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第6話「パリピ崩壊」
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第6話「パリピ崩壊」
夕方の海は、紫色に沈みかけていた。
潮は引き、岩肌がむき出しになっている。濡れた石はぬらぬらと光り、そこに夕陽が刺さると、血の膜みたいな赤が浮かぶ。風はぬるいままなのに、肌の上を撫でるたび、汗が冷えてぞわりとする。
監視設備を見つけてから、皆の目つきが変わった。
話す声は小さくなり、笑いは消え、視線だけが多くなった。
疑っている。見られている。
その二つが重なって、空気は常に張りつめている。
テントに戻ると、スピーカーがまた生き返っていた。
バチッ。
ノイズ。
六人が硬直する。
ケンジが咄嗟に水を抱き寄せる。ユウタが拳を握る。ナナは肩をすぼめ、唇を噛んだ。
タクミは——無名の“普通人”は、一歩だけ後ろに下がり、音の出所を探る目をした。
「……またかよ」
ユウタが吐き捨てる。
スピーカーから流れたのは、機械音声ではなかった。
女の声。
若い。
少し鼻にかかった声。
聞き覚えのある響き。
「ねえ、みんな……聞こえる?」
元アイドルのミオが、はっと顔を上げた。
彼女はこれまでずっと黙っていた。水の取り分を減らされても、ケンジに命令されても、誰かに睨まれても、笑ってやり過ごすだけだった。
今、その笑顔が完全に崩れる。
「……やだ」
ミオの喉が鳴った。
「やめて……お願い……」
スピーカーの声は続く。
「私、あなたのこと、覚えてるよ」
波の音に混ざって、言葉が刺さる。
「——ミオちゃん」
名前。
実名。
ミオの瞳が揺れた。まるで自分の体が勝手に震えているみたいに、肩が小刻みに動く。
「は……?」
ナナが息を呑む。
ケンジが低い声を出す。
「誰だよ、それ」
ミオは首を振る。
否定じゃない。
理解できない、という仕草。
「知らない……知らないよ……」
ユウタが苛立ったように言う。
「知ってんだろ。ほら、誰だよ」
ミオは口を開こうとして、声が出ない。喉の奥が詰まっている。涙が一気に溜まり、視界が濡れる。
スピーカーから、次に聞こえたのは呼吸音だった。
かすれた、緊張した息。
そして、映像の音。
——再生のクリック音。
テントの横、岩陰に置かれていた小さなモニターが、ぱっと光った。
昨日見つけた監視設備とは別だ。
いつの間に。
画面に映ったのは、暗い部屋。
スマホのインカメで撮られたような、近い顔。
女。
目の下にくっきりとクマがある。
唇は乾いて、震えている。
でも目だけは、強い。
「こんばんは」
画面の女が言う。
「ミオちゃん。……ううん、“三上 美桜”さん」
ミオがその場に崩れ落ちた。
砂が舞い、喉に入って咳き込む。
「やめて!やめてよ!」
声が裏返り、島の空気を裂いた。
ケンジがモニターに近づく。
「誰だ、お前」
女は画面の向こうで微笑んだ。微笑みというより、口角をほんの少し上げただけの、冷たい形。
「覚えてない?」
「知らねえよ」
ユウタが叫ぶ。
「こっちは水もねえんだぞ、遊びなら——」
「遊び?」
女の目が細くなる。
「あなたたちは、遊びだったんだよね。私のこと」
空気が重く沈む。
女がスマホを少し引く。画面が揺れ、別の映像になる。
教室。
薄暗い放課後。
笑い声。
そして——床に座らされている少女。
髪はぐしゃぐしゃ。
制服の襟が引っ張られ、肌が赤くなっている。
誰かが言う。
『ほら、踊ってよ。アイドルになりたいんでしょ?』
笑い声が弾ける。
次の瞬間、画面の端に、若いミオが映った。
楽しそうに笑っている。
スマホを構え、撮っている。
「……違う」
ミオが震える声で言う。
「それ、私じゃない……そんな……」
ナナが顔を覆う。
「うそ……」
ユウタは黙っている。
呼吸が荒い。
汗がこめかみを伝って落ちる。
ケンジが喉を鳴らす。
「お前、これ……マジかよ」
ミオは首を振り続ける。
でも映像は止まらない。
少女が泣いている。
泣き声がスピーカーから島中に響く。
湿った嗚咽が、波音に混ざって不快に耳へまとわりつく。
女の声が重なる。
「私ね、あれからずっと、思ってたの」
画面が戻り、今の女の顔がアップになる。
「あなたが売れた時、テレビに出るたびに。歌うたびに。笑うたびに」
一拍。
「“覚えてる?”って」
ミオが叫ぶ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私、若かった!みんながやってたから!」
言い訳が砂に落ちる。
風がそれをさらう。
誰も拾わない。
女はゆっくり首を傾けた。
「若かったから、何?」
「……だって」
「私も若かったよ」
その言葉が、島の空気を冷やした。
女の目に涙はない。
ただ、乾いた怒りがある。
「ミオちゃん。あなた、覚えてないかもしれないけど、私の名前は——」
画面の下にテロップが出た。
白い文字。
はっきりと。
《黒川 里緒》
ミオが息を呑む。
「……りお……?」
その瞬間、彼女の顔が、初めて“思い出した顔”になる。
「あ……ああ……」
喉から漏れる声が、か細い。
「覚えて……たんだ」
女——里緒が微笑んだ。
「うん。そう。覚えてたんだね」
ミオの肩が震え、涙が頬を伝う。汗と混ざり、塩辛く唇に落ちる。
「ごめん……ほんとに……」
「謝ってほしいんじゃない」
里緒は静かに言う。
「私は、あなたが“忘れてない”ってことを、みんなに見せたかっただけ」
ケンジが低く唸る。
「……みんなって誰だよ」
里緒の視線がカメラ越しに刺さる。
「誰だと思う?」
ユウタが一歩引く。
「配信……?」
ナナが震える声で言う。
「これ、どこかに流れてるの?」
里緒は答えない。
答えないこと自体が、答えだった。
ミオが泣きながら言う。
「お願い……やめて……私、もう……」
里緒が言う。
「あなたが一番怖いのは、私じゃないでしょ」
ミオの呼吸が止まる。
「“見られること”でしょ」
島の風が強くなった。
テントの布がばさりと鳴り、砂が舞う。
目に入って痛い。
でも涙で滲んで、痛みもよく分からない。
ミオは顔を両手で覆い、声を漏らす。
「やだ……やだよ……」
ケンジが拳を握りしめる。
「くそ……」
ユウタが歯を食いしばる。
「これが目的かよ」
タクミが小さく言う。
「裁きだね」
ケンジが振り向く。
「お前、冷静すぎんだよ!」
タクミは目を逸らさない。
「……これ、楽しんでる人がいる」
ナナが泣きそうな声で言う。
「もうやめようよ……こんなの……」
その時、スピーカーから里緒の声が最後に流れた。
「ミオちゃん」
優しい声のようで、冷たい。
「明日の投票、忘れないでね」
ぷつん。
画面が消える。
島に残るのは、波の音と、ミオの嗚咽だけ。
彼女の涙が砂を濡らし、すぐに吸い込まれていく。
まるで、何もなかったみたいに。
でも全員の胸の中には、確かに残っていた。
楽園は、もう楽園ではない。
ここは——
名前を呼ばれ、過去を突きつけられ、
逃げ場のない場所。
裁きの島だった。
夕方の海は、紫色に沈みかけていた。
潮は引き、岩肌がむき出しになっている。濡れた石はぬらぬらと光り、そこに夕陽が刺さると、血の膜みたいな赤が浮かぶ。風はぬるいままなのに、肌の上を撫でるたび、汗が冷えてぞわりとする。
監視設備を見つけてから、皆の目つきが変わった。
話す声は小さくなり、笑いは消え、視線だけが多くなった。
疑っている。見られている。
その二つが重なって、空気は常に張りつめている。
テントに戻ると、スピーカーがまた生き返っていた。
バチッ。
ノイズ。
六人が硬直する。
ケンジが咄嗟に水を抱き寄せる。ユウタが拳を握る。ナナは肩をすぼめ、唇を噛んだ。
タクミは——無名の“普通人”は、一歩だけ後ろに下がり、音の出所を探る目をした。
「……またかよ」
ユウタが吐き捨てる。
スピーカーから流れたのは、機械音声ではなかった。
女の声。
若い。
少し鼻にかかった声。
聞き覚えのある響き。
「ねえ、みんな……聞こえる?」
元アイドルのミオが、はっと顔を上げた。
彼女はこれまでずっと黙っていた。水の取り分を減らされても、ケンジに命令されても、誰かに睨まれても、笑ってやり過ごすだけだった。
今、その笑顔が完全に崩れる。
「……やだ」
ミオの喉が鳴った。
「やめて……お願い……」
スピーカーの声は続く。
「私、あなたのこと、覚えてるよ」
波の音に混ざって、言葉が刺さる。
「——ミオちゃん」
名前。
実名。
ミオの瞳が揺れた。まるで自分の体が勝手に震えているみたいに、肩が小刻みに動く。
「は……?」
ナナが息を呑む。
ケンジが低い声を出す。
「誰だよ、それ」
ミオは首を振る。
否定じゃない。
理解できない、という仕草。
「知らない……知らないよ……」
ユウタが苛立ったように言う。
「知ってんだろ。ほら、誰だよ」
ミオは口を開こうとして、声が出ない。喉の奥が詰まっている。涙が一気に溜まり、視界が濡れる。
スピーカーから、次に聞こえたのは呼吸音だった。
かすれた、緊張した息。
そして、映像の音。
——再生のクリック音。
テントの横、岩陰に置かれていた小さなモニターが、ぱっと光った。
昨日見つけた監視設備とは別だ。
いつの間に。
画面に映ったのは、暗い部屋。
スマホのインカメで撮られたような、近い顔。
女。
目の下にくっきりとクマがある。
唇は乾いて、震えている。
でも目だけは、強い。
「こんばんは」
画面の女が言う。
「ミオちゃん。……ううん、“三上 美桜”さん」
ミオがその場に崩れ落ちた。
砂が舞い、喉に入って咳き込む。
「やめて!やめてよ!」
声が裏返り、島の空気を裂いた。
ケンジがモニターに近づく。
「誰だ、お前」
女は画面の向こうで微笑んだ。微笑みというより、口角をほんの少し上げただけの、冷たい形。
「覚えてない?」
「知らねえよ」
ユウタが叫ぶ。
「こっちは水もねえんだぞ、遊びなら——」
「遊び?」
女の目が細くなる。
「あなたたちは、遊びだったんだよね。私のこと」
空気が重く沈む。
女がスマホを少し引く。画面が揺れ、別の映像になる。
教室。
薄暗い放課後。
笑い声。
そして——床に座らされている少女。
髪はぐしゃぐしゃ。
制服の襟が引っ張られ、肌が赤くなっている。
誰かが言う。
『ほら、踊ってよ。アイドルになりたいんでしょ?』
笑い声が弾ける。
次の瞬間、画面の端に、若いミオが映った。
楽しそうに笑っている。
スマホを構え、撮っている。
「……違う」
ミオが震える声で言う。
「それ、私じゃない……そんな……」
ナナが顔を覆う。
「うそ……」
ユウタは黙っている。
呼吸が荒い。
汗がこめかみを伝って落ちる。
ケンジが喉を鳴らす。
「お前、これ……マジかよ」
ミオは首を振り続ける。
でも映像は止まらない。
少女が泣いている。
泣き声がスピーカーから島中に響く。
湿った嗚咽が、波音に混ざって不快に耳へまとわりつく。
女の声が重なる。
「私ね、あれからずっと、思ってたの」
画面が戻り、今の女の顔がアップになる。
「あなたが売れた時、テレビに出るたびに。歌うたびに。笑うたびに」
一拍。
「“覚えてる?”って」
ミオが叫ぶ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私、若かった!みんながやってたから!」
言い訳が砂に落ちる。
風がそれをさらう。
誰も拾わない。
女はゆっくり首を傾けた。
「若かったから、何?」
「……だって」
「私も若かったよ」
その言葉が、島の空気を冷やした。
女の目に涙はない。
ただ、乾いた怒りがある。
「ミオちゃん。あなた、覚えてないかもしれないけど、私の名前は——」
画面の下にテロップが出た。
白い文字。
はっきりと。
《黒川 里緒》
ミオが息を呑む。
「……りお……?」
その瞬間、彼女の顔が、初めて“思い出した顔”になる。
「あ……ああ……」
喉から漏れる声が、か細い。
「覚えて……たんだ」
女——里緒が微笑んだ。
「うん。そう。覚えてたんだね」
ミオの肩が震え、涙が頬を伝う。汗と混ざり、塩辛く唇に落ちる。
「ごめん……ほんとに……」
「謝ってほしいんじゃない」
里緒は静かに言う。
「私は、あなたが“忘れてない”ってことを、みんなに見せたかっただけ」
ケンジが低く唸る。
「……みんなって誰だよ」
里緒の視線がカメラ越しに刺さる。
「誰だと思う?」
ユウタが一歩引く。
「配信……?」
ナナが震える声で言う。
「これ、どこかに流れてるの?」
里緒は答えない。
答えないこと自体が、答えだった。
ミオが泣きながら言う。
「お願い……やめて……私、もう……」
里緒が言う。
「あなたが一番怖いのは、私じゃないでしょ」
ミオの呼吸が止まる。
「“見られること”でしょ」
島の風が強くなった。
テントの布がばさりと鳴り、砂が舞う。
目に入って痛い。
でも涙で滲んで、痛みもよく分からない。
ミオは顔を両手で覆い、声を漏らす。
「やだ……やだよ……」
ケンジが拳を握りしめる。
「くそ……」
ユウタが歯を食いしばる。
「これが目的かよ」
タクミが小さく言う。
「裁きだね」
ケンジが振り向く。
「お前、冷静すぎんだよ!」
タクミは目を逸らさない。
「……これ、楽しんでる人がいる」
ナナが泣きそうな声で言う。
「もうやめようよ……こんなの……」
その時、スピーカーから里緒の声が最後に流れた。
「ミオちゃん」
優しい声のようで、冷たい。
「明日の投票、忘れないでね」
ぷつん。
画面が消える。
島に残るのは、波の音と、ミオの嗚咽だけ。
彼女の涙が砂を濡らし、すぐに吸い込まれていく。
まるで、何もなかったみたいに。
でも全員の胸の中には、確かに残っていた。
楽園は、もう楽園ではない。
ここは——
名前を呼ばれ、過去を突きつけられ、
逃げ場のない場所。
裁きの島だった。
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