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第1話「Welcome to Paradise」
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第1話「Welcome to Paradise」
機体が着陸態勢に入った瞬間、キャビンに歓声が弾けた。
「やば、海やばくない?」
窓の外には、絵の具を溶かしたみたいなターコイズブルーが広がっている。太陽の光を受けて、海面は無数のガラス片みたいにきらめいていた。プライベートジェットの革張りシートに沈みながら、リナはスマホを掲げる。
「ちょっと待って、逆光。え、これ加工いらなくない?」
隣でシャンパンの栓が乾いた音を立てて弾けた。泡が溢れ、甘い香りが機内の冷たい空気に混ざる。
「Welcome to Paradise, bitches!」
ケンジがグラスを掲げる。仮想通貨で一発当てたと豪語する男は、サングラス越しに皆を見渡した。
「今回のフェス、ガチで世界変わるから。VIP限定、選ばれし者だけ。俺ら、勝ち組。」
「#Blessed ね」
ナナが笑う。真っ赤なルージュが歯に少しだけついているのを、誰も指摘しない。
機体が滑走路に触れ、ゴムが焼ける匂いが一瞬鼻をかすめた。振動が足の裏から背骨へと抜ける。着陸。
拍手。
ドアが開いた途端、熱が流れ込んできた。
湿った、重たい熱気。甘い花の匂いと、潮の匂い。喉の奥に塩がざらりと残る。
「うわ、暑っ!」
リナが笑いながらタラップを降りる。ヒールが金属を打つ甲高い音。まぶしさで目が焼けそうになる。サングラスをかけても、光は肌を刺す。
遠くに、白い砂浜。
そして——カラフルな旗。
「ほら、やっぱちゃんとしてるじゃん!」
ビーチに並ぶテントは、雑誌で見た“グランピング”そのものだった。真っ白なキャンバス地。風に揺れるリボン。ヤシの葉がざわざわと鳴く。
スピーカーからはゆるいハウスミュージック。
「これ絶対バズる」
「ライブ配信しよ」
「待って、まず乾杯動画」
彼らは砂を踏みしめながら進む。砂は驚くほど柔らかく、足が沈む。熱い。素足になれば火傷しそうだ。
テントの前にクーラーボックスが置いてある。中にはミネラルウォーターと、パックのサンドイッチ。
「……え?」
ケンジが箱を持ち上げる。
「これだけ?」
「え、スタッフは?」
辺りを見回す。
さっきまで滑走路にいたはずの誘導員も、荷物を運んでいた男たちも、姿がない。
「まあ、裏で準備してんじゃない?」
ナナが笑う。
「サプライズ演出とか。夜にドーンってDJ出てきて、花火上がるやつ。」
「だよね。焦らす系でしょ。」
リナはスマホを構える。
「はいみんなー!今、バハマ着きましたー!」
画面は“圏外”。
「……あれ?」
もう一度。再起動。
圏外。
「Wi-Fiは?」
「パスワードどこ?」
テントの中を探る。ベッドは簡素なマットレス。シーツは新品の匂いがするが、冷蔵庫も電源もない。
「コンセントないんだけど」
「は?」
ケンジが笑い飛ばす。
「いやいや、さすがにそれはない。発電機あるでしょ。」
ビーチの端まで歩く。太陽は頭上から容赦なく照りつける。汗が背中を伝う。塩気が唇に溜まる。
発電機はない。
ステージもない。
あるのは、風でぱたぱた鳴る布と、白いテントだけ。
音楽が止まった。
急に静かになる。
さっきまで聞こえていたはずのスピーカーは、砂浜に無造作に置かれている。電源が落ちている。
「……ねえ、ちょっと待って」
ナナの声が細くなる。
遠くで波が砕ける音。一定のリズム。ざあ、ざあ。
それだけ。
「スタッフどこ?」
誰も答えない。
滑走路の方を見る。小さな飛行機が、今まさに離陸しているところだった。
「え、ちょっと待って待って待って」
ケンジが走る。砂に足を取られ、よろける。飛行機は空へ上がり、青に溶けていく。
音が遠ざかる。
「嘘だろ」
胸の奥が、ひやりと冷える。汗で濡れたTシャツが肌に張り付く感触が急に不快になる。
「これ、演出だよね?」
リナが笑おうとする。喉が乾いて、声が掠れる。
「さすがに置き去りはないって」
「だよな。ありえないって」
ケンジの笑いが、空回る。
沈黙。
波音。
風。
ヤシの葉が、ざわり、と揺れる。
その時、テントの一つから叫び声が上がった。
「ちょっと来て!」
全員が振り向く。心臓の鼓動が、耳の裏でうるさい。
テントの中。
テーブルの上に、封筒が一枚。
白い紙。封は開いている。
ケンジが手に取る。指がわずかに震えている。
中には一枚のカード。
黒い文字。
《Welcome to Paradise.
ここからは自己責任でお楽しみください。
救助は三日後。》
「……は?」
リナの喉が鳴る。
「三日?」
ナナの顔から血の気が引く。
外では、風が少し強くなっていた。テントの布がばさりと鳴る。どこかで金属がきしむ。
「冗談でしょ」
ケンジがカードを握り潰す。
「三日ってなんだよ。水これだけだぞ?」
クーラーボックスを開ける。水は十本ほど。七人。
汗が目に入り、視界が滲む。
空はどこまでも青い。
楽園みたいに、美しい。
その美しさが、急に恐ろしく思えた。
「ねえ……」
リナが小さく言う。
「これ、ガチ?」
誰も答えない。
波の音が、さっきより大きく聞こえる。
喉が渇く。
舌の上に、砂のざらつき。
太陽が、じりじりと皮膚を焼く。
笑い声は、もうどこにもなかった。
機体が着陸態勢に入った瞬間、キャビンに歓声が弾けた。
「やば、海やばくない?」
窓の外には、絵の具を溶かしたみたいなターコイズブルーが広がっている。太陽の光を受けて、海面は無数のガラス片みたいにきらめいていた。プライベートジェットの革張りシートに沈みながら、リナはスマホを掲げる。
「ちょっと待って、逆光。え、これ加工いらなくない?」
隣でシャンパンの栓が乾いた音を立てて弾けた。泡が溢れ、甘い香りが機内の冷たい空気に混ざる。
「Welcome to Paradise, bitches!」
ケンジがグラスを掲げる。仮想通貨で一発当てたと豪語する男は、サングラス越しに皆を見渡した。
「今回のフェス、ガチで世界変わるから。VIP限定、選ばれし者だけ。俺ら、勝ち組。」
「#Blessed ね」
ナナが笑う。真っ赤なルージュが歯に少しだけついているのを、誰も指摘しない。
機体が滑走路に触れ、ゴムが焼ける匂いが一瞬鼻をかすめた。振動が足の裏から背骨へと抜ける。着陸。
拍手。
ドアが開いた途端、熱が流れ込んできた。
湿った、重たい熱気。甘い花の匂いと、潮の匂い。喉の奥に塩がざらりと残る。
「うわ、暑っ!」
リナが笑いながらタラップを降りる。ヒールが金属を打つ甲高い音。まぶしさで目が焼けそうになる。サングラスをかけても、光は肌を刺す。
遠くに、白い砂浜。
そして——カラフルな旗。
「ほら、やっぱちゃんとしてるじゃん!」
ビーチに並ぶテントは、雑誌で見た“グランピング”そのものだった。真っ白なキャンバス地。風に揺れるリボン。ヤシの葉がざわざわと鳴く。
スピーカーからはゆるいハウスミュージック。
「これ絶対バズる」
「ライブ配信しよ」
「待って、まず乾杯動画」
彼らは砂を踏みしめながら進む。砂は驚くほど柔らかく、足が沈む。熱い。素足になれば火傷しそうだ。
テントの前にクーラーボックスが置いてある。中にはミネラルウォーターと、パックのサンドイッチ。
「……え?」
ケンジが箱を持ち上げる。
「これだけ?」
「え、スタッフは?」
辺りを見回す。
さっきまで滑走路にいたはずの誘導員も、荷物を運んでいた男たちも、姿がない。
「まあ、裏で準備してんじゃない?」
ナナが笑う。
「サプライズ演出とか。夜にドーンってDJ出てきて、花火上がるやつ。」
「だよね。焦らす系でしょ。」
リナはスマホを構える。
「はいみんなー!今、バハマ着きましたー!」
画面は“圏外”。
「……あれ?」
もう一度。再起動。
圏外。
「Wi-Fiは?」
「パスワードどこ?」
テントの中を探る。ベッドは簡素なマットレス。シーツは新品の匂いがするが、冷蔵庫も電源もない。
「コンセントないんだけど」
「は?」
ケンジが笑い飛ばす。
「いやいや、さすがにそれはない。発電機あるでしょ。」
ビーチの端まで歩く。太陽は頭上から容赦なく照りつける。汗が背中を伝う。塩気が唇に溜まる。
発電機はない。
ステージもない。
あるのは、風でぱたぱた鳴る布と、白いテントだけ。
音楽が止まった。
急に静かになる。
さっきまで聞こえていたはずのスピーカーは、砂浜に無造作に置かれている。電源が落ちている。
「……ねえ、ちょっと待って」
ナナの声が細くなる。
遠くで波が砕ける音。一定のリズム。ざあ、ざあ。
それだけ。
「スタッフどこ?」
誰も答えない。
滑走路の方を見る。小さな飛行機が、今まさに離陸しているところだった。
「え、ちょっと待って待って待って」
ケンジが走る。砂に足を取られ、よろける。飛行機は空へ上がり、青に溶けていく。
音が遠ざかる。
「嘘だろ」
胸の奥が、ひやりと冷える。汗で濡れたTシャツが肌に張り付く感触が急に不快になる。
「これ、演出だよね?」
リナが笑おうとする。喉が乾いて、声が掠れる。
「さすがに置き去りはないって」
「だよな。ありえないって」
ケンジの笑いが、空回る。
沈黙。
波音。
風。
ヤシの葉が、ざわり、と揺れる。
その時、テントの一つから叫び声が上がった。
「ちょっと来て!」
全員が振り向く。心臓の鼓動が、耳の裏でうるさい。
テントの中。
テーブルの上に、封筒が一枚。
白い紙。封は開いている。
ケンジが手に取る。指がわずかに震えている。
中には一枚のカード。
黒い文字。
《Welcome to Paradise.
ここからは自己責任でお楽しみください。
救助は三日後。》
「……は?」
リナの喉が鳴る。
「三日?」
ナナの顔から血の気が引く。
外では、風が少し強くなっていた。テントの布がばさりと鳴る。どこかで金属がきしむ。
「冗談でしょ」
ケンジがカードを握り潰す。
「三日ってなんだよ。水これだけだぞ?」
クーラーボックスを開ける。水は十本ほど。七人。
汗が目に入り、視界が滲む。
空はどこまでも青い。
楽園みたいに、美しい。
その美しさが、急に恐ろしく思えた。
「ねえ……」
リナが小さく言う。
「これ、ガチ?」
誰も答えない。
波の音が、さっきより大きく聞こえる。
喉が渇く。
舌の上に、砂のざらつき。
太陽が、じりじりと皮膚を焼く。
笑い声は、もうどこにもなかった。
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