『首輪を贈られた花嫁は、本物の聖女でした ~奪われた魔力と心を取り戻します~』

かおるこ

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第5話 誰もいない部屋

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第5話 誰もいない部屋

朝の空気は冷えていた。

窓の外では噴水の水音が静かに響いている。
けれど、私の部屋の中は、ひどく乾いていた。

「……お茶を」

声をかける。

返事がない。

いつもなら、すぐに侍女が現れる。
けれど今日は、扉の向こうが静まり返っている。

「ミリア?」

再び呼ぶ。

ようやく、控えめな声が返る。

「……申し訳ございません」

扉がわずかに開く。

ミリアは視線を合わせない。

「何かあったの?」

「いえ……その」

彼女の指が震えている。

「今日から、担当を外れるよう命じられました」

「……え?」

胸がひゅっと縮む。

「どうして?」

「わたくしでは、花嫁様のお役に立てないと……」

言い淀む。

その言葉の裏に、誰の意志があるか、すぐにわかった。

「殿下が?」

沈黙。

それが答えだった。

「他の侍女が参ります」

そう言って、彼女は頭を下げる。

いつもは、最後に小さく微笑んでくれた。

今日は、それもない。

扉が閉まる。

部屋が広く感じる。

静かすぎる。

首輪が、ひやりと冷たい。

昼食の時間。

食堂に入ると、会話が一瞬止まる。

「……あ」

誰かが目を逸らす。

以前は、使用人たちが深く頭を下げた。

今は、形だけ。

皿を置く手も、どこか雑だ。

スープの香りが鼻を刺す。

けれど、味がしない。

隣の席で囁き声。

「昨日の測定、見ました?」
「ほとんどゼロだとか」
「聖女様の負担になるわね」

ゼロ。

その言葉は、どこまでも追いかけてくる。

「何か言いましたか」

私が静かに問うと、
侍女は慌てて頭を下げる。

「い、いえ!」

けれど、その目には、以前の敬意はない。

ただの――失望。

午後。

父と母が訪ねてきた。

懐かしい香水の匂い。

安心するはずだった。

「お父様、お母様」

私は立ち上がる。

けれど、父は厳しい目で私を見る。

「座りなさい」

その声は、家にいた頃のものとは違う。

冷たい。

「測定の結果を聞いた」

「……はい」

母が溜息をつく。

「どうして、あのようなことに」

「努力は、しているつもりです」

「つもり、では足りない」

父の声が低く響く。

「王家に嫁ぐのだぞ」

「わかっています」

「わかっていないから、あの数値だ」

胸の奥がざわつく。

首輪が、わずかに温かい。

「聖女様は、幼い頃から魔力が強かった」

母が言う。

「あなたは……そうではなかったでしょう?」

幼い日の記憶が蘇る。

測定水晶。

曖昧な沈黙。

「それでも、努力してきました」

「足りない」

父ははっきり言う。

「殿下に迷惑をかけるな」

その言葉が、胸に落ちる。

迷惑。

「私だって……」

声が震える。

「私だって、必死に」

「泣き言を言うな」

ぴしゃりと遮られる。

「お前が選ばれたのは、家の名誉のためだ」

母がそっと付け足す。

「聖女様のように振る舞いなさい。
 あの方を見習いなさい」

見習う。

また、その言葉。

両親は立ち上がる。

「次に失態を見せれば、家としても立場がない」

扉が閉まる。

香水の匂いだけが残る。

部屋が、やけに静かだ。

夕刻。

彼が現れる。

窓辺に立つ私を見て、眉をひそめる。

「今日、両親が来ていたな」

「はい」

「何を言われた?」

「……努力が足りないと」

彼は鼻で笑う。

「その通りだ」

喉がひりつく。

「聖女様は、君を庇ってくださった」

「……はい」

「ありがたいと思いなさい」

ありがたい。

私はうなずく。

「使用人たちも、戸惑っている」

彼は続ける。

「婚約者が無能では、士気に関わる」

無能。

その言葉が、はっきりと落ちる。

「私は……無能なのでしょうか」

思わず聞いてしまう。

彼は一瞬黙る。

そして、冷静に言う。

「結果がすべてだ」

部屋の空気が、凍る。

「努力している、と言うのは簡単だ。
 だが数値は嘘をつかない」

首輪が、じわりと熱い。

吸われている。

今、この瞬間も。

「聖女様は、君を心配しておられた」

「……」

「見習いなさい」

その言葉は、もはや刃だ。

「君は一人では何もできない」

彼はそう言い残し、去る。

扉が閉まる。

音が、やけに大きい。

私は一人、立っている。

部屋は広い。

静かだ。

誰もいない。

侍女も。

両親も。

夫も。

味方は、いない。

首輪だけが、喉にある。

赤い宝石が、暗闇の中で小さく光る。

どくん。

どくん。

私の鼓動と、同じ速さで。

孤立とは、
声が届かないことではない。

声を出す相手が、誰もいないことだ。

私は、今日、初めて知った。

この城に。

私の居場所は、もうない。


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