『パリビ、ザマァ』

かおるこ

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第7話「真の主催者」

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第7話「真の主催者」

夜の海は、昼よりもずっと近かった。

波の音が骨に響く。ざあ、ざあ、という反復が、眠れない頭の中を削っていく。テントの布は湿気を吸って重く垂れ、砂は昼の熱をまだ抱えたまま、肌に触れるとぬるい。

ミオの泣き声は、いつの間にか止んでいた。代わりに、彼女の呼吸だけが浅く、喉の奥でひゅうひゅう鳴っている。誰も慰めない。慰め方なんて、ここにはもう残っていない。

ケンジが水のボトルを抱えて座っていた。暗闇の中でも分かるくらい、目がぎらついている。

「明日も投票だ」

誰に言うでもなく、彼は言った。

「今日の配給は終わり。俺の管理は続行。文句あるやつは——」

「やめたら?」

ふいに、タクミが言った。

声は低い。波音に吸われそうなくらい静か。でも、その静けさが逆に耳に残る。

ケンジが顔を向ける。

「は?」

「支配ごっこ、やめたらって言った」

ユウタが乾いた笑いを漏らす。

「お、言うね。無名くん」

ミオがビクッと肩を震わせる。ナナは視線を落としたまま、砂を指でなぞっている。爪の間に砂が入り、黒く汚れていく。

ケンジが立ち上がる。砂がぎゅ、と鳴った。

「お前さ、ずっと言いたいことあるなら言えよ」

タクミはすっと立ち上がった。夜の風が彼のTシャツを揺らす。汗と潮が混じった匂いが近づく。

「言うよ」

「今さら何を」

「——俺が、主催者側だから」

一瞬、世界が止まった。

波の音が遠のいた気がした。虫の声も消えたように感じる。闇の中、全員の呼吸だけがはっきり聞こえる。

ユウタが最初に声を出した。

「は?」

「……冗談だろ」

ケンジが言った。笑ってない。喉が乾いている声。

タクミは首を振る。

「冗談じゃない」

ミオがか細い声で呟く。

「じゃあ……あなたが……」

「全部、知ってたの?」

ナナの声が震える。

タクミは頷かなかった。ただ、少し目を伏せた。

「全部は知らない。…でも、ここに来る前から“こうなる”ことは分かってた」

ケンジの目が赤くなる。

「ふざけんなよ!」

彼は一歩踏み出した。砂が跳ねる。怒りの熱がこちらまで伝わってくる。

「俺らを騙して、閉じ込めて、投票させて、晒して——それで何がしたい!」

タクミは動かない。

「水も食料も少ねえのは?リナは?あいつ倒れて運ばれて——」

「生きてる」

タクミが言った。

その言葉が、ケンジの勢いを一瞬止める。

「……は?」

「リナは生きてる。点滴もしてる。日陰もある場所にいる」

ユウタが噛みつくように言う。

「それを今まで黙ってたのかよ!」

「言ったら、お前らは安心する」

タクミの声は冷たいわけじゃない。けれど、優しくもない。

「安心したら、また同じ顔に戻る」

ミオが泣きそうな声で言う。

「同じ顔って……」

タクミは、暗闇の向こうを見ているような目をした。

「“忘れる顔”」

風が吹く。テントがばさりと鳴る。どこかでスピーカーの金属がきしみ、低い音がした。

ケンジが歯を食いしばる。

「じゃあ目的は何だよ。殺すのか?見世物にして金儲けか?」

タクミは首を振る。

「殺さない」

その即答が逆に怖かった。

「……じゃあ何だよ」

ユウタが吐き捨てる。

「正義ごっこ?」

タクミが、初めてはっきりと彼らを見た。闇の中でも分かるくらい、目が真っ直ぐだった。

「俺がしたいのは、“顔を見せること”」

「顔?」

ナナが聞き返す。

タクミは息を吸う。潮の匂いと砂の匂いが混じった空気が喉を通る。わずかに震えた声で、けれど言い切る。

「お前らが、壊した人間の顔」

ミオが息を呑む。

「……私たちが」

「壊した?」

「壊したよ」

タクミは言う。

「軽い気持ちで。ノリで。ネタで。数字で。バズで」

ケンジが怒鳴る。

「知らねえよ!俺は——」

「知ってたくせに」

タクミの言葉は刃みたいに薄いのに、深く刺さる。

「知らないふりしてきただけ」

ユウタが笑いかけて、笑えなかった。

「お前、誰なんだよ」

タクミは一拍置いて答えた。

「俺の妹は、ここに招待されるはずだった」

風が止まったように感じた。

「でも来なかった」

タクミの喉が動く。

「来る前に死んだ」

ミオが口を押さえる。ナナの肩が落ちる。

ケンジの顔から怒りの色がすっと抜けた。

「……妹?」

タクミは頷く。

「名前は、里緒——黒川里緒」

ミオが息を吸い込む音が、やけに大きかった。

「……里緒……って」

声が震える。さっきまで裁く側だった“被害者”の名前。それが、今はこの場の空気を支配する。

タクミは続ける。

「里緒はお前らに殴られて死んだわけじゃない」

視線がミオに向く。ミオは顔を背ける。

「でも、壊れた。毎日。名前を呼ばれるたび。画面に映るたび。笑い声を思い出すたび」

波の音が、ざあ、と強くなった。夜の海が怒っているみたいだ。

「助けを求めても、誰も信じなかった。だって、加害者が“有名”だったから」

ユウタが低く言う。

「……それ、ミオの話だけじゃないだろ」

タクミは視線を逸らさない。

「お前も」

ユウタが口を開けて閉じる。砂を噛んだみたいな顔。

タクミはケンジを見る。

「お前の投資勧誘で人生崩れた人もいる」

ケンジの喉が鳴る。

「……だからって、俺らをここに閉じ込めて——」

「閉じ込めてない」

タクミが言った。

「“逃げられない感覚”を味わわせてるだけ」

ナナが泣きそうに言う。

「そんなの……残酷だよ」

「残酷だよ」

タクミはあっさり認めた。

「里緒がいた世界は、もっと残酷だった」

沈黙。

湿った夜気が肌に張りつく。蚊の羽音が耳元でうるさくなり、でも手を払う気力もない。

ユウタがかすれた声で言う。

「じゃあ、これ……お前ひとりでやってんの?」

「ひとりじゃない」

タクミは砂の上に腰を下ろした。疲れたように見えるのに、目は醒めている。

「クラファン」

「……は?」

ケンジが眉をひそめる。

タクミは淡々と言う。

「“SNS被害者支援”って名目で集めた。表向きは社会実験。匿名の支援者が金を出した。機材も、人手も」

ユウタが吐き捨てる。

「社会実験?復讐じゃん」

「復讐だよ」

タクミは言った。

「でも殺さない。暴力もしない。目的はこれ」

彼は自分の頬に指を当てる。

「顔を見せる。名前を呼ぶ。忘れられないようにする」

ミオが嗚咽を漏らす。

「……私、謝った……今も」

「謝罪は、動画にすると再生数になる」

タクミの言葉に、ユウタがビクッとする。

「でも、ここでは再生数はない。広告もない。逃げる編集もない」

タクミはゆっくり息を吐いた。

「だから、やっと本物が出てくる」

ケンジが震える声で言う。

「……じゃあ、見てんのかよ。支援者が」

タクミは答えない。

その代わり、暗闇の上を指差した。

「聞こえる?」

一瞬、みんなが耳を澄ます。

波音の奥に——

ブーン。

小さな機械音。

ドローンだ。月明かりの下、黒い影が静かに旋回している。

ナナが口元を押さえる。

「……ほんとに見てる」

ユウタが叫ぶ。

「おい!見てんだろ!面白いかよ!」

返事はない。波だけが答える。

タクミが立ち上がり、ドローンを見上げて言った。

「面白がってる人もいる」

その声には嫌悪が混じっていた。

「でも、祈ってる人もいる。“今度こそ、あの子の顔を見てくれ”って」

ミオが嗚咽混じりに言う。

「……私、どうすればいいの」

タクミはミオを見た。少し迷ってから、言葉を選ぶように口を開く。

「覚えてるって言え」

「……え」

「忘れないって言え。軽くしないって言え。ここを出ても、元の場所に戻らないって言え」

ケンジが拳を握る。

「そんなの、信じられるかよ」

「信じなくていい」

タクミは即答した。

「信じるのは、里緒じゃない。お前らの“次の行動”だ」

夜風が吹いた。塩気が強い。目の奥が痛む。胸が、ぎゅっと締め付けられる。

ユウタが掠れた声で言う。

「……お前、妹のこと好きだったんだな」

タクミは、ほんの少しだけ目を細めた。

「嫌いなわけないだろ」

その言葉は、怒りよりも重かった。

そして、タクミは最後に言った。

「明日の投票」

全員が身構える。

「食料のためじゃない。生き残りのためでもない」

波の音が一層大きくなる。

「“誰が一番、逃げ続けてるか”を決めるためだ」

ドローンの羽音が、夜空に薄く伸びていく。

ブーン。

ブーン。

誰かが見ている。

でも、それ以上に怖いのは——

自分が、自分の顔から目を逸らせないことだった。

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