『首輪を贈られた花嫁は、本物の聖女でした ~奪われた魔力と心を取り戻します~』

かおるこ

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第6話 期待の終わり

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第6話 期待の終わり

午後の空は、薄く曇っていた。

王宮の庭園は春の花で彩られているはずなのに、
今日は色がくすんで見える。

私は回廊の柱にもたれ、ゆっくりと息を整えていた。

首輪が、ひどく重い。

赤い宝石は、曇天の光を鈍く反射している。

足音が近づく。

規則正しく、迷いなく。

「ここにいたのか」

彼だった。

私は姿勢を正す。

「殿下」

彼は少しだけ眉をひそめる。

「体調はどうだ」

「……問題ございません」

嘘だ。

立っているだけで、膝が震える。

彼は私の顔をじっと見る。

その視線は、かつて私を温めた。

今は、冷たい。

「正直に言おう」

その言葉で、胸がざわめく。

「君にはもう期待していない」

風が吹いた。

庭の花弁が一枚、足元に落ちる。

耳鳴りがする。

「……え?」

自分の声が、遠い。

彼は淡々と続ける。

「努力はしたのだろう。だが結果が出ない」

「私は……」

「聖女様は日々祈り、力を増している」

首輪が、じわりと熱を持つ。

「君は減っている」

その一言が、胸に刺さる。

減っている。

奪われている。

けれど、それを証明する術はない。

「王家の婚約者として、
 これ以上失望させないでほしい」

失望。

言葉が重く落ちる。

「君には期待していた」

彼は言う。

「幼い頃は、もっと……」

そこで言葉を切る。

「だが、もういい」

胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。

「私は、殿下のお役に立ちたいと……」

声が震える。

「立てていない」

即答だった。

「聖女様の隣に立つには、あまりに弱い」

弱い。

首輪が、さらに熱い。

焼けるように。

視界が揺れる。

「努力が足りないんだよ」

また、その言葉。

「自分を甘やかしているのではないか?」

甘やかす?

夜ごと削られているのに。

「違います」

思わず声が出る。

彼の目が細くなる。

「言い訳か?」

「……違います」

言葉が続かない。

何を言えばいいのかわからない。

彼は一歩近づく。

「守護の首輪を与えた」

その手が、首元に触れる。

冷たい指。

「それでもこの有様だ」

首輪が、強く脈打つ。

どくん。

どくん。

まるで彼の言葉に応えるように。

「君はもう、期待の対象ではない」

その瞬間。

胸の奥で、何かが、ぽきりと折れた。

痛みはない。

ただ、音だけがあった。

「わかりました」

自分でも驚くほど、静かな声。

彼が眉を上げる。

「……何がだ」

「期待に応えられないのなら」

喉がひどく乾く。

「私は、いらないのでしょう」

沈黙。

風がまた吹く。

彼は視線を逸らす。

「そうは言っていない」

けれど、その声は弱い。

「だが、今の君に価値はない」

価値。

私は、価値で測られている。

水晶の数値。

周囲の視線。

彼の言葉。

「聖女様は君を庇ってくださっている」

「……はい」

「感謝しなさい」

私は頷く。

首輪が、熱い。

でも、もう痛くない。

心の方が、冷たい。

遠くから、柔らかな声が聞こえる。

「殿下?」

聖女が歩いてくる。

今日も光に包まれている。

「お話中でしたの?」

「いや、少しだけだ」

彼は微笑む。

その笑顔は、私に向けられることはない。

聖女が私を見る。

「お顔色が優れませんわ」

心配そうな声。

「無理はなさらないでくださいませ」

「……ありがとうございます」

「殿下は、あなたのことを本当に案じておられます」

案じて。

彼女の瞳が、私の首輪に落ちる。

一瞬、赤い宝石が強く光る。

「努力すれば、きっと」

彼女は囁く。

「まだ間に合いますわ」

まだ。

間に合う。

その言葉が、遠く感じる。

彼が言う。

「今日はもう休め」

命令のように。

私はうなずく。

足を動かす。

けれど、身体が軽い。

いや、空っぽだ。

廊下を歩く。

石床の冷たさが足裏に伝わる。

壁の装飾がぼやける。

誰も声をかけない。

誰も手を伸ばさない。

部屋に戻る。

扉を閉める。

静寂。

首輪に触れる。

熱い。

けれど。

心は、もう何も感じない。

「期待していない」

その言葉が、何度も反芻される。

期待。

それは、重かった。

応えようと、もがいていた。

今は、ない。

ぽっかりと穴が開く。

涙は出ない。

ただ、胸が空虚だ。

鏡に映る自分を見る。

首輪をつけた花嫁。

けれど、その目には光がない。

その夜。

首輪は、また熱を持つ。

けれど私は、抵抗しない。

吸われる感覚も、遠い。

もう、期待されていないのだから。

守るものも、失うものも、ない。

心が折れるとは、
泣くことではない。

何も感じなくなることだ。

私は静かに横になり、
目を閉じた。

そして初めて、思った。

――いなくなっても、いいのではないか。



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