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最終話「パラダイスの後」
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最終話「パラダイスの後」
ヘリの中は、異様に静かだった。
爆音でローターが回っているのに、耳が詰まったみたいに音が遠い。
湿った体に毛布をかけられ、金属の匂いと油の匂いが鼻を刺す。
ナナは震えていた。
寒さじゃない。
生きているという実感が、逆に怖い。
「大丈夫ですか?」
救助隊員が言う。
ナナは頷こうとして、うまく動かなかった。
下を見る。
嵐の海。
あの島が小さく遠ざかっていく。
タクミの姿はもう見えない。
「……タクミ」
声はローター音に飲み込まれた。
---
数日後。
空港の到着ロビーはフラッシュで白く染まっていた。
「こちらです!こちら!」
「今回の件について一言!」
「監禁状態だったというのは本当ですか!?」
カメラ。
マイク。
記者の声。
目が痛い。
ナナは目を伏せる。
ミオはサングラスをかけていたが、レンズ越しでも分かるくらい顔色が悪い。
ケンジは顎を引き、無言を貫く。
ユウタは、少しだけ顎を上げていた。
「命の危険があったと?」
記者が問いかける。
ユウタが答える。
「……あれは、実験という名の暴力です」
一瞬、空気が止まる。
「私たちは騙され、命を脅かされた」
その言葉は、よく通る。
ナナが顔を上げる。
「ちが——」
言いかけて、喉が止まる。
ミオが小さく言う。
「今は、何も言わない方がいい」
記者たちは食いついた。
「主催者は誰なんですか?」
「内部に協力者がいたという話も——」
ケンジが低く言う。
「捜査中です」
その声は落ち着いている。
嘘は言っていない。
でも、真実も言っていない。
---
夜。
スマホの画面が、青白く顔を照らす。
ナナは自室のベッドに座っている。
エアコンの風が静かに流れ、柔らかなシーツが肌に触れる。
あの砂のざらつきとは違う。
安全な匂い。
画面には、自分の名前。
トレンド入り。
《#パリビザマァ》
《#生還者インタビュー》
《#社会実験の闇》
通知が止まらない。
フォロワー数。
増えている。
「……なんで」
ナナの指が震える。
メッセージが届く。
《勇気もらいました》
《あなたは被害者だよ》
《よく生きて帰ってきたね》
被害者。
その言葉が、甘い。
胸の奥で、何かがざわりと動く。
同じ頃。
ユウタはライブ配信をしていた。
「正直、俺は怒ってます」
カメラに向かって、真剣な顔を作る。
「これはエンタメじゃない。人権問題です」
コメント欄が流れる。
《応援してます!》
《被害者代表だね》
《真実を語って!》
ユウタのフォロワー数が跳ね上がる。
通知音が鳴り続ける。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
彼は一瞬、口角を上げかけて、すぐに抑えた。
「……俺は、絶対に許さない」
その言葉に、ハートが大量に流れる。
---
ミオは、動画を投稿していた。
背景は白い壁。
すっぴん。
目は腫れている。
「私は、過去に間違いを犯しました」
声は震えている。
「そして、逃げていました」
一拍。
「でも、忘れません」
コメントは賛否両論。
《遅い》
《やっと気づいた?》
《応援します》
ミオは画面を見つめる。
涙がこぼれる。
それが本物なのか、もう自分でも分からない。
---
ケンジは会見を開いた。
スーツ姿。
淡々とした口調。
「我々は被害者であり、同時に、社会の歪みを映す鏡だったのかもしれません」
記者がざわつく。
難しい言葉。
うまい言い回し。
株価は少し下がったが、話題性で新しい案件の話が来ている。
彼はスマホを見て、フォロワー数を確認する。
増えている。
微笑みが、ほんのわずかに浮かぶ。
---
ナナは、画面を見つめながら呟く。
「……これ、何?」
フォロワーは、あの日よりも多い。
守られたから?
可哀想だったから?
タクミの声が、耳の奥で蘇る。
——“守られたやつが、生きろ”
ナナは、震える指で投稿画面を開く。
《私は被害者じゃない》
打ちかけて、止まる。
画面がにじむ。
通知が鳴る。
《インタビュー出演依頼》
胸が締めつけられる。
「……どうすればいいの」
答える人はいない。
---
数週間後。
事件は世界的ニュースになった。
ドキュメンタリー番組。
海外メディア。
分析動画。
専門家が語る。
「これはSNS時代の公開処刑です」
「クラウドファンディングによる私刑の危険性」
コメント欄は荒れ続ける。
誰が悪いのか。
誰が被害者か。
誰が加害者か。
答えは、分裂したまま。
---
そして。
あるデータが話題になる。
《フォロワー増加数ランキング》
一位。
ユウタ。
“被害者代表”として最も声を上げた男。
彼は画面を見て、静かに笑う。
「……ザマァ、だな」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
---
最後のカット。
晴れた空。
嵐の痕跡も消えたバハマの島。
白い砂浜。
青い海。
誰もいない。
波が穏やかに打ち寄せる。
そこに、新しい看板が立っている。
鮮やかなロゴ。
《PARADISE REVIVE FEST》
下に、小さく英語。
“Experience the truth of yourself.”
さらに、その下。
黒い文字。
「Season2 Coming Soon」
風が吹く。
看板が、ぎしり、と鳴る。
遠くの空に、小さなドローンが一機。
静かに、旋回している。
見ている。
いつまでも。
ヘリの中は、異様に静かだった。
爆音でローターが回っているのに、耳が詰まったみたいに音が遠い。
湿った体に毛布をかけられ、金属の匂いと油の匂いが鼻を刺す。
ナナは震えていた。
寒さじゃない。
生きているという実感が、逆に怖い。
「大丈夫ですか?」
救助隊員が言う。
ナナは頷こうとして、うまく動かなかった。
下を見る。
嵐の海。
あの島が小さく遠ざかっていく。
タクミの姿はもう見えない。
「……タクミ」
声はローター音に飲み込まれた。
---
数日後。
空港の到着ロビーはフラッシュで白く染まっていた。
「こちらです!こちら!」
「今回の件について一言!」
「監禁状態だったというのは本当ですか!?」
カメラ。
マイク。
記者の声。
目が痛い。
ナナは目を伏せる。
ミオはサングラスをかけていたが、レンズ越しでも分かるくらい顔色が悪い。
ケンジは顎を引き、無言を貫く。
ユウタは、少しだけ顎を上げていた。
「命の危険があったと?」
記者が問いかける。
ユウタが答える。
「……あれは、実験という名の暴力です」
一瞬、空気が止まる。
「私たちは騙され、命を脅かされた」
その言葉は、よく通る。
ナナが顔を上げる。
「ちが——」
言いかけて、喉が止まる。
ミオが小さく言う。
「今は、何も言わない方がいい」
記者たちは食いついた。
「主催者は誰なんですか?」
「内部に協力者がいたという話も——」
ケンジが低く言う。
「捜査中です」
その声は落ち着いている。
嘘は言っていない。
でも、真実も言っていない。
---
夜。
スマホの画面が、青白く顔を照らす。
ナナは自室のベッドに座っている。
エアコンの風が静かに流れ、柔らかなシーツが肌に触れる。
あの砂のざらつきとは違う。
安全な匂い。
画面には、自分の名前。
トレンド入り。
《#パリビザマァ》
《#生還者インタビュー》
《#社会実験の闇》
通知が止まらない。
フォロワー数。
増えている。
「……なんで」
ナナの指が震える。
メッセージが届く。
《勇気もらいました》
《あなたは被害者だよ》
《よく生きて帰ってきたね》
被害者。
その言葉が、甘い。
胸の奥で、何かがざわりと動く。
同じ頃。
ユウタはライブ配信をしていた。
「正直、俺は怒ってます」
カメラに向かって、真剣な顔を作る。
「これはエンタメじゃない。人権問題です」
コメント欄が流れる。
《応援してます!》
《被害者代表だね》
《真実を語って!》
ユウタのフォロワー数が跳ね上がる。
通知音が鳴り続ける。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
彼は一瞬、口角を上げかけて、すぐに抑えた。
「……俺は、絶対に許さない」
その言葉に、ハートが大量に流れる。
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ミオは、動画を投稿していた。
背景は白い壁。
すっぴん。
目は腫れている。
「私は、過去に間違いを犯しました」
声は震えている。
「そして、逃げていました」
一拍。
「でも、忘れません」
コメントは賛否両論。
《遅い》
《やっと気づいた?》
《応援します》
ミオは画面を見つめる。
涙がこぼれる。
それが本物なのか、もう自分でも分からない。
---
ケンジは会見を開いた。
スーツ姿。
淡々とした口調。
「我々は被害者であり、同時に、社会の歪みを映す鏡だったのかもしれません」
記者がざわつく。
難しい言葉。
うまい言い回し。
株価は少し下がったが、話題性で新しい案件の話が来ている。
彼はスマホを見て、フォロワー数を確認する。
増えている。
微笑みが、ほんのわずかに浮かぶ。
---
ナナは、画面を見つめながら呟く。
「……これ、何?」
フォロワーは、あの日よりも多い。
守られたから?
可哀想だったから?
タクミの声が、耳の奥で蘇る。
——“守られたやつが、生きろ”
ナナは、震える指で投稿画面を開く。
《私は被害者じゃない》
打ちかけて、止まる。
画面がにじむ。
通知が鳴る。
《インタビュー出演依頼》
胸が締めつけられる。
「……どうすればいいの」
答える人はいない。
---
数週間後。
事件は世界的ニュースになった。
ドキュメンタリー番組。
海外メディア。
分析動画。
専門家が語る。
「これはSNS時代の公開処刑です」
「クラウドファンディングによる私刑の危険性」
コメント欄は荒れ続ける。
誰が悪いのか。
誰が被害者か。
誰が加害者か。
答えは、分裂したまま。
---
そして。
あるデータが話題になる。
《フォロワー増加数ランキング》
一位。
ユウタ。
“被害者代表”として最も声を上げた男。
彼は画面を見て、静かに笑う。
「……ザマァ、だな」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
---
最後のカット。
晴れた空。
嵐の痕跡も消えたバハマの島。
白い砂浜。
青い海。
誰もいない。
波が穏やかに打ち寄せる。
そこに、新しい看板が立っている。
鮮やかなロゴ。
《PARADISE REVIVE FEST》
下に、小さく英語。
“Experience the truth of yourself.”
さらに、その下。
黒い文字。
「Season2 Coming Soon」
風が吹く。
看板が、ぎしり、と鳴る。
遠くの空に、小さなドローンが一機。
静かに、旋回している。
見ている。
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