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第9話「ザマァ」
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第9話「ザマァ」
空の色が、朝からおかしかった。
灰色。
重たく垂れ込めた雲が、島全体を押しつぶすみたいに低い。
湿った風が強くなり、潮の匂いに金属みたいな匂いが混じる。
遠くで雷が鳴った。
「……やばくない?」
ナナの声が震える。
波はすでに荒れていた。昨日までの穏やかな青は消え、白い泡が岩に叩きつけられている。
タクミが空を見上げる。
「嵐来る」
その言葉と同時に、突風が吹いた。
テントがばさりとめくれ、支柱がきしむ。砂が巻き上がり、目に入り、口に入り、じゃり、と歯に当たる。
「押さえて!」
ミオが支柱にしがみつく。風が髪を引っ張り、首が痛い。
ケンジが怒鳴る。
「テント畳め!飛ばされるぞ!」
ユウタはサバ缶の箱を抱えていた。
それを守るみたいに。
タクミが叫ぶ。
「荷物捨てろ!命優先だ!」
雷が落ちた。
地面が震える。
耳鳴り。
鼻の奥に焦げた匂い。
雨が一気に降り出した。
冷たい。
痛い。
叩きつけるみたいな雨。
ナナが滑って転ぶ。
「きゃっ!」
ミオが咄嗟に手を伸ばす。
「ナナ!」
その瞬間、テントの一角が強風で倒れた。
「危ない!」
ケンジがミオを引き寄せる。布が地面に叩きつけられ、支柱が折れる音が響く。
嵐は容赦がない。
風は怒鳴り声をかき消し、波は島を飲み込もうとする。
その時——
スピーカーが、雨に打たれながらも鳴った。
ザー……ザー……ノイズ。
そして機械音声。
「救助ヘリが接近中」
全員が顔を上げる。
「ただし——」
雷鳴。
「搭乗できるのは二名のみ」
「は!?」
ユウタが叫ぶ。
「ふざけんな!」
機械音声は続く。
「選定基準は一つ。“誰かを守ったかどうか”」
ナナが息を呑む。
「守った……?」
ミオが震える。
「どういうこと……」
タクミが歯を食いしばる。
「……試してる」
ケンジが怒鳴る。
「二人だけ!?六人いるんだぞ!」
風がさらに強まる。
遠くから、ヘリの音が聞こえ始める。
バラララララ——
低く、重い振動が空気を揺らす。
ユウタの目がぎらつく。
「二人だろ?じゃあ決まりじゃん」
「何が」
ナナが睨む。
「体力あるやつ。生き残れるやつ」
ケンジが水を抱えたまま言う。
「合理的に考えろ」
タクミが叫ぶ。
「合理で守ったことになるか!」
雷がまた落ちる。
ミオが叫ぶ。
「やめて!もうやめて!」
ヘリの音が近づく。
風圧で砂が舞い上がる。
スピーカーが最後に言った。
「守った行動は、記録済み」
全員が凍る。
記録。
ドローン。
監視カメラ。
ユウタが吐き捨てる。
「は?いつだよ」
ナナが小さく言う。
「……リナ」
全員の視線が動く。
リナが倒れた時。
ミオが水を口に含ませた。
ナナが日陰を作ろうと布を広げた。
ケンジが救助を呼ぼうと走った。
ユウタは——
一瞬、ユウタの顔が硬直する。
「俺だって……」
言葉が詰まる。
風がさらに唸る。
突然、波が高く跳ね上がり、ナナの足元をさらう。
「きゃあっ!」
ナナが崖の縁に滑る。
「ナナ!」
ミオが駆けるが、足を取られ転ぶ。
ナナの指が岩を掴む。
爪が割れ、血が滲む。
「助けて!」
ユウタが一瞬動きかけるが、風に押されて足が止まる。
ケンジが水のボトルを落とす。
「くそっ!」
その瞬間。
タクミが走った。
躊躇なく。
風に逆らい、崖の縁へ。
「タクミ!」
ユウタが叫ぶ。
タクミは腹を押さえながらも、ナナの腕を掴む。
「離すな!」
「無理……!」
「離すなって言ってる!」
波がもう一度打ち寄せる。
タクミの体が半分、崖の外へ引きずられる。
ケンジが叫ぶ。
「戻れ!危ない!」
タクミが歯を食いしばる。
「ナナ、見ろ俺を!」
ナナの目がタクミを見る。
恐怖で濡れている。
「……ごめん」
「謝るな!」
タクミが叫ぶ。
「掴め!」
ユウタがようやく動く。
タクミの足を掴む。
「離すなよ!」
ケンジも加わる。
三人で引く。
筋肉が軋む。
腕が震える。
雷が落ちる。
白い閃光。
その瞬間、ナナの体が引き上げられた。
砂の上に転がる。
「はあ……はあ……」
ナナが泣きながら息をする。
タクミは仰向けに倒れる。
胸が上下する。
その時、ヘリが真上に来た。
風圧で砂が巻き上がる。
目が開けられない。
拡声器の声が響く。
「搭乗対象、確定」
全員が息を呑む。
「タクミ、ナナ」
嵐の中、時間が止まる。
ナナが顔を上げる。
「……私?」
拡声器が繰り返す。
「守る行動を確認。二名、速やかに搭乗せよ」
ユウタが叫ぶ。
「ふざけんな!俺だって——」
言葉が途切れる。
映像は記録されている。
タクミがゆっくり起き上がる。
「……行け」
ナナが首を振る。
「一人でいい」
「二人だ」
「私、行けない」
涙と雨で顔がぐしゃぐしゃだ。
「みんな置いてけない」
タクミが笑う。
こんな状況なのに、少しだけ柔らかい笑み。
「置いてかれるのは慣れてる」
「何言ってるの」
「俺は主催側だ。裏にルートある」
それは嘘だと、ユウタでも分かった。
「タクミ……」
ケンジが言う。
タクミはナナの手を握る。
「行け」
「嫌」
「行け」
声が強い。
ヘリのロープが降りてくる。
風が強い。
時間がない。
タクミがナナを押し出す。
「守られたやつが、生きろ」
ナナが泣き叫ぶ。
「タクミ!」
ユウタが呟く。
「……ヒーロー気取りかよ」
でもその声は震えている。
ナナがロープに掴まる。
引き上げられていく。
タクミは砂の上に立ち、見上げる。
雨が顔を打つ。
ケンジが言う。
「お前も行けよ!」
タクミは首を振る。
「……俺は、まだやることある」
ヘリが旋回する。
その瞬間、タクミがぽつりと呟く。
「ザマァって、言われるのは俺の方かもな」
風に消えそうな声。
ヘリはナナを乗せ、嵐の向こうへ消える。
残された四人。
波がさらに高くなる。
雨は止まない。
守った者と、守らなかった者。
その差だけが、砂浜にくっきりと残っていた。
空の色が、朝からおかしかった。
灰色。
重たく垂れ込めた雲が、島全体を押しつぶすみたいに低い。
湿った風が強くなり、潮の匂いに金属みたいな匂いが混じる。
遠くで雷が鳴った。
「……やばくない?」
ナナの声が震える。
波はすでに荒れていた。昨日までの穏やかな青は消え、白い泡が岩に叩きつけられている。
タクミが空を見上げる。
「嵐来る」
その言葉と同時に、突風が吹いた。
テントがばさりとめくれ、支柱がきしむ。砂が巻き上がり、目に入り、口に入り、じゃり、と歯に当たる。
「押さえて!」
ミオが支柱にしがみつく。風が髪を引っ張り、首が痛い。
ケンジが怒鳴る。
「テント畳め!飛ばされるぞ!」
ユウタはサバ缶の箱を抱えていた。
それを守るみたいに。
タクミが叫ぶ。
「荷物捨てろ!命優先だ!」
雷が落ちた。
地面が震える。
耳鳴り。
鼻の奥に焦げた匂い。
雨が一気に降り出した。
冷たい。
痛い。
叩きつけるみたいな雨。
ナナが滑って転ぶ。
「きゃっ!」
ミオが咄嗟に手を伸ばす。
「ナナ!」
その瞬間、テントの一角が強風で倒れた。
「危ない!」
ケンジがミオを引き寄せる。布が地面に叩きつけられ、支柱が折れる音が響く。
嵐は容赦がない。
風は怒鳴り声をかき消し、波は島を飲み込もうとする。
その時——
スピーカーが、雨に打たれながらも鳴った。
ザー……ザー……ノイズ。
そして機械音声。
「救助ヘリが接近中」
全員が顔を上げる。
「ただし——」
雷鳴。
「搭乗できるのは二名のみ」
「は!?」
ユウタが叫ぶ。
「ふざけんな!」
機械音声は続く。
「選定基準は一つ。“誰かを守ったかどうか”」
ナナが息を呑む。
「守った……?」
ミオが震える。
「どういうこと……」
タクミが歯を食いしばる。
「……試してる」
ケンジが怒鳴る。
「二人だけ!?六人いるんだぞ!」
風がさらに強まる。
遠くから、ヘリの音が聞こえ始める。
バラララララ——
低く、重い振動が空気を揺らす。
ユウタの目がぎらつく。
「二人だろ?じゃあ決まりじゃん」
「何が」
ナナが睨む。
「体力あるやつ。生き残れるやつ」
ケンジが水を抱えたまま言う。
「合理的に考えろ」
タクミが叫ぶ。
「合理で守ったことになるか!」
雷がまた落ちる。
ミオが叫ぶ。
「やめて!もうやめて!」
ヘリの音が近づく。
風圧で砂が舞い上がる。
スピーカーが最後に言った。
「守った行動は、記録済み」
全員が凍る。
記録。
ドローン。
監視カメラ。
ユウタが吐き捨てる。
「は?いつだよ」
ナナが小さく言う。
「……リナ」
全員の視線が動く。
リナが倒れた時。
ミオが水を口に含ませた。
ナナが日陰を作ろうと布を広げた。
ケンジが救助を呼ぼうと走った。
ユウタは——
一瞬、ユウタの顔が硬直する。
「俺だって……」
言葉が詰まる。
風がさらに唸る。
突然、波が高く跳ね上がり、ナナの足元をさらう。
「きゃあっ!」
ナナが崖の縁に滑る。
「ナナ!」
ミオが駆けるが、足を取られ転ぶ。
ナナの指が岩を掴む。
爪が割れ、血が滲む。
「助けて!」
ユウタが一瞬動きかけるが、風に押されて足が止まる。
ケンジが水のボトルを落とす。
「くそっ!」
その瞬間。
タクミが走った。
躊躇なく。
風に逆らい、崖の縁へ。
「タクミ!」
ユウタが叫ぶ。
タクミは腹を押さえながらも、ナナの腕を掴む。
「離すな!」
「無理……!」
「離すなって言ってる!」
波がもう一度打ち寄せる。
タクミの体が半分、崖の外へ引きずられる。
ケンジが叫ぶ。
「戻れ!危ない!」
タクミが歯を食いしばる。
「ナナ、見ろ俺を!」
ナナの目がタクミを見る。
恐怖で濡れている。
「……ごめん」
「謝るな!」
タクミが叫ぶ。
「掴め!」
ユウタがようやく動く。
タクミの足を掴む。
「離すなよ!」
ケンジも加わる。
三人で引く。
筋肉が軋む。
腕が震える。
雷が落ちる。
白い閃光。
その瞬間、ナナの体が引き上げられた。
砂の上に転がる。
「はあ……はあ……」
ナナが泣きながら息をする。
タクミは仰向けに倒れる。
胸が上下する。
その時、ヘリが真上に来た。
風圧で砂が巻き上がる。
目が開けられない。
拡声器の声が響く。
「搭乗対象、確定」
全員が息を呑む。
「タクミ、ナナ」
嵐の中、時間が止まる。
ナナが顔を上げる。
「……私?」
拡声器が繰り返す。
「守る行動を確認。二名、速やかに搭乗せよ」
ユウタが叫ぶ。
「ふざけんな!俺だって——」
言葉が途切れる。
映像は記録されている。
タクミがゆっくり起き上がる。
「……行け」
ナナが首を振る。
「一人でいい」
「二人だ」
「私、行けない」
涙と雨で顔がぐしゃぐしゃだ。
「みんな置いてけない」
タクミが笑う。
こんな状況なのに、少しだけ柔らかい笑み。
「置いてかれるのは慣れてる」
「何言ってるの」
「俺は主催側だ。裏にルートある」
それは嘘だと、ユウタでも分かった。
「タクミ……」
ケンジが言う。
タクミはナナの手を握る。
「行け」
「嫌」
「行け」
声が強い。
ヘリのロープが降りてくる。
風が強い。
時間がない。
タクミがナナを押し出す。
「守られたやつが、生きろ」
ナナが泣き叫ぶ。
「タクミ!」
ユウタが呟く。
「……ヒーロー気取りかよ」
でもその声は震えている。
ナナがロープに掴まる。
引き上げられていく。
タクミは砂の上に立ち、見上げる。
雨が顔を打つ。
ケンジが言う。
「お前も行けよ!」
タクミは首を振る。
「……俺は、まだやることある」
ヘリが旋回する。
その瞬間、タクミがぽつりと呟く。
「ザマァって、言われるのは俺の方かもな」
風に消えそうな声。
ヘリはナナを乗せ、嵐の向こうへ消える。
残された四人。
波がさらに高くなる。
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