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第9話 不当利得
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第9話 不当利得
玄関の空気は、張りつめたままだった。
健一の手の中で、契約書の紙がくしゃりと音を立てる。指の力が強すぎて、紙の端が少し折れていた。
「……ふざけんな」
低い声だった。
怒りを押し殺したような声。
由香が顔をしかめる。
「そんなの認めないから」
腕を組みながら言う。
「だっておかしいじゃない」
「遺言は健一くんなんだから」
黒崎は静かに答えた。
「遺言は有効です」
健一が言う。
「ほら見ろ」
黒崎は続ける。
「ただし」
玄関の空気がまた変わる。
「それとは別の問題があります」
健一が眉を寄せる。
「……何だよ」
黒崎は鞄を開いた。
中からクリアファイルを取り出す。
透明なファイルの中に、何枚ものコピー用紙が重なっている。
黒崎がそれをテーブルの上に置いた。
「これは」
紙の擦れる音が静かに響く。
「お父さまの年金口座の記録です」
健一の表情が固まる。
「……は?」
由香が言う。
「なんでそんなの持ってるの?」
黒崎は淡々と答えた。
「依頼人から委任を受け、調査しました」
美月は黙って立っている。
玄関の冷たい空気が、頬に触れていた。
黒崎が続ける。
「お父さまの年金は」
「三年間」
「兄である健一さんが管理していましたね」
健一が声を荒げる。
「それが何だ!」
「息子なんだから当たり前だろ!」
黒崎は紙を一枚めくる。
「その通りです」
「管理すること自体は問題ありません」
由香が言う。
「ほら」
「何も問題ないじゃない」
黒崎は視線を上げた。
「ただし」
その一言で、空気がまた重くなる。
「問題は」
「その使途です」
紙を指差す。
「こちらをご覧ください」
健一が紙を見る。
数字が並んでいる。
振込。
引き出し。
カード決済。
由香が眉を寄せる。
「何これ」
黒崎が言う。
「レストラン」
「旅行会社」
「ブランドショップ」
紙をめくる。
「そして」
「家賃」
健一が叫ぶ。
「だから何だ!」
黒崎は言った。
「これらの支出」
「ほぼすべて」
「お父さまの生活とは無関係です」
沈黙が落ちた。
由香が声を上げる。
「ちょっと!」
「父親なんだから!」
「家族で使ってもいいでしょ!」
黒崎は首を振る。
「それは」
「法律上」
「認められていません」
健一が叫ぶ。
「なんでだ!」
黒崎は答えた。
「他人の財産だからです」
その言葉は、冷たかった。
玄関の空気が凍る。
「年金は」
「お父さまの財産です」
「管理を任されていたとしても」
「私的に使うことは許されません」
健一の顔が赤くなる。
「そんなの!」
「知らなかった!」
黒崎は淡々と言う。
「知らなかったでは済みません」
紙をもう一枚出す。
「よって」
一拍置く。
そして言った。
> 「不当利得返還請求を行います」
その言葉は、静かだった。
しかし重かった。
由香が叫ぶ。
「はあ!?」
「何それ!」
健一も怒鳴る。
「ふざけんな!」
「そんなの払うわけないだろ!」
黒崎は視線を落とし、紙を整える。
「さらに」
その言葉に、美月は小さく息を吸った。
まだ終わっていない。
「もう一つあります」
由香が言う。
「まだあるの!?」
黒崎は次の資料を出した。
それは分厚いファイルだった。
中には、細かい文字が並んでいる。
「これは」
「介護記録です」
健一が顔をしかめる。
「……何だよそれ」
黒崎が言う。
「三年間の」
「介護内容の記録」
紙を開く。
「食事介助」
「排泄介助」
「入浴介助」
「夜間対応」
ページをめくる。
紙の音が静かに続く。
「回数」
「時間」
「すべて記録されています」
由香が震えた声で言う。
「……だから何?」
黒崎は答えた。
「これは」
「労働として評価できます」
健一が笑う。
「は?」
「介護が仕事だって?」
「家族だぞ!」
黒崎は冷静だった。
「家庭内でも」
「著しく負担が大きい場合」
「評価されるケースがあります」
そして言った。
「時給換算」
「夜間対応」
「介護労働」
紙をめくる。
最後のページを指す。
「三年間」
「合計」
一拍。
そして。
> 「約1200万円です」
沈黙。
完全な沈黙だった。
外で風が吹く。
玄関の隙間から冷たい空気が入る。
由香の顔が青くなる。
「……は?」
健一がつぶやく。
「……1200?」
黒崎はうなずく。
「さらに」
「年金の不当利得」
「合わせて」
「相当額になります」
由香が突然叫んだ。
「ふざけないでよ!!」
声が玄関に響く。
「介護くらい!」
「家族なんだから当然でしょ!!」
美月は静かに由香を見た。
そして言った。
「そう」
由香が睨む。
「何よ」
美月は言った。
「家族だから」
その声は静かだった。
「三年やった」
沈黙が落ちる。
そして美月は続けた。
「でも」
「もう終わり」
玄関の空気は、張りつめたままだった。
健一の手の中で、契約書の紙がくしゃりと音を立てる。指の力が強すぎて、紙の端が少し折れていた。
「……ふざけんな」
低い声だった。
怒りを押し殺したような声。
由香が顔をしかめる。
「そんなの認めないから」
腕を組みながら言う。
「だっておかしいじゃない」
「遺言は健一くんなんだから」
黒崎は静かに答えた。
「遺言は有効です」
健一が言う。
「ほら見ろ」
黒崎は続ける。
「ただし」
玄関の空気がまた変わる。
「それとは別の問題があります」
健一が眉を寄せる。
「……何だよ」
黒崎は鞄を開いた。
中からクリアファイルを取り出す。
透明なファイルの中に、何枚ものコピー用紙が重なっている。
黒崎がそれをテーブルの上に置いた。
「これは」
紙の擦れる音が静かに響く。
「お父さまの年金口座の記録です」
健一の表情が固まる。
「……は?」
由香が言う。
「なんでそんなの持ってるの?」
黒崎は淡々と答えた。
「依頼人から委任を受け、調査しました」
美月は黙って立っている。
玄関の冷たい空気が、頬に触れていた。
黒崎が続ける。
「お父さまの年金は」
「三年間」
「兄である健一さんが管理していましたね」
健一が声を荒げる。
「それが何だ!」
「息子なんだから当たり前だろ!」
黒崎は紙を一枚めくる。
「その通りです」
「管理すること自体は問題ありません」
由香が言う。
「ほら」
「何も問題ないじゃない」
黒崎は視線を上げた。
「ただし」
その一言で、空気がまた重くなる。
「問題は」
「その使途です」
紙を指差す。
「こちらをご覧ください」
健一が紙を見る。
数字が並んでいる。
振込。
引き出し。
カード決済。
由香が眉を寄せる。
「何これ」
黒崎が言う。
「レストラン」
「旅行会社」
「ブランドショップ」
紙をめくる。
「そして」
「家賃」
健一が叫ぶ。
「だから何だ!」
黒崎は言った。
「これらの支出」
「ほぼすべて」
「お父さまの生活とは無関係です」
沈黙が落ちた。
由香が声を上げる。
「ちょっと!」
「父親なんだから!」
「家族で使ってもいいでしょ!」
黒崎は首を振る。
「それは」
「法律上」
「認められていません」
健一が叫ぶ。
「なんでだ!」
黒崎は答えた。
「他人の財産だからです」
その言葉は、冷たかった。
玄関の空気が凍る。
「年金は」
「お父さまの財産です」
「管理を任されていたとしても」
「私的に使うことは許されません」
健一の顔が赤くなる。
「そんなの!」
「知らなかった!」
黒崎は淡々と言う。
「知らなかったでは済みません」
紙をもう一枚出す。
「よって」
一拍置く。
そして言った。
> 「不当利得返還請求を行います」
その言葉は、静かだった。
しかし重かった。
由香が叫ぶ。
「はあ!?」
「何それ!」
健一も怒鳴る。
「ふざけんな!」
「そんなの払うわけないだろ!」
黒崎は視線を落とし、紙を整える。
「さらに」
その言葉に、美月は小さく息を吸った。
まだ終わっていない。
「もう一つあります」
由香が言う。
「まだあるの!?」
黒崎は次の資料を出した。
それは分厚いファイルだった。
中には、細かい文字が並んでいる。
「これは」
「介護記録です」
健一が顔をしかめる。
「……何だよそれ」
黒崎が言う。
「三年間の」
「介護内容の記録」
紙を開く。
「食事介助」
「排泄介助」
「入浴介助」
「夜間対応」
ページをめくる。
紙の音が静かに続く。
「回数」
「時間」
「すべて記録されています」
由香が震えた声で言う。
「……だから何?」
黒崎は答えた。
「これは」
「労働として評価できます」
健一が笑う。
「は?」
「介護が仕事だって?」
「家族だぞ!」
黒崎は冷静だった。
「家庭内でも」
「著しく負担が大きい場合」
「評価されるケースがあります」
そして言った。
「時給換算」
「夜間対応」
「介護労働」
紙をめくる。
最後のページを指す。
「三年間」
「合計」
一拍。
そして。
> 「約1200万円です」
沈黙。
完全な沈黙だった。
外で風が吹く。
玄関の隙間から冷たい空気が入る。
由香の顔が青くなる。
「……は?」
健一がつぶやく。
「……1200?」
黒崎はうなずく。
「さらに」
「年金の不当利得」
「合わせて」
「相当額になります」
由香が突然叫んだ。
「ふざけないでよ!!」
声が玄関に響く。
「介護くらい!」
「家族なんだから当然でしょ!!」
美月は静かに由香を見た。
そして言った。
「そう」
由香が睨む。
「何よ」
美月は言った。
「家族だから」
その声は静かだった。
「三年やった」
沈黙が落ちる。
そして美月は続けた。
「でも」
「もう終わり」
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