い影のようだった。
昼間は緑に包まれた優しい場所なのに、
夜は深く、底の見えない闇。
一歩、踏み込む。
枝が足に触れる。
土の匂いが強い。
冷たい空気が肺に入る。
「……寒い」
腕を抱く。
けれど、引き返さない。
城よりも、この闇の方がましだった。
歩く。
歩く。
足元の小枝が折れる音。
遠くでフクロウが鳴く。
首輪が、じわり、と温度を持つ。
「……やめて」
夜なのに。
誰も触れていないのに。
熱い。
喉から胸へ、胸から腹へ。
何かが、吸われる。
どくん。
どくん。
赤い石が脈打つ。
「守護、なんでしょう……」
笑いが漏れる。
乾いた笑い。
守護。
期待していない。
価値がない。
努力が足りない。
言葉が頭の中を巡る。
「君にはもう期待していない」
あの声が、何度も繰り返される。
足がもつれる。
膝が地面に触れる。
冷たい土の感触。
湿った匂い。
「……はあ……」
息が浅い。
首輪が、さらに熱い。
焼けるように。
「やめて……お願い……」
誰に言っているのか分からない。
宝石が強く光る。
森の闇の中で、赤だけが鮮やかだ。
胸の奥から、何かが引き抜かれる。
ずるり、と。
空っぽになる。
寒い。
指先が冷たい。
視界が揺れる。
立ち上がろうとする。
足が動かない。
「……殿下」
無意識に名前を呼ぶ。
返事はない。
風だけが木々を揺らす。
「聖女様……」
その名を呼んでも、
光は来ない。
あるのは、闇。
首輪が、じわり、とまた吸う。
痛い。
初めて、痛いと感じた。
「いや……」
喉がひりつく。
涙が滲む。
「私は……努力……」
努力。
努力。
どれだけやっても、
減っていく。
「足りない……?」
自分に問う。
答えはない。
森の奥から、かすかな足音。
幻聴かもしれない。
「……誰」
声が出ない。
膝から力が抜ける。
身体が前に倒れる。
頬に土が触れる。
湿っている。
冷たい。
葉の匂い。
土の匂い。
自分の呼吸の音だけが、やけに大きい。
どくん。
どくん。
首輪が最後に強く脈打つ。
そして。
静かになる。
熱が引く。
代わりに、寒さが押し寄せる。
「……もう、いい」
そう呟いた気がした。
意識が、沈む。
森の闇が、優しく包む。
城では、私はいらない。
ここでは、どうだろう。
誰も期待しない。
誰も失望しない。
ただ、夜があるだけ。
最後に見えたのは、
赤い宝石の光。
それが、ゆっくりと揺れた。
そして、闇に溶けた。
夜は、やけに澄んでいた。
王宮の灯りが遠くに揺れている。
白い石壁は月光を受けて青く光り、
衛兵の足音が規則正しく響く。
私は、誰にも見られないように外套を羽織った。
「どこへ行かれるのですか」
侍女の一人が、廊下の影から声をかける。
以前は名前で呼んでくれた。
今日は、距離のある敬語。
「少し……風に当たりたくて」
「この時間に?」
疑う目。
「すぐ戻ります」
そう言ったけれど、
自分でも戻るつもりがあるのか分からない。
首輪が、ひやりと冷たい。
赤い宝石が、月光を受けて鈍く光る。
門を抜ける。
庭園を越える。
草の匂いが濃くなる。
夜露が靴を濡らす。
誰も呼び止めない。
誰も心配しない。
「いなくなっても、いいのではないか」
自分の声が、やけに静かに響いた。
森の入口は、黒い影のようだった。
昼間は緑に包まれた優しい場所なのに、
夜は深く、底の見えない闇。
一歩、踏み込む。
枝が足に触れる。
土の匂いが強い。
冷たい空気が肺に入る。
「……寒い」
腕を抱く。
けれど、引き返さない。
城よりも、この闇の方がましだった。
歩く。
歩く。
足元の小枝が折れる音。
遠くでフクロウが鳴く。
首輪が、じわり、と温度を持つ。
「……やめて」
夜なのに。
誰も触れていないのに。
熱い。
喉から胸へ、胸から腹へ。
何かが、吸われる。
どくん。
どくん。
赤い石が脈打つ。
「守護、なんでしょう……」
笑いが漏れる。
乾いた笑い。
守護。
期待していない。
価値がない。
努力が足りない。
言葉が頭の中を巡る。
「君にはもう期待していない」
あの声が、何度も繰り返される。
足がもつれる。
膝が地面に触れる。
冷たい土の感触。
湿った匂い。
「……はあ……」
息が浅い。
首輪が、さらに熱い。
焼けるように。
「やめて……お願い……」
誰に言っているのか分からない。
宝石が強く光る。
森の闇の中で、赤だけが鮮やかだ。
胸の奥から、何かが引き抜かれる。
ずるり、と。
空っぽになる。
寒い。
指先が冷たい。
視界が揺れる。
立ち上がろうとする。
足が動かない。
「……殿下」
無意識に名前を呼ぶ。
返事はない。
風だけが木々を揺らす。
「聖女様……」
その名を呼んでも、
光は来ない。
あるのは、闇。
首輪が、じわり、とまた吸う。
痛い。
初めて、痛いと感じた。
「いや……」
喉がひりつく。
涙が滲む。
「私は……努力……」
努力。
努力。
どれだけやっても、
減っていく。
「足りない……?」
自分に問う。
答えはない。
森の奥から、かすかな足音。
幻聴かもしれない。
「……誰」
声が出ない。
膝から力が抜ける。
身体が前に倒れる。
頬に土が触れる。
湿っている。
冷たい。
葉の匂い。
土の匂い。
自分の呼吸の音だけが、やけに大きい。
どくん。
どくん。
首輪が最後に強く脈打つ。
そして。
静かになる。
熱が引く。
代わりに、寒さが押し寄せる。
「……もう、いい」
そう呟いた気がした。
意識が、沈む。
森の闇が、優しく包む。
城では、私はいらない。
ここでは、どうだろう。
誰も期待しない。
誰も失望しない。
ただ、夜があるだけ。
最後に見えたのは、
赤い宝石の光。
それが、ゆっくりと揺れた。
そして、闇に溶けた。
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