『パリビ、ザマァ』

かおるこ

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第8話「分裂」

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第8話「分裂」

朝の光は、赦しをくれなかった。

夜の湿気が砂に残り、踏むたびにぬっと沈む。潮の匂いは濃く、舌の上に塩が残る。胃の中は空っぽなのに、吐き気だけがこみ上げてくる。

六人は、同じ場所にいるのに、もう同じ群れではなかった。

テントの前に投票箱が置かれている。昨日よりも近い。逃げ道を塞ぐみたいに、いやらしく。

スピーカーから、ノイズ混じりの声が流れる。

「本日も投票を行う。目的は、反省の有無の判定。最下位は排除対象」

ぷつん。

沈黙。

波の音。

そして、誰かの荒い呼吸。

ケンジが水のボトルを抱え、砂の上に立っていた。目の下は黒く、唇は割れ、声はやけに大きい。

「いいか。投票は形式だ」

ユウタが眉を上げる。

「形式?」

「俺が昨日言った通り、資源は管理する。誰かが抱えてなきゃ全員死ぬ。だから俺に従え」

ナナが小さく首を振る。

「……もう、やめようよ」

「何を?」

「支配とか、投票とか……私たち、ここにいる意味……」

ミオが俯いたまま、震える声で言う。

「……覚えてるって、言う」

誰に向けた言葉か分からない。自分に言い聞かせるみたいに。

「里緒のこと、忘れない。軽くしない」

その一言に、空気がわずかに変わる。

タクミは黙って頷いた。

でもユウタが笑った。

「うわ、反省ムーブ」

笑いは乾いている。喉がひび割れているのに、そこから無理やり絞り出したような笑い。

「やめてよ、今それ。泣けば許されるって思ってんの?」

ミオが顔を上げる。目は赤く腫れている。

「違う……」

「違わない」

ユウタが一歩近づく。砂がきしむ。

「ネットってそういう場所だろ?軽い悪意?はいはい。そんなもんじゃん」

ナナが叫ぶ。

「そんなもんじゃない!」

ユウタが肩をすくめる。

「じゃあ何。お前らだってやってたじゃん。裏で笑ってたじゃん。今さら被害者ぶってんの、キツいって」

ケンジが口を開く。

「俺は被害者ぶってない。現実を見てる」

「現実って何?」

ナナがケンジを睨む。

「水を独占して、決めつけて、命令すること?」

「独占じゃない、管理だ」

「同じだよ!」

ナナの声が裏返る。胸が上下している。汗で髪が頬に貼りつき、目に入って痛い。

タクミが静かに言った。

「分けよう」

ケンジが振り向く。

「は?」

「水も食料も、今ある分を均等に分ける。ルールは一つだけ。暴力は禁止」

ユウタが鼻で笑う。

「理想論」

「理想でいい」

タクミは言う。

「今まで理想で飾って人を壊したんだから。今度は理想で自分を縛れ」

ケンジの目がぎらつく。

「お前、主催側のくせに善人ぶるな」

「善人じゃない」

タクミの声が少しだけ揺れる。

「俺は、妹を守れなかった。ただ、それだけ」

ミオが小さく言う。

「……私も、守れなかった」

ユウタが吐き捨てる。

「はいはい、感動。泣ける。……で?飯は増えんの?」

ケンジがユウタを見る。

そこに合図があったのかもしれない。言葉じゃない、目の動きだけの。

次の瞬間——

ユウタが動いた。

テントの影に置かれたサバ缶の箱へ、突進。

「ちょっ……!」

ナナが手を伸ばすが間に合わない。

ユウタが箱を抱える。金属ががちゃがちゃ鳴る。缶がぶつかり合い、乾いた音が響く。

「やめて!」

ミオが叫ぶ。

「返して!」

ユウタは笑う。

「返す?なんで?」

「みんなの!」

「みんなのって言うなら、みんなで奪い合うのが平等だろ」

「最低……!」

ナナが泣きそうに叫ぶ。

ユウタが肩をすくめる。

「ネットなんてそんなもんだろ?」

その言葉が、胸の奥に冷たい釘を打ち込む。

タクミがユウタに近づく。

「戻せ」

声は低い。怒鳴っていない。でも逆に怖い。

ユウタが一歩下がる。

「お前が命令すんなよ。主催者様」

「命令じゃない。お願いでもない」

タクミが言う。

「最後通告だ」

ユウタの笑いが消える。

「脅す?」

ケンジが背後から言った。

「タクミ、やめとけ」

タクミが振り向く。

「……ケンジ、お前」

ケンジは水のボトルを握ったまま、ゆっくり近づく。

「こいつの言う通りだ。理想なんて腹の足しにならない。俺らは生きる」

ナナが叫ぶ。

「ケンジ、やめて!」

「うるさい」

ケンジの声が鋭くなる。

「お前らみたいに反省ごっこしてる暇はない」

ミオが泣きながら言う。

「反省ごっこじゃない……!」

「じゃあ何だよ!」

ケンジが怒鳴る。

「謝って何になる?妹は生き返るのか?」

タクミの顔が一瞬だけ歪んだ。

その隙を、ケンジは見逃さない。

ケンジがタクミの肩を突き飛ばした。

「っ……!」

砂に足を取られ、タクミがよろける。

次の瞬間、ユウタがタクミの腹に肘を入れた。

鈍い音。

「ぐっ……!」

息が漏れる。胃がひっくり返るような痛み。

ナナが悲鳴を上げる。

「やめて!!」

ミオが駆け寄ろうとするが、ユウタが腕を掴んで引き倒す。

ミオの膝が砂に擦れて、皮が剥ける。

「痛っ……!」

血が滲む。鉄の匂いが鼻をつく。

「触んな」

ユウタが低く言う。

「邪魔」

ナナがユウタに飛びかかる。

「最低!ほんと最低!!」

爪がユウタの腕を引っ掻く。皮膚が裂け、赤い線が走る。

ユウタが舌打ちし、ナナの頬を平手で打った。

ぱん、と乾いた音。

ナナの顔が横に弾ける。
耳がキーンと鳴る。
頬が熱く、じんじん痛む。

「……っ」

ナナの目に涙が溜まる。でも倒れない。

「殴った……」

ミオが震える声で言う。

ケンジが言った。

「必要だ」

その声は、昨日の“資源”の声と同じだった。

タクミが砂の上で咳き込む。喉の奥が焼ける。唾に血の味が混じる。

「……これが、お前らの本性か」

ユウタがサバ缶を抱え、笑う。

「本性?違うね」

目がぎらつく。

「これが“生存”」

ケンジが水を掲げる。

「今日から俺とユウタが配給を決める。逆らうやつは、排除される前に死ぬ」

ナナが震えながら立ち上がる。

「……そんなの、ダメ」

ケンジが冷たく言う。

「ダメでもやる」

ミオが泣きながら言う。

「私たち……何してるの……」

ユウタが吐き捨てる。

「何って?いつも通りじゃん」

そして笑う。

「人の弱み握って、奪って、勝って」

波の音が、ざあ、と強くなる。

風が砂を巻き上げ、目に入って痛い。涙と汗が混ざり、塩辛い。

タクミがゆっくり立ち上がる。腹を押さえながら、二人を見た。

「……見てる側が喜ぶよ」

ケンジが嗤う。

「知らねえよ。喜ばせてやる」

ユウタも笑う。

「そうそう。どうせ見世物なら、派手にやろうぜ」

その瞬間、上空で羽音がした。

ブーン。

ブーン。

ドローンが、低く旋回している。

見ている。

確かに見ている。

そして、彼らは悟る。

裁きの場で最悪を見せるのは、
外から来た“主催者”じゃない。

自分たち自身だ。

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